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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第二話 呵責
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似ている?

 ラプンツェルは腕を組んで体を落ち着ける。視線を斜め下に流し、皮肉をこめて言った。


「ここ最近、ニーダーに会ってないからね」

「そうか……それは、寂しいな」


 予想外の言葉を返されて、ラプンツェルは口ごもる。言葉の意味をなんとか飲み込むと、眦がつり上がった。


「おかしなことを言うね」

「ニーダーと会えないと、寂しいだろ」

「とんでもない。あんな恐ろしい男を、誰が恋しがるっていうの」

「ニーダーを怒らせるからだ」


 ノヂシャは抑揚なく言った。優しい愛撫で小鳥をうっとりさせながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「彼の言うことをよくきけ、ラプンツェル。そうすれば、誉めてくれるし、ご褒美もくれる。良い子にしてれば、ニーダーは優しいんだ。きっと、好きになれるさ」


 ラプンツェルは自身の体を抱きしめて、あとずさりした。鳥肌がたっている。何も考えられず、ラプンツェルは喚いた。


「嫌い。ニーダーなんて、大嫌い!」


 ラプンツェルの大声に驚き、のけぞったノヂシャの背が、バルコニーの欄干にぶつかる。ノヂシャはぐっと呻き、弾かれるように前かがみになる。眉を顰め、浅い呼吸を繰り返した。

 辛そうな様子を心配して、ラプンツェルが声をかける。ノヂシャは、なんでもない、と頭を横に振った。ついで、首を傾げる。


「……ニーダーが嫌いなんだ?……俺は好きだけど」


 ラプンツェルは即座に反駁しようとした。けれど、なんの気負いもない、真っ直ぐなノヂシャの目を見つめるうちに、怖くなってしまった。


 ぞっとする。ニーダーはおぞましい。ひとの心を、傀儡にしてしまった。


 ノヂシャに、目を覚まして欲しい。けれど、土台、無理なはなしだ。ノヂシャはマリアとヨハンを作りなおすことで、辛うじて心の安寧を保っている。その微妙なバランスを崩したら、ノヂシャはきっと壊れてしまう。


 それでも、屈託なくニーダーを慕うノヂシャを、見ていられない。ラプンツェルは声を荒げた。


「あれは、酷い男よ。ニーダーは私の家族を殺した!」

「そうだったっけ」


 ノヂシャの首肯には、何の感慨もない。心乱れるラプンツェルを、不思議そうに見つめる碧眼は、肩の上の小鳥の瞳とよく似ている。理解の灯りがともらない。


 ラプンツェルは口を噤んだ。これ以上、何を言っても無駄だ。ノヂシャの心には届かない。ノヂシャはきっと、よく躾けられた犬とかわらない。主人の意向に忠実で、主人を盲信する犬。ひょっとすると、ノヂシャがこうしてやって来たのは、ニーダーの差し向けかもしれない。


(嫌いなんて、大声で言っちゃった。どうなることやら)


 ラプンツェルは力なく笑った。目をしばたかせるノヂシャを心から憐れんだ。


「かわいそうな、ノヂシャ。大切なことが、わからなくなってしまったのね」


 もういい。もうたくさんだ。ラプンツェルは窓を閉めようとした。閉め切る寸前に、ノヂシャがぼそりと呟いた。


「ニーダーが、マリアとヨハンを殺したことを言ってるのか?」


 ラプンツェルは、ぴたりと動きをとめた。

 はっとして、ノヂシャを見上げる。ノヂシャの細面は涼しげで、さきほどまでと変わらない。何処か遠くを見るように、目を細めた。胸ポケットを抑える手の下で、ハツカネズミがもぞもぞと蠢いている。


「俺も、随分前に、君と同じような体験をした。あの頃は……そうだな。俺も、ニーダーのことが大嫌いだった。……でもさ、そのうち気付くんだ。このひどい世界で、ニーダーだけが、助けてくれるってことに」


 ノヂシャは心臓を探るように、胸を押えている。手の中で、ハツカネズミが、ぢぢっ、と鳴いた。

 ノヂシャはラプンツェルを見つめると、そっと囁く様に言った。


「残念だけど、君も俺みたいになる」


 ノヂシャの言葉は不吉な予言だ。未来を見通したかのような、確信と諦念に満ちている。ラプンツェルは、いやいやと頭をふった。想像もしたくない。


(ニーダーを愛せるようになったら、どんなに良いだろうと思う。でも、その為に心を歪められるなんて、絶対にいや)


「私は、そうはならない」

「なる。君は、俺と同じだ」

「ちがう!」


 ラプンツェルは耳を塞いで、その場にしゃがみこんだ。暗示にかけられているようだ。もう、ノヂシャの言葉も、息遣いも聞きたくない。

 ノヂシャは規則正しい呼吸をしていたが、やがてひとつ大きく息を吐くと、踵を返した。


「君が、俺より物覚えが良いことを願うよ。ニーダーの機嫌が悪いと、俺もしんどいんだ」


 と、言い残して。


 ラプンツェルは弾かれるように立ち上がる。去りゆくノヂシャの背中を見て、ラプンツェルは声にならない悲鳴を上げた。


 質素なシャツを空かして、幾筋もの鞭傷が、禍々しく浮かび上がっていた。


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