夢であっても2
「姫様、お願い申しあげます。どうか、ニーダー・ブレンネンが望むものをお与えください」
ゴーテルの懇願がラプンツェルの胸を貫く。やっと会えた愛しいひとに、それだけは、言われたくなかった。ラプンツェルにとって最も残酷な言葉だ。地獄に堕ちろと言われたも、同然である。
「無理だよ」
ラプンツェルは断じたが、ゴーテルは譲らない。
「姫様をお救い出来るのは、ニーダー・ブレンネン唯一人です」
「出来るなら、そうしてる。私は意気地なしだもの。でもね、ひとの心って、舵をきるみたいに、変えられるものじゃないみたい」
「……っ! 姫様は、強いお心をお持ちですね。ゴーテルは嬉しゅうございます」
ゴーテルが感極まったように声を詰まらせた。ゴーテルは、ラプンツェルを愚かだと責めない。健気でいじらしい姫君だと、誉めてくれる。ゴーテルが喜んでくれたなら、頑なな心に翻弄されたことも、誇っていいのかもしれない。
ゴーテルは息を調えると、噛んで含めるように言った。
「しかし、そうなさいませんと、お辛いのは姫様ですぞ」
辛さは、ゴーテルよりわかっているつもりだ。ラプンツェルはいささかうんざりして言った。
「だから、無理だってば。ニーダーの何処が、愛するに値するっていうの?」
「いいえ、姫様。あれは、愛するに値しません。生れてこなければ、良かったのです」
ラプンツェルは息を呑んだ。ゴーテルのこんな声は初めて聞いた。ニーダーの命そのものを呪うような。
(ゴーテルは、ニーダーがなにをしたのか、見ていたのかな)
ニーダーはラプンツェルを傷つけ、高い塔の家族を虐殺した。ゴーテルの実の姉であるシーナも犠牲になった。
「高い塔の家族よりも、姫様が大切です」と豪語するゴーテルだけど、それでも本当は、家族を愛していた筈だ。
ラプンツェルが記憶している限り、ゴーテルは高い塔の家族たちと、あまり関わらなかった。でも、それはきっと、ラプンツェルが高い塔の姫君で、ゴーテルを独り占めにすることを望んでいたから。
ラプンツェルが高い塔の家族を愛していたように、ゴーテルもまた、愛していたに違いない。素晴らしい家族だった。
ゴーテルが咳払いをする。喉に閊えた言葉を、苦しそうに吐き出した。
「……しかし、姫様。我々が誇り高く生きる為、あれに流れるブレンネンの血が、どうしても必要なのです」
「よく、わからない……私がニーダーに愛されなければ、お前も困ったことになるということ?」
ラプンツェルが当惑してそう訊ねると、ゴーテルはうっとおめいた。低い体温が、ラプンツェルの、冷え切った体を包みこむ。ゴーテルの胸に抱かれていた。
「申し訳ございません、姫様。どうぞ、この従僕奴を鞭打ち、辱め、責めて下さい。ただ、これだけは、忘れてはなりません。姫様は無垢な方。地獄の汚泥に塗れた男を受け入れても、姫様の御身が穢れることは、決してないのです」




