別れ話SM
日曜日の昼下がり。入り口にあった呼び鈴は鳴らなかった。見てくれの黄金色は見かけ倒しのようだ。不安が毛穴から溢れ出てくる。これは、おばあちゃんの財布から小銭を盗んだ時に似た感覚だ。
帰ろうか悩む。しかし意を決する。物は試しだと思うのが僕の信条だから。引き戸を開け、「すみません。」と声をかける。中は以外とこざっぱりしていて、綺麗と言って遜色無かった。しばらく興味深く観察していたが、人の気配どころか、空気すら止まって見える。
はぁ、と肩を降ろす。日を改めてみるか。そう思って玄関を閉めようとした。
「はい。」
低く響く良い声が遅いレスポンスで返事をくれた。次に脇の部屋からひょいっと長身の男が顔をだした。髭の処理も行き届き、髪型もしっかり整っているが、その実服はしわだらけでスリッパは両足とで柄が違う。なんか左足は、床屋さんの店前でのパンツみたいだ。
「僕になにか御用ですか。新聞は、ここいらで取ってない物は無かったと思うけど。」
30半ばだろうか。若干刻まれたしわでさえ、その整った顔をより際立たせる装飾品となっている。それが心底なんだろ?って顔でこちらを覗き込んでくる。
「いえ、そういう訳ではないんです。なんというか、心霊相談です。」
心霊相談、という表現は自分でも面白いな。今度飲む時のネタになりそうだ。
「へぇ。そうなんだ、そうなんだ。まぁこっちに来てくれるかい。」
なんて言いながらひょこっ、ひょこっと足でステップを刻んでさっき出てきた部屋に入っていった。僕もそれに続く。
部屋は真ん中に応接用のソファとテーブルがあって、後は窓際に机がある。その上に本が雑多に山積みされている。僕はソファーに座らされる。
「で、君の相談事を聞かせてくれよ。」
男は冷蔵庫から缶コーヒーをテーブルに置き、もう一つ取り出した方は開けて一気に飲み干しゴミ箱に捨てた。ふんふん鼻歌なんて歌いながら。
「それはポルターガイストだね。」
「僕もそう思っていました。」
事の詳細を話すと、彼は興味深いといった感じでうんうん頷いてみせる。向かいのソファーに腰を置いて話を聞いてくれている。
「原因はわかりますか。このままでは変人ではすまなくなりそうです。」
そう僕が言うと、彼は何でも無い事のように言った。
「うん。それは君の前の彼女の仕業だよ。今は君の後ろについているね。」
後ろを振り返る。
「彼女なんていないじゃあないですか。それに彼女は生きていると思います。祟れやしません。」
「先日死んだそうだよ。まぁ生きててもそれくらい出来るんだけどね。しかしまぁ酷い別れ方をしたもんだね。まさかよってSMクラブに行ったのを、酔った勢いで自慢してしまうなんて。馬鹿のする事だよ。」
僕は愕然とした。