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追放された少年  作者: 誰か
回想:帰還編
90/150

第八十話

水蒸気爆発ってこれで起きるんですかね?

誰か教えてくらはい

出来なかったら別のに変えるんで

朱美さんが本気出したらクロノに勝ち目なんてない

次回で朱美戦エンド

 消えた。比喩ではなく。今度は認識できる形として、クロノの目の前から男の姿が消えた。

 ふっと、煙のように男の身体が空気の中に霧散していった。不思議と、これで完全に勝ったのだと確信出来る。

 おそらく、元々消滅するときはこういった感じになっているのだろう。肉を抉ったときには、男から血は一滴も流れず、抉った先から消えていった。エクスなんたらの刀身もまったく汚れず、依然薄暗い洞窟の中で堂々たる輝きを放っている。

 男が落とした紅朱音を拾い上げ、エクスなんたらを背中に背負った鞘に収める。紅朱音を握った感触も、変わった様子はない。ただ、あの男が使っていた証として、柄からは生温かさを感じてしまう。クロノはその温かさで思い知る。自分が人間を殺したことを。あの肉を抉る感触は本物であったのだと。

 ゆっくりと、顔を朱美の方へと向けた。距離は遠いが、はっきりと顔が見える。出逢った頃から、まったく変わらないその顔。紅い着物に彩られたその姿は、まるで血に染まっているように初めてクロノは感じた。気のせいだろうか。それに瞳がかすかに光っているようにも見えた。

 

 クロノは朱美を見据え、落ち着いた調子で言った。


「かーさん。もう、止めないか」


 朱美は一度瞳を軽く擦り、その言葉に答える。擦った後の瞳からは、光が消えていた。


「今更、何を言ってるの?」


「かーさんは本気で俺を殺す気なんて、ほとんどなかっただろう。最初から殺す気なら、こんなまどろっこしいやり方をしないで、問答無用で殺せたはずなんだ」


 力の差をクロノは理解している。間違いなく、最初の時点で自分を殺せたはずだと。

 朱美は不敵に笑う。


「……私が貴方に絶望を味あわせて殺すため、というのは考えなかったの?」


 しかし、クロノは迷わずはっきりと答えた。


「考えないね。だって、かーさんは俺を育ててくれた人だから。そんなことは考えないよ」


 迷いのない言葉。

 その言葉に朱美は揺らぎそうになる。一瞬、このままここで生きていくのも悪くないと考えてしまう。

 本来であれば嬉しいはずの信頼の言葉が痛い。

 揺らぐ朱美の心中を、知ることもなくクロノは純粋な青い眼差しで尋ねる。


「教えて欲しい。どうしてこんなことをしたのか。俺が悔やんでいたから? それとも――」


 突き刺さる視線に不思議な痛みを感じながら、朱美は途端に冷たい表情となり、クロノの言葉を遮った。


「聞きたいことがあるなら――」


 朱美はどこまでも冷たい氷のような表情を貼り付けその先の言葉を紡ぐ。


「力づくで吐かせてみなさい」


 クロノはこの言葉で理解する。議論の余地はないのだと。


 

 朱美は自分の右手を前に突き出し、戦いの始まりを静かに告げた。


「『かまいたち』百八刃ひゃくはちじん


 そんな短い言葉が聞こえたかと思うと、クロノの視界を無数の風の刃が覆った。発生元は見るまでもない。高さは3mくらいだろうか。百八の風の刃は硬い地面を削りながら、一直線にクロノ目掛け突き進む。通った後には一筋の線が刻まれていく。生身で受けたら間違いなく真っ二つになるだろう。

 避けたいところだが、避けるスペースがない。前方は全て風の刃。後方に飛んだところで同じことだ。

 身構え、乱れそうになる呼吸を整える。何度も見たこの刃。対処方は知っている。

 前面に集約された刃が自分を襲うのに合わせて、右足を前方へ踏み込む。

 『かまいたち』の対処方は一つだ。ど真ん中から真っ二つに斬る。

 左の腰に構えていた紅朱音を居合いの要領で引き抜く形で前に出し、横一文字に風の刃を纏めて斬り裂いた。

 斬り裂かれた風の刃は、二つに分かれ軌道が逸れ、見事にクロノを通り過ぎていき結界の端に当たる前に消失した。

 それを最後まで見送ることなく、クロノは朱美の元へ向かう。遠距離戦ではどう足掻いても勝ち目はない。

 60mほどの距離を三歩――一秒足らずで詰める。朱美は表情も変えず、更に言葉を紡ぐ。


水槍すいそう

 

 言葉を発するだけで、それが現実に現れる。通常は必要なイメージする時間も、魔力を抽出する時間もほとんど必要はない。

 クロノが魔術師と戦うときの鉄則は、イメージ抽出の段階で先に叩くこと。しかし、朱美にはそれが出来ない。

 朱美の元に現れた水の槍。それは槍というより、先が三叉に分かれており鉾――トリアイナの様に見えた。

 朱美はそのトリアイナを棒立ちのままクロノに向け突き出す。その動きは、まるで素人。そもそも、剣術自体も拙い朱美にそんなものがまともに扱えるわけもない。

 結果、突き出したトリアイナは、なんなくクロノの紅朱音に斬られてしまう。斬った感触はただの水。

 水で出来たトリアイナは、形状を保てなくなり、ただの水に戻る。飛散した水の多くがクロノの右肩にかかった。クロノはそのまま、朱美の動きを止めようと紅朱音の峰で叩きにかかる。


「~~~~ッ!!」


 が、不意に感じた痛みによって紅朱音を振るうことは叶わなくなる。痛むのは右肩。振るう直前、右肩を突き刺すような痛みが奔った。

 顔を歪めると同時に、紅朱音を振るうことを諦め、後方へと跳んだ。途中で追撃も予期していたが、朱美が動きを見せることはなかった。

 それ以前に、戦いが始まってから朱美は一歩も動いてはいなかった。

 これが力の差だとクロノは痛感する。しかし、勝たなければいけない。

 落ち着いたところで肩を見ると、水が、刺さっていた。それは、それ以上に表現し難いくらいに、そのままの意味。何の変哲もないはずの水が、肩に刺さっていた。幸い、貫いてはいない。その水に触れるやいなや、途端に水は地面に零れ落ちた。刺さるほど硬かったはずの水は、触るだけで崩れる。

 今まで戦ったどの水属性の使い手でも、こんなことは出来ないだろう。今、目の前に起こった現象は本当に現実かと疑いたくなる。

 

 そんなクロノに朱美は追い討ちをかける。


「来ないならこっちから行くわよ。『水槍の豪雨』」


 豪雨という文字が示すように、それは上から降ってきた。さきほどのトリアイナが、雨のようにクロノの頭上から無数に降り注ぐ。

 一滴の雨粒でさえくらうわけにはいかない。少しでもかかれば先ほどの二の舞だ。

 しかし、クロノが水より遅いわけはない。風よりも速く、クロノは朱美の視界から消えた。

 消えたように見えたクロノの移動を朱美は見失うことなく、続けざまに言葉を発した。


追尾ホーミング


 真っ逆さまに降り注いだ水槍が落下の直前で急激に軌道を変え、移動中のクロノへ向けて一斉掃射される。最早それは降り注ぐではなく掃射。

 クロノがどこに行こうとも、軌道を変え逃げることを許さない。

 ならばと、クロノは洞窟の入り口――結界の端に向かい、一度立ち止まった。立ち止まった標的を見て水槍は更に加速し、一直線に突き刺しにかかる。


 穂先が鼻先に触れようかという瞬間――クロノは真横へと地面を蹴った。十分に引きつけられた水槍は、軌道を変える間もなく、そのまま結界の端に衝突する前にただの水へと成り果て、地面に染み込んでいった。


 跳ねる水沫をかわし、攻めに転じようとするクロノ。近づかなければ勝機はない。

 朱美は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

溶炎ようえん


 ぼこぼこと土から湧き上がる、マグマの様などろっとした液状の炎。炎の中からは気泡が湧き上がっていた。

 決して量は多くはないが、触れた瞬間に身体が消えてしまうであろうことは容易に想像できた。

 その炎は地面を伝い、緩やかな速度でクロノに向けて地面を侵食していく。その様はまるで水を地面に流したときのようだ。

 跳ぶことは簡単だ。この炎も跳び越えることは出来る。40mほど先にいる朱美の周りには炎はない。そこまでたどり着く自信はある。

 だが、跳んだところで、そこまでの大ジャンプ。空中で狙い撃ちにされるのは明白だ。間違いなく、跳ぶように誘導されている。

 その間にも、地面を溶かしながら進む炎。結界の端までたどり着くには、30秒くらいかかりそうだ。

 猶予は30秒。わずかな時間で策を考えるしかない。生きるために。

 

――どこかにヒントはあるはずだ…。考えろ…


 記憶を辿っていく。この戦いの全てを思い返す。

 

 しかし、無慈悲にも朱美の声が響いた。


「暇なんて与えないわよ。『水槍の豪雨』」


 その言葉で上を見る。出現した無数の水槍が、こちらを覗いていた。一度思考を止め、避けようとクロノは落下の時に備えて身構える。

 水槍が降り注ぐ。クロノに―――ではなく、溶炎へと。全ての水槍はどろっとした炎の中へダイブしていった。


「『水爆すいばく』」


 直後、

 

 ドガァァンン


という爆発音が、衝撃を伴って洞窟内全てを満たした。






 クロノを襲ったのはなんでもない。ただの、水蒸気爆発だ。

 当然この世界にはまだ、そんな言葉は存在せず、クロノには何が起きたのか理解できるわけもない。

 

 洞窟内に充満する爆煙。1m先も見えそうにはない。


「邪魔よ」


 朱美は自分だけを包んだ光の結界の中から風を操り、それらをかき消していく。地面を覆っていた溶炎は一旦、地下へと押し込んだ。

 風で爆煙を結界の端に追いやっていく。

 ようやく視界が開けそうだ。

 その時、自分の意思にそぐわない一陣の風が吹き込んだ。何の変哲もない自然の風。

 

「…?」


 違和感を覚える。そんなものがなぜあるのか。結界で密閉されたこの空間内に。

 

――爆発で結界が壊れた? そんなはずは…


 自分にかけた方は壊れていない。強度的には、洞窟を包んでいるものと大して変わらないはずだ。

 完全に爆煙を消し去った後で、朱美は知る。何があったのかを。


「…そういうわけね…」


 結界には確かに穴が開いていた。人一人通れるほどの小さな穴が。


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