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追放された少年  作者: 誰か
回想:帰還編
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第七十五話

 視界から消えた男を次に捉えたのは、右眼の端――ギリギリ視界に入るか入らないかといった場所だった。

 クロノがそちらへと視線を移す前に、またも男は消えた。そして今度は左端へ。慌ててクロノが眼を向けると、今度は右端から剣が振り下ろされた。朱美とは違い一直線に飛んではこない。

 左に傾きかけた身体を強引に捻って、錆びた剣を右手で紅朱音を抜き弾きにかかる。

が、


――重い…!


 力負けしてしまう。ずっしりとした重みが剣を伝って手を痺れさせる。

 クロノは全力だ。先ほどのように、わざと負ける為に力を抜いたりはしていない。それでも、押し負ける。

 それもそのはずで、クロノが使用している紅朱音は日本刀に近く、間違っても弾くという行為には向いていない。斬るというのが本来の用途だ。

 一方男が使っているのは、錆びてはいるが俗に西洋剣のロングソードと呼ばれるもので、斬る――というよりも、叩くや潰すといった使い方が正しい。

 クロノが朱美の攻撃を弾けたのは朱美が斬りに来ていたからで、叩きにきている男の剣を弾くのは互いの剣の性質上難しい。

 これが普通の相手であれば力で押し切れるのだが、生憎目の前の男は普通の相手ではなかった。

 おまけに男は両手で振り下ろしており、片手のクロノが押し勝つなどということは万が一にもありえない。


 上から潰された右手を見て、即座に左手でエクスなんたらを抜く。

 幸い、右手で抵抗した分猶予は出来ており、身体に剣が届くよりも先に抜くことが出来た。

 なんとかエクスなんたらを錆びた剣に当てる。衝撃で耳障りな金属音が散った。

 エクスなんたらで耐えている内に右手の体制を立て直し、紅朱音とエクスなんたらを交差させ、上からの重みに耐える。

 均衡する現状。

 暫し、そんな均衡が続くかと思われたのだが――


「あっ…がッ!!」


 思いの外早く状況は崩れ去る。クロノの全身に迸る痛みによって。


 平気なはずがなかった。

 最初の朱美との攻防。泥人形との戦闘とは呼びがたい戦闘。

 これが、通常の状態であれば、まだクロノは戦えただろう。

 だが、かたや今戦い始めた男と、ここまで戦い続けたクロノでは疲労に差がありすぎた。それに加え、クロノの身体には夥しい数の裂傷。

 これではフルマラソンを走りきった選手と、準備運動を終えた選手が100mを競うようなもの。

 それでも、ここまで戦えたのは負けたくないという執念。死にたくないという執着。

 しかし、現実は執念や執着だけでなんとかなるものではない。

 埋めようのない差が、今クロノの身体に重くのしかかっていた。


 疲労で力が抜けていく。痛みで力が抜けていく。

 その隙を見逃す相手ではなかった。

 男は剣にいっそうの力を込め、クロノの剣を地面に近づける。

 クロノの敗北は時間の問題となっていた。




 二人の戦いを冷ややかな眼で見つめていた朱美は、ある疑念を抱いていた。


――おかしい、彼からは何も聞こえてこない。


 死霊人形とは自分が今までに殺した人間の怨霊を強制的に引き戻す術式。

 その代わりに術者にはその怨霊たちの声が止むことなく聞こえる。怨霊たちの声に耐え切れず術者が魂を持って逝かれることすらある危険な代物だ。

 千年前ですら禁術に指定されていたこの術式。

 だというのに彼からは何もない。

 先に作った人形から聞こえた、悲しみの嘆きも、自分を怨む怒りの声も、生への渇望もなく、ただ、ひたすらに無音。


――なぜだ、なぜだ。分からない。


 疑問符で埋め尽くされる脳内。

 彼とクロノの戦いは続いている。

 本来であれば邪魔をしてはいけない。だけれども、聞かずにはいられない。

 そして、彼女は彼へと声を掛けた。

 それはお互いにとって二百年振りの会話で、二百年前と変わらない姿で、二百年前と変わらない声で彼女は彼の名前を呼んだ。






 身体が重い。身体が痛い。

 このままでは死ぬ。今回は、殺そうと思えばとか、そんなんじゃない。避けられない死。

 気持ちの持ちようでも、なんでもない。単なる肉体の限界だ。

 身体が思うように動きそうにない。まるで鎖につながれているようだ。

 であれば、どうすればいい? 簡単だ。

 鎖を外してしまおう。

 この鎖を。



 何かが変わろうとしていた。

 クロノの意識は限りなく曖昧で希薄。

 それでも、何かを変えなければいけない。

 クロノの意識は薄まっていく。

 そして急速に濃くなっていく「なにか」

 越えてはいけないと、理性の先――本能が叫ぶ。

 それでも、クロノは境界を踏んだ。

 意識と引き換えに、「なにか」へと足を踏み入れた。

 

 


 クロノが境界を踏み越えたとき――男がクロノを殺しにかかったとき――朱美が名前を呼ぼうとしたとき――誰よりも早く声を発したのは、その誰でもない。何ともふざけた道化師の、何とも間の抜けた声だった。


「スト~ップ」


 

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