母の願い
ニーダーの行方を尋ねて城内を巡ろうとした矢先に、虫が知らせたのか、ノヂシャは真っ直ぐにニーダーの寝室へ向かった。
ノヂシャは幼い頃、体内には虫が棲むという不気味な迷信をニーダーから教わった。人間の体内には、生まれたときから虫が棲んでいて、意識や感情に様々な影響を与えるという。ニーダーはノヂシャの気まぐれな態度を揶揄するとき、それは随分と虫が良い考えだ、とか、今日も腹の虫の居所が悪いのか、などの表現を好んで用いた。
腹の虫を大人しくさせてやると言って、ひっくり返したノヂシャの腹部を撫で回して喚かせる戯れを、ニーダーは楽しんでいたようだった。そうして宥められたところで、ノヂシャの腹の虫が治まることはなく、今もこうして、活発に働いているけれど。
ニーダーの寝室はラプンツェルの寝室でもある。国王が女と……たとえ相手が王妃であっても……寝室を共用するなんてとんでもないことだけれど、ニーダーの我儘、基、ニーダーたっての望みで、そういうことになったと聞いている。
ノヂシャとラプンツェルの対面は、ニーダーの望むところではないだろう。けれど、ノヂシャには不思議な確信があった。ニーダーは寝室に居る。そして、ノヂシャは奇妙な焦燥にかられていた。ニーダーと会って話さなければいけない、今すぐ。
半壊した列柱回廊を渡り、荒れ果てた庭園を抜ければ、王と王妃の寝室はもうすぐそこだ。
隠密に足を運ぶことは得意だ。この十年間、ノヂシャの存在は目障りであり続けたから。それでも人目を避けるのは難しかった。王と王妃の寝室の周辺はたいそう混雑していた。
衛兵はざわめき、侍女は右往左往して、親衛隊の騎士たちは石像のように硬直している。誰もが皆、室内の様子に気にしながら、立ち入ろうとしない。何かいわくありげだということは、考えなしのノヂシャにだって分かった。何事か、と首を捻ったところで、はたと我が身に不明に思い至る。
(まさか、ニーダーの身に何か……!?)
ニーダーはルナトリアに痛めつけられ、酷く傷ついていた。致命傷ではなかったと思いたいけれど、確信はもてない。ノヂシャはルナトリアの首を捩じ切ったところで、気を失ってしまった。事の顛末はわからないのだ。
ノヂシャは震えた。恐ろしい。ニーダーを喪うかもしれないことも、そんな一大事に、ルナトリアのことで頭がいっぱいだったことも。
ノヂシャはこそこそと隠れることをやめた。すれ違う誰も彼もがノヂシャを振り返ったが、ノヂシャは彼らを顧みない。ニーダーのことで頭がいっぱいだから。
これが俺だ、とノヂシャは考える。同時に、こんなの俺じゃない、とも。頭がこんがらがってしまうから、縺れる思考を解そうとはしなかった。
ノヂシャはずんずんと進んで行った。辿りついた扉の前には、親衛隊長ゴルマックが立ちはだかる。その斜め後方に控える侍女たちは、ノヂシャの方をちらちらと盗み見ながら、額を集めてひそひそと囁き合っていた。
その集団から少し離れたところで、若い娘が両手で顔を覆い、さめざめと泣いている。王子の乳母に背を撫でられ宥められる娘の、ちらりと見えたその顔に見覚えがあった。
ラプンツェルのお気に入りの侍女だ。名前は……何といったか。ゴルマックの文使いとして、人目を忍びノヂシャに接触してきたことがあり、そのときに名乗っていたかもしれない。定かではないし、覚えてもいない。興味がないことはすぐに忘れてしまう。
闊達な娘で、淀みなく語ることが上手だったが、彼女の語る内容は突き詰めれば、ひたすらゴルマックを賛美するばかりだ。「悲劇の王弟を窮地より救い出す」と言う大義名分の裏側に潜む、打算や作為には見向きもしない。恋は盲目とはよく言ったものだと思う。侍女の進言は、ノヂシャの意識の表層を滑るように素通りしていった。無関心ほど、あらゆる意欲を損なう感情はない。
侍女は浮足立っていたけれど、ノヂシャが彼女の話術に引き込まれることなく、欠伸を噛み殺す程度には退屈していることを察知した。侍女は言葉を尽くして、ノヂシャに迫る危機から逃れるには、ゴルマックが差し伸べる救いの手をとるより他にはないと力説したが、やがて徒労だと悟ったのだろう。ノヂシャの右手をとり、強引に書簡を握らせた。
ちょうどそのとき。灌木の茂みから飛び出して来た少年が、侍女とノヂシャの間に割って入り、ノヂシャの横面を殴りつけた。
侍女は鋭く悲鳴を上げて、身を引いた。ノヂシャも驚いたけれど、それは反射的なもので、持続はしなかった。ニーダーでなければ何者も、ノヂシャの心を揺り動かすことはかなわないと、そのときは信じていた。
ノヂシャは小首を傾げて、相手を見つめる。おさまりのつかない拳を震わせるのは、敵愾心と警戒心を露わにした、鷹のような目つきの少年だった。ノヂシャよりもいくつか年下だろうか。まだできあがっていない細身には不似合いな近衛兵見習いの制服を身に纏っている。その顔立ちは、性差を除けば侍女と瓜二つと言っても過言ではない。あまり見かけない麦藁色の髪をもつ二人が、姉弟だということは一目瞭然だった。
甲高い声で弟を叱りつける侍女と、目を三角にして言い返す少年のやりとりを、ぼんやりと眺めていれば、会話の内容を聞き流していても、出会い頭に殴られた理由は察しがつく。
姉と狂人が手をとりあう密会の現場に、たまたま鉢合わせてしまった弟は、姉の……ノヂ
シャに言わせれば笑止な誤解だけれど……貞操と名誉を守らなければならないと奮い立ち、矢も盾もたまらず駆けつけた。嫁入り前の姉が、あろうことか、男をやめたようなうらなりを相手に、道を踏み外すことは絶対に阻止しなければならなかった。そんなところだ。
結局、侍女は弟に引き摺られるようにして連れられて行き、ノヂシャは四角ばった文字がびっしりと並ぶ手紙をポケットにねじ込んで、その場から立ち去った。ゴルマックの手紙は、目を通した後に火を点けた。燃え滓を踏み躙り、ノヂシャは夢想した。
もしも、ニーダーが侍女のような娘だったら。ノヂシャはニーダーの抵抗なんてお構いなしに、連れて行くことが出来たのだろうか。ニーダーは抵抗しても、やがて諦めて、小走りでついて来てくれたのだろうか。ゴルマックが文面を通して切々と訴えていた内容より、そんな夢想がノヂシャの琴線に触れたのであった。
それが、ラプンツェルの懐妊が発覚して間もない頃の出来事だ。あれ以来、侍女がノヂシャの周囲をちょろちょろすることはなかった。だから、侍女の存在などすっかり忘れていた。支障は無かった。すれ違っただけの赤の他人のことだ。ただ、今は涙の理由が気に懸る。
先を急ごう。ノヂシャはゴルマックの傍らを擦り抜けた。扉の取手に手をかけると、侍女たちはまるで亡霊に出くわしたかのように悲鳴を上げる。構わず、扉を開こうとしたが、強い力で掣肘をかけられた。
「お待ちください。陛下は何者も立ち入ってはならぬと仰せです」
ゴルマックは眉を顰めた苦々しい顔つきに相応の苦み走った声調で、低く唸るように諌言する。ノヂシャはマリアと名付けた小鳥の仕草を真似て、小首を傾げた。こうすると、たいていの相手は『こいつは頭がおかしいから、何を言っても無駄なのだ』と嘲りながら余所へ行ってくれる。しつこく絡んでくる鬱陶しい手合いを追い払いたいとき、すげなくあしらって反感を買うより、こうしてあしらって煙にまく方が、ずっと話が早い場合が多い。
しかし、ノヂシャなりの処世術はゴルマックには通じなかった。ゴルマックはノヂシャを引き戻すと、切り詰めた言葉で、この混乱の原因を告げた。突如として投下された驚愕は、ノヂシャを痺れさせた。
「ラプンツェルが、人喰いの凶刃からニーダーを庇い……傷つき倒れた。ニーダーは、眠り続ける、ラプンツェルを、抱えて……寝室に、籠っている」
縺れる舌でとぎれとぎれに、鸚鵡返しに答えると、ゴルマックの眉間には深い縦皺が二本も増えた。それはノヂシャに対する非難を、引き結んだ唇より雄弁に物語っていた。
きっと、ノヂシャの口角が上がっているからだろう。ゴルマックはノヂシャがラプンツェルの不幸を、ひいてはゴルマック達の混乱を、嘲笑していると捉えたのだ。
ゴルマックは誤解している。と言っても、それをわざわざ指摘して、誤解を解こうとは思わない。ノヂシャが張り付けた微笑みの裏で激しく動揺していることを、ゴルマックは知らなくて良いからだ。誰にも、ニーダーにだって、知られたくない。
罪人の塔から逃れた人喰いとは、高い塔に住まう影の民の末裔のことをさす。つまり、ラプンツェルの家族のことだ。命からがら逃げ出した影の民の末裔は、彼らの姫君をニーダーの魔の手から救い出そうとしたのだろう。ところがあの甘ったれのお姫様は、ニーダーを憎悪していた癖に、どう言う風の吹き回しか、家族の復讐の邪魔をして、ニーダーの身代わりになって、倒れたらしい。
死んだのか? と訊けば、ゴルマックは不謹慎な奴だ、信じられないと言う表情で、わからないと応えた。ノヂシャは思わず舌うちをしてしまう。
(やってくれたな、ラプンツェル)
ノヂシャは口元を左手で覆った。吐き気が込み上げてくる。銀色の血だけが原因ではない。どろどろとした情念が腹の底から突き上げ、胸を圧している。
ニーダーはラプンツェルを愛している。ところが、ラプンツェルが生まれてくるかもしれなかった、ニーダーと彼女自身の子を、予め殺していた。その事実を突き付けられ、ニーダーは不信感を募らせていた。そこにつけ入る隙があった。ノヂシャは絶対に揺るぎない愛を捧げて、ニーダーの心を奪う心算だった。
しかし、こうなってしまっては、ノヂシャの目論見は水の泡だ。運命は雷のように、ノヂシャの頭上におちる。
(俺に勝ち目はない)
認めたくないが、認めざるを得ない。ノヂシャ自身、思い知ったのだ。ルナトリアの献身は、ノヂシャの心に深く刻みつけられた。ノヂシャがノヂシャである限り、忘れられない。ニーダーもきっと同じだ。ニーダーの心の永遠は、ラプンツェルの手に堕ちた。ラプンツェルが生き延びても、彼女が身を呈してニーダーを庇ったという事実は消えてくれない。ノヂシャの理想を描いた未来は、荒れ狂う逆風に吹き飛ばされた。
(これが君の復讐だって言うなら……ラプンツェル。君はたいしたタマだぜ)
十人並みの想像力があれば、わかる。愛する女性との間に授かった子どもが生まれた今、愛する女性か生まれた子ども、どちらかを喪うことが、ニーダーにとっては最悪の苦しみになる。どちらも喪えば、ニーダーは迷わずに二人の後を追うだろうが、どちらかが残されていれば、ニーダーは逝けない。最愛のひとを喪った苦しみに支配されながら、生きていかなければならない。
ラプンツェルにしてみれば、息子をのこして命を断つことが、最も理にかなった復讐となるのだ。そうすれば、自らの苦痛に終止符をうち、ニーダーの愛と喪失を生涯のものとして固定することが出来るのだから。
その可能性は既に考えていた。しかし、そんな度胸は無いだろうとラプンツェルを見縊って、高を括っていた。否、ラプンツェルの母性を買い被っていたのだ。所詮、ラプンツェルとあの女は同じ穴と狢に過ぎなかった。我が子の幸福より、自身の悲願の成就を優先させるような女なのだ。
ノヂシャは軽く眉を潜めた。眉間にあらわれた小さな縦皺から、ノヂシャをのみこんだ絶望の深さを読みとれる者は、この場に居合わせていなかった。
肩越しに振り返り、四角ばった騎士の渋面を流し見て、ノヂシャは肩を竦めてみせる。
「実の弟を、立ち入らせたくないって? お伺いを立てた訳じゃないんだろ? あんたらには荷が重いお役目だろうから、兄上には俺が直接、伺ってみるさ」
だから、通せ。と言外に命じても、ゴルマックは動かない。ノヂシャを新たな国王として担ごうとしていたのに、この扱いだ。ノヂシャが国王に即位したとしても、ノヂシャの意見が通ることは無いだろうけれど。どうしたものかと頭を悩ませていると、背後から、消え入りそうな声をかけられた。
「あ……あの……ノヂシャ、様……お願いが、ございます……!」
声をかけてきたのは、王子の乳母だった。真っ赤に泣き腫らした目でノヂシャを真っ直ぐに見つめている。面識はない筈だ。呼び止められる謂われも。困惑の為に硬直するノヂシャの許へ、乳母が駆け寄って来た。
使用人の女にあるまじき振る舞いである。王子の乳母に任命されるような女だから、嗜みを知らない筈がない。嗜みを知らない女がどのようにあしらわれるかも。ノヂシャは乳母を見つめた。言葉も無く見つめれば、相手はそこに勝手に意図を見出す。乳母は怯えたようだ。しかし前に進み出てしまった以上、後戻りは出来ないと、覚悟を決めていた。しどろもどろになりながら、乳母は懸命に訴えた。
「その……王子様が、お部屋にいらっしゃるのです。陛下が、お連れになって、もう、一日経って……お乳も、お飲みになっていらっしゃいませんし……おしめも濡らしていらっしゃるでしょうし……それなのに、その……泣き声を、上げていらっしゃらないご様子で……私、もう、心配で、心配で……!」
「丸一日って」
ノヂシャは目を見開いた。ブレンネンの紳士たちの殆どがそうであるように、赤ん坊のことは何も知らないけれど、小さな赤ん坊が丸一日、ろくな世話をされずに放っておかれるのは、まずいのではないかと思う。
「大丈夫なのか?」
率直な疑問を口にすると、乳母は目を剥いた。侍女は大きく息をのみ、ゴルマックは額をおさえる。ノヂシャはぎくりとした。言ってはいけないことを言ってしまったようだ。食言する間を与えず、乳母はとんでもないと叫び、まくしたてた。
「まさか! 大変なことで御座います! 王子様は大変健やかでいらっしゃいますから、お乳をたくさんお飲みになりますもの! それを断たれて……一日ですよ!? 大丈夫だとは思えません!」
激しい剣幕で詰め寄られて、ノヂシャはたじろいだ。女の金切り声は苦手だ。耳鳴りがして、頭が痛くなる。ノヂシャは眉を顰たが、すっかり取り乱してしまった乳母は、ノヂシャの不快感なんて気にも留めない。ひとくさり喚き散らした後、半身を逸らすノヂシャの足元にしゃがみこみ、さめざめと泣きだした。
「ああ、王子様、おいたわしい……母君様が、あんなことになってしまわれて……その上……玉体まで……なんてことなの、まだあんなにお小さいのに……こんなことって、あんまりですわ……!」
やっと静かになった。と言っても、下手を打てば、また嵐に巻きこまれるだろう。
ノヂシャは困り果てて頬を掻いた。構わずに寝室へ入ってしまいたかったが、そうはさせるかと言わんばかりに、乳母の手がノヂシャのズボンの裾をつかんでいる。
どうしようもなくなって、ぐるりとあたりを見回すと、ゴルマックが困り顔で頭を振っていた。どうやら、ゴルマックが寝室の扉の前に立ちはだかっていたのは、この乳母の為らしい。侍女たちは固唾をのんで成り行きを見守っている。誰も乳母を止めようとしないのは、連累をくらうのはごめんだと考えているからか。ひょっとすると、乳母の意見に少なからず同調しているからなのかもしれない。
ノヂシャは床に膝をついた。このままでは埒が明かないから、乳母の指をそっと、引き剥がそうとしたのだ。乳母の指に触れた瞬間、乳母の手は鎌首を擡げて噛みつく蛇のように、ノヂシャの手をぎゅっと掴んだ。その接触で、ノヂシャは瞬間的に痛みを感じた。驚いて、咄嗟に手を引っ込めようとするも、乳母の手に阻まれてしまう。
乳母は咽び泣きながら、ノヂシャを凝視した。強い力からは凄まじい執念が、指先の震えからは悲痛な覚悟が、それぞれ伝わってくる。ノヂシャは息をのんだ。
(これが、母親か)
この女は、赤子を胎に宿し、育み、苦しみを乗り越えて産んだ母親なのだ。王子はこの女が産んだ子ではないけれど、我が子と一緒に、彼女の乳で育んだ赤ん坊だ。我が子も同然に想っているのだろう。だからこそ、こんな無茶をしている。ゴルマックが特別に寛容な男で、ノヂシャがこんな風でなければ、鞭で打たれるだけでは済まされないところだ。乳母は我が身より、王子の身を案じている。
我が子を何よりも大切に想う母親は、確かに存在した。ルナトリアだって、無事にお腹の子を産むことが出来ていたら、我が子を何よりも大切にする母親になっていたに違いない。
どくどくと心臓が早鐘を打つ。鋭い痛みはいちじるしい残響のように、胸の中心から手足の末端へと伝わった。ルナトリアのことを思い出すことは、心身ともに痛みを伴う。それなのに、この手で殺した優しい女性を想うことをやめられないのは何故だろう。
「わかった。とりあえず、わかったから」
つい口走った言葉は、ノヂシャをうんざりさせた一方で、乳母の蒼褪めた頬を薔薇色に輝かせた。頭髪をかきまぜながら、ノヂシャは立ちあがった。跪いたままの乳母は、真夏の太陽を見上げるようにノヂシャを見上げ、床に額を擦りつけるようにして、頭を下げた。
「私から申し上げるのは、おこがましいことと存じますが……王子様のこと、くれぐれも、よろしくお願いいたします」
ノヂシャは無造作に返事をして、乳母に背を向けた。ゴルマックはノヂシャに道を譲り、深々と頭を垂れる。なんとなく、嫌な予感がして、振り返ると案の定。侍女たちは揃いも揃って跪いている。
おかしなことになった。ノヂシャはニーダーに会って話しをしたいだけだ。赤ん坊のことなんて、本当はどうでも良い。ノヂシャが心配なのはニーダーだけだ。
それなのに、これではまるで、赤ん坊を救いだすことが、ノヂシャの使命のようではないか。
扉の取手を握る。回そうとしたところで手が滑り、掌にびっしりと汗をかいていることに気がつく。ノヂシャはこっそりと嘆息した。
(まぁ、いいさ。俺に期待するのは、あんた達の勝手だ。俺が何をどうしようが、俺の勝手なのと同じように)
ノヂシャの目的はただひとつ。ニーダーと合って、話しをして、彼の心を繋ぎとめること。ついでに、赤ん坊をニーダーから引き離して、乳母に渡してやることが出来るかもしれない。その程度の認識で良い筈だ。
ノヂシャは深呼吸を繰り返して呼吸を調えた。扉の取手をしっかりと握り、扉の向こう側へ声をかけた。
「ニーダー、俺だ。入るぞ」