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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
93/150

第八十二話

 部屋の中は多くの橙色のランプが照らしていた。窓は備え付けられているのだが、どんよりと曇った空から日光が届くことはない。

 内装はベッド二つに椅子が四つ、更に鏡台付き。鏡自体が高価なので、この部屋は比較的格式の高い部屋といえるだろう。


「…酷い天気じゃのう…」


 窓の外にへばりついた雨の雫を眺めながら、ドラは主の身を案じる。どこに行ったかは分かっている。だからこそ、追う気にはならない。自分が行ったところでクロノに掛ける言葉などないからだ。結局、クロノが自分で戻ってくるのを待つしかない。

 そこまで分かっている自分を見て、つくづく変わったな、と思う。どこぞの白龍に言われたこともあながち間違いではないらしい。

 ふいに、備え付けられた木製の堅いドアが軋むような音を立てて開いた。その先からはポタポタとした音が聞こえる。

 ドラは視線を向けずに、来訪者に尋ねた。


「ここにいるとよく分かったの?」


「いつも通りこの宿屋だと思ったよ。店の人に聞いたら案の定」


 そう答えたクロノの言葉に暗さはない。ドラは安堵しつつ、視線をクロノへと向けた。雨中から帰ってきたクロノは当然のように濡れており、髪や服からは水滴が垂れている。

 

「して、どうする? 今回の戦争参加するのか?」


「……分かってて訊いてるよね? するさ、ここまで来ておいて参加しないなんてのは無しだよ」


 一瞬、クロノの言葉に鋭さが混じったが、ドラは気に留めない。淡々とその先の言葉を吐き出す。


「そうか。儂に関してはその間どうする?」


 クロノは顔を天井へと向け暫し思考を逡巡させる。


「んー、国の返答しだいだけど、基本的には参加しない方針で。戦場にドラゴンが現れたら双方の兵士がパニックに陥るし、終わった後も黒い噂が流れかねない」


 ドラは小さく頷いて許諾の意を示すと、またも視線を外し白いベッドへとダイブした。

 一方のクロノは、雨に濡れた服がなんとも着心地が悪かったので、宿屋の一階にある水浴び場に行こうと、ドアを閉めて出ていった。

 去った後で、ドラはあることを思い出す。


――あやつ、依頼のこと忘れとらんか…?



アース市内 領主の館


 大仰というより異質な館の主は、机に並べられた目の前の報告書の山に頬を引き攣らせながら内容を一つ一つ頭に詰め込んでいた。山の上部の報告書の主な内容は海を越えた遠国との貿易関連。

 この国は国という体をとってはいるが、別段領主が何かするわけでもなく、お飾りの権力である。法律も厳格には定められておらず、よくいえば自主性に任せている。

 と、されているが、実は領主の仕事は色々あるのだ。国内の自治から商業、工業、公共施設の建設など多岐に渡る。そうでもしなければ、自主性に任せただけで国が安定することなど有り得ない。

 あくまで秘密裏に、粛々と領主は働いているのだ。

 ペラペラと報告書をめくり、頭を働かせる。


――うっわー。コルの価値が値崩れしてる…。この大陸が危険だからか、コルの信用がなくなってるわね…。っていうか、海の向こうなのに戦争の情報得るの早っ!

 

 他国の情報収拾能力の早さに舌を巻き、頭を抱えた。

 

――貿易関連はちょっとキビイわね…


 次に目に留まったのは、後一ヶ月と迫った仮装大会の『仮装大会収益見込み』と書かれた書類。そこに記された数字に眩暈がしそうになる。


――いつもの三分の一……。大陸が戦争状態にあるから、それを不安視した海を渡って来る観光客の減少と、大陸内にいる人間自体も遠出を控えるってとこか…。今年の財政きっびしいー! この前まで海渡れなかったのも重なってるし…


 不幸のフルコースにもほどがある。歴史を振り返ってもここまでのはそうそうないだろう。

 その後も様々な問題に直面し、冷静に原因を分析していくと、どれもがある二文字の言葉にたどり着く。

 

――ああああ!! もう!! 死ね!! 勇者死ね!!!


 ヒステリックな叫びを心中に響かせ、苛立った様子でページを捲っていく。どれもこれも、大半が戦争関連のことばかり。それが更にメイの頭を苛立たせた。

 報告書を破り捨てたくなる衝動を抑え、一旦落ち着こうと湯気が立ち込める緑茶を啜った。喉に染み渡る温かさ。

 

「ふぅ…」


 一度息を吐いたところで、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 落ち着いたところにやってきた、絶対吉報ではない報せに若干苦笑いを浮かべるも、平静を保って告げた。心なしか声のトーンを下げて。


「ええよ」


 入ってきたのは黒装束に身を包んだ怪しげな部下。身体が全身黒で塗り固められており、メイから見ても男性か女性か区別はつかない。この怪しさはクロノの比ではない。

 足音すら立てずに入ってきた部下は、深々と頭を下げ事務的な連絡を伝えた。


「『本家』からの回答。「まだ、冒険者の募集はかけるな。この国が信用を失う。この国は絶対安全だと皆が信じておる。募集はクロノが敗北してからにしろ」とのことです」


 聞いたことをそのまま伝えただけなのだろう。言いたいことは山ほどあったが、無駄だと分かっているのであえて口にはしない。


「さよか」


 短くそう告げて部下を下がらせる。黒装束を身に纏った部下はやはり音もなく消えていった。


――後手に回ってからじゃ遅いっていうのに…。あーあ、クロノに期待するしないか…。敗北する可能性結構高いけど…


 しかし、ここまで考えてからふと思った。


――あれ? クロノ死んだら依頼は……?





夜 孤児院


 夕食を済ませ、自分よりも幼い子供たちを寝かしつけたピンク髪の少女――メリーは、一人ソファーに佇んでいた。

 部屋の周りには、壁を埋め尽くす本が並べられ、中央には長机が四つほど置かれている。豪奢な作りとは言えないが機能的なこの部屋は、非常に整理されており普段は子供たちの教育に使われる教室である。

 しみじみとここの孤児院の変貌を感じる。本当にユリウスとマルスには頭が下がる思いだ。

 最初は奴隷商から救われここに預けられた。来て四年ほどは食うのにすら困る有様だったが、再びあの二人が来てここの惨状を見かね、買い取ってからはそんなことはなくなった。そこからはトントン拍子で事が運び、衣食住に渡るまでユリウスとマルスに援助して貰っている次第である。ここから独り立ちした人の中にも、寄付してくれる者がおり、お蔭で経営は安定している。

 部屋についた窓に眼を向ける。窓の外は雨が止むことなく、むしろ昼間よりも増している気さえした。


――明日も洗濯は部屋干しですかね


 と、実に家庭的なことを考えていると、ドンドンと強く扉を叩く音が聞こえてきた。それは孤児院の入り口から。

 来客の予定はあっただろうか、と記憶を探るがそんなものはない。孤児院に預けに来たのかとも考えてみるが、今は夜、それに土砂降りだ。わざわざこんな日に来る可能性は低い。

 正体不明の来訪者。依然、叩く音は鳴り止まない。孤児院の入り口には鍵をかけている。

 とりあえず教室を出て、入り口へと向かう。途中でヘンリーと出くわした。ヘンリーもこんな時間の来訪者は怪しいと思ったのだろう。

 声をかけようとしたメリーの口を慌てて塞ぎ、口に人指し指を当てて小声で言った。


「静かにしろ…敵だったらどうする…」


 メリーはこくこくと無言のまま頷いた。


「とりあえず俺が二階の窓から覗くから、お前は隠れてろ」


 それだけ言うと足早に二階へと駆け上がるヘンリー。言われるがままどこかに隠れようとすると、とある頭を光らせた悪人面の褐色の人物が入り口へと欠伸をしながら向かっていくのが見えた。

 慌てて制止しようとするが、声は上げられず、相手も寝ぼけているのかメリーに気づいた様子はない。

 そして、とある人物が鍵を開ける。カチャリと開いた音が聞こえ、両開きの扉が開く。

 次の瞬間聞こえてきたのは雨の音――ではなく、それよりも大きい


「ぶえーーっくしょい!!」


という、女の子にあるまじきパワフルにもほどがあるくしゃみの音だった。

 その音を間近で聞いた人物は音で眼が覚めたのか、或いは自分にかかった飛沫物で眼が覚めたのか、寝ぼけ眼からはっきりと覚醒し、こめかみに青筋を浮かばせながら、赤髪の女の子――リルの侵入を阻もうと真顔のままバタンと扉を閉めた。

 閉めた人物はくるりとメリーの方を向き直り、言った。

 

「何もなかった。誰もいなかった。だろ?」


「…あっ、はい…」


 多分、今見たのは知り合いに似た何かだと、自分に言い聞かせる。

 しかし、再びバンバンと扉を叩く音が絶叫と共に聞こえてきた。


「開けてえええええええ!! 風邪引く!! 風邪引く!!」


「大丈夫だ。馬鹿は風邪を引かねえ」


「流石に開けてあげましょうよ…」




 暖炉の中は炎が揺らめき、薪を燃やしながらゆっくりと室内を暖めていく。


「う~。寒寒さむーい!」


 毛布に包まったリルは暖炉のまん前に座り、冷えた身体を温めていた。そしてリルを囲むように座るヘンリーを含めた四人。

 あの後何とかリルを院に入れ、寒いというのでこの時期にはあまり使わない暖炉に火をつけたのだ。

 

「最初は不審者か何かかと思ったわ」


「何も閉めることないじゃん! 鬼! オーガ! ハゲ! ハゲ! ハゲ! ハゲ!」


「オイコラ、途中からハゲしか言ってねえし、大体俺はハゲじゃないって何度言えば分かんだよ!? これはスキンヘッドだ!!」


「あの…あんまり大きな声は…」


 メリーはおずおずと注意しようとするが、どうやら聞こえてはいないらしい。


「黙れよハゲ。子供が起きるだろうが」


 ぎゃあぎゃあと喚く二人にヘンリーの容赦ない言葉が突き刺さる。主に片方にだけ。突き刺された本人は子供のように体育座りをしてそっぽを向いた。

 そんな大きな子供は無視して、ヘンリーは気になっていた不可解をリルに尋ねる。


「大体、リルも何でこんな時間に来たんだよ」


 全員が気になっていたこと。なぜ、こんな土砂降りの夜に来たのか。そっぽを向いていたユリウスも顔をリルへと向け、返答を待った。

 当の本人は空気の変化に気づいたのか気づいていないのか、いつもと変わらぬ調子で答えた。


「いや~、”あの人”を追って空飛んできたのはいいんだけど、途中で魔力尽きちゃってさ」


 リルの会話の中でときたま出てくる”あの人”。どうやらその人物はあまり人と関わりたくないらしく、リルは名前すら教えてはくれない。リルから話を聞いたところで、大分脚色されているであろうから実情はサッパリである。

 

「それでね、”あの人”がここに来るらしいから、ここに行けば会えるかな~って。来てない? 何か黒尽くめで、腰におかしな剣と、大剣背負った怪しい人なんだけど」


 四人全員が頭に来客を思い浮かべるが、そんな怪しい人物は来ていない。来ていたら忘れるわけもなし。

 ヘンリーはやや呆れたように言った。


「不審過ぎるだろ…。そんな怪しい奴来てないぞ。お前どっから飛んで来た?」


「え、今日の朝”あの人”が出てすぐアースからだけど?」


「お前…、絶対それ追い越してるよ。一日でここまで着くわけないだろ…。お前も大概だけど」


「おっかしいなあ…。絶対先に着いているはずなのに…。やっぱり紙忘れて困ってるとか…?」


 不思議そうにリルは首を傾げるが、他の四人からすればヘンリーの正論に首を傾げる意味が分からない。

 何やら考え込んでしまったリル。

 そしてヘンリー達には新たな疑問が生まれる。リルの言う”あの人”は何をしにここに来るのかという疑問。

 皆の疑問を代弁するかのように先んじてユリウスが訊いた。


「そいつは何しに来んだよ」


「ん~、何かとある人の保護だってさ」


「保護ォ? ここだって孤児院なんだから、保護してると言えるんだが? んだよ、ウチじゃ信用ならねえってか?」


「詳しいことは知らないけど…、一応王命だよ。ほら」


 不快さを隠そうともしないユリウスに、リルはポケットから取り出した粗末な紙切れを渡す。ユリウスはそれを奪い取り、じっくりと眺める。少なくとも王命が書いてあるようには見えない。

 

「えーっと、何々…。『孤児院にいるレイリー君とスーラー君保護して連れて来てや~』。………これのどこが王命だァ!!」


 大胆に紙切れを床に放り投げる。

 ユリウスが読み上げた通り、それしか書いていないのだ。誰からのものか、誰に宛てたものか、それすらも分からない。とても公式の文章とは思えない。まるでただの友人に宛てたメモだ。ある意味でメイらしいと言えばらしいのだが。

 

「嘘じゃないもん! メイさんはいっつもそんな感じだよ」


 自然に口にしたメイの名前に一瞬、ユリウスとマルスの表情が強張る。残った二人は、メイという名前を聞いてもピンと来ない。シュガーという国の名前は知れ渡っているが、お飾り領主メイの一般的知名度は低い。

 やや真剣なトーンでユリウスは訊いた。


「領主メイ・シュガーか?」


「うん。そうだよ」


 ユリウスはハイテンションだった脳みそを落ち着かせ、冷静に状況を整理していく。自分だけが持っている情報を含めて。

 そして、あることを思い出す。今回のことに関係ありそうで無さそうなことを。


「あ~…」


 何とも素っ頓狂な声を漏らし、やってしまったという顔でマルスを見た。マルスは何のことか暫し分からない様子だったが、次第に視線がユリウスを責めるものへと変わった。その内容は訊かなくても分かる。『まだ話してなかったの?』だ。

 気まずそうに下唇を噛み、視線を誰とも合わせないように宙に向け、ユリウスは唐突に話し始めた。


「えーっと、あれだ。なんつうか…、うん。お前らに話しておくことがある」


「なんだよハゲ?」


 部外者の応対の時とは全く違って生意気なヘンリーと、おとなしいメリーの視線が一斉にユリウスに向く。

 それを確認してから、ユリウスはまず第一に一番重要なことを言い放った。


「明日中に全員でここ出る準備しとけ」

 

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