表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛憎のラプンツェル  作者: 銀ねも
第十二話「誕生」
111/227

期待と不安1

 

 ***


 ニーダーは朝日が昇るよりも早く起床する。少しでも長く、ラプンツェルと共に時間を過ごすためだ。鍛練とその後の湯浴み、調べ物などを早くに済ませれば、政務を始めるまで、僅かでも時間を捻りだせる。その時間があれば、ラプンツェルがのそのそとシーツから這い出してきたところで、朝の挨拶が出来る。


 さらに早く目を醒ませば、愛しい妻の寝顔をじっくり堪能することも出来る。どんどん膨らむお腹を、無上の喜びをもって見詰めていられる。


 産み月を間近にすると、外側からわかるくらい、お腹がぽこぽこと動くこともある。お腹のなかで、元気いっぱいにすくすくと育っているのだろう。喜ばしいことだ。ニーダーの胸は弾む。期待とそして、ほんの少しの不安で。


 確かな手触りのない、曖昧模糊とした不安だ。敢えて言うなら、幸せ過ぎて怖いのだと思う。どこかにぽっかりと、落とし穴が口を開けて待ちかまえているような気がする。これまで生きてきて、これほどの幸せはなかった。さらにもっと、幸せになれるなんて、未だに、夢を見ているのではないかと思うことがある。ラプンツェルとニーダーの、こどもが産まれるなんて。


 ラプンツェルの懐妊を知るブレンネン国民は皆、王太子を望んでいる。ブレンネン王国には、王太子が必要だ。ニーダーもついこの間までは、第一子は王子が望ましいと考えていた。しかし、いざとなってみれば、男の子でも女の子でも、どちらでも良いと思える。元気に生まれてきてくれれば万々歳だ。国王として、そんなことを言っていられないと、弁えてはいるのだが。


 安らかな寝息をたてるラプンツェルの髪にそっと口づけて、ニーダーはこっそりと寝台を抜け出す。


 こうして、夢のような幸せに包まれて、一日が始まる。


 着替えは、前日のうちに用意させておくことにしている。傍仕えの召使は呼ばない。付き合わされる傍仕えの者たちが気の毒だと言って、ラプンツェルの機嫌が悪くなる。ラプンツェルの機嫌は、出来ることなら、損ねたくない。ぴりぴりしていると気疲れするだろうし、お腹の子にも悪影響がありそうだ。


 ラプンツェルはここのところ、苛々している。妃仕えのメイドたちのことは気遣い、相変わらず優しく接するが、ニーダーには容赦がない。一日に一回は「ニーダーのバカ!」と怒鳴られている。


 ラプンツェルは悪くない。可哀そうに、きっと辛いのだ。長引く悪阻のせいで食が細く顔色が優れない。大きなお腹が重く腰や背に負担がかかり、鬱屈として横になってばかりいる。


 そんなラプンツェルが心配で、ニーダーは医師に助言を乞うた。恰幅の良い初老の医師はのんびりと笑いながら、ニーダーが矢継ぎ早に繰り出す質問に答えてくれる。実用的なものを挙げれば、さっぱりと食べやすい料理を教わったり、コリを揉みほぐすマッサージを学んだりした。


 ラプンツェルはニーダーが用意させた料理を食べて、文句をつけることもあれば、手放しで褒めることもあった。褒められるのは、ニーダーの気遣いではなく料理人の腕だというのが、腑に落ちないが。


 マッサージは、体を触られるのを嫌がって、させてくれなかった。しつこく食い下がると、平手打ちを食らってしまった。


 医師のところに入り浸るわけにもいかないので、妊娠や出産に関する記述のある医学書を探し、片端から読み漁った。仕入れた知識をもとに、ラプンツェルを助けようとした。最初のうちは引き攣った笑顔で付き合っていたラプンツェルだったが、今ではちょっとしたことで癇癪を起こす。


 ラプンツェルが寝台に移動しようとしたとき、何もないところで躓いて転びそうになったことがあった。寝転がってばかりいるから、足腰が立たなくなっているのだろう。ニーダーはそう考え、妊婦の為の安全な歩き方を教えようとした。これを機に、散歩に連れ出そうとも試みた。出産の体力を養うことは大切だ。


 ところが、ラプンツェルは腹を立てて、分厚い医学書の角で、ニーダーの頭をしたたかに殴った。


「もううんざりよ、ニーダー! ちょっとしたことで、いちいち騒がないで! 歩き方まで指図されるなんて……それも、あんな不格好な歩き方をさせられるなんて……冗談じゃないわ! もうやめて! 気が狂っちゃう!」


 窓硝子を揺るがす怒声が扉の向こう側にも響き渡るらしい。ニーダーが頭に瘤をつくって、寝室から追い出されたところに鉢合わせすると、メイドたちは泥棒のようにこそこそと逃げてゆき、持ち場を離れる訳にはいかない騎士たちは、置物のように魂のないふりをした。


 メイドたちも騎士たちも恐る恐る、ニーダーの顔色を窺っている。ニーダーが今にも噴出しそうな怒りを堪えていると、彼らは思っているらしい。


 実のところ、驚き戸惑いながらもひそかに喜んでいることを知ったら、彼らはどう思うだろう。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするだろうか。想像すると、笑ってしまう。


 ラプンツェルが当たり散らすのは、ニーダーだけだ。それが、嬉しい。


 ニーダーがラプンツェルの勘に障るようなことばかりするから、という理由づけは尤もだ。しかし、それだけではないと思う。いくら腹に据えかねても、恐ろしい化け物に遠慮なく苛立ちをぶつけることはしない筈だ。


 ラプンツェルは、ニーダーを許していない。許すことはないだろう。けれど、以前のように、恐れてばかりではない気がする。ニーダーの願望が正しいラプンツェルの姿を歪めているのかもしれないが、そうではないと言いたい。少しずつ、ラプンツェルがニーダーへの恐れを克服しつつある兆しだと捉えたい。


 その希望をもたらしたのは、授かった我が子なのだと信じている。


 ラプンツェルのお腹は、いつ赤ん坊が生まれてもおかしくないくらい、迫り出している。もうすぐ、ニーダーとラプンツェルの、二人の子どもが産まれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ