終わらない悪夢
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小休止を挟みながら、鞭打ちは続いた。
ニーダーはラプンツェルの肉体、精神もろとも、断崖絶壁まで追い詰める。それでいて、突き落とそうとしない。ぎりぎり耐えられる、絶妙の手心を加えて、ラプンツェルを苛んだ。
見ているだけでは飽き足らず、ニーダーは牛の健を糾った鞭を手に取った。傷ひとつない労働と無縁の手が、指揮を執るように、優雅に鞭を振るう。ニーダーの鞭は覆面の騎士のそれよりも、ラプンツェルを削りとった。
悪魔の辣腕により、ラプンツェルは気をやることも、発狂することも出来ず、悪夢の一夜を耐え抜くより他になかったのである。
朝明けの列柱廊下に、ラプンツェルを背負ったニーダーの姿があった。ニーダーは覆面の騎士を追従させながら、自らラプンツェルを夫婦の寝室へと運んでいた。
その頃になると、ラプンツェルはぐったりと力尽きてしまって、怯えることさえ億劫になっていた。
背中は爛れ、焼け付くように激しく痛むのに、寒さに震えて奥歯を鳴らしていた。痛みに耐え、背と爪先を丸めるが、足りない。縋りつけるものが、目の前の大きな背中しかなくて、ラプンツェルは夢中になってしがみついた。
残酷な支配者の背中は、おかしなことにとても暖かい。冷たい心と、体温は比例しないのだろうか。ラプンツェルの涙は、ニーダーの肩に吸い込まれた。
気がつくと、ラプンツェルは寝台にうつ伏せで寝かされていた。斜光は眩く橙色を帯びており、隣にニーダーの姿はなかった。
全て、悪い夢だったのではないか。淡い期待は、迂闊にも寝がえりを打とうとした瞬間に砕け散る。背中に刻まれた絶望が、絶え間なく疼痛を訴えていた。
身動ぎするのも辛く、寝台の上でひたすら喘いだ。痛みをやりすごす為に、シーツを握りしめ、噛みしめた。
そうしていると、少しずつましになってきた。背中がどうなっているのか、気にする余裕が出来る。
酷いことになっているだろうことは、想像に難くない。確かめるのは怖いけれど、知らないまま、最悪の想像をし続けるのも怖い。
ラプンツェルは寝台から転げるように降りて、姿見の前まで這っていった。長い髪は細かく編み込まれ、結い上げられている。傷にさわらないようにとの、配慮だろう。巻かれた包帯を恐る恐る解き、背を鏡に映す。ラプンツェルは目をしばたいた。
背にはたくさんの蚯蚓腫れが、絡みあうようにのたうっている。惨たらしくて、眩暈がする。
でも、想像したよりずっと、良い状態だった。あれだけ鞭打たれたにしては、綺麗過ぎる。皮膚を裂かれ剥がれ、肉が見えていても、おかしくなかった。
血が滲んだ包帯と、流血していない背の傷を見比べてみる。ラプンツェルは静かな混乱に陥った。
(なんなの、なんだったの。あれは、夢? 現実? もうおわったの? それともまだ、つづいているの?)
背中の心配をしなくなると、もっと深刻な懸念に撞着する。ラプンツェルは恐怖にとりつかれた。
風が強く吹く。家鳴りがする。世話係のメイドが扉をノックする。そのたびに、ラプンツェルの心臓はとまりかけた。シーツを頭から被り、がたがた震える。ニーダーがまたやって来る。ラプンツェルを甚振りにやって来る。ラプンツェルは怯えていた。
何事もなく、三日が過ぎた。傷が癒え、痛みがひいていく。一緒になって危機感も薄らいだ。
ラプンツェルの治癒力は、本人が認識していたものより、ずっと高いものだった。食事ものどを通るようになってきた。
無邪気に安心していたことが、すぐに間違いだったと気づかされる。さらに三日後、背中の傷が綺麗に消えた晩に、ニーダーがやって来た。ガラス玉のような目と目があった瞬間に、忘れようとしていた恐怖が津波のように押し寄せる。ラプンツェルは我を失った。