第七十一話
くそ短い
最後のは回想編の最初にはさむんだった
次回から朱美さんスパルタというか虐待のような戦闘がありそう
朝 領主の館
人間、精神的に参っているときというのは、何も上手くいかない。おそらく上手くいったとしても、脳が上手くいったと判断しないのだろう。
クロノも例外ではなく、その日は寝覚めが非常に悪かった。吐き気がする。吐いてしまおうか。起きたくない。瞼を閉じてしまおうか。
憂鬱な朝を過ごしていたクロノに闖入者が飛び込んできたのは、まだ誰も働いていないだろうというような時間帯。
「おっはよおおおおおおお!! あっ……ゲフッ…!」
ベッドに勢いよくダイブしてきた朱美を無言のままかわすと、そのまま壁に激突し、何とも妙な声を漏らした。
侮蔑の視線を向けながら、無表情で小さくクロノは呟く。
「うるさい…」
その視線にゾクゾクと湧き上がるものを感じかけた自分を抑えながら、朱美は身体をクロノへと向けた。先ほどまでのふざけた色はどこにもない。
朱美の視線にクロノは異様な雰囲気を感じる。眼にはいつもの陽気な朱美はなく、深く黒い眼がじっとクロノを見据えていた。
背中がざわつく。鳥肌がなぜか立っていた。
この異常をどう説明すべきか、嫌な予感? いや、予感なんて不確かなものではない。確実に何かが起こる前触れ。
朱美は、今までクロノが見たことがないほどに真剣な表情でクロノに告げた。
「久々に手合わせしましょうか」
同時刻 アース市外
雨に濡れた髪を粗末なタオルで拭いながら、クラウンは晴れ渡る空を仰いだ。つい数分前まで土砂降りだったのが夢だったかのような青空。暗雲の消え去った空には、唯一雨が降っていた証拠としてアーチ状の虹がかかっている。
「…メイクとれてないよね?」
水溜りに映った自分の顔を確認してみると、そこには変わらず白い化粧を施した道化の姿があった。何度か表情を作り、崩れがないのを確認した後、安堵の溜め息をつき、再びクラウンは空を仰ぐ。
「止んだってことは…移動したか。僕も行くかな。一応最後まで見届けるとしよう」
虚空にそんな言葉を吐いた後、クラウンはその場から消失した。
アース市内
その日カイは不思議な金属音によって目を覚ました。工房から鳴り響く金属音。この音の主が自分でないとすれば、答えは一つだ。
工房に入るとそこには予想を裏切らない人物――ケイが、依然と変わらない姿で剣を打っていた。腕をまくし上げ、額にはじんわりと汗が滴っている。露出した腕はカイの記憶よりも明確に細くなっており、若干のもの悲しさを感じさせる。
ケイはこちらを見るなり、無愛想に言った。
「起きんのおせえんだよボケ」
「何、やってんスか…アンタは」
「見て分かんねえなら、今すぐ病院行ってこい」
馬鹿にしたように言ったケイの言葉に唇を噛む。
「んな事聞いたわけじゃない…アンタは今の自分の状況分かってるんスか!?」
「お前よりは分かってるさ。俺の身体だ」
「なら…」
ケイがカイの言葉を遮った。
「もう俺は長くない。静養したって無駄だ。そうだろ?」
「……、」
「知ってたさ。病気じゃねえってことくらいな。俺のはただの老衰。絶対に避けられない死だ」
医者から説明を受けてはいた。だからこそ、カイは言わないようにしていた。いや、カイ自身が怖かった。死を告げるということが。それを口にしてしまうと、現実になってしまう気がして。
うろたえるカイにきっぱりとケイは言う。
「お前にはまだ、死ぬ前に教えなきゃならんことが腐るほどある。んな時に寝てる場合じゃねえんだよ」
ケイは自覚した。背けていた自分の死を。昨日の言葉で。同時に、まだやる事があると。仮にも自分は父親なのだから。たとえ、残りわずかな命だとしても。




