夢であっても3
ゴーテルの言わんとしていることが、わかった。ゴーテルはラプンツェルに、ニーダーの子を産めと言っている。
悲しい言葉だ。しかし、それより何より、ゴーテルが咽び泣いていることが悲しい。
優しいゴーテル。幼いラプンツェルは、ゴーテルの大きな愛に守られて、幸せだった。
「……お前、はじめて私の前で泣いたわね。……そんなに辛かったの。私のために?」
ゴーテルが嗚咽を漏らす。ラプンツェルはすん、とはなを啜った。泣きたいけれど、泣いてはいけない。ゴーテルが、もっと苦しんでしまう。
ラプンツェルはニーダーを愛せない。ラプンツェルがラプンツェルでいる限り、天地がひっくりかえっても無理だ。
ただひとつだけ、方法がある。ノヂシャのように、狂ってしまえば良い。そうしたら、屈託なく、ニーダーが好きだと言える。死んだような目で、見つめながら。
ラプンツェルは一滴の涙を流した。
死んでしまいたいと思っていた。ラプンツェルはとうの昔に、こんな生に愛想をつかしていた。
だから、ゴーテルの望みを叶える為に心が死んでも、かまわない。
(ゴーテル。心だけ先に、お前のところへ行ってもいいなら)
体を震わせるゴーテルを慰めようと、ラプンツェルは柔らかく言った。
「いいよ」
ゴーテルは獣のように吠え、ラプンツェルを抱きしめた。ラプンツェルはうっとりとゴーテルに身をゆだねた。この腕の力強さを感じるのが、夢の世界なんてもったいないと思う。
「嗚呼、姫様。貴女様の愛は、奇跡のようだ。ひとの心は、満ちては欠ける月のように、うつろいやすいもの。誓いは破られ、愛は力に屈する。しかし、貴女様は違う。違うのですね」
大仰な物言いに、ラプンツェルは噴出してしまう。ゴーテルの肩口で、くすくすと含み笑った。
「買い被らないで。私はそんなに、立派じゃない。ただ、お前のことが好きなだけ」
愛の告白は、するりと零れ出た。「光栄です」と律義な返事をするゴーテルに苦笑する。
「わかってないね? お前のことを、愛してるって言ったんだよ」
ゴーテルの息遣いが、聞こえなくなる。しばし沈黙して、ゴーテルは言った。
「姫様は、私にとって何よりも大切なお方です」
「でも、愛してないんだ」
ラプンツェルは断定した。せめるつもりはない。穏やかな気持ちで言った。
なんとなく、わかってはいたのだ。ゴーテルにとって、ラプンツェルはまだほんのこども。守るべき小さな姫君で、愛する女性にはなりえない
ラプンツェルは納得していたが、ゴーテルはすかさず頭をふったようだ。
「愛しておりますとも。姫様の為ならば、私は恥知らずにも、性悪にもなれる」
ゴーテルの言う愛は、ラプンツェルの愛とは違う。それでも、ラプンツェルは満足して頷いた。ゴーテルにとって、ラプンツェルは大切な、愛すべき姫君。すべてを擲っても惜しくないと言ってくれる。幸せなことに。
ゴーテルの胸に擦り寄ると、ゴーテルはラプンツェルの髪を慈しむように撫でてくれた。心地よいまどろみが、体にひろがっていく。
「あのお方は、私を残酷に捨てていかれました。悲しみは深く、心を抉られましたが、私はあの方を恨みません。あの方は、私に貴女方を残してくださった」
陶然として紡がれる言葉を、ラプンツェルは夢うつつに聞いていた。
「しばらくのご辛抱です。私がお手をひき、陽の下にお連れしましょう。何を犠牲にしても、貴女方を忌まわしい鳥籠からお救いいたします」
ラプンツェルは頷いた。朦朧としていて、殆ど理解できていなかったけれど、ゴーテルが言うことなら、何も間違いはない。
睡魔のようなものが、ラプンツェルが深い意識の底に引きずり込もうとする。ゴーテルが遠のいていく。
追憶だろうか、妄想だろうか。いずれにせよ、ゴーテルに会えて、本当に良かった。




