暴虐
暴力、虐待の描写があります。ご注意ください。
吊るし、鞭打ち、殴打です。
「がっ……」
喉奥につかえていた空気が押し出される。一撃一撃がネグリジェを、皮膚を、なけなしの意地を、剥がしていく。
鞭は骨に響いた。どんどん体重が重くなっていくような錯覚にとらわれる。腕にかかる負荷が増し、伸びきった腕が引きちぎれそうに痛んだ。
一瞬、意識が遠のきかけるのだが、次の一撃で、髪を鷲掴みにして顔を上げさせられるように、意識を引き戻される。
ぐらぐらと揺れる視界の真ん中で、ニーダーは顔色ひとつ変えていなかった。
「この教育は、君が私の望む王妃が何たるかを心得、そうなるまで続く。私は一切妥協しない。君は一生涯を、妻として私と共に生きるのだから」
宣言通り、ニーダーは慈悲を与えなかった。喉が枯れ、悲鳴を上げられなくなっても、ラプンツェルは鞭打たれた。
背が恐ろしく腫れあがっている気がする。あとはもう、指先で叩かれただけでも、弾けてしまう。
やめて欲しい。許して欲しい。しかし、訴えても聞き入れられず、どうすれば解放されるのかも教えられない。
(私に、どうしろって言うの……)
だんだんと、痛みが鈍くなる。体は砂袋のようだ。意識が朦朧とする。
「鞭を置け」
途切れることない鞭声は、ニーダーの鶴の一声でようやく止んだ。
背にぶよぶよした膜がかかっているようだ。感覚が鈍く、燃えるように熱い。ぼんやりと背中を気にしていると、ニーダーがすぐ傍まで来ていた。
「どうかな、ラプンツェル? 心を入れ替える気になったか?」
猫撫で声で、ニーダーが問いかける。ラプンツェルはまごついた。なんと答えたら良いのか、わからない。
呻いていると、ニーダーの目が厳しく光った。
「返事」
「ひっ!」
ラプンツェルは飛び上がる。体中が燃えるように痛んだが、極寒の恐怖に凍えていた。
ラプンツェルは顔をくしゃくしゃに歪めて、大粒の涙をぼろぼろ流しながら、がくがくと頷いた。
「はひ、はひ! わ、わた、ひ、あなたのこと、愛ひてまふ! お願い、もう、ひどいことしないれくらさひ……」
歯の根が合わない。無様にひっくり返った、舌っ足らずの言葉を、ニーダーは静かに聞いている。ラプンツェルは瘧にかかったように震えた。死刑の執行を待つ死刑囚のような心境だった。
ラプンツェルは、すっかり打ちのめされていた。今の彼女の頭には、ニーダーへの憎しみは愚か、家族を喪った悲しみすら無い。ただ、この身に降りかかる苦痛から逃れることで、いっぱいだった。
ニーダーはふと顔を傾けた。目睫の距離で、ニーダーは短く言った。
「キスを」
ラプンツェルは、目の前に道が開けたと思った。飛びつくように、ニーダーと唇を重ねる。
触れ合ったのは、ほんの一瞬だった。次の瞬間、ラプンツェルは頬を殴られ、体ごと吹っ飛んだ。
倒れ込みそうになったところを、鉤から伸びる鎖に引き上げられる。引き伸ばされた筋肉の繊維がぶちぶちと切れる音を聞いた気がして、ラプンツェルは反射的に体制を立て直した。
「苦痛から逃れる為に、安々と唇を許すとは。心に決めた男がいるのではなかったか? ふん、君をこんな目にあわせた男が私でなくとも、君はそうするのだろうね」
信じられないものを見るように、ラプンツェルはニーダーを見上げる。ニーダーは手の甲でぐいと唇を拭った。怨敵を睨みつけるような恐ろしい目が、ラプンツェルを射ぬく。
「……汚らわしい娼婦め。恥を知れ」
侮蔑の言葉を吐き捨てて、ニーダーは踵を返した。
「続けろ」
ラプンツェルは絶叫した。ほとんど声にならない叫びが、血臭が立ち込める部屋に反響した。
「なに、なぜ、どうして? 私、何か間違ったの? 言うとおりに、したでしょ?」
ニーダーの言うことなら、なんでも聞くつもりだ。それ以外に、暴力から逃れる術が思いつかない。
二―ダ―は思いっきり顔を顰めた。
「命令に唯唯諾諾と従っていれば、それで済むと? 何度同じことを言わせるつもりだ。君は奴隷ではない。我が妻、王妃なのだよ。妻ならば、夫を愛し、夫を喜ばせるべきではないかね」
ラプンツェルは唇を震わせた。泣きながら、唇の端が、ゆっくりと持ち上がる。
なんだか、無性におかしかった。
ニーダーの怒りは、ラプンツェルがニーダーを心から愛するようになるまで、おさまらないのだろう。
ラプンツェルは、このまま責め殺されてしまうかもしれない。ニーダーを愛するなんて、天地がひっくりかえってもあり得ないのだから。
「鞭打ちって、痛いだろうね」と言ったら友人は
「痛いだろうね。これより痛いよ」と言って、私の剥き出しの二の腕を、30cm定規でパシーン! と叩きました。ふいうちでした。本当に痛いです。鞭打ちは同意がなければ、ダメ、絶対!