第七話
強い衝撃が体を襲う。痛みで意識が覚醒してくる。
(どうしたんだっけ?)
ぼんやりと頭の中で思考をまとめようとするが上手くまとまらない。
「…い、おい」
何かが聞こえてくる。
「おい、起きろって」
(オキル? ダレガ?)
聞き覚えのない声。
はっきりとしない意識は、再び襲った衝撃によって突如覚醒した。
目を覚ますと、同い年くらいの茶髪の腕白そうな少年が、僕の頬を引っ張っている。
どうやら引っ張られたことで、意識が覚醒したらしい。
寝ながらあたりを見渡すと、同い年か少し幼いくらいの少年少女が十数人居た。鉄製の檻の中に。
自分の位置をみると僕も檻の中に入れられていた。
檻の外は窓もなく、窮屈な空間。檻の外には見覚えのある男が二人ほどいるが、舟を漕いでいる。
(どこだろうここは?)
どうしてこうなったか思い出してみる。
(確か…路地裏で追いかけられて、角を曲がろうとしたところで首筋に衝撃が走りそのまま気絶したのか?)
なるほど、誰かに捕まったわけだ。
このときの僕は思いのほか冷静だった。というより、追い出されたという現実が未だに僕を夢の中にいさせたのかもしれない。
何はともあれ情報を集めないことには始まらない。
未だに僕の頬を引っ張っている少年を引きはがし、事情を聞くことにした。
「ここは、どこなんだろう?」
「なんだ。お前も攫われてきた口か。ここは奴隷商人グラムの奴隷保管庫だよ。子供専用のな」
割とあっさりと喋ってくれた。子供しかいないというのも、そういうことらしい。
ということは、あのぶくぶくに太った男がグラムで路地裏にいた僕を捕まえるように指示したのだろう。
ついでに、目の前の少年も僕と同じように攫われたらしい。
「僕は路地裏に居ただけなんだけどね」
不思議そうに尋ねる僕に、少年は呆れたように言った。
「きったねえ路地裏にお前みたいな金髪の子供がいたら、目立つに決まってんだろ。大方グラムのやつが珍しいと思って、捕まえるよう手下どもに言ったんだろうさ」
思い当たる節はある。自分も、捕まる直前にはそんな気はしていた。
そういえば東の方では僕の髪と眼は珍しいんだった。フードでも被るべきだったと己の失態を恥じた。
少年は僕に向けて手を差し出す。
「オレはヘンリー。お前の名前は?」
「クロノだよ。よろしくねヘンリー」
聞くと、茶髪の少年――ヘンリーもスラム街にいた所を攫われてきたらしい。
奴隷商人が奴隷を手に入れる方法は主に三つある。
一つは親などが子供を身売りする場合。
おそらくこれが一番多いだろう。手っ取り早く金を得られる。子沢山の農村の方では多いというのを、聞いたことはある。
もう一つが犯罪者。
犯罪を犯した者は刑によっては奴隷にされる。実質的には終身刑に近い。
最後が人攫いだ。
人攫いは当然公には認められていないが、奴隷商の中には平然と行う輩も多い。
たとえ奴隷が売られる時に真実を言ったところでそれが本当か分からないし、もし攫われていないのだとすればそれは奴隷になりたくない為の嘘であり、奴隷であるのは当然だからだ。
それに奴隷を買う側からすれば、今買いたい奴隷が攫われた者だとすれば買えなくなるのでそのような訴えをしても無視されるのが通例だ。
よって、人攫い自体は暗黙の了解と化している。
そして買われた奴隷には隷属の首輪というものを付けられる。
これは主人の命令に絶対逆らえなくなる首輪で、一度付けたら主人の許可なくは外せない代物だ。
主人とは最初に首輪をつけた人物を指す。
買われてから付けられるというのは、隷属の首輪のルールとして生涯に一度しか付けられない為だ。
だから奴隷商人は隷属の首輪を付けられない。それでも厳重な警備のもと保管されているので逃げることはできないのだが。
つまり、一度捕まったら抜け出せない。
まさか、僕がこんなことになるとは。一ヶ月前には想像もしていなかった。
そんな事実に危機感を覚えながらも、僕は一縷の希望――抜け出すために情報収集を続ける。
「つまりここは、大通りから大きくはずれた路地裏にある商店の地下なんだね」
「ああ、お前と違ってオレはここに運ばれてくる時意識があったからな」
フフンと誇らしげに胸を張るヘンリー。結局攫われたという点では変わらないというのに、なぜそこまで誇らしげなのか。
なにか負けた気がしながらも、質問を続けた。
「ヘンリーはここに来てどれくらい?」
「多分二週間ってとこだな。なにしろここは外が見えねーから、どれくらい経ったか正確にはわかんねーんだ」
ここは地下で窓はない。陽も差し込まず、多くのランプがなんとか照らしているだけ。
二週間も何もせずこんなところにいるかと思うと、僕だったら気が狂いそうだ。少しヘンリーを尊敬した。
二週間もこんなところに居るということは、買われていないということだ。
ヘンリーが言うにはこの二週間一人も客は来ていないという。
(ここは売り場じゃないのか?)
僕の疑問に丁度良くヘンリーが答えてくれた。
「見張りどもの話を聞く限り、五日後に大規模な奴隷オークションがあって、それように人を集めてるらしい」
僕はヘンリーの評価を上方修正する。
なかなか目ざとい。
五日後に奴隷オークションがあるということは、抜け出すなら期間は五日しかないということだ。
買われて隷属の首輪を付けられてからはもう逃げられない。
しかし、この檻を抜け出せるかと聞かれれば否だ。
子供の力でこの檻は抜けられないし、目の前には見張りもいる。
チャンスがありそうなのは食事を運ばれる時だが、話だとその時は見張りが増えるらしい。それくらいは相手も予想しているのだろう。
それ以前に、見張りを倒すような力を持っていない僕には不可能だと言わざるを得ない。
そう考えると、五日後奴隷オークションに連れていかれる時が一番現実的だろう。
警備体制がわからないのが懸念材料だが、一番抜け出すチャンスがあるはずだ。
それまでは、食事の時チャンスがないか伺うにとどめておこう。
心にそう決め、他の子供たちにも話しかけ情報収集をし続けた。
五日後。
ついにその日がやってきた。
檻から出され、列を組んで湿っぽく急で狭い階段を進む。歩くだけで軋む古ぼけた階段。
前後には見張りがいる。
(まだだ、まだだ)
今すぐ抜け出したい気持ちを抑え、指示に従う。
この一週間で信頼できる二人を見つけ計画を練った。
一人はヘンリー。
ヘンリーは少し炎系の魔法を使えるのだ。
殺傷能力は低いが火を付ける分には十分だろう。
もう一人はメリー。
ピンク色の髪をした。八歳の少女だ。
メリーも攫われてここに来たらしい。
抜け出したいという願望が人一倍強そうだったので仲間に誘った。
人は多い方がいい。バラバラに逃げる時に生存確率が高まる。勿論全員逃げ出せるに越したことはないが、現実はそう甘くない。
しかし、人をむやみには増やせなかった。
多いと密告者がでてご破算してしまう為だ。
計画といっても、僕が合図したらヘンリーが近くにある木材に火を放ち、騒ぎに乗じて逃げるというお粗末な作戦だったが。
それでもやるしかなかった。
地下から上に上がり外に出ると開放的になった。
何日か振りの日光。久々に浴びると眩しくて暖かい。
そんな余韻に浸りつつ、すぐさま周りを見渡す。
幸い雨は降っていなかった。
何を燃やすかを思案する。
近くの家? 近くにある木?
こうして考えている間も時間は迫ってくる
そこで僕は思い付く。視線の先には馬車。
おそらくこれに乗って連れていかれるのだろう。
白い幌で覆われた馬車。おそらく床は木の板
ここにくる時に乗ってきた馬車と同じタイプだが、こちらの方が幾分か大きくぼろい。
これしかないと思った。
列の前の方に居たヘンリーが、馬車に乗り込もうという時に手をたたいた。
その音は大きくはなかったがヘンリーはこちらをむいた。僕の視線の先にある物を見て理解したようだ。
ヘンリーが馬車の中に入って少しして、灯りが灯る車内。
火がついた馬車。パニックになって馬車からでてくる子供と見張り。
後ろにいた見張りも、大慌てで水を持ってくるために店に入っていった。
ここまでは成功。
ヘンリーが出てきたのを確認してから、僕は再び手をたたいた。
さあ、脱走の始まりだ。