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愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第十八話 運命
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息子の命

 

 ラプンツェルはしばらくの間、何も考えられず、身動きもとれなかった。ラプンツェルの強張る背を覆う、豊かな銀髪を撫でていたリーナの手が離れる。その手は何処へ向かい、何を掴もうとするのか。首を捩ると、リーナの青白い顔が目睫の間に迫っている。翳る瞳の奥に火が点いていた。その熱さに、ラプンツェルはようやく意識を取り戻す。


「いけない、ダメよ! お願い、やめて!」


 ラプンツェルは身体を跳ねさせてもがいた。リーナの肩を押して、ぴったり重ねていた体を遠ざける。思いの外強い力で突き飛ばしてしまった。虚をつかれたリーナはふらついて後退りをしたけれど、赤子を抱いたまま転倒するようなことにはならず、体制を立て直してくれたので、ひとまずはほっとする。と、リーナの叫びが鋭く耳を劈いた。


「どうして? どうして止めるの、姫様! この子はニーダー・ブレンネンの……高い塔の家族の幸せを奪った、憎い仇の息子なのに!」


 リーナに詰め寄られて、ラプンツェルはたじろいだ。それでも、揺籠の中で眠る息子を背に庇っているから、後には退けない。ラプンツェルはぶんぶんと頭をふった。


「そうね、ええ、あなたの言う通りだわ。そう、この子はニーダーの子であって、ニーダーではないの。ニーダーは罪深い悪魔よ。だけど、この子に罪はない。この無垢な子に辛く当たることで、恨みを晴らしても、そんなの、正当な復讐じゃないでしょう」

「高い塔の家族に罪がありますか!? 不当な欲望によって奪われた、あたしの復讐が……どうして、正当でなければならないのですか!?」

「私達の復讐は終わったのよ。この先は、続けられない。いいこと? リーナ、よく聞いて。ニーダーは……ニーダーは、死んだの。この子をどうこうしたところで、この子の苦痛はニーダーには届かない。彼の魂は地獄に堕ちている筈だもの。あなたの手が汚れるだけ! ニーダーと同じところまで堕ちちゃうことになるのよ。嫌でしょう? 私は嫌だわ。ねぇ、リーナ。あなたは優しい娘。家族の皆は、ありのままのあなたを歪ませることなんて、望まないわ」

「いいえ、いいえ! 姫様は何もご存じない! もはや綺麗事では済まないのです! アンナは……あたしの可愛い妹は……無慈悲な復讐を、最期に望みました! アンナだけじゃない。家族の皆だって、そう! あたしは……無様に生き残ってしまった、あたしは……家族の皆の無念を晴らさなきゃいけないんです! ニーダー・ブレンネンを、アンナの地獄のさらなる深みに沈めてしまえるなら、あたし……地獄に堕ちることになっても、かまわない!」


 リーナの悲壮な決意を叩きつけられ、ラプンツェルの心は大きく軋む。


 リーナは正しい。ラプンツェルは何も知らない。心優しく善良なリーナをして、罪のない赤子を手にかける、大罪を犯そうと言わしめる、その真実を。高い塔の家族は、それだけの惨劇に見舞われたということを。


 身も心も深く傷ついてしまった、リーナの心に寄り添いたい。けれど、リーナが息子を害そうとする限り、譲歩することは出来ない。こんなにやりきれない思いをしたことはなかった。


(私を慈しんでくれた……愛してくれた……私の大切な家族は皆、逝ってしまった。臆病な私は、家族の皆が生きていられるうちは、何もしてあげられなかった。せめて、家族の魂を鎮めたい。だけど、家族の皆に望まれても、私はこの子を……ニーダーと私の息子を、犠牲に出来ない。私はなんて薄情な娘なのかしら。ごめんなさい。リーナ。ごめんなさい、皆。でも、私……これだけは、譲れないの)


 ラプンツェルは身を翻す。揺籠を覗きこむと、息子はいつの間にか、ぱっちりと目をあけていた。母と子、目と目が合う。息子は身に迫る危険を露ほども知らず、小さな体が弾むほどに、手足をぱたぱたと揺すって、笑った。母に関心を寄せられることを、待ちかねていたかのように。それから、当たり前のように短い手を伸ばしてきて、抱っこをせがむ。


 ラプンツェルはこれまで、息子に母の愛情を求められても、見て見ぬふりをしてきた。怖かったから。ニーダーの愛と慈しみに抱かれる子を、憎むことも、愛することも。


 だけどもう、躊躇っていられないのだ。


 ラプンツェルは、息子の脇下に手を差し入れる。きょとんと目を丸くする息子を、思いきって抱き上げた。


 ふくふくとした息子の小さな体が、ラプンツェルの細腕にずっしりと圧し掛かる。生まれて初めて胸に抱いた赤子の身体は、ほかほかとあたたかく、ふにゃふにゃと柔らかい。


 息子は小さな手で、ラプンツェルの身を包む寝間着の胸元をぎゅっと掴んだ。足をばたつかせるので、危うく、取り落としてしまいそうになる。苦労して息子を抱え直し、ラプンツェルは途方に暮れた。


 息子は特別に手間のかからない赤子らしい。王子殿下は良い子でいらっしゃいますわ、と、乳母やメイド達は口を揃える。それでも、このように拙い抱き方をされては、何処か鈍いところがあるような息子であっても、流石に不安だろうし、不快だろう。不機嫌になっても仕方が無い。と、思ったのだけれど、意外にも、息子はきゃっきゃっとはしゃいでいる。


 ラプンツェルは戸惑い、次いで、呆れた。おかしな子ね、と呟く唇の端が吊り上がる。息子の天真爛漫な笑顔を見ていると、怖くて怖くて堪らないのに、ラプンツェルは微笑んでいたのだ。


 息子がラプンツェルの顎に手を伸ばす。鼻先を掠める甘い芳香は、赤子の匂いだろうか。ラプンツェルの心は震えた。


 生まれたばかりの息子を抱いたとき、ニーダーは、がちがちに緊張していたけれど、それは無理もないことだったのだと、今ならわかる。命を預かることは、なんと大きな重圧だろう。胎に抱いている頃は、分からなかった。


 ニーダーはもう、いない。息子の小さな手が縋る先には、母親であるラプンツェルだけがいる。それが心細くて堪らない。けれど、溢れる涙を振り払う。めそめそしていられない。


 ニーダーの子を産んだのは、ニーダーに復讐する為だった。だけど、ニーダーはもう、いないから。


(この子を産んだのは、私。守れるのも、私だけなの)


 息子を守りたい。愛する家族と……リーナと、真っ向から対立しなければならないとしても。


 リーナの目は冷えている。覚悟を決めた筈なのに、ラプンツェルはうろたえた。恐怖がはらわたを焦がす。焼き切れて、黒煙を上げる前に、悲鳴を上げて許しを乞うてしまいたくなる。でも、ここで恐怖に屈することは、息子の命を凶刃の前に差し出すということ。それだけは、出来ない。


 リーナが一歩、前に出る。ラプンツェルが竦み上がると、リーナの顔が、それとわかる程にかたくなった。


「姫様……落ち着いて。落ちついて、冷静になりましょう? 姫様とあたし、高い塔の家族の皆……心は一つ。ええ、ええ、もちろん。そうでしょうとも。姫様は、耐え難きことを耐え、偲び難きことを忍んでいらっしゃった。全ては復讐の為に。家族の仇に侍る屈辱にも、悪魔の子を御身に宿される恐怖にも、屈することはなかった。姫様は復讐の為に、その子を産んでくださったのでしょう? 姫様……あたし、姫様を信じています。姫様はお優しいお方ですから、父親の罪の為に損なわれる赤ん坊を……それが憎い仇の子であっても……憐れに思召すのでしょうけど。でも、そのような憐憫の情さえ捩じ伏せてしまえる程に、姫様はあたし達を……高い塔の家族を、愛して下さりますものね?」


 リーナの口ぶりはまるで、ラプンツェルの運命を掌にのせたかのよう。ニーダーに囚われたラプンツェルが、我武者羅になって切り抜けてきた、すべての修羅場と愁嘆場を、リーナはその目で見て、その耳で聞いたとでも言うのだろうか。だとしても、その心で感じたことは、ラプンツェルの心が感じたこととは、大分、食い違っているのだろう。


 リーナと心を一つに重ねられないことを、ラプンツェルは心苦しく思わずにはいられない。何故なら、家族想いのリーナは、間違いなく、家族を一番に想っているから。家族を想うあまりに心を歪めてしまえるほどに。


 罪のない赤子を、歪んだ復讐心から守ろうとすることは、たぶん、正しいことだ。ただし、愛する家族の復讐を誓ったのなら、そのような正しさは甘えでしかなくて、ラプンツェルは進むべき茨の道を踏み外してしまっている。


 リーナがさらなる一歩を踏み出す。ラプンツェルは詰められた距離の分だけ、じりじりと後ずさりした。リーナが険しく眉根を寄せる。リーナは一度、胸に抱えられた赤子に視線を落とし、赤子の凝視に先を促されたかのように、ラプンツェルを真っ直ぐに見据えた。揺らぐ心をもて余すラプンツェルに、揺るぎない決意をもって手を差し伸べる。


「さぁ、姫様。お覚悟召しませ。ニーダー・ブレンネンの子を、こちらへお渡しください」


 リーナにそう告げられたとき、ラプンツェルは脱兎と化していた。扉に向かって駆け出す、極度の緊張に怒らせた肩を掴まれる。神経に火花が散ったようだった。食い千切られるような痛みがラプンツェルを襲う。そう、我が子の死は、肉体の一部を食い千切られるようなもの。


 恐慌をきたして、ラプンツェルは闇雲にもがいた。しっかりと胸に抱きしめた息子が、ヒッ、ヒッ、と悲痛な声でしゃくりあげている。リーナの尖り声がさらに追い打ちをかける。


「どうして? その子は、悪魔の息子。父親の罪を贖う為に生まれた、呪いの子。それなのに、姫様はどうして、その子を庇おうとなさるの? まさか、姫様……憎むべき仇の子に、情をうつしてしまわれたのですか!? 姫様、ねぇ、どうして!? 姫様は、ニーダー・ブレンネンに復讐する為に、彼奴の子を産まれたのでしょう? それを何故、今更になって、惜しまれるのです!?」


 息子はとうとう、火がついたように泣きだした。ラプンツェルが胎に抱えていた頃から、今に至るまで、優しく穏やかに語りかけられることしか知らなかった息子は、生まれて初めて怒声を浴びせられ、驚き、怯えているのだろう。


 ラプンツェルは思い切り身を捩り、出来る限り、リーナから息子を遠ざけようとする。リーナの五指は鉤のように、ラプンツェルの薄い肩に食い込んで、ラプンツェルを放さない。わんわんと声を張り上げて泣く息子を睨みつけるリーナの憤怒の形相が恐ろしくて、ラプンツェルは金切り声を上げた。


「そうよ! あなたの言う通り! 私は復讐の為にこの子を産んだ。酷い母親なの。この子は、私の剣……復讐の刃。ニーダーの心臓を刺し貫く為に、私はこの子を産んだ。行き場を失くした怨みをぶつけて、叩き潰す為に産んだわけじゃないわ!」

「姫様は、高い塔の家族の無念を晴らすことより、悪魔の子を育むことを選ぶのですか? 高い塔の家族を裏切るのですか!?」

「そうじゃない。そうじゃないよ! 私、家族の皆を愛している! でも、ニーダーが死んだ、今になって……この子を傷つける理由にはならないでしょう!」

「詭弁を弄して……!」


 怒りを露わにしたリーナは、強い力でラプンツェルの矮躯を壁に叩きつける。背をしたたかに打ちつけ、朦朧とした意識は、リーナが圧し掛かってきたことで、一気に手繰り寄せられる。


 リーナは敵意を剥き出しにしていた。その体に、見えない針が一斉に逆立つのが分かる。リーナに敵意を向けられるなんて、卒倒してしまいそうになる程に、恐ろしいことだけれど、さらに恐ろしいことに、リーナの敵意はラプンツェルではなく息子に向けられている。


 泣きじゃくる息子を、リーナの目から隠したいのに、リーナの身体と壁に挟まれて、身動きがとれない。リーナは笑った。ねっとりと糸をひくような嘲笑。


「流石は呪いの子、と言ったところかしら……まだ、そんなに小さいのに、姫様を誑かしてしまうなんてね」


 火事場の馬鹿力を発揮して、ラプンツェルはリーナを突き飛ばした。およそ三歩分の距離をとる。リーナを突き放してしまったことに、後ろめたさを感じるけれど、歩み寄ることはできそうにない。リーナは左腕でヒルフェとアンナの娘を抱き、右腕をだらりと垂らし、俯いたまま、くつくつと喉奥で嗤っている。


「姫様……ご心配召されないで。姫様がおかしくなってしまっているって、あたし、ちゃんとわかっていますから。その子の血潮が呪いを解いて、きっと、姫様は正気に返るから……」


 びきびきと音を立て、蛹を破り羽化する蝶のように。本来の状態の倍以上に膨れ上がったリーナの右腕は、皮膚もろとも衣服を破り、劇的に変化する。華奢な少女の肩から伸びるのは、多数の棘が生えたカマキリの前肢を彷彿とさせる、異形の腕。カマキリならば、鎌状に変化するべき前腕は、黒々とした輝殻に覆われた、肉を裂き骨を断つ……否、全てを叩き潰す、戦斧と化していた。


 ラプンツェルは戦慄に震えた。リーナのこの腕は、一度だけ、見たことがある。高い塔が焼き払われたあの日。リーナはアンナを守る為に、戦斧に変じた右腕を振り上げ、家族の敵へと果敢に立ち向かっていた。


 あの時も今も。リーナは変わらずに、高い塔の家族を深く愛しているのだ。


 ラプンツェルとリーナ。二人は同じように、愛と慈しみだけに抱かれ育った。だから今も同じように、苦痛と憎悪だけを抱いている。そう信じていたリーナを、ラプンツェルは裏切ってしまった。リーナがラプンツェルの裏切りに怒り、ラプンツェルを殺そうとしたなら、ラプンツェルは死ぬべきなのだろう。


 しかし今、リーナが殺めようとするのは、無垢の赤子。ラプンツェルの息子だ。ならば、守らなければならない。なんとしてでも。


「いや……やめて、リーナ……!」


 消え入りそうな声は、リーナには届かない。きっと、表で控えるメイドにも聞こえない。メイド達はニーダーの勘気をこうむることを恐れて、呼びつけられなければ、余程のことがない限り、夫婦の寝室に立ちいらない。大声で助けを呼べば良いけれど、恐怖に押し潰された喉は、か細い喘鳴を漏らすだけ。


 ごりごりと、床を抉りながら、戦斧を引き摺って、リーナが迫り来る。


 萎えそうになる足を叱咤して、ラプンツェルは身を翻した。足が縺れて、転びそうになるけれど、走らなければ。扉を開いて、助けを呼ばなければ。戦斧を引き摺る音が、リーナの哄笑が、どんどん近付いて来る。息子はあらん限りに力を振り絞って泣いている。小さな体は火を含んだように熱い。


 ラプンツェルが伸ばした手が、扉の取手に触れる。暗闇に希望の火が灯った、その瞬間。ラプンツェルの背後にぴたりと張り付いていたリーナが、ラプンツェルの足を払い、転倒させた。


 咄嗟に息子を庇おうとして、ラプンツェルは上体を捻り、床に倒れ込む。見上げる先では、ラプンツェルの身体を膝で挟みこむように腰を落とし、馬乗りになったリーナが、戦斧を大上段に振りかぶっていた。


 ラプンツェルは息子を胸に掻き抱く。リーナは鋭く舌をうち、ずっと手放さなかった、ヒルフェとアンナの娘を床に転がした。窮地にたたされていなければ、赤子へのぞんざいな扱いを窘めたいところだけれど。今はそれどころではない。リーナは自由になった左手で、息子の首根っこを掴んだのだ。猫の仔を摘まみ上げるように。


(いけない!)


 ラプンツェルは息子を奪われまいと、強く抱きしめて抵抗する。ところが、息子の泣き声がぷっつりと途切れたことで、思わず知らず、力を緩めてしまった。


 ラプンツェルのかじかんだ手指を、絹のお包みがすり抜けてゆく。ラプンツェルの絶叫は声にならない。


 絶望に見開いたラプンツェルの瞳が、リーナの会心の笑みをうつした、ちょうどその時。扉が控えめにノックされる。おずおずと、メイドが声をかけてくる。


「王妃様……王妃様? お休みのところ、申し訳御座いません。王子殿下のご機嫌が、傾いてしまわれたご様子でしたので、乳母を呼んで参りました。王子殿下を少々、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


 王妃様? 王妃様? と、馴染みのメイドが、ラプンツェルに呼びかける声が、張り詰めた沈黙を揺らす。頬を涙で濡らすラプンツェルも、唇を噛みしめるリーナも、吊るし上げられ、苦しそうにしゃくりあげる息子を見つめている。


(この子が……助けを呼んでくれた)


 ラプンツェルの心を読んだかのように、リーナは早口で「悪魔の子」と吐き捨てた。切羽詰まったリーナの顔からは血の気が引いている。ラプンツェルは素早く上体を起こし、息子を奪い返す。取り戻した温もりが愛しくて、振り払った温もりは切なくて、涙が出る。

 リーナははっと我に返り、手を伸ばしてきたけれど、ラプンツェルがすぐそこにある扉へ視線を向けると、悔しそうに握った拳をひいた。


(ひいてくれた)


 本当に良かった、と、ラプンツェルは胸を撫で下ろす。リーナが自棄になっていて、死ぬつもりだったなら、もう、どうしようもないところだった。


 ラプンツェルはリーナの顔を覗きこむ。きらきら光る勝気な瞳は鈍く淀み、赤みがさして溌剌としていた頬は蒼褪めていた。憔悴した姿を見せられると、憐れまずにはいられない。

 

 リーナが息子の命を脅かしても、それでも。家族想いの優しいリーナのことを、ラプンツェルは今も変わらずに愛しているから。ラプンツェルはそろりと手を伸ばし、リーナの頬を包み込む。瞠目するリーナの瞳にうつりこむラプンツェルは、ぽろぽろと涙を流していた。


「ごめんなさい、リーナ。私、あなたと一緒には行けない」


 ラプンツェルは涙に震える吐息で、リーナに決別を告げた。リーナは応えずに、がっくりと項垂れた。


 扉の向こう側では、いつまでもラプンツェルの返事がないことを訝ったメイドと乳母が、ひそひそと囁き合っている。リーナを王城の人間に突き出すつもりは毛頭ないから、適当に誤魔化して、リーナを逃がす時間を稼ごう。すうっと、大きく息を吸い込んだとき。ぱたぱたと、せわしない足音を響かせて、息を切らして、駆けて来たメイドのリディが、扉の前を陣取っていたメイドと乳母を押しのけて、急きこんでまくしたてた。


「王妃様! 王妃様、大変で御座います……陛下が、陛下が酷いお怪我を……それなのに、侍医を遠ざけられて……間もなく、こちらへいらっしゃいます……!」



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