第七十四話
戦闘はちょっと休み
短め
今週中にもう一話上げます
肩で息をしながらクロノは何とか立ち続ける。襲う疲労感。気を抜くと倒れてしまいそうだ。
レベル5といっても無限に続くわけではない。当然魔力による限界はある。だが、大概の場合その前に肉体が限界を迎えるだけだ。その点はクロノも自覚はしている。
肩で息をしつつ、捨てた紅朱音を拾う。
そんなクロノに朱美は唐突に拍手を送った。
「おっめでとー。やっぱ、あの子たちじゃ力不足だったかー」
軽薄ともとれる口調で、朱美は賞賛の拍手を送る。
「お祝いに、クロノにはプレゼントでもあげましょうかねー」
「プレゼント…?」
クロノは身構える。状況を考えて碌なものではないことは明白だ。
朱美は何とも脈絡のない話を語り始める。
「昔、私がアナタを拾ったばかりの頃だったかしら? よく絵本読んでたじゃない?」
記憶を辿る。絵本? 確かに覚えはある。どんなものだっただろうか?
朱美はどこから取り出したのか分からない絵本を、これ見よがしにクロノに見せつけた。
「そうそう、これこれーっと」
古ぼけた絵本。
遠い記憶を思い出す。古すぎる記憶だ。拾われる前からの憧れ。国を救った勇者の話。
魔法が使えないと分かって諦めた夢物語。唯一朱美の家にあった絵本でもある。
「それは…」
「そう、アナタの憧れた強さの象徴。それと、会わせてあげましょうか?」
どういうことなのか。クロノには理解出来なかった。朱美がこんな提案をしてきたということに、ではない。
自分でもそこまで馬鹿じゃないとは思っている。朱美本人から聞いたことはない。それでも、なんとなく知っている。そこに描かれた『勇者』が誰なのか。
「だって…それは…かーさんじゃ――」
言いかけたクロノの言葉を朱美は遮った。
「ない。私じゃないわよ。ここに描かれているのはね」
はっきりとした否定。であれば、それは誰なのか? そして朱美は何者なのか?
クロノの疑問に朱美は答えない。
朱美は絵本を投げ捨て、中心を錆びた剣で突き刺した。
「ここに描かれた『勇者』は私が殺したもの。今から、それを、見せてあげましょう」
絵本ごと錆びた剣を離し、既に刻んだ死霊人形の術式にありったけの魔力を注ぎ込む。
術式が起動を始め、青白い閃光が洞窟内を照らし出す。
「完成死霊人形vrルーク――」
眩い閃光は激しさを増し、渦を巻いて術式の中心を包んでいく。同時に巻き起こる旋風。
「ユースティア」
その最後の言葉をクロノは聞き取れなかった。
閃光が瞬き、クロノは眼を一瞬閉じる。視界を完全に覆う青白い閃光。収まったのを確認してから、ゆっくりと眼を開ける。
そこにいたのは、先ほどの泥人形などとは比べ物にならないくらいに紛れもなく人間で、そしてどこか見覚えがあるような男だった。
「金髪…青眼……」
朱美は一瞬躊躇った。彼を呼ぶのかと。もう、二度と会うことはないと思っていた彼を。
だが、クロノの成長を考えると相手は彼が一番だった。同じ戦闘スタイル。ある程度の力量。そしてクロノにとっての憧れの象徴。
余計な感情はないと、自分に言い聞かせて朱美は彼を蘇生する。今度は泥人形などではなく、はっきりとした人間の形で。
自分が殺した彼を。
朱美の心に生まれた躊躇いを道化師は「聞き」逃さない。
道化師は不敵に笑いながら、成り行きを注視する。密やかに。
クロノは突如として現れた男を改めて確認してみる。
髪は綺麗な金髪。眼は深い青を讃えた青眼。視線をどこにやっているのかはわからない。年は二十代前半くらいか? 服装に眼をやると、鎧を着ており、それ自体は真新しく見えるのだが、鎧の型が古い。それこそ、一昔前のポピュラーな一般兵士が着ているようなものだ。記憶の中で、まだあの家にいた頃、読み漁った国の歴史書にこんな鎧があった気もする。別段特別な物ではなく、階級の低い一般兵士に与えられるものだったか。
クロノが眺めていると、金髪の男が動き出した。
重そうな足取りで、久々の身体の感触を確かめるように一歩一歩足を進め、絵本に突き刺さった錆びた剣を引き抜いた。その時見えた男の眼には、懐かしいといった感情が映っているように見えた。
ボロボロに錆びた剣をしっかりと握り、男はこちらに剣を向ける。それに合わせてクロノも身構える。
男がゆっくりと口を開く。重く低い声で
「レベル5」
と。
瞬間――男が視界から消えた。




