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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第三話 疲弊
25/227

夢であっても1

 ***


 心のありようは、体すら変えてしまう。

 これまでは、気を失うまでの辛抱だと耐えてきた、規則正しい鞭うち。その負荷に、ラプンツェルはまいってしまった。


「お願い、少しでいいから、休ませて……もう、ダメ……死んじゃう……」


 ラプンツェルは息も絶え絶えに、哀願する。歯ががちがち鳴っている。震えを自制できず、何度か舌を噛んでしまった。血は涎と混じり合い、口の周りを汚している。


 覆面の騎士は動じない。沈黙が、ラプンツェルに追い打ちをかける。


「たすけて」


 ラプンツェルは叫んだ。背に鞭が入る。膨らんだ肉の塊が爆ぜる。体を毟り取られる。ラプンツェルは助けを求めて叫び続けた。


「たすけて、たすけて、たすけて……」


 助けは来ない。

 ゴーテルはいない。家族はいない。ラプンツェルの為に、無条件で危険を冒してくれる人は、傍にいない。

 城の親切なメイドたちや、ラプンツェルを守るのが仕事の騎士たちは、ラプンツェルの為に、ニーダーの命に背くことは無い。


 ラプンツェルは、あの男の名前を呼ぶしかなかった。


「ニーダー……っ!」


 ニーダーなら、ここに来るかもしれない。助けてくれるとしたら、ニーダーしかいない。ラプンツェルの愛を欲するのなら、ここに来るべきだ。ラプンツェルを鞭打ち、思いの丈をぶつけるべきだ。


「どうして来てくれないの。私のこと、どうでも良くなっちゃったの?」


 そうだとしたら、おしまいだ。ニーダーが止めてくれるまで、この地獄は永遠に続くのだから。


 ニーダーが嫌いだ。ニーダーが憎い。でも、ニーダーに来て欲しい。

 相反する思いに心を引き裂かれながら、ラプンツェルは血を吐くように言った。


「ニーダー、会いたい、ニーダー……!」


 こんなに呼び求めても、ニーダーは来なかった。失意のなか、ラプンツェルの意識は暗澹たる泥中に引き込まれていく。


 折檻の末の気絶は、死の疑似体験だ。完全な無は、疲れ果てたラプンツェルを蠱惑してやまない。何も見えず、何も聞こえず、何も香らず、何も感じない。素晴らしい楽園だ。甘美な追想に耽る夢よりも、今のラプンツェルには優しい。


 しかし、今回は違った。ふわふわしているけれど、意識がある。よく知る声が、ラプンツェルに語りかけてくる。耳に好ましい、懐かしい声色。


「姫様、姫様……」

「……ゴーテル」


 子守唄のように優しい、ゴーテルの声だった。十年前に聞いたきりだけれど、ラプンツェルが聞き間違えるわけがない。ゴーテルと離れ離れになった十年間、毎晩のように、ゴーテルとの幸せな夢を見てきたのだから。


 ゴーテルは、十年前とちっとも変らなくて、ラプンツェルは嬉しくなった。同時に、悲しくもなる。苦痛に潰れた喉から絞り出すしゃがれ声を、ゴーテルに聞かせてしまった。

 ゴーテルは優しいから、変わり果てたラプンツェルを見ても、幻滅しないでくれるだろう。それでも、彼の記憶の中の、天真爛漫な少女のままでいたかった。ゴーテルはラプンツェルの幸せを何よりも願っていてくれる。このありさまを目の当たりにした嘆きは、深い筈だ。


 ラプンツェルは痛みを堪え、ぐっと唾を呑んだ。ひび割れた唇を湿らせて、少しでも、可愛らしく話す努力をする。


「迎えに来てくれたんだ」


 ラプンツェルは、死んでしまったのだろう。そして、先に逝っていたゴーテルが、迎えに来てくれた。ラプンツェルはそう信じた。


 幾許かの悲しみはあるが、喜びの方が遥かに大きい。家族のことは心残りだけれど、生の世界に戻る気にはなれなかった。


(せっかく、ゴーテルと会えた。もうはなれたくない)


 薄情だと、憎まれても良い。戻っても、待っているのは意味の無い苦痛の日々だけ。とても耐えられそうにない。壊れてしまうに決まってる。


 しかし、ゴーテルの思いは違った。

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