第七十六話
会話パートマジ苦手
戦闘描写も苦手だけど
得意なものないやんけ
言いかけた朱美の眼に見えたのは、道化師――クラウンの姿、それと揺らめく摩訶不思議な2種類の光だった。
道化師を中心に広がった光の一つは、一瞬で朱美の結界をすっぽりと覆い、もう一つは、結界の中で朱美とクラウンを包んだ。
クラウンは周囲をキョロキョロと見渡し、成功を確認した後、笑顔で朱美へと向き直る。
「やっ、久しぶり。でもないけど」
「何の用…?」
「まあ、色々」
朱美は冷徹な視線でクラウンを射抜く。
「邪魔しないでくれる? 今いいところなの。アナタ如きに邪魔されたくないわ」
「そう熱り立たないでよ」
冷たい視線をさらりと受け流しながら、肩を竦めるクラウン。
「僕は別に邪魔しにきたーってわけじゃないんだからさ」
「じゃあ、なに?」
少々の間クラウンは顎に指を当てて考え込む。
「うーん……そうだねえ……君風に言うなら冥土の土産ってやつ?」
つい先日ケイに言った朱美の言葉。
どうして知っているのか? という疑問に朱美が至ることはない。こいつには常識が通用しないのだ。聞いたところで答えが返ってくるわけでもなし。
不機嫌な顔で、朱美はクラウンを睨む。
「あっ、そう。じゃあ、悪いけど早くどいてくれる? 私はそんなものいらないから。クロノも待ちくたびれてるでしょうし」
「残念、まだそれは出来ないな。それに、彼は待ってなんていないよ」
「どういうこと…?」
クラウンがクロノを指さす。
朱美が視線をそちらにやると、剣を落としかけたクロノがいた。視線がこちらに向いておらず、口は開いたままだ。
というより、そのまま止まっていた。動いていない。まるでテレビの1シーンで停止ボタンを押したようだ。
「ほらね。彼は止まってるんだ。まあ、僕が止めたんだけど」
混乱する朱美にクラウンは続ける。
「僕らの空間には今「時間」という概念がないんだ」
どういうことか、朱美が尋ねるより先にクラウンは話題を切る。
「おっと、そんなどうでもいいことを話しに来たんじゃなかった」
飄々とした態度のクラウン。
朱美はイマイチペースが掴めない。やはり、この男は苦手だ。
「僕が今止めたのは、クロノ君? が、『上』に行っちゃいそうだったからっていうのが一つ。僕にとって彼はどうでもいいんだけど、君は彼に死んで欲しくないだろう? あのままだと彼は『上』に行って死んでた」
きょとんとした表情で朱美はクラウンを見つめる。
「ああ、『上』も分かんないか。君も一度行ったことがあるはずだけどね。まっ、説明はいいや」
投げやりな態度で、急に説明を終わらせるクラウン。
「それと、後一つは、君がこの世界から旅立つにあたって、精算しておくことがあるだろうって話さ。君はクロノ君に過去と向き合わせて、受け入れさせるつもりらしいけど、君自身が過去から目を逸らしてちゃあねえ」
「余計なお世話よ…アナタに何が分かるっていうの…!?」
イラつく朱美にクラウンはあっさりと答えを返す。
「いや、何も? だって僕は君じゃないもの。これはただの余計なお世話さ」
「ああ言えばこういう…!」
「ああ、そうそう、一応君が何を考えているかくらいはわかるけどね」
「不愉快! ほんっとに不愉快! ただこの世界で無駄に生きながらえることしか出来ない臆病もののくせに!!」
「言い方が酷いなあ……間違ってないけど。僕に聞かなくても分かってくるくせに。僕のこれがなんなのか」
しかし、朱美は答えない。
呆れたようにクラウンは溜め息を吐いた。
「ほんと強情だね。知ってたけど。あえて僕から言うとだ。僕のこれは「超能力」さ」
「そんなものあるわけ…」
朱美の言葉をクラウンは途中で遮る。
「ない――となぜ言い切れる? ただでさえ、僕らはこんなふざけた世界にいるのにさ。まだ、あっちの世界では解明されてないだけかもしれない。いや、そもそもあっちの世界とこの世界の時間軸は同一じゃないから、まだって言い方もおかしいのかな? まあ、僕も「超能力」なんて響きは好きじゃないけどね。人は多かれ少なかれ、人の表情で心を読んでる。それの発展版だと思えばいいさ。僕のは読むじゃなくて、聞こえるって言った方が正しいけど」
と、ここまで喋ったところで、何かを思い出したように手を叩いた。
「あー、また話がずれた。僕は話すのが好きだねえ……。これだからパントマイム出来ないんだよ。要約するとだ。旅立つ前にやることがあるだろって話だよ。彼との話し合いがね」
クラウンが指さした先には、クロノと同じように止まった男の姿。
クロノに止めを刺す途中なのだろうか? 剣を振り上げたところで止まっている。
「君に術式の支配権を移行しておいたから、君が望めば彼は動き出すよ。この空間には時間がないから、いくら話したっていい。100年間話したって外では、一秒足りとも進まないし、この中で衰えることもない。逆に話したくないっていうなら、今すぐこの術式を解くといい。それは君の自由だ。クロノ君も、もう『上』に行くことはないしね。疲労と怪我は、なくしといたから。互いにフェアな状態で戦闘を始められるだろう。じゃあね」
手をひらひらと振ってクラウンは、結界の外へと出て行こうとする。
そんなクラウンを朱美が呼び止めるが、クラウンは歩を止めない。
「待って……どうしてアナタはこんなことするの?」
「…僕としては、後悔なく去って貰いたいんだよ。この世界から。君は今までとは違う。正真正銘たった一人で、帰る術を見つけたんだからさ。僕「たち」が見つけたときとは違ってね。んじゃあ、さよなら。脱出おめでとう」
振り返ることもせず、道化師はそのまま結界から退場して行った。




