呵責
暴力、虐待の描写があります。ご注意ください。
踏みつけ、吊るし、ビンタ、鞭打ちがあります。
屈辱を噛みしめることに気を取られていると、後頭部に鈍い衝撃が弾けた。体がぐらりと傾き、大理石の床に額を打ち付ける。ニーダーは躊躇いなく、倒れ込んだラプンツェルの頭を踏みつけた。
あまりの仕打ちに、ラプンツェルの思考が停止する。生れてこの方、慈しまれてきたラプンツェルには、蹂躙される屈辱を嚥下することも難しかった。視界が滲む。
頭上から、ニーダーの陰鬱な溜息がふってきた。
「息をするように嘘をつく。小賢しい女狐が」
言い捨てて、ラプンツェルの額を爪先ですくうように蹴りあげる。無理やり上向かされて、首が痛い。瞳を揺らすラプンツェルに、ニーダーは牙を剥いた。
「罰だ。……吊るせ」
小山のような覆面の騎士が動いた。ラプンツェルを荷物のように抱え上げる。月光を浴びる大理石の上におろされたかと思うと、手際良く両の手首を頭の上で一まとめにされた。
へどもどしながら、枷をかけられた両手を見上げると、視界に、大きな鉤が飛び込んでくる。腰に腕を回され抱え上げられ、ラプンツェルは足掻いた。
「なにするの! どうして!? あなたが望んだんじゃない!」
屈強な武人に、かよわい少女が力で太刀打ちできる筈も無い。覆面の騎士の腕の中で、ラプンツェルは赤ん坊のようにのたうった。
ニーダーは豪奢な肘掛椅子に悠然と腰かけている。頬杖をつき、無駄な抵抗を冷ややかに眺めている。嘆かわしいと、ニーダーは頭を振った。
「君はこのニーダー・ブレンネンの妻だ。しかし、どうしたことだ? いやいや従うその姿は、卑しい奴隷のようではないか。やはり、仕置きをせねば、わからんのだろう」
渋々、迎合することで、かえってニーダーの怒りを買ってしまったらしい。ラプンツェルは青ざめた。身を砕くことで精一杯で、上手い体裁を言うことが出来なかった。
受難のこども時代を送ったとは言え、ニーダーは生れながらの王者だ。欲しいものを欲しい儘にすることは、彼にとっては当たり前。愛を強制することなんて、決して出来ないのに、ニーダーは駄々をこねる子供のように、求めるばかり。
ニーダーはラプンツェルの心からの忠愛を望んでいるのだ。
短いやり取りの間に、ラプンツェルは鉤に吊るされた。釣りあげられた魚のようにのたうつラプンツェルに、ニーダーはつまらなそうに警告する。
「床にちゃんと足をつけ。肩が外れても知らんぞ」
ニーダーが目配せすると、覆面の騎士が一瞬、ラプンツェルの腰を放した。ラプンツェルが悲鳴を上げる。
肩が抜けそうだ。慌てて、蹴りあげていた足を床におろす。
鉤の高さは、ラプンツェルが床に足をつけることが出来るように調整されていた。けれど、踵は浮いてしまって、具合が悪い。
覆面の騎士を見上げても、ニーダーを見つめても、鉤の高さは変わらなかった。そうしていると、覆面の騎士が、ラプンツェルの背後に回り込んだ。ひゅん、と風を切る音をいぶかしんだ直後、背で高い音が弾ける。
熱した刃で切りつけられたかのような痛みが背にはしった。咽喉から押し上げられるように、悲鳴が勝手にこぼれ出る。
「きゃあああっ!?」
ひゅん、ひゅん。軽やかな音と裏腹に、衝撃は重い。木を切り倒そうとする斧の一撃のようだ。ラプンツェルはパニックに襲われた。
「ひぎっ!? なにっ、痛い、痛い痛い痛いっ! ああっ! なにしてるの、やめて! やめてよぉ!」
しゃにむに体を揺らし、打擲から逃れようとする。黙って観賞していたニーダーが、うんざりと手を振った。
五月雨に背を襲っていた痛みが、ぴたりと止む。体をよじり、背後を確認して、ラプンツェルは目を瞠った。
覆面の騎士の手には、柳の枝のような、黒光りする鞭が握られている。
(鞭で打ったの? 私を、馬みたいに!?)
なんて恐ろしい。ラプンツェルは金切り声を上げた。
ニーダーはつかつかと靴音すら剣呑に響かせて、ラプンツェルに近づいた。言葉にならない罵倒を叫ぶラプンツェルの頬を、平手で打つ。一度、二度。黙らないかと、三度、四度。ぼんやりとしたラプンツェルの前髪を鷲掴みにして、ニーダーは唸るように言った。
「じっとしていろ。偽りであろうと、私を愛すると、君は誓った。私の為なら、どんな痛みにも耐えられる筈だ。それとも、磔にされたいか」
ラプンツェルはニーダーを凝視した。ニーダーは冷静だ。癇癪を起して暴れているのではない。冷静に苛虐している。感情に訴えても、無駄だろう。
冷や水を浴びせかけられたかのように、ラプンツェルは震え上がった。ニーダーが恐ろしい。
堰を切ったように、涙が溢れだす。
「かわいい泣き顔だ。いささか見苦しいが」
ニーダーはラプンツェルの泣き顔を一瞥し、失笑する。抑揚なく言い捨てた。
「君が私を愛さないのなら、君の家族など、私にとっては何者でもない」
ラプンツェルは嗚咽を漏らした。肩幅に足を開き、踏み堪える。
鞭が空を切る音がした。覚悟する間もなく、背に振り下ろされる。体が弓なりになって跳ねあがった。