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ブレンネン王国の王(2017.11.22加筆しました)

 

 幸福のすべてを失った少女は、王に尋ねた。


『どうしたらあなたを愛せるの?』


 幸福の天使を欲する王は、少女に応えた。


『私の愛を受け容れろ』  






 ***


 美々しく輝く外殻の内に、塩の肉とおぞましい悪性を内包する人喰いの獣は、空より堕ち、深淵に呑まれた星屑から生まれたと、伝承の唄にはある。


 人を喰らう人もどき。惨たらしい死が、逃れることの出来ない陰のように、人々の傍らにあった。当たり前にやって来る明日さえ信じられない暗黒の日々の中、人々は人喰いの獣に脅かされることのない、安息の生を願った。願うのみならず、安住の地を目指し旅立つ人々もいた。


 大半の人々は、理想郷に辿り着くことはなかったが、限りなく理想に肉薄した、一握りの幸運な人々もいた。


 冷たく閉ざされた最北の地。白く霞む霊峰。神托を受けた男の導きが無ければ、何人も辿り着くことは叶わなかったであろう秘境。


 そこは「生きる銀」の加護を得た、奇跡の地だった。「生きる銀」は、人を哀れんだ神の流した涙だと伝えられている。人喰いを滅する唯一のもの、それが「生きる銀」なのだ。銀を燃やす炎が、人喰いの獣の心臓を焼き、その命を終わらせる。


 霊峰を取り囲む「銀の瀑布」が、淵に住まう人喰いの獣を寄せ付けない。いくらかの人喰いの獣が、暗い森の奥深くに住み着いていたが、外のそれと比べれば、小さく弱く、数も少ない。人は牙も爪も持たないが、徒党を組んで銀の炎を振り翳せば、獣の優位に立つことは難しいことではなかった。


 人々はその地を支配し、国を築いた。人々を導いた建国の祖は王となり、生きる銀の加護を受けた彼の子孫は、銀色に輝く頭髪と、神の御座す空の色をうつした瞳を与えられた。


 人々は安息を手にする。光をいっぱいに浴びて輝く銀の瀑布のように、前途は輝いていると、誰もが信じた。


 どれだけ光溢れようとも、隅にわだかまる闇に獣は潜んでいるのに。


 人々は徐々に、忘れていった。苦難の旅路を。旅立ちの日の決意を。貪られる屈辱を。

 忘却は砂の城を削り取る波のよう。振り返った時に跡形もない。


 建国の時代より幾星霜。理想を追い求めた流浪の人々の国、ブレンネン王国に王子が誕生する。神に特別に愛されし男の末裔は、しかしながら、生を受けたその瞬間に、神の怒りを買ったのだった。


 名王を失い、ブレンネン王国は長い夜の帳に閉ざされた。王は突如として王座に倒れ、白痴の徒となり果て王座を追われた。王子はまだ幼く、宰相が政の実権を握ることになる。簒奪の黒い噂がつきまとう疑惑の宰相に、しかし、意見できる者は居なかった。


 宰相は狂った王を保護の名目で暗い地下に監禁した。王妃だけが唯一、宰相の監視下で王との面会を許されていた。王妃は王の許に足しげく通い、次第に王太子の許へは帰らなくなった。


 やがて、宰相は一人の赤ん坊を恭しく腕に抱き、謁見の間に現れた。おくるみに包まれた小さな顔を見て、誰もが息を呑む。呆気にとられる王太子の銀髪は逆立ち、碧眼は零れ落ちてしまいそうな程に見開かれた。


 彼らの目を釘づけにする赤ん坊は、無邪気な碧眼を丸くして、王太子を見上げる。赤ん坊が身動ぎすれば、神の祝福の証である銀色の髪が柔らかく揺れた。


 その赤ん坊が王子だということは、火を見るより明らかだった。狂った王が種馬のように扱われたことも。居合わせた人々は、口にこそ出さなかったが、名王の凋落に憐憫と侮蔑の念を抱いた。青ざめた王太子へ向ける視線には、それらの感情の入れ子があった。


 宰相はその赤ん坊を第二王子と呼び、第二王子を産みおとし力尽きたという母親のかわりに、養育に関する責任を持つと宣言した。第二王子は宰相の息のかかった騎士団長に託され、騎士団長とその妹が育てた。


 第二王子の名はノヂシャといった。宰相は己の傀儡としたノヂシャを王位につけ、裏から国を支配しようと目論んだのだ。その為には、ノヂシャより王位継承権上位の王子が邪魔になる。


 王太子は、彼の許へ帰った王妃ともども、宰相の姦計に翻弄された。その老獪な根回しと悪辣な讒言によって、彼らの権威と信望は失墜してしまう。王妃は名王を誑かし発狂させた魔性の傾国とされ、憚らずに王妃を痛罵する者さえ現れる始末。しかのみならず、王太子は簒奪の罪を着せられ、王位継承権を手放した。王太子でなくなった第一王子を暗殺せんとする不穏な影がちらついた。


 それでもなお、毅然と立ち向かおうとした第一王子は、卑劣な罠に嵌り幾度か生死の淵をさまよった。そんな中で、騎士団長兄妹の愛を一身に受けたノヂシャはすくすくと育っていく。


 苦境に耐えかねた王妃は、とうとう焼身自殺を図った。残された第一王子は、絶望の果てでも挫けなかった。彼にとって、王宮は夜走獣が潜む夜の森。第一王子は生きるために強くなった。


 成長した第一王子は宰相の陰謀を暴き、糾弾した。第一王子は汚名を灌ぎ、宰相は失脚して政治の表舞台を去った。騎士団長兄妹と、担ぎあげられたノヂシャは、宰相と共謀したとされ非難に晒された。タカ派は処刑すべしと声を荒げたが、第一王子は是と言わなかった。廃嫡されたノヂシャはその後公の場には一切姿を現さず、人々の記憶の中でその存在は風化していった。


 第一王子が王位を継承し、彼は名実ともにブレンネンの国王に即位した。不遇の少年期を過ごした王だったが、帝王学をしっかり身につけていた。国内外の情勢に目を光らせ、信頼も利権も損なわぬよう慎重に外交する一方で、民の生活にも関心をもち、民の声に耳を傾ける。また、剣術にも秀でており、名王と名高かった先王の再来であると持て囃された。


 吟遊詩人は、そのように唄う。それが真実か、虚実かも知らぬまま。


 そして、真実には続きがある。語られることのない、その真実は。



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