重なる影
動物虐待の描写、及び幼児虐待を仄めかす描写が御座います。ご注意願います。
俺は、半分は拗ねてあてつけがましく、でも残りの半分は、本気でそうするべきだと考えて言った。ニーダーは俺よりも王に向いている。俺は物心つく前から「貴方様は間違いなく王位を継承なさるお方です」って言い聞かされて育ってきた。だけど、王とは何か、わかっちゃいなかった。確約された王冠を拒む理由はなかったが、絶対に王になってやる、って気概もなかったんだよ。
だから、あんたが王になれば良い、なんて平然と言えたんだ。無神経にも。
俺は知らなかった。ニーダーが正嫡の王子で、俺の兄上だってこと。本当なら、第一王子のニーダーこそが王太子だってこと。俺たちの父上が猛毒に心身を蝕まれ、玉座を転がり落ちた直後、ニーダーと手を取り合っていたゴーテルが掌を返したこと。あの女とゴーテルの憎悪が、ニーダーを生かさず殺さず、じわじわと呵責していること。
ニーダー。心に傷を負って、罪悪感に押し潰されて、塞ぎこんじまったあんたを、あいつらは閉じ込めて、あの手この手で苛めていた。あんたが憎らしかったからだ。そのまま、あんたを惨めな死に至らしめるつもりだった。
惨いよな。惨すぎる。まさに悪魔の所業だ。
くれぐれも、誤解しないでくれ。動機は正反対だったとしても、ラプンツェルに同じ仕打ちをしたあんたを、非難しているつもりはない。
あんたはラプンツェルのことが好きなんだろう。ラプンツェルの痛みも苦しみも、嘆きも悲しみも、怒りも憎しみも、全部あますことなく、あんたは自分のものにしたかったんだろう。それなら、わかる。俺にもよくわかる。
俺の話をさせてくれ。あれは確か、あんたと出会う前のことだ。俺は綺麗な蝶の翅を毟った。念のために断っておくが、俺は残忍なあいつらとは違うからな。俺は蝶を嫌って、その苦しみを求めた訳じゃない。俺が翅を毟ったのは、蝶が綺麗だったからだ。
ある時、俺が花咲く中庭でメイドたちと遊んでいると、夢みたいに、綺麗な蝶が飛んでいるのを見つけた。ブレンネンの青薔薇の色をした翅を、世の果てに似ている漆黒が縁取っていた。
俺は飽きっぽいガキだったけど、その蝶は長いこと見ても飽きなかった。ずっと見ていたかったけど、蝶は何処かへ飛んでいっちまうだろう? 俺は綺麗な翅が欲しかった。だから蝶を追い回して、捕まえて、翅を毟った。あの瞬間を忘れられない。体中の血が沸騰したみたいだった。
だけどさ、毟ったあとに、後悔したよ。あんなに綺麗だった翅は、蝶の体から切り離された途端に輝きを失った。きらきら光る魔法みたいな粉は、俺の掌にべたべたはりついて、汚らしい。翅をなくしてのた打ち回る虫は、ものすごく気持ちが悪いものだった。
俺は、青い蝶を血眼になって探した。メイドたちにも探させた。だけど、俺がバラバラにしちまった蝶の他に、青い蝶は見つからなかった。
後日、ヨハンに強請って標本を取り寄せて貰った。ピンで留められた死骸は、綺麗な形を保っていたけど、あの素晴らしい輝きを完全に失っていた。それで、俺は思い知ったのさ。
花から花へ、翅をひらひらさせて舞い踊るから、綺麗だったんだ。形ばかり整った死骸には、何の価値もない。
鳥は囀り空を飛ぶから、魚は水を煌めかせ泳ぐから、獣は勇ましく野を駆けるから、素晴らしい。虚ろな瞳を嵌めこまれた剥製になっちまったら、もう台無しだ。
あんただって、わかってる筈なんだけどな、ニーダー。それなのにあんたは、小鳥を手許に留めておきたければ風切り羽を切ってしまえ、って繰り返し俺に命じるんだ。
いくらあんたの望みでも、それだけは聞けない。あんたがくれた、大切な『マリア』だ。言葉にならないうたを歌って、限られた空を舞い踊る、小さな可愛いマリアは、あんたが俺を慰める為にくれる贈り物だ。ありのままの魅力を損ねるような、無粋な真似はしたくない。
そのかわり、俺はあんたを喜ばせただろう? あんたがくれる小さな生き物にマリアとヨハンの名前をつけて、舐めるみたいに可愛がって、手懐けて、最後にはちゃんと、あんたの目の前で殺しただろう?
悲しかったけど、それ以上に嬉しかったよ。この俺が、あんたを喜ばせている。あの優しいニーダーが、俺の流す涙を見て、嗚咽を聞いて、邪悪な悦に入る。俺の体中が歓喜に震えて、破裂しちまいそうだった。
それにさ、ニーダー。風切り羽を切り落とした、飛べない小鳥を鳥籠に放り込んで、飼い殺しにして、ただ眺めているなんて、つまらない。足に細い糸を結んで捕えた小鳥を、根気強く馴らしてさ。糸を解いても、俺の傍を離れなくなった可愛い小鳥を……握りつぶして食っちまうのが、最高にぞくぞくするじゃねぇか。
残酷だ。許されない所業だ。だが、わかってほしいのは、俺は蝶や小鳥が大好きなんだってこと。恨みを晴らそうとして、甚振り殺すなんて、そんな残忍な真似はしない。俺はあいつらとは違う。
綺麗な蝶の翅を引きちぎる、可愛い小鳥を握りつぶす、あの瞬間、俺の胸は悲しみで張り裂けそうになる。腹の底は罪悪感に凍える。だけど体中の血が沸騰するんだ。俺がこの手が、完璧に美しいものを滅茶苦茶にしていると思ったら、堪らない。なんなんだろうな?
終わってしまったら、後悔しか残らないってわかっているのに、やめられない。これが俗に言う悪魔の誘いなのか? 禁じられた遊びに興じる、背徳の刹那的な快感なのか?
ニーダー、俺は上手く話せてるかな? 俺の言いたいことは伝わるかな? ありのままのあんたが、最高に綺麗だ。散々踏み躙られて、心も体も憔悴したあんたが、流した涙の川に沈むなら、俺は瞬きすらせずに、あますことなく見つめていたい。そして最期の瞬間、この俺の手で終わらせることが出来たら、それを運命と呼びたいんだ。叶わないとあんたは嘲笑うだろうな。だけど、可能性は零じゃないんだぜ?
それにしても、本当に良かった。あんたがあの女とゴーテルの狂気に殺されなくて良かった。あんたが立ち向かう勇気を奮い起してくれて良かった。ヨハンもマリアも、あんたの憎悪に酷く痛めつけられた挙句に殺されちまったけど……そうすることが、あんたが羽化する為に、耐え忍ぶだけの蛹から、華麗に舞い踊る蝶になる為に必要だったのなら……俺は許すよ。あんたを赦す。だって俺は、あんたのことが大好きで、信じているんだ。すべてを許さなきゃ、いけないだろう?
……話が逸れちまった。閑話休題。俺がニーダーこそ国王になるべきだって、よく考えもせずに、無責任に言い放ったら、ニーダーは首を横に振った。まるで、うるさい羽虫を振り払おうとするみたいにな。
「そうだな、良い王になれるだろう。老獪な大臣や議院に綾取られる儘の、都合の良い傀儡の王に」
ニーダーは鷹揚に微笑みたかったんだろう。冗談めかして肩をそびやかしたつもりだっただろう。だけど、ニーダーが吐き捨てたのは紛れもなく、仄暗い自嘲の言葉。ちぐはぐで、噛みあっていない。俺の足元から寒気が突きあげた。まだ冬は遠く離れているのに、肌がざわめく腕を擦りながら、俺は困惑を包み隠さずに訊ねた。
「ええと、とどのつまり……何が言いたいんだ?」
「僕は王の器じゃないってこと」
ニーダーはきっぱりと言い切った。迷いを振り切って清々したみたいな、すっきりした微笑みのマスクで、あんたは青白い虚ろな素顔を隠していた。ほんの少し逸らした瞳の翳りに、俺の髪を撫でる掌の冷たさに、俺が気付かないと思っていたんだろう? あんたは時々、俺を侮り過ぎるんだ、ニーダー。俺以上に、あんたを熱心に見つめている奴なんか、いないって言うのに。
ニーダーは噛んで含めるように、俺に言って聞かせた。
「王族とは本来、交渉、策謀、詐術の専門家でなければならない。陛下が始められた外交において、それらの能力は特に重要になる。君ならうまくやれると思う。君は利発で……それに、口が達者だ」
ニーダーは、半分は真面目な声で、半分は笑いながら言った。俺は腕をさするのをやめた。
「やっぱり、あんたの方が向いている。おれを言い負かした」
「君がまだ、ほんの小さな子供だからさ」
「また言った。このっ……!」
突沸した怒りに押し上げられて、口をついて飛び出そうとした罵詈雑言を、危ないところで噛み殺す。ニーダーはくすくす笑って、俺の額を小突いた。
「ほら。ノヂシャは賢い子だ」
「……バカにして……もう……」
俺はいらいらと呟く。ニーダーはそんな俺の様子を面白がっていたけど、ふとしも、真顔になった。
「偉ぶって、道を説く真似事をしておいて難だけれど、あれは僕の持論じゃない……国王陛下の教えだ」
「父上の? ニーダー、父上にお会いしたことがあるの?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。大好きなニーダーの目が泳いだことを気にしていられないくらい、俺は興奮していた。
何故かって?
『お父上にお会いすることは叶いません。お母上はいらっしゃらないものだとお考えください』
なんて言われて、その通りに出来る方法があるのなら、教えて欲しいぜ。俺は皆に大切に守られて、寂しい思いなんかしたことがなかった。特に不満はない。だからって、無関心になりきれなかった。
「おれはないんだ。おれが生まれる前からずっと、床に伏せていらっしゃるんだろ? 難しいご病気だから、お見舞いにも行っちゃいけないんだって言われてる。一目、お目にかかるくらい良いだろうに、ゴーテルもヨハンも、ダメったらダメの一点張りでさ。ねぇ、ニーダー。父上はどんな方なんだ? ずっと気になっていたんだけど、誰もちゃんと答えてくれないんだ」
父上のことを少しでも知りたい。教えてくれるのがニーダーなら、期待がさらに高まる。俺はわくわくして、ニーダーの言葉を待った。
ところが、ニーダーは黙り込んだ。うっすら開いた震える唇が、噛みしめられて、閉ざされる。ニーダーが話してくれるのを、俺は辛抱強く待ったが、どれだけ待っても無駄だった。
「なんだよ、あんたもだんまりかよ」
俺はため息をついた。ニーダーはそこでやっと、口を開いたけど、俺はその言葉を遮った。どうせ、言い訳をするんだろうと、決めつけて。
「別にいいけどさ。あんまり興味ないし、どうでも良いし。今の今まで父上のこと、きれいさっぱり忘れてたくらいだもん」
俺はニーダーの顔を見なかった。ニーダーが困った顔をしていたら、可哀そうだ、悪いことをした、って思ってしまうかもしれない。それが嫌だったんだ。
俺は怒っていた。ニーダーは特別なのに、他の大人たちとは違うのに、信じていたのに。それなのに、他の大人たちと同じように、俺を蚊帳の外に追いやるから。
俺の失望をニーダーに思い知らせてやりたかった。唇の端をひんまげて、冷やかに言い捨てた。
「大人が皆でぐるになって、おれに父上のことを教えないようにするってことはさ。父上って、どうしようもなく、最悪の暴君だったんだね」
「それは違う!」
ニーダーの叫びは悲鳴みたいに耳を劈く。耳を塞いで顔を顰める俺の両肩を、ニーダーは縋るみたいに掴んだ。
「陛下は素晴らしい王であらせられる。名王の息子であることを、君は誇るべきだ」
「うそつき」
「嘘じゃない。陛下は優れた治世者で……」
必死に言い募るニーダーを、俺は冷淡に遮った。
「それで? 素晴らしい王様で、優れた治世者で? それで、どんな方だったんだ? 何をして喜ぶ? どんなふうに悲しむ? 優しかった? それとも厳しかった? 怒らせたら怖い? 一緒にいると楽しい? 俺が知りたいのは、父上のことだ。国王陛下のことじゃない。父上との思い出を、もっとちゃんと、おれにわかるように教えてよ」
ニーダーが目を瞠る。俺はぶつかるようにニーダーの目を見た。ニーダーは太陽を見上げたみたいに、眩しそうに、苦しそうに顔を顰めると、顔を背けた。
俺の失望は深まるばかりだった。身勝手だって、今ならわかるけど、俺はガキだったんだよ、ニーダー。自分の都合しか考えられなかったし、この目で見て、この耳で聞いて、この肌で感じたものしか知らなかった。
あんたが、父上の教えを俺に伝える為に、どれだけの勇気をかき集めなきゃいけなかったのか、どれだけの痛みを堪えなきゃいけなかったのか、わかってやるべきだったのにな。
愚かな俺は、あんたの懊悩を知ろうともせず、あんたに怒りをぶつけた。
「あんたも周りの皆とおんなじだ。本当のことは、教えてくれない」
ニーダーは項垂れて、沈黙を守っている。俺はますます苛立って、つっけんどんに言った。
「もういい。よくわかった。これ以上、うるさく質問攻めして、あんたを困らせないから、安心しろよ」
皮肉のつもりで言った。まだ気がおさまらない。俺は肩を尖らせ、とげとげしく付け足した。
「誰も国王陛下のことは、悪く言えないもんな」
「ノヂシャ」
ニーダーの手が、俺の肩から滑り落ちる。折り曲げた肘に引っ掛かってとまった。俺は、くどくどした言い訳を聞く耳なんか、持っていなかった筈だった。だけど、ニーダーの声の調子があまりにも悄然としていたから、つい心配になって背けた顔を、しぶしぶ、正面に戻したんだ。どうしても、あんたには甘くなる。あんたのことが好きだからだ。
ニーダーの綺麗な顔が、ざわめく湖面みたいに、揺れていた。
「陛下は、王冠を戴いてお生まれになった、稀有なお方だ。万人が陛下に魅了される。君が、そうであるように。君は陛下によく似ている」
ニーダーは微笑んで言った。いまにも瓦解しそうな不安定な微笑みが、哀願するような震える声色が、重なったんだ。忘れてしまいたい、忌々しいあの女のそれと。
『ノヂシャ、ノヂシャ、嗚呼、ノヂシャ。あなたはなんて愛おしいのかしら。あのひとの生き写しだわ』
細く頼りない手が、執念深さを信じられない力に変えて、縋るように俺を押さえつける。狂った愛情という炎を含んだ柔肉が俺に圧し掛かる。俺を押しつぶそうとする。
身を捩って暴れる俺を、どろりと蕩けた不気味な青い目が凝視している。吹きかけられる吐息は、邪悪な竜の息吹のように、俺の肌を焼く。
熱い。こんなにも熱いのに、体の芯が凍える。耳をねぶるあの女の囁きは、口当たりの甘い猛毒だ。
『愛しい愛しい、私のノヂシャ。私がお腹を痛めて産んだ、可愛い子。あのひとに、そっくりね。年齢を重ねれば、ますますあの人に似て、大人になればあの人そのものになるでしょう。ねぇ、ノヂシャ。私の傍にいて、片時も離れてはいけないわ。私たちはずっと、一緒なの。ずっと、ずっと、ずっと一緒なのよ。ノヂシャ、私の、私だけの宝物。二人が一つに溶け合うみたいに、愛し合うわ、二人きりで。守ってあげる……私はもう、あの悪魔に負けはしない』
俺は力の限り暴れた。あの女の幻を、それを宿したニーダーを突き飛ばした。
俺の前で、呆気にとられて尻もちをついているのは、ニーダーだ。だけど、あの女の幻が消えない。俺に這い寄って来る。俺は恐慌をきたした。
「嫌だ、やめろよ、気持ち悪い!」
俺は金切り声を上げて、逃げまどった。ごちゃごちゃと散らかって、光に満ちたニーダーの部屋は、俺の目を通すと、伽藍堂の薄暗いあの女の部屋になっていた。あの女が、俺を執拗に求めて追いすがってくる。
散らかった絵具を踏んで、画架を倒して、それらに躓いて転んでも、俺は衝撃も苦痛も感じられない。絶対的な恐怖に駆り立てられていた。
あの女が追ってくる。扉を目指せ。外側から閉ざされている。ゴーテルが、俺をあの女に捧げた裏切り者が、俺を逃がさない。
あの女が、俺を背後から羽交い絞めにする。熱い。炎に巻かれるようだ。俺は絶叫した。
「おれに触るな、近寄るな! あんたなんか、大嫌いだ!」
俺は手を振り回し、足掻き、遮二無二暴れた。俺がここまですれば、羽のように軽いあの女は吹き飛ぶ筈なのに、俺を抱きすくめる大きな体は、雁字搦めに縛める鎖のように、びくともしない。
俺の耳元で、必死に訴えかける声は、あの女のものじゃなかった。
「ノヂシャ、落ちついてくれ! 僕が悪かった、だからそんなに暴れないで! 怪我をしてしまう、危ないよ、ノヂシャ!」
ニーダーの声だ。ニーダーが、俺を悪夢から救いあげてくれたんだ。
俺は喘ぐように、大きく息を吸い込んだ。強く瞬きをすると、意識がはっきりしてきた。
あの女は、ここにはいない。ここはあの女の部屋じゃない。俺はもう二度と、あの女の部屋にはいかない。ニーダーと出会ったあの日、泣き喚くあの女を振り払って、扉の向こうで息を潜めるゴーテルを怒鳴りつけた。
『今すぐ扉を開けろ! これ以上、このままにしておいたら、良いか。この女を殺してやる!』
俺はあの女と決別した。だから、もう二度と、あの女に煩わされずに済む。
ニーダーの胸に体を預けて、息を整える。ニーダーの手指に染みついた、油と絵具の匂いが、俺を落ち着かせてくれた。
ニーダーは、俺が安心するまで、俺を抱いたままでいてくれた。すっかり落ち着きを取り戻すのを見計らって、ニーダーは躊躇いがちに訊ねた。
「ノヂシャ……一体、どうしたんだ?」
俺は反射的に、肩越しにニーダーを振り仰ごうとする。だけど、俺の頭がニーダーの顎にぶつかりそうになって、あわあわと正面に向き直った。
それで良かったんだ。俺は胸をなでおろしたよ。顔を突き合わせるのは決まりが悪かった。みっともなく取り乱しちまった直後だったからさ。
俺は突き放すように言った。
「教えない。あんただって教えてくれなかっただろ。これでお相子だ」
ニーダーの胸に頭を預けて、猫みたいに擦り寄っておきながら、矛盾しているよな。あんたを振り解くことは難しい。俺にはあんたの温もりが必要だ。
ややあって、ニーダーはぽつりと雫を落とすみたいに呟いた。
「すまなかった」
俺は応えなかった。ただあんたにぴったりくっついて離れないことで、俺があんたの事が好きだって、正しく伝わると思い込んでいた。この俺が、あんたを嫌う筈がないじゃないか。嗚呼、でもこの確信すら、俺の傲慢なんだろうな。