第八十三話
結構どうでもいい話
会話ぱーとめんどい
短め
「……どういう、こと、だよ、ハゲ?」
表情は変わらないが、明らかに狼狽した口調でヘンリーは途切れ途切れにそう訊いた。言葉を発していないメリーはそれよりも混乱しており、頭の整理がついていない状況だ。
ユリウスは平然とその問いに答える。
「そのまんまの意味だ。後ハゲじゃねえ」
早くも冷静さを取り戻したヘンリーは事態の把握に努める。
「そういうことを訊いてるんじゃない。理由を言えハゲ。何の理由もなく、ってわけじゃないだろ」
「話せばなっげえけど、それでもいいか? 後ハゲじゃねえ」
「話さないと分かるわけないだろ。話せハゲ」
ぞんざいな物言いだが、ヘンリーの眼は真剣だ。
ユリウスは暖炉の手前にある黒いソファーにゆっくりと腰を降ろし、手を組んで話し始めた。
「そうだな。まず、第一にここの収入源の話からか。後ハゲじゃねえ」
その先の言葉を待たずにヘンリーは捲くし立てる。
「舐めてるのかよ? 財政管理してる俺の方がハゲより詳しいに決まってるだろ。7割がハゲとマルスさんの収入。2割が独り立ちしたOBから、主にリルだが。最後が国からの補助金で1割。間違いがあれば言ってみろ」
「へえ、そんな内訳になってたのか。後ハゲじゃねえ」
「逆になんで訊いたハゲ本人が知らないんだよ!?」
「全部お前に任せてるからに決まってんだろ。後ハゲじゃねえ」
二人の言い合いにリルが驚愕と共に割って入る。
「私のアレで2割!? 二人の収入どうなってんの!?」
「AランクとCランクの収入の差舐めんな。そこら辺の水溜りと湖を比べるようなもんだ。むしろ、Cランクでそんな寄付できるお前に驚くわ」
リルの寄付が多い理由はクロノとAランク以上の依頼を受けた分も含まれているためなのだが、ここにいる全員そのことは知らない。
すっかり置いてけぼりにされたヘンリーは、ずれた話題を修正しにかかる。
「で、それがどういうことなのか。しっかり話せハゲ」
「ここで重要になってくるのは国からの補助金だ。1割って言うと大した額じゃないように聞こえるが、結構な大金だぞ? 後ハゲじゃねえ」
「大金も何も、孤児院の補助金の額は一律でそうなってるって、前、ハゲ自身が言ってただろ」
「それ自体が嘘だ。ここの補助金は他の所より多い。そもそも、こんな大金を全部の孤児院に渡してたら国が破綻するわ。まあ、これだけ貰ってて維持出来なかった前任者の無能っぷりも問題だが。後ハゲじゃねえ、って言うのも疲れてきたんだが止めていいか?」
最後の言葉で真面目な話が台無しだが、ユリウスの顔を見るにこれは嘘ではないのだろうとヘンリーは踏んでいた。珍しく真面目な表情をしている。
そして、事実であればそれはなぜか。
ヘンリーの疑問に答えるようにユリウスは言った。
「理由は、ここが国にとって重要な場所の一つだからだ。特に今みたいな状況下では、な。今のこの国の状況を知ってるか?」
「今? 戦争か? それなら王都より大分前で向かえ討つって聞いたが」
半信半疑で答えたヘンリーの言葉にユリウスは頷く。
「それに関連してる話だ。お前だって、多分噂程度には知ってると思うが…、聞いたことないか? 王都の地下道の話」
それは実しやかに囁かれてきたある噂。王都には建国当初から、戦争が起きたときの為に地下道があるというものだ。王都で育った者ならば大概は聞いたことがある噂話。
だが、建国以来目立った戦争も起きてはいないので、民がその存在を確かめることはなかった。
そんな眉唾な話を持ち出して何の関係があるのか、ヘンリーには分からない。
しかし、ユリウスは噂を現実に変える一言を言い放つ。
「あるんだ。地下道は。ここの下に通じるやつがな」
そう言ってユリウスは厚いカーペットが敷かれた床を指さして続ける。
「補助金が多い理由は、地下道の管理費も含まれてるからだ。出口であるここが廃墟になって、地下道ごと崩落したら困るわけだ」
ある程度、納得は出来る。確かに、ここの孤児院の補助金が多い理由としてはありかもしれない。王都から少し離れたこの場所ならば、秘密の地下道の出口としては適しているだろう。
しかし、ここでヘンリーはある疑問を覚えた。
「おかしくないか、それは。俺の知る限り、ハゲとマルスさんが買い取る前は本当に存続の危機だったぞ? そんなに重要な拠点なら、国が意地でも存続させるだろ」
ユリウスは目を丸くし、驚いたというような表情を見せる。悪人面も相まって、何とも奇妙な顔になっている。
「なんだよ、その顔」
「おっ、いやいや、あのクソガキが色々考えるようになったんだなと、感心してたところだ」
「その顔ぶっ飛ばしてやろうか?」
「やれるもんなら…、と言いたいところだが、話が進まねえから止めろ」
ヘンリーは露骨に舌打ちをして、右に握っていた拳を解いた。
「どこまで話したっけか…」
「重要拠点なら、意地でも存続させるだろ、ってとこまでだよ」
「そうそう、それだったな。当時――三年前か、孤児院の現状は国の上の方にも伝わってた。当然議題にも挙がる。この国は建国以来王都まで攻められたことはない。地下道も使ったことなんざないわけだ。大半の奴らの見解はこうだった」
「「もうそんなものはいらない」か…。使わないものに金をかけてなんかいられない」
先読みして答えたヘンリーの言葉にユリウスは頷いた。
「そうだ。唯一王だけは異論を唱えたが、結局増額もされず減額もされなかった。減額されなかっただけでも、マシといえばマシだがな。それで、見かねた俺たちが買ったわけだ」
「今回出てけって言ったのは避難のとき、子供がいると邪魔になるからか」
「まあ、そういうわけだ。負けたときのことも考えにゃなんねえしな。王様じきじきの命令だとよ」
「何時までに出てけと?」
「明日の昼」
ユリウスはあっさりとそう言うが、どう考えても時間が足りない。今から準備してもギリギリだろう。
そこまで聞いてから、ヘンリーはゆっくりと立ち上がった。そしてにこやかに笑いながら、一歩一歩ユリウスが座るソファーに近づいていく。右手に拳を携えて。
「そっか、そっか。で、お前は何時から知ってたのかなあああああああ!!?」
ユリウスはこれ以上喋ってはいけないと理解したのか、その問いに答えることはない。しかし、代わりにマルスが答えた。
「…み…三日…前……」
「早く言えハゲがああああああああああああああ!!!」
「てめっ、それ言うな…ブベッ!!」
ヘンリーの怒りの右ストレートが顔面にめり込んだ。奇妙な声を漏らすと同時に、とある褐色の人物は気を失った。




