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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
95/150

第八十四話

リルを一度ぶっ壊すか考え中

 大嵐。

 風が吹き荒れ、豪雨が降りしきり、大地が少しづつ形を変えていた。この時期、雨は確かに降りやすいのだが、ここまでとなると稀だ。こんな嵐が毎年あったとしたら、人間はここに王都など造らない。

 これは天災と言ってもいいかもしれない。それほどの規模の嵐。

 普通であれば外に出るのも躊躇うような悪天候。

 しかし、そんな中でも彼はいた。只一人で。白化粧の怪人はそこにいた。雨に負けず。いや、雨と戦うということ自体がおかしな話かもしれない。

 彼が立っているのは、地面ではなく、暗雲に支配された空の下。俗に言う空中だ。

 彼はそこに平然と立っていた。欠伸をしながら。


「こういう天候を見てると思い出すね。僕の敬愛する彼の小説も毎回こんな感じで始まるんだ。『暗い嵐の夜だった』」


 懐かしむように誰とも分からない相手に喋ると、返事とばかりに稲光が瞬き、轟音と共に降り注いだ。

 だが、彼はそれでもなお、空中に立ち続ける。


「大丈夫だって、特に邪魔はしないからさ。前みたくマントルまで落とされるのは勘弁だからね」


 雨による凍てつくような寒さからではなく、体験に基づく恐怖からわざとらしく身を震わせる。

 一頻りふざけた後も、彼は会話を続ける。


「そろそろ時期的にジャグリングの練習しないとなー。まあでも、練習用の玉には困らないか。これ終わったら」


 暫しどうでもいいやりとりを交わしていたが、微かにそれ以外の声が聞こえた。


「あれ? 人の声が聞こえるな…」


 雨に濡れながら飄々と宙に立っていた道化師は足元に目を向けた。ここからでは目視出来ないが、心の声が聞こえるということは人がいるということだ。

 

「大変だね。こんな嵐の中、川で仕事とは」


 勤勉な労働者を憐れむように呟き、自由人兼道化師は暗い嵐の中に姿を消した。




「……痛い!」


「何時まで寝てんだ。起きろボケ」


 声と共に軽めの衝撃が頭を襲う。彼女――メリーの一日はそんな、ぞんざいな起こされ方で始まった。眼を覚ました時見えたのは、装飾の施された天井、それと幼少期の面影を微かに残す茶髪の青年――ヘンリーの姿だった。


「何も叩くことないじゃないですか…」


「声を掛けたのに起きないお前が悪い」


 反論をばっさりと切り捨てられ、少々落ち込む。

 ベッドから起き上がり窓の外を見ると、朝陽が地平線の向こうから顔を覗かせたばかりであった。幸い雨は降っていない。

 朝陽が顔を覗かせたばかり、ということは起きるにはまだ早い。陽が完全に地平線を脱出してからの方がいいくらいだ。それに昨日は突然の来訪者のお蔭で寝るのが遅くなったので、未だに瞼を開けるのが億劫だ。


「にゃんですか…もう少し寝かせて……朝ごはんにはまだ早いですよ…」


 若干寝ぼけながら、もぞもぞとベッドの中に戻ろうとする。

 そして襲い来る二撃目。今度はデコピンが額にクリーンヒット。


「ぎゃうっ…!」


「ぎゃうっ…って、お前は魔物か何かかよ…。それより起きろ。仕事だ。仕事」


 強引にベッドから引き剥がすと共に、手を引っ張り部屋から連れ出した。

 連れ出された本人はというと、未だに夢の中。夢で見たひよこが宙を飛んでいた。

 長い廊下をよたよたと歩くメリー。

 

「眠い…寝かせて…」


「いい加減起きろ! 荷造りすんぞ!」


「煮作り? 今日は煮物じゃないですよ…」


 ヘンリーは一向に眼を覚まそうとしないメリーに業を煮やし、引っ張っていた手の力を強め、思い切り自分に引き寄せた。

 そして、顔を近づける。

 メリーは突如として近づいてきた意図が分からず、目まぐるしく頭が回転し混迷を極めていた。


「…へっ…あの……え…!」


 次の瞬間、強烈な頭突きがメリーの額を襲った。

 

「痛い! 痛いです!」


「こうでもしないとお前起きないだろ」


 悪びれた様子もなく、さも当然のように言うヘンリー。メリーは落胆の色を若干見せるも、それを口にはせず、痛む頭を必死にさする。

 だが、お蔭で眼は覚めた。ようやく頭が正常に働き始める。


「起きたなら荷造りすんぞ」


 その言葉で昨日の出来事を思い出す。今日の昼までにここを出なければならないのだ。その準備をしなければいけない。

 

「二階は終わった。一階の後半分だけだ。そっちはお前に任せる。量に関して制限は特にない。ハゲが腐るほど馬車呼んだから、常識的な量に収めさえすればいい。椅子とか机とかデカイのはあっちで買えばいいから、そういうのはいらない。分かったら行ってくれ。分かってると思うが、子供は起こすなよ」


 ヘンリーはテキパキと指示を告げると、そのまま広い孤児院の中に消えていった。

 彼が去った後でメリーも我に返り、指示された場所の荷造りを始めた。教科書から本、服、調理器具。様々なものを既に置かれていた白い麻袋に詰めていく。

 しかし、途中でふと疑問を覚えた。


――この麻袋とか、二階の荷造りとか何時の間に…?




「終わった終わった…。あの野郎…俺を馬車馬の如く働かせやがって…」


 大きく息を吐き、そのまま床に倒れこんだのはユリウスだった。

 昨日の夜、ヘンリーに殴られた後、眼を覚ますと殴った本人がそこにいた。そして、彼はこう言ったのだ。


「早く言わなかった罰だ。お前も寝ずに働け」


 その時の彼の顔は、一点の曇りなく反論すら許さないような笑顔であった。

 怯えつつも、彼は成長したのだとしみじみ感じる。これが正しい成長かどうかは別として。

 頑張ってマルスを道連れにしようと足掻いたが、それも空しく終わった。

 結局、昨日深夜から二人で荷造りを始め、陽が見えかけたこの時間帯にようやく終焉を迎えたのだった。

 倒れこむユリウスに、階段の向こうから声が聞こえた。それは、このまま寝てしまおうと思っていたユリウスの甘い考えを粉々に打ち砕く声。

 恐る恐る階段の向こうに眼を向けた。


「おーい、ネテルヒマナンテナイゾ?」


 そこには笑顔を携えた悪魔が立っていた。

 

 その後数分に渡り、孤児院を舞台とした大の男二人による鬼ごっこが繰り広げられるのだが、結果は語るまでもない。




――めんどくさいなぁ…


 陽がこの日一番高く昇りかける手前。丁度正午くらいのこと。

 この時間帯ともなれば、多くの人間は仕事に汗水を流し始める。今、王都を歩いているクロノの眼にもそれがはっきりと分かる。

 馴れ親しんだクロノから見ても、今のこの街に大した変化は見られない。いつもと変わらない一日に見えた。戦争なんて言葉はどこにも見当たりそうにない。

 クロノはというと、やはりいつも通り黒いフードつきの外套を身に纏っており、やはりいつもと変わった様子はない。

 変わったところと言えば、珍しく昼間から、それも正面から王城に入ろうとしていることくらいのものだ。

 何やら門番が話し合っている。大方自分の身元確認でもしているのだろうとクロノは推測する。

 この時間がどうにも無駄に思えてしょうがない。だからこそ、普段は夜まで待って忍び込むのだが、今日はそうもいかない。

 なにしろ、昨日の段階で戦争について詳しいことは何も聞いていないのだ。敵が何時来るのか、どう来るのか、さっぱり分からない。もう少しちゃんとあの場にいるべきだったと後悔するが後の祭りだ。

 そろそろ無理矢理乗り込んでやろうかという頃、ようやく身元証明が終わり、大仰な門が開いて中に入ることが出来た。

 中に入ると、使用人である黒のタキシードに身を包んだ老人に付いていくように指示された。同じ黒に身を包んではいるものの、怪しさはどこにもなく、気品すら漂ってきそうだ。同時に自分の怪しさを再認識させられる。

 人が20人横に広がって歩いても、なお余りそうな無駄に広い廊下を老人の先導の元進む。途中、いくつもの部屋を通り過ぎるが、何の部屋だか、部屋がありすぎてさっぱり分からない。

 前を歩く老人は一度もこちらを振り向くことなく淡々と、迷路のような城内を突き進む。

 しかし、所詮老人のペース。いつものクロノからすれば遅すぎる。それに加え、広い城内。

 城内はある程度、この区画は会議室専用、この区画は客室専用、といったように区切られている。今向かっているのは会議室の区画だが、このペースでは三分はかかりそうだ。


――こんなことなら、昨日ちゃんと聞いとくんだった…


 本日二度目となる後悔をして、心中で溜め息を吐くクロノだった。




「そういえばお前どうすんだよ?」


 眼の下に大きな隈を作ったユリウスが階段の手すりに凭れかかりながら、リルへとそう訊いた。

 時刻は正午。孤児院の荷造りも大方終わり、後はユリウスが呼んだ馬車の大群の到着を待つだけとなっていた。

 階段に座り足をバタつかせながら顔も向けずリルは答えた。


「んー、どうしよっかなー。依頼に書かれてた二人も連れてくんでしょ?」


「一度預かったわけだしな。このままここに置いとくわけにもいかねえ」


「私はちょっと残ろうかな。多分”あの人”ここに来ると思うから。その時に誰もいませんでしたーじゃ困っちゃいそうだし」


「一応俺もここに残るぞ? 避難してきた人を誘導せにゃならんからな」


「負ける前提だよね。そういうのさ。負けなければいい話なのに」


 リルの言葉に暗さが宿る。たまに見せる冷淡な表情。

 実際の所、ユリウスはリルという少女についてよく知らない。ここを買い取った頃には、既にリルはここを出た後であったし、ある程度稼げるようになるまではここには顔すら出さなかったらしく、その間どうやって生活していたのかも分からない。会話の中で出てくる”あの人”とやらも、素性はさっぱりである。一度、”あの人”とやらをこの眼で確かめてやろうと跡をつけていったこともあったが、途中で見知らぬ少年に話しかけられている間に見失ってしまった。

 性格は裏表がなく、純粋そうに見えるが、時折――特に”あの人”の事になると、別人の様な表情になる事がある。”あの人”について語るときリルの眼に映るのは、憧れすらも越えた、崇拝に近いものであるとユリウスは推測している。

 だからといって、自分に何か出来るわけでもないのだが。


「万が一のことも考えなきゃなんねえんだよ。特に王様ってやつはな」


「よく分かんないや」


「ガキだからな」


「違うもん! もう大人だよ!」


 言葉とは裏腹に、実に子供らしく拗ねるリル。

 そしてリルはすっと立ち上がり、階段の向こう――窓に見える地平線を眺めながら言った。


「でもね。分かることもある。それはね――”あの人”を信じればいいってこと。そうすれば絶対に負けない」


 どこまでも遠くを見据えて、透き通った水に一部の泥すら許さないように、どこまでも純粋な顔でそう言ったリル。

 逆にユリウスはその顔に言い知れぬ不安感すら感じてしまいそうになる。


「おいリル…お前…」


「あっ、馬車来たよ」


 ユリウスへと振り返った時、そこにはいつものリルがいるだけだった。 




 軍議室に着いたクロノはその異様な雰囲気に内心眉を顰めていた。扉を開けた途端、敵意というものが室内を飛び交っているように思えた。ただ、原因は自分ではないとも思う。

 昨日と中に居る面々は変わっている。昨日は王や大臣、宰相、といった相当に地位の高い人物たちばかりであったが、今日いるのはどこか眼をギラつかせた無骨な男たちばかりである。変わっていないのはギルフォードくらいのものだ。おそらく、彼らは軍の関係者なのだとクロノは推測する。

 ただ、一人を除いては。


「はいはい皆さーん。こっれにて終わり。もう解散でいいでっすよーっと」


 左手で机を叩くと共に空気の読めない軽薄な笑みを浮かべるのは、入り口から一番遠くに陣取ったおおよそ軍人とは思えない、男か女かすらも分からないような人間だ。

 おおよそ軍人ではないとクロノが思ったのは、その容貌にある。顔は長い茶色の髪によって覆われ、眼元が見えない。そしてなにより、右腕と左足が無かった。座っている椅子に眼を向けると、両脇に車輪がついており、それを回して進むのであろうことが何となく読めた。

 退役した兵士かもしれないが、それにしては若い。年の頃は推測するにクロノと同じか、それより少し上くらいのものだ。ましてや退役軍人だとしても、ここいる意味がよく分からなかった。

 声は男と呼ぶには少々高く、女と呼ぶには低い。顔が見えないことには判別し難い。見えるのは口だけ。中性的、そんな言葉がしっくりきそうだ。

 そんな人間の横に座るギルフォードの顔は心なしか戦々恐々としているように見えた。


「今入ってきたのはどなた?」


 確実にこの雰囲気の原因を作っている人物が気さくに声をかけてきた。一瞬、聞いたことがあるような気もしたが、こんな人物は記憶には無い。

 クロノはいつも通り無愛想に答えた。


「…クロノだ…」


「おおう、クロノさんですか。OK、OK、訊きたいことがあるなら存分にどうぞ。はいっ、レッツシンキングターイム」


 実に空気の読めないハイテンションさである。空気という単語が脳みそからすっぽり抜け落ちている。

 それは別として、クロノは考える。どうやら、相手は自分のことを知っているらしい。しかし、こんな人間に覚えはない。話したことがあれば、おそらく絶対に忘れないであろう。であれば、ギルフォード辺りが話したと考えるのが自然か。

 素性を訪ねたい気にもなったが、そうなるとこのハイテンションな会話が延々と続きそうだったので、端的に重要なことだけを訊くことにした。


「戦争に置ける俺の配置予定場所、開始予測日時、敵の配置予測、俺の役割について」


「成る程成る程。つまり、参加していただけるーってことで、よろしいでしょうか?」


「…一応はな…」


「OK、協力感謝しまっーす。そうですね。開始すると思われるのは、今日の深夜、それか明日の朝ですかねー。配置予測に関しては、何とも読めない摩訶不思議。ただ、三姉弟の妹、ユーリに関しては出てこないかもしれません。昨日、彼女の隊は予想外の損害を受けたよーです」


「…そうか…」


「他の二人は問題なく出てくると思われーます。それっと、クロノさんの配置予定場所は決めてません。どこに彼が来るか分かんないですしー。ただ、役割は既にシナリオに追加してあります」


「それは…?」


 クロノの問いに、終始ハイテンションだった人間は、途端に顔を下げ、その先――最も重要な言葉を告げた。


「『勇者』の撃破」



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