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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
98/150

第八十七話

戦記ものじゃないし、師団とか細かい戦術とかいらないや

次回の後にギル視点でナナシの話ぶっこんで戦争スタート

ドラが王とかは、クライスとの会話辺りでちょっとそれっぽく書いた気もする。

騎士団詰所


「クハハハハ! 私は遂に帰ってきたぞ! この汗臭い宿舎に!」


 騎士団を集めた宿舎内の特別修練所で、地味に失礼なことを言いつつ、テンションメーターを振り切ったように饒舌に語るその人間の顔は見えない。むしろ、舌が本体なのではないかと疑いたくなる。

 座ったまま騎士団の前にいるその人物の横には、頭を抱えたギルフォードの姿。

 

「というわけで――皆、ひっさしぶり、じゃないけど。ナナシのご帰還だァ! 私の事忘れた奴いる? いないよね? いるわけないな。よし。いない。絶対だ。これは命令だ。逆らったらぶっ殺す」


 徐々に物騒な言葉に成り変っていく座ったままの人物――ナナシの言葉。騎士の面々も一部を除いては慣れたことなのでさらりと受け流す。


「皆元気? 私は元気。なぜって? そりゃあ、コイツをこき使うって初対面で言ったことを有言実行出来たからだよ。最高にハイさ!」


 ギルフォードを指さし、ナナシは楽しげに笑う。これでは上司も部下もあったものではない。騎士団の多くの面々は内心笑いながらその言葉を咎めなかった。

 しかし、流石にここまで来るとギルフォードも黙ってはいない。上と下の立場ははっきりさせねば組織が崩れる。このままでは王にすらため口を聞きそうな勢いだ。


「おい、ナナシ。お前いい加減に……」


 言いかけたギルフォードに気づいたナナシは、声をその上に被せる。


「なんだよなんだよ。気分害しちゃった? 敬語使えって? でも残念。私にはこれがある」


 ナナシは懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、見せびらかすように前面に高く掲げた。その場にいた全員の注目が、掲げられた羊皮紙に向く。

 そこに描かれたのは、ギール王家の紋章。それだけでこれは公式の文章であると分かる。文字は黒々とした濃いインクで見やすく刻まれているが、言葉自体がやたら小難しい。

 だが、解りやすい部分が一つ。それは、ギルフォードにとって一番重要な部分。そして、信じがたい文面。


『――報酬として騎士団団長ギルフォード・アックスフォードを自由にする権利を与える』


 見た瞬間、どういう意味なのか理解出来なかった。

 その結果が次の言葉である。


「…は…?」


 正確にはそれしか出てこなかった。今の彼の心情を語る上で最もシンプルな言葉。


「そういうこと。いやー、陛下に「褒美は何がよい?」って訊かれたからさ。「ギルフォードさんを自由にする権利で!」って言ったら通ってしまったZE!」


 とりあえず、ナナシのハイテンションな耳に響く言葉でここは現実であると理解出来た。ギルフォードにとっては夢の方が良かったかもしれないが。

 混乱するギルフォードを尻目にナナシは声のトーンとテンションを少し下げ、騎士団の面々を見えない眼で見渡してから高らかに言った。


「この度、臨時作戦立案………なんだっけ? ……まあ、なんかそんなのに就任したナナシです。というわけで、改めて皆さんよろしく」


 ぺこりと頭を下げると、顔を覆う長髪が遂に口元まで覆い、ただでさえ怪しい風貌が殊更怪しくなった。

 ギルフォードは言いたいことがいくつもあったが、ありすぎて未だ整理がついていない状況だ。

 その次に言葉を発したのはナナシ――ではなく、意外にも入団して二年目の新入団員だった。


「…なんなんだよお前は……この前も…」


 拳を握り締め、肩と声を震わせる。


「いきなりやって来て何様のつもりだよ!」


 声を荒げ、怒気を露にする青年。見ると、他の若い新入団員も同じような表情だ。最初の青年は彼らの心の代弁者のようであった。

 それとは対照的に、ナナシは極めて暢気に首を傾げながら訊いた。


「声に聞き覚えがないな……私が知らないってことは、私がいない二年の間に入った人たちかな? そういえばこの前、全員の声は聞いてないっけ」


 自分の疑問を自己解決すると、どうでもよくなったのか、新入団員たちを無視して、淡々と言葉を連ねていく。

 その態度が更に彼らを苛立たせた。


「さてさて、作戦説明でも始めようか。まーずは…」


「質問に答えろ!」


 自分の言葉を遮られたナナシは、髪の下に不快さを隠しながら、声は明るいままで言った。


「なにさ? 言っただろ。今回の件で臨時に雇われた、臨時作戦立案……なんだかだよ。君たちより階級は上だ」


 しっかりと重要な階級について言ってあげたというのに、青年は未だ納得していないらしい。


「気にいらねえんだよ! お前みたいなどこの誰とも分からないようなやつが、戦争の指揮をとるだと!? ふざけんな!」


「そう言われてもねえ……ちゃんと辞令もあるわけだし」


 困ったように言うナナシ。青年は更に語気を強め、思いのたけを思い切り吐き出した。


「それにだ! 王命だかなんだか知らないが、団長を馬鹿にしたその態度が気に喰わねえ! 王なんて関係ないんだよ! 俺たちの上は団長だけだ!」


 場の空気が変わる。全てを凍らす吹雪のような空気。混乱していたギルフォードでさえもその変化に気づいた。同調していた新入団員たちも、一人、また一人と表情から怒りを消していった。

 唯一、劈く声で言い切った青年は興奮状態で、その変化に気づかない。

 孤立したことに気づかない青年は、更に言葉を続けようとする。


「お前の全てが…! っ!?」


 が、その言葉は強制的に遮られる。首元に感じた違和感によって。

 青年が自分の首元に眼を向けるとそこには、光属性であろう光の短剣が、今まさに自分の首を斬ろうとしていた。

 ナナシは青年に一言


「五月蝿いな馬鹿が」


と、言った。

 それは今までの会話からは想像もつかない、切れ味鋭い刃物のような言葉。

 首元のナイフよりも、その言葉が一層の恐怖を煽った。

 青年の足が震える。相手は動けないはずなのに。

 

「お前は今、自分が何言ったか分かってる? 私が気に入らないのはいいけどさあ、陛下を馬鹿にしたようなのは駄目に決まってるだろ? ここに入るとき誓ったはずだ。騎士団は王の所有物であると。いかなる場合でも背くことは許されないんだよ馬鹿が」


 その言葉で青年はようやく自分の失言に気づいた。振り返って見ても、自分は何を言ってしまったのかという後悔が残る。

 焦りから精神が削られていく青年にナナシは、猫が鼠を袋小路に追い詰めるように言葉を続ける。


「君さあ、油断してたよね? 私は眼が見えないし、動けもしない。だから、何言っても大丈夫だってさ。高をくくってた。でもね、眼が見えなくても、声でどこにいるかくらいは分かるんだよ馬鹿が」


 完全に顔が青ざめた青年にトドメの一言を告げた。


「馬鹿に用はないよ。失せろ」


 冷徹で鋭利な言葉が青年を貫いた。

 もう青年の脳内は憔悴し切り、冷静ではいられない。茫然自失に震えながらそこに立ち尽くす。

 

「早く消えろよゴミが」


 容赦なく追い討ちをかけるナナシ。その言葉一つ一つが青年に深く突き刺さった。

 ついに青年は立つことすらままならず、その場に力なくへたり込んでしまった。ナナシは誰かに命じてつまみだしてやろうかと考え始める。

 しかし、そんな青年を庇うようにして立つ人間がいた。


「やりすぎだ。お前はコイツを潰す気か」


 聞こえた声で誰だか判断したナナシは、青年の時とは少し違う、無機質な声で訊いた。


「何のまねかな? 団長?」


「ここを預かる人間としてこれ以上はやりすぎだと判断しただけだ」


「逆らう気?」


「陛下はこんなこと望んではいないだろ」


 髪の下に隠れた顔がどんな表情を浮かべたのかは定かではないが、ナナシはその下に激情を抑えそっぽを向いたように見えた。

 

「…甘いね。相変わらず」


「なんとでも言え」


 短い言葉を交わすと、二人の間にあった張り詰めるような緊張感は薄れ、暗澹とした空気が立ち込める。

 青年は座りながら、縋るような顔でギルフォードを見つめた。


「団長……俺……」


「お前はとりあえず寝て頭冷やせ」


 言うが早いか、ギルフォードは青年のみぞおちを正確に右手で打ち抜いた。

 

「…ガ…ハッ…!」


 瞬間的に呼吸困難に陥った青年に、トドメとばかりに後頭部に一撃を加える。

 鈍い打撃音が青年の耳に響く。それが青年が最後に聞いた音。

 

「おーい、コイツ運んでくれ」


 完全に気を失った青年を片手で持ち上げると、そのまま30代のベテラン団員に放り投げた。

 受け取った団員は、軽々と青年を担いで宿舎の奥へと消えていった。

 

 一つの騒ぎが治まったのを耳に響く音で確認してから、ナナシはいつもと変わらない口調でギルフォードに訊いた。


「気絶させたの?」


 その声色に青年に恐怖を与えた人間の面影はない。


「まあな。首にちょっとやっただけだ」


「もうやめときなよ。首は最悪後遺症残るから」


「……マジで?」


「マジで」


「……まっ、何度かやってるから大丈夫だろ……うん大丈夫…だよな…」


 最後は自分に言い聞かせるように言ったギルフォードの顔はどこか不安げだ。

 ナナシは一瞬、「最悪私みたいになるよ」と言いかけたが、途中でやめることにした。そんなことを言えば、目の前の彼がどんな行動をとるか容易に想像出来たからだ。


――もう謝り倒されるのは勘弁だからね


 ナナシは心中に秘めた淡く苦い記憶を封じてここに居続ける。これからも。



「というか、お前も似合わないこと言うな。忠誠心薄いタイプだろお前」


「嘘も方便さ。役作りって重要だろ?」






孤児院内


 まず、ドラは冷静に状況を整理した。

 暫定状況――リルがここにいる。階段の上にいる男はリルの知り合いである。ついでに、以前リルの跡をつけてきた人物である。そして、今しがた自分が老人から少年へと成り変わるという不可思議な現象を目の当たりにしている。自分はクロノの代わりにここに子供たちを引き取りにきたが、匂いからして視認出来る二人以外はここにいない。

 案件――子供の確保。これは出来ない。いないのだから無理だ。

 新案件――男に自分のことをどう誤魔化すか。子供たちはどこに消えたのか。なぜリルはここにいるのか。

 優先順位――壱、子供たちはどこに消えたのか。弐、男に自分のことをどう誤魔化すか。参、なぜリルはここにいるのか。

 

 まるで判断推理の問題のように頭で現在の状況を整理し、消していくべき案件に順位をつけた。

 そして、その通りに事を運ぼうとする。

 男の存在を無視して、最初にリルに訊いた。


「ここにクロノが保護する予定じゃった子供が二人おると聞いたんじゃが、知らんか?」


 一瞬、聞こえた固有名詞にユリウスの表情が強張る。

 リルは口元に伸ばした人差し指を当てて問いに答えた。


「んー。なんかね、戦争始まるからって皆避難したよ」


「どこに行ったかは?」


「えーっと、どこだっけ…?」


 知っているが覚えていないといった感じで可愛らしく首を傾げるリル。

 どうやって思い出させようかとドラは考え始めるが、それよりも早く、リルは確実に知っているであろう人物へと訊いた。


「ねえー! 皆どこに行ったんだっけ?」


 階段の上にいるドラに存在を無視された男は、一段一段階段を降りながらその問いに答えた。


「シュガーだっつただろうが。一回で覚えろや、ばーか」


「馬鹿って言うほうが馬鹿なんですー。ばーか」


 子供のような言い争いをする二人。これではどちらが子供だか分からない。

 ドラは唐突に出てきた国の名前に眉を寄せた。


「…なぜそこにした…?」


 その問いは確実にリルに向けられたものではなく、明らかにもう一人に対してのものだ。

 質問を投げかけられたその人間はドラへと向き直り、答えにならない言葉を返す。


「教えて欲しいなら、まずこっちの質問に答えることだ」


 その言葉にドラは身構える。自分の正体を知った人間がどういった行動をとるか、経験からある程度想像できたからだ。一般的に見れば自分は魔物なのだ。魔物の定義自体怪しいところはかなりあるが、その事実に変わりはない。

 ユリウスは身構えたドラを見て、慌てたように手を振った。

 

「待て待て、身構えんなって。俺は別にお前に敵意を持ってるわけじゃないし、ガキを殴る趣味もない」


「あったらドン引きだよ!」


「お前は黙ってなさい」


 ユリウスにペシリと頭を叩かれたリルの顔はどこか不満げだ。

「ばーか。ばーか」などと言うリルを気にしていては話が進まない。そう判断したユリウスは一旦リルを意識から外し、ドラだけを視界に捉える。


「答えたくないなら答えなくてもいいし、意図的に質問を飛ばしてもいい。まず、お前は誰だ? なぜここに来た?」


 ここでユリウスはあえて、何だ、ではなく、誰だ、と訊いた。老人がいきなり少年になるなどという怪現象を目の当たりにすれば、そもそも目の前の少年が人間ではないのではないかと疑ってしまいたくなるが、あえてそれは訊かない。身構えた少年を見て、何か訊かれたくない事があるのはなんとなく分かった。それが、おそらく彼自身の正体であろうことも。しかし、彼の正体――もっといえば、いきなり老人から少年になった理由など、今の現状では特に訊く必要がない事柄であったからだ。


 ユリウスの意図を汲み取ったか、或いは気づかないままか、ドラは自分の仮の名前を告げようとする。フルネームならまだしも、名前だけなら問題はない。

 

「ドラ…とだけ言っておこう。主から少々使いを頼まれておってな、ここに参上した次第じゃ」


 さきほどのリルとの会話を聞く限り、ドラという名前は嘘ではないらしいとユリウスは推測する。本名かどうかは置いておいて。


「使いっていうのは、あの紙に書かれてたガキ共の保護か?」


――紙…? ……そういえば、出発した辺りで飛ばしたんじゃったか…


「まあ、そうじゃな」


――大方、リル辺りが拾ったか。そう考えればここにリルがいることも不思議ではないな…


 ドラはテキパキと予想を立て、今起こっていることを大体把握した。リルがここにいるのは、保護を手伝うとか、そういった口実でクロノに会いに来るためであろう。

 

「して、他に訊きたいことは?」


「あの時、俺に話しかけてきたのはわざとか? それと、お前の主について」


「わざとじゃよ。不審な人間がリルの跡をつけてきておったからな。撒くために少々、小細工をしただけのこと。主は不必要な人間との接触を嫌うのでな。同じ理由で主についてはこれ以上喋る気はないぞ」


――これ以上聞き出すのは無理臭いな


 ユリウスはそう判断する。この少年はただの少年ではない。身構えたところから見ても、無理矢理聞き出そうとすれば、戦う気である。子供の姿をした彼と事を構える気はユリウスにはない。それに、”あの人”とやらが何かしたわけでもなく、無理矢理聞き出す正当性などこちらにはない。

 

 ユリウスからの質問が止んだのを確認してから、ドラは逆に訊いた。


「そろそろこちらからも尋ねたいことがあるんじゃが? どうしてその国にした?」


 ドラは目の前の男の素性などに興味はない。ただ、リルよりも事情を知っていそうだから訊いただけだ。


「単純な話だ。こっちも、お前の主とやらが迎えに来ることはリルから聞いてた。どこからの依頼で来るのかもな。保護してくれるっていうなら逆にこっちから行けばいい。保護対象連れてけば、その国で無碍な扱いは受けないだろ? 上手く行けばそこの上ともパイプが出来る」


 それは、言い方を変えれば、その二人を利用したとも言える話。子供を利用した国内部への取り入り。

 だが、ユリウスはその決断を下した時、微塵も悪い気はしなかった。そもそも、そんなことが上手く行くとはあまり思っていない。あくまで雀の涙ほどの可能性の話だ。最悪、援助を断られても自分たちの収入でなんとかなる。利用出来るものは利用するだけの話だ。子供たちのために。

 

 クロノに子供たちの保護を頼まれたドラとしては、どうすればよいのかと考えさせられたが、よくよく考えてもクロノがやったことにならなくても良いのではないだろうかとさえ思ってきていた。

 誰がやろうが特に不都合はない。最終的に保護できればいいのだ。クロノが困ることとすれば、報酬が入らないことくらいだ。幸い、クロノは金になど困ってはおらず、その点は問題ない。

 依頼主のメイも、誰がやろうが気には留めないだろう。依頼を破棄したところで、クロノへの信用が揺らぐこともない。

 

――なんじゃ。何もやる必要がないではないか


 ドラはそう考え、与えられた暇を満喫することにした。

 

次回はー勤勉勇者とふざけた騎士団の話。


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