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追放された少年  作者: 誰か
回想:帰還編
86/150

第七十七話

朱美さんはヒステリー

この二人のお話は外伝書こう

みんな壊れろ

 クラウンが去った結界の中で、朱美は考えていた。どうするべきかを。

 あんな奴の言うとおりにするのは癪だ。

 だが、これが彼と話す最後のタイミングでもある。ここを逃せば二度と機会はない。このまま悔恨を残したままでよいのか。

 天秤にかける。あんな奴の言うとおりにしたくないという自尊心と、後悔を残したくないという悔恨の情を。

 そして、天秤は大きく傾いた。

 最初から論ずるまでもなかったのかもしれない。クラウンに対する嫌悪も、実は無くなっていたのかもしれない。クラウンはきっと、生への執着だけでこの世界に残っているのではないと、何となく知っていた。それでも、天秤にかけなければ自分の気持ちが納得しなかっただけで。

 つくづく自分という人間はめんどくさいものだと、朱美は苦笑した。

 朱美は自ら選んだ選択をここに今、実行する。

 やり方はなぜか知っている。これがクラウンの言う支配権の移行の効果なのだろう。

 言うだけでいい。彼の名前を。


「起きなさい。ルーク・ユースティア」


 止まっていた男が、何かが割れた音と共に動き出す。

 男は振り返って朱美を見る。朱美を見るその眼は、記憶の中と何も変わらない。青い切れ長の眼。

 

「久しぶり…だな…」


「本当に…ね…」


 短い言葉を交わし、二人の視線が交錯する。

 しかし、どちらともそれ以降言葉を発さない。気まずい沈黙が結界を更に厚くしていく。

 お互いに、頭の中で考えていることは同じだ。


――なんて声をかければいい?


 何を話すべきか、決めかねる。

 話したいことはいくらでもある。だが、それらを言っていいのか二人には分かりそうもなかった。なまじ、あんな別れた方をしたから。

 

「…何か喋りなさいよ…」


 沈黙を先に破ったのは朱美だった。


「お前から喋ってくれ…」


「嫌」


 ルークは、困ったような呆れたような微妙な表情を浮かべながら、何の解決にもならない言葉を発する。


「お前…何も変わんないな…」


「その話題はつまらないから却下。それにこれでも変わってます」


「性格は元から変わってるけどな」


「余計なこと言わないでくれる?」


「無茶振りするお前が悪い」


「面白い話題の一つも提供出来ないような男が悪いと思うわ」


「俺のせい?」


「じゃあ、私のせい?」


 一度広がった会話の花は止まることをしらないまま、その範囲を広げていく。

 他愛ない会話をしている内に二人は気づく。


――なんだ。なにも変わらないじゃないか


 こんな下らない会話をあの頃、自分たちは何度もやっていたのだ。

 気づくと二人からは笑みが零れていた。

 その笑みは誤魔化しなのか、本心のものなのか二人には分からない。

 だが、互いにこれだけは分かる。こんな会話を続けても先には進めない。

 恐怖が渦巻く。これ以上深く入ってしまっては、何かが崩れてしまうのではないかと。

 甘く心の中で囁く。崩れてしまうくらいなら、このままでいいのではないかと。

 互いに相手を傷つけることを恐れ、当たり障りの無い会話しか出来ない。

 ここで、二人は間違いに気づく。

 あの頃とは、まったく違うのだと。こんなに気を使う関係ではなかった。これは違う。

 


「そういやぁ、あの青年はどこの誰だ?」


「クロノのこと? 私の息子よ。最愛のね」


 冗談めかした口調の朱美にルークは軽く切り込んでみる。

 分かっている。このままでは良くないと。だからこそ、ここであえて深くいく。朱美が何かを隠そうとしているここで。


「それだけ、じゃないだろ…?」


 朱美は急に冷ややかな眼となり、視線を逸らした。

 

「……当ててみなさい……」


 冷たい、感情の篭らない声。

 ここでルークは知る。今の朱美は自分の知っている朱美ではないことを。そして、朱美を変えてしまったのは自分であることを。

 

「…俺の家――ユースティア家の人間だな…?」


 朱美は答えない。ただ、俯くだけだ。


「沈黙は肯定と受け取ろう。おそらく、弟の方の家系か…。あの時は王都にいなかったからな」


 才能のある弟の顔を思い出しつつ、朱美に声をかける。


「まあ、そんな事はどうでもいい。大方、捨てられたんだろうしな」


「なんで…」


「予想はつくさ。俺と同じ無属性。ってことは、俺みたいな人生を送ったんだろうよ。幸い、俺は捨てられかけただけですんだがな。いい時期に死んでくれた兄貴に感謝するよ」


 自嘲気味に語るルーク。


「で、お前は俺にそんな息子を殺させるつもりか?」


「そうよ」


 あっさりと、自分の息子を殺させると言う朱美。

 知っている。彼女をこうしてしまったのは自分だと。

 それでも、ルークは尋ねる。今の彼女を知るために。こうでもしなければ、前には進めない。

 

「…さっきの言葉は訂正しよう。お前は変わったよ。少なくとも、俺の知っているお前は、そんなことを言う人間じゃなかった。殺すとか死ぬとか、そういったものを激しく嫌悪する人間だったよ」


 朱美は俯いていた顔を上げ、何かが壊れたように叫んだ。


「変わった…? あああああああああああああ!!!! どの口が言うの!?」


 右手で頭をかき乱しながら、狂乱を見せる朱美。


「こうならなきゃ、私は生きていけなかったの!!! 壊れなきゃ、生きていけなかったの!!! 誰のせいだか分かる!?」


「俺だよ」


「そうよ! 「あの日」アナタが私を殺しに来たときから!! あっ、ぁぁぁぁぁ……!!」


 壊れていく。ルークの中の朱美が。

 眼を背けられない。こうしてしまったのは自分だと分かっているから。

 涙を零しながら、縋るように朱美は尋ねる。


「ねえ、。なんで? ねえ、。!? なんで「あの日」私を殺しに来たの!? ねえ、。何がいけなかったの!? 答えてよ!!!!」


 そこには『魔王』も『勇者』もなく、ボロボロになった一人の少女がいた。

 こうしてしまったのが自分のせいなのであれば、責任はとらなければならない。

 きっと、それは遅すぎることなのだけれど、それしか自分には出来ないのだ。

 ゆっくりとルークは朱美に近づく。狂乱した朱美は光剣を造りだし、ルークに向かって刃を突き立てる。刃は鎧を貫くが、胸の中心に刃が刺さった状態でなお、ルークは歩みを止めない。

 朱美の脳裏には恐怖が蘇る。初めて、死が自分に迫った時の。

 

「…やだ…来るな……来るな………来んなあああああああああああああああ!!!!!」


 叫びながら、刃を振り回す朱美。出鱈目に振るった刃はルークの鎧を粉々に砕き、その下の身体を傷つけていく。

 それでも、ルークは止まらない。いくら傷がつこうとも。

 朱美は後ずさるが、結界の端に背をぶつけてしまう。焦燥しきった頭では、解除という単語が浮かんでは来なかった。

 ようやくルークは朱美の元にたどり着く。そして優しく抱きしめた。


「落ち着けよ……可愛い顔が台無しだろうが……」


 髪を撫でながら、そう囁く。


「…お前は何も悪くない。悪いのは俺だよ。ごめんな」


 懐かしい匂い。懐かしい声。記憶の中で重なっていく。

 同時に「悪くない」という言葉が何度もリフレインされる。

 「あの日」自分が犯した罪が、ようやく許されたような気がしていた。

  

「…ぁ…ぁあああ…ああああああ……!!!!」


 朱美はひたすらに泣いた。おそらく、人生の中で今までにないくらいに。

 朱美が泣き止むまで、ルークは何も語らずその場に居続けた。ずっと。


 




「…落ち着いたか…?」


 泣き止んだのを確認してからルークが声をかける。


「…うん…もう大丈夫だから離して」


「へいへい」


 あれからどれくらい泣いていたのか、朱美には分からない。ほんの数分だったかもしれないし、途轍もなく長い時間だったかもしれない。だが、この空間には時間というものが存在しないので、確かめる術はない。


「どうする? まだ俺とあの少年を戦わせるか?」


 ルークの問いに朱美は迷わず答えた。


「ええ。まだ、戦ってもらうわ」


「いいのか…? このままだと俺はアイツを殺すぞ?」


 眉を顰めながらいぶかしむルークに、力強く朱美は笑う。


「アナタなんかに、私の息子は負けないんだから」


「なんかとはひっでぇ言われようだな。俺も舐められたもんだ」


「アナタなんてそんなもんでしょう?」


「そうかよ。んじゃあ、今からお前の息子とやらと戦いに行きますか」


「待って」


 めんどくさそうに頭を掻きながら、背を向けてクロノの元に向かおうとするルークを、朱美は呼び止める。


「なにか?」


「その剣直してあげるわ」


 視線の先にはぼろぼろに錆び付いたロングソード。傍目から見れば今にも砕けてしまいそうだ。


「あーこれか。お前どんな保存してたんだよ…。見た瞬間驚いて声を上げかけたわ」


「しょうがないでしょ。あれからなーんも手入れしないで、そこら辺に放置してたんだから。それとも、あっちがいい?」


 朱美はクロノが落としかけているエクスなんたらを指さす。こちらはぼろぼろとは程遠く、しっかりと手入れされており、眩く光っているようにさえ見える。


「いんや。使い慣れたこっちでいい。あれ使ったことないから、使える気しねえわ。貰ってすぐ死んじまったし」


「…そう、じゃあこっちにするわ。鎧は?」


「いらん。アレ重いんだよ」


「騎士にあるまじき発言ね」


「騎士になったのなんて最後だけだしな」


 言葉を交わしつつ、朱美は錆びた剣を奪い取り、地面に置く。

 この剣の汚れは、大半が血によるものだ。長い年月を野ざらしで、血も洗わず放置していたら、こんな見るも無惨な姿に成り果ててしまった。今回のために、一応壊れない程度の強化はしておいたが、本人が使うとなれば、やはりあの当時の姿がよいだろう。

 記憶の中から無数にある術式から、一つを引っ張り出し、剣に魔力で刻む。刻んだ術式に魔力を流し、起動させる。

 すると、みるみる内に汚れが消えていき、終いには傷一つなくなった。

 ただ、直したところでごく普通の剣なので、戦闘力が格段に上がるわけではない。この剣自体一般兵士に渡されるものだ。

 

 当の持ち主はというと、子供のように眼を輝かせながら、感嘆の声を上げた。


「すっげえええ!!」


「あんまり声を上げない。洞窟だから響くのよ…」


 耳を塞ぎながら言う朱美から新品同様となった剣を受け取り、軽い足取りでルークはクロノに向けて歩き出す。

 しかし、それを朱美が再度呼び止めた。


「待って…最後に一つ聞いていい?」


「んだよ。まだなんかあんのか?」


 この先を言うことを朱美は一瞬躊躇った。どんな言葉が自分に投げられるだろうか。そこには恐怖しかない。

 会話の端々に見えた生前への後悔。

 考えてしまう。彼がエクスなんたらを一度でも使ったら、彼があのまま騎士としての人生を歩んだら。

 それでも朱美は、迷うなと、覚悟しろと、自分に言い聞かせてその先の問いを口にした。


「…アナタは私が殺したこと怨んでる?」


 言った瞬間朱美は無意識で眼を閉じた。ほんの一瞬。それは恐怖感から来るものだった。

 ルークは振り返り、青く鋭い眼光で朱美を射抜く。朱美には彼の眼に憎悪の炎が滾っているようにさえ見えた。


「……俺は、怨んでるよ……」


 分かっていたことだ。自分を殺した相手を怨まないわけはない。

 しかし、分かっていても、どうにも抑えられないほどの感情があふれ出しそうになる。彼からの怨念は、どの死霊人形ネクロドールの者よりも痛く刺さった。

 俯きながら必死にそれに耐える朱美に、ルークが次に言った言葉は、そんな朱美の心を軽くするものだった。

 

「でもな、それはお前じゃない」


 俯いていた顔をハッと上げる。

 依然として、彼の眼には憎悪の炎が揺らめいていた。自分に向けられたものでないとすれば、その憎悪は誰へのものなのか。

 朱美の疑問を見透かしたようにルークは言う。


「俺が怨んでるのは、俺自身だよ。もっと言うなら、「あの日」お前を殺せなかった俺の弱さに、だ」


「……」


 うろたえる朱美にルークははっきりと続ける。


「お前には悪いことをしたと思ってる。だけど、あの選択が間違っていたとも思ってはいない。あの頃のお前は、個人的感情を抜きにして考えると、戦力にならず、ひどく危うかった。いつ暴走するか分からないくらいにな。暴走を危惧した上が、一番近い俺に殺害命令を下したのもしょうがないことだ」


 ルークは淡々と事実を並べていく。


「だから、国として見たらあの選択は絶対に間違ってなかった。結果は見ての通りだがな」


 ルークは言い切った。間違っていなかったと。

 朱美はもう、取り乱すことはなく、冷静に尋ねる。


「…国よりも、私を優先することはなかった?」


「そうだ…。俺は一人の人間である前に、一人の騎士だったからな」


 それ以上朱美が何も聞くことはない。きっと、これが彼の本心なのだ。最後に聞けてよかったとさえ思う。

 これで、思い残すことは何もない。

 

「じゃあ、そんな騎士さんに一つ命令」


 朱美の言葉に芝居がかった口調で答えるルーク。


「なんでしょうか? 『勇者』様?」


「あの子と…本気で戦ってきてね」


 口元を軽く緩ませて一人の騎士は答える。


「仰せのままに」

  

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