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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
99/150

第八十八話

戦争編でパイク&ショットとか見たい人いないでしょ。なので出しません

勇者様マジ歪んでる。書いてて一番楽だけど



騎士団詰所


「さて、少々邪魔が入ったけれど、そろそろ作戦でも確認しようか」


 少し経ってから、ナナシはそんなことを言った。

 ガヤガヤと騒いでいた騎士団全員が途端に口を閉じ、前方にいるナナシを見つめる。ギルフォードも表情を堅くして同じようにナナシを見つめた。

 一転して、特別修練場が静寂に包まれる。一同がナナシの言葉を待った。

 そして、静まり返ったこの空間で、ナナシがまず最初に言ったのは、変えがたい現実で身も蓋もない事実で冷酷な真実だった。


「ぶっちゃけ、私たちじゃ勝ち目なんてありません!」


 その瞬間、ギルフォードはぼんやりと思った。

 ああ、鳩が豆鉄砲食らったようとはこういうことをいうのだろう、と。今まさに、自分はそんな顔をしているのだろう。

 一同も、いきなりの敗北宣言に呆気にとられている。

 

「――って、おい。いきなり何言ってんだお前は!」


 何とか呆けた顔から脱却したギルフォードがそう叫ぶと、ナナシは諭すように言った。


「え~? だって、無理だよ。無理無理無理。戦力差見よ? 国の『最強』が実質使えないこっちと、三姉弟に加えて『勇者』までいるあっち。それに一番重要な魔導隊の規模、戦勝続きである相手の士気、資金力の差。中堅クラスの国に過ぎないこの国と、腐っても大陸トップの大国。どっちが強いかなんて……ねえ? 所詮この大陸は、不戦条約なんて不確かなもので仮初の平穏を保っていただけで、あの国がそれを破ったらそんな儚い夢は覚めちゃうのさ」


「それでも何とかするのがお前の仕事だろうが」


「私が出来ることと言えば、今からあっちに雷とか隕石とか降り注いでください、って祈ることくらいだよ。天変地異でも起きてくれないとやってられないよ」


 すらすらと悲観的な言葉ばかりを明るい顔で並べていくナナシ。


「あっ、一応、こっちが勝ってることもあるよ」


 一瞬、これまでとは打って変わって希望のある言葉にギルフォードは期待する。

 が、ナナシはそんな彼の淡い希望を粉々に打ち砕く。


「不戦条約を破ったのはあっちだから、大義はこっちにある。まあ、大陸全部支配されてそんな条約なかったことにされそうだけど」

 

「結局意味ねえだろうが!」


 どうしてコイツは、こんなにも人をおちょくれるのだろうか。そういった大会があれば間違いなくグランプリだ。

 ギルフォードはそんなことを考えたが、いつものことだと思い直すと、少し冷静になり、ふざけた調子のナナシに深く重い声で訊いた。


「話せよ、そろそろ。お前がなんも考えてないわけねえだろ」


 ナナシは長く顔を覆う髪の下で口元を少し緩める。


「そりゃあね。マイナス情報を並べるだけじゃ、ただの悲観論者ペシミストだよ。そんなの誰だって出来るさ」

 

「さっきまで自分が言ってたことを思い返してみろよ……」


「さっきまでは、単純な事実を改めてアンタたちに理解させようとしただけさ。こっからは本題だ」


 ナナシは人指し指をピンと立て前に突き出すと、口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと本題を語りだす。


「まず一つ、私たちの戦力じゃどう足掻いたって勝てない。これは事実だ。それを理解しろ」


 騎士団たちは声を上げない。静かにナナシの言葉に聞き入る。


「だが、これは戦争だ。戦力差を競うものじゃあない。基本的勝利条件がいくつかある。一つには確かに敵の殲滅もあるだろう。しかし、もう少し簡単な手段がある。何だか分かる? はいギルフォード君」


 突如として解答を求められたギルフォードは、視線を宙に浮かしながら考える。


――なんだ…? 敵の殲滅……


 しかし、ここでタイムアップを示すふざけたブザーが鳴り響く。


「ブッブー。時間切れー。正解は――敵大将の撃破だよ。大将を消せば戦争なんてのは勝ちだ。この場合、私たちの大将は言うまでもなく陛下。そして、あっちは『勇者』。それに勝てる可能性があるのは一人だ。まあ、クロノさんだね」


 ここで、ギルフォードは僅かな違和感を覚えた。

 いきなり、「クロノ」という名前が出てきたのに団員たちの表情に変わった様子がない。クロノのことを知らない人間はいないが、この戦争でいきなり部外者である彼を使うなどと言ったら、少しくらいどよめきか、動揺が浮かぶはずだ。しかし、見たところそんな素振りは誰にも見受けられない。

 それはまるで、その事を前から知っていたようにギルフォードの眼に映った。


「『勇者』は完全に彼に任せるしかない。情けないと思う? その感情は間違ってない。でも、割り切れ。『勇者』は天災だと。嵐とか雷とか、そういった類のものだ。私たちじゃ無理。私たちに出来るのは、クロノさんが『勇者』を倒すまで持ちこたえること。これは戦争は戦争でも、防衛戦だ」


 そう言い切ったナナシに対し、聞きながら考えていたギルフォードはこれまでを思い返していた。

 一つ一つの発言を思い返していく。

 青年は言った。「この前も…」

 ギルフォードが知る限りでは、ナナシは今日、あの事件以来久しぶりにここに来たはずだ。

 ナナシは言った。「ひっさしぶり、じゃないけどさ」

 この言葉が事実だとすればおかしい。約二年間、ナナシはここには来ていない。

 そして、さきほど言った。「作戦でも確認しようか」

 説明ではなく、確認と言った。それに加え、クロノの名前が出てきても動揺していない。これらが示すことは何か。


「お前……俺の知らないところで、何かやってやがったな…?」


 疑念から吐き出したその問いに、ナナシが意地の悪い笑みを髪の下に浮かべながら答える――よりも前に、修練場の堅い扉が勢いよく開けられた。

 一同の視線がそちらへと向く。

 入ってきたのは、つい先刻、ギルフォードとナナシがいた軍議室で苦虫を噛み潰したような表情をしていた魔導隊総轄責任者だった。

 表情はさきほどとは少々違い、顔に皺を浮かばせ、憤怒という感情に染まっている。

 そのまま、ずかずかと騎士団を掻き分け、ナナシの前に立つと、その胸倉を掴み、椅子から引っ張り上げ怒気を露にした。


「貴様ァ! 私の隊を勝手に動かしたな!?」


 ナナシは怯むことなく、慇懃な口調で平然と答えた。


「これはこれは、魔導隊の総轄者様が私の様な者に何か御用でしょうか?」


「惚けるな! 私の第三隊が全員、数日前に出発しておったと連絡が来たわ! 貴様の仕業であろう!」


「仕業とは人聞きの悪い。少々必要であったから動かしたまでのこと」


「貴様に私の隊を動かす権限などないわ!」


「お言葉ですが、私には今回の戦争に対する指揮権の一部を陛下から委託されております。ですので、越権行為には当たらないと思われますが」


 淡々と答えながら、懐からギルフォードに見せた紙とはまた違う紙は取り出す。


「しかし、気に入らないのであれば、これは貴方に渡しておきましょう。どうぞ、これで私の指揮権はなくなります」


 総轄者は奪い取るようにして左手でその紙を手に取ると、ナナシを持った右手を更に上げようとした。ナナシの髪が揺れ、僅かにその下に隠れた顔が見えかける。

 しかし、その右手を掴むものがいた。


「それ以上は止めとけよ」


 ギルフォードに掴まれた右手が自分の意思で動かない。それどころか、無理矢理下に下げられている。筋力に差がありすぎるのだ。


「騎士団風情が……!」


 総轄者が忌々しそうな眼でみつめながら手を離すと、ナナシの身体はトスンと何とも軽そうな音を立て無事着地した。

 手を離した張本人は依然、怨むような顔だったが、その後は何も言わず、露骨に一度舌打ちをした後、わざとらしく大きな足音を立てて修練場を出て行った。

 

「大丈夫か?」


「まっ、助かった…かな。顔は見れたもんじゃないからね。って言っても、私、眼見えないけど」


 自虐気味に笑うナナシ。その言葉にギルフォードは何も言わない。いや、言えない。自分に何か言う資格などないと分かっているからだ。


「――で、何の話だっけ?」


「もういい。お前が俺の知らないところで、下の奴らに色々話してたのは分かった。人の部隊を勝手に動かしたことも」


「あっ、ばれた? 既に先遣隊は数日前に送ったし、皆にもある程度は話しておいたんだ。いきなり当日言われて、はいやってください、なんて無理だよ無理。事前にこういうことはやっとかないと」


「なぜ、上には言わなかった?」


「うちの国は、軍は議会の承認がないと大規模に動けない。それで承認されたのは昨日。動けるのは実質今日からだ。前から分かってたけど、遅すぎる。それなら秘密裏に小規模に、上に伝えず動かそうかなってね。陛下には許可とったけどさ。陛下は議会の保守派のお蔭で承認が遅れるのまで読んでたから、先に私に権限を与えて動かさせたってわけ。実際はもっと早く大規模に軍を動かして、20km地点なんて近いところじゃなくて、100km先くらいでやりたいくらいなんだよ? でも、今からじゃ間に合わない。これでも妥協してるのさ」


 ナナシはべらべらと新事実を語っていく。

 

「何人か送った先遣隊はもう準備してる。まあ、昨日の嵐はちょっと予想外だったけど。屋外だから大丈夫かな…」


「お前……せめて俺には言えよ……」


「いいんだよ。無能な上は担がれておけば。担がれるのも重要な仕事だよ。後は有能な下が何とかすりゃいいのさ。まあ、私には担がれるなんて出来そうにないけど」


 直球に無能と呼ばれたギルフォードだが、昔からこういう奴なので、これ以上言っても無駄だと判断し、何か言うことはない。


――私も有能とは呼べないか……『勇者』相手に何も思いつかないんだからさ……。


 ナナシは長く伸びた髪の下に、どこか思いつめた表情を隠し、一人自分の情けなさを嘆いた。

 そして、密かに思う。一番『勇者』のことを天災と割り切れていないのは、自分ではないかと。




ギール東方


 誰かの憂鬱の原因となっていることも露知らず、『勇者』本人は白い幌で覆われた陣内で一人、物静かに本を読んでいた。

 読んでいるのはギールという国の歴史書だ。建国記から現在に至るまでの出来事が年表となり、事細かに記されている。こうして見ると、自分がいた世界のどこぞの国の歴史と重なりそうだ。読み物としては中々に面白い。

 現在ここには彼以外の人間は存在しない。読書の邪魔だからと人払いさせたのだ。それは真実であり、全く他の意図はない。現在歴史書を読んでいるのは、単純な知的好奇心からだ。


 彼はある意味で勤勉な人間であった。色んな物事を知りたいと思う知的好奇心と、それを実行する行動力を持ち合わせている。ただ、その知的好奇心を向ける対象に制限がないだけだ。

 初めて人を殺した時も、始まりは好奇心だった。その好奇心が、人を殺したらどんな気持ちを味わえるのだろうか、という歪んだものだっただけで。そして、やってみたその行為が快感だっただけ。それだけだ。

 そんな些細なことを除けば、彼は普通の人間と言えた。少なくとも、彼自身はそのことを些細だと思っている。殺す対象が、血を吸う蚊か人か、その程度の違いだと。命に貴賎はないという、偽善者が吐きそうな詭弁を借りれば違わないだろうと。命に貴賎はないなどというのは詭弁であると、自分でも分かってはいるが。

 彼の好奇心の向く先が、少し、ほんの少し違えば、その貪欲な知的好奇心が他者よりも素晴らしい結果を出したかもしれない。だが、そんな仮定の話に意味はない。今まで彼が過ごした人生をやり直すことなど出来はしないのだ。

 彼は殺人には麻薬のような中毒成分でもあるのかもしれないと思っている。一度殺すということを覚えると、歯止めが効かない。そして、殺さないとイライラする。最初は感じていた罪悪感も次第に麻痺していった。アルコール中毒という表現もしっくりきそうだったが、それはそれで何となく麻薬中毒より格好悪い気がして止めた。どちらも格好悪いと言われればそれまでだが。

 テレビで彼の殺人が取り上げられた時、ある軽薄なコメンテーターは彼を麻薬中毒ではなく、ゲームと勘違いしている子供だと言ったことがある。

 それをたまたま見ていた彼はその言葉に憤った。何て失礼な話だろう。ゲームと殺人を比べるなど、殺人に失礼だ。ゲームよりも楽しく面白く気持ちよいというのに。そもそも、彼自身ゲームなど、世界的に有名なモンスター育成ゲームしかやったことはない。何とも的外れな意見だ。

 テレビを見ていて少々腹が立ったので、しょうがなく危険を冒してそのコメンテーターの所に行き、「殺人はゲームより面白く気持ちいい」というのを百回ほど朗読させてから、コメンテーターに自身の家族を殺させて、その事実を味あわせてあげてから殺してあげた。帰りは素晴らしいことを教えてあげたという達成感で気分がよかった。

 そのお蔭で一時期は、人に教えるという素晴らしさに気づき、教員試験の勉強をしたこともあった。

 小学校中退という自分の学歴を気にして、高校卒業認定試験を受けようと考えたこともあったし、しっかりとその頃の自宅で勉強もした。よくよく考えて受けられないことに気づき、無駄な徒労となりはしたが。

 人体が気になって、医学書を片手に解剖をしてみたりもした。何度かやる内にとても詳しくなり、同時に実習とは重要だと痛感させられた。

 この様に、なんだかんだ彼は勉強が嫌いではないのだ。こっちの世界に来てからも勉強はしているし、あっちの世界で学んだことも役に立っている。勉強は重要だ。

 特に実感したのは、戦争を起こすに当たっての民衆の扇動。

 貴族とやらは肩書きに弱く、御しやすいが、民衆はそうもいかない。民衆の反対は国も無視出来ない。一人の貴族よりも、多くの民衆に反対されるのが一番厄介である。

 彼が民衆を味方につける為に参考にしたのは、稀代の独裁者として悪名高いアドルフ・ヒトラーであった。別段難しいことはしていない。昔、本で読んだヒトラーの演説方法を丸っきり真似してみただけ。

 ヒトラーの演説方法は後世の心理学から見ても理に適っているらしく、とても狡猾。世界が違うので、効くかどうか不安はあったが、人間の習性は世界が違えど似通っているらしい。

 演説を行なうのは、民衆の大半が仕事を終えた夜方。なぜなら、民衆が仕事を終えた夜のほうが、疲れのせいで理性や思考力が低下し、感情的、情緒的になって暗示にかかりやすいからだ。

 他にも、国旗や音楽で愛国心や民族意識を煽り、聴衆の気分を高揚させ、演説は語調激しく早口。人間は基本的に優越感に浸りたい生き物であり、自分たちが優れた民族などと言われたら気分が高揚するものだ。

 彼は様々な手段を用い、民衆を一種の洗脳状態に陥れ、世論を戦争へと傾けた。

 ここまで上手く行くと逆に怖いくらいだ。

 だが、彼は迷わない。全ては自分の目的の為に。強いては『夢』の為に。あちらの世界では達成不可能だと知ってしまった『夢』をこの世界でなら果たせるのだから。

 

 彼が静かに歴史書を読みふけっていると、ふいに、幌で作られた幕が揺れた。端から見えるブロンド。その先にいる人物に声を掛けることなく、相手が誰なのか分かった。

 彼は本を閉じて椅子の上に置くと、おもむろに立ち上がり、声を『勇者』のものにして外にいる人物に聞こえるように言った。


「そろそろ行軍を始めるか」


次回はナナシとギルの話。多分タイトルは「正しい差配」になる

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