表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第三話 疲弊
22/227

鉤の部屋へ誘うのは

 ***


 きつく瞼を閉ざしても、ノヂシャの背中が消えない。


 後ろ盾であり、傀儡師でもあった宰相が姿をくらまし、ノヂシャが廃嫡されたのは十年前。庇護を必要とするこどもの頃に、ノヂシャはニーダーの手に落ちた。


 当時は、ニーダーもまだ、少年の名残を残す年頃だっただろう。残虐性は、変化しただろうか。

 ニーダーがこの十年の間に、暴力衝動を律することを覚えたのだとしたら。ラプンツェルの身に降りかかっている以上の、身の毛もよだつ惨い仕打ちが、幼いノヂシャを襲ったかもしれない。


 あのすらりとした背は、幾度となく、蹂躙されただろう。整った顔は、骨相が変わるくらい殴打されただろう。大切な人たちを奪われ、幼い心を八つ裂きにされただろう。


 ノヂシャは、どれくらい耐えたのだろうか。どれくらい苦しんでから、壊れたのだろうか。


 ラプンツェルは、どこまで、正気でいられるのだろうか。


 ノヂシャを寄越したのがニーダーで、その狙いが揺さぶりをかけることだとしたら、目論見通りだった。ラプンツェルはうろたえ、震えあがり、体の芯ががたついている。そこを突かれたら、ラプンツェルの心はあっけなく瓦解してしまう。


 シーツと毛布に隠れて、怯えながら一日を過ごした。

 ニーダーは、来なかった。来たのは、覆面の騎士だけだった。


 カタツムリのように、シーツから顔だけ出して、ラプンツェルはたずねた。


「ニーダーは? ニーダーはどうしたの? 今日は来ないの?」


 覆面の騎士は口をきかない。無言で、近寄って来る。大きな体は、傍にあるだけで、威圧される。覆面の騎士は、ニーダーに命じられた時と同じ要領で、ラプンツェルを捕えようと腕を伸ばしてきた。


 ここにニーダーがいたら、ラプンツェルは恭順し、荷物のように肩に担がれる恥辱を甘んじて受け入れただろう。しかし、ここにニーダーはいない。


 ラプンツェルは、無礼な手を叩き落とした。


 覆面の騎士の手が、行き場をなくして宙をさまよう。熊のような大男に、ラプンツェルは毅然として告げた。


「自分の足で歩けます」


 ラプンツェルは、呆気にとられたような覆面の騎士の隣を素通りして、自らの意志で部屋を出た。


 覆面の騎士が、追従する気配がある。ラプンツェルは、立ち止りそうになる足を、意地ですすめた。


 相手は親衛隊の騎士。高い塔の姫であり、仮にもブレンネンの妃であるラプンツェルが、下の立場の者に侮られるわけにはいかない。


 高慢な虚栄心が自分の中にあったこと、そして、まだ残っていたことに、ラプンツェルは驚いた。


(ニーダーは、私の鼻柱を圧し折った。だからって、彼の騎士にまで、平服しちゃいない。ニーダーは言ったわ。私は妃で、奴隷じゃない。実のところ、ニーダーの奴隷みたいなものだけど、それでも、気高くありたいじゃない)


 ラプンツェルが強気でいられたのは、たっぷり与えられた休息の恩恵だろう。心身ともに弱り切っていたら、ニーダーが不在であっても、恐怖にのまれてびくびくしていたと思う。


 けれど、凛然とした態度は、長くは続かない。鉤の部屋が近づくと、ラプンツェルの足取りは鈍った。扉の前で、足はとうとう、錆ついたように動かなくなる。


 覆面の騎士が足音もなくラプンツェルの前に進み出た。扉が開かれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ