表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された少年  作者: 誰か
回想:帰還編
79/150

第七十話

クラウンは一人で頑張る

 月明かりが、開いた障子の向こう――日本庭園のような庭から差し込む。今日は一際大きい満月の夜。幽玄の月が、和室を明るく照らしていた。


「ひっさしぶりやな~」


「ほんとなんだよう」


「お久しぶりです」


 三者三様の声が、こじんまりとした和室に響く。声の主は、メイ、ユイ、ユウの三人だ。

 声を向けられた朱美は、にっこりと笑顔を作って言葉を返す。


「ひさしぶり~って、メイちゃんは昨日会ったでしょ」


 思わぬ口撃を受け、メイはなんとも微妙な表情を見せる。


「な、なんのこっちゃ…さっぱりわからんわ~」


 昨日の恐怖に身を震わせる。メイの脳裏に浮かぶのは、朱美のお願いという名の脅迫。

 そんなメイを見て、朱美はやりすぎたかと反省しかけたが、やってしまったものはしょうがないと、開き直ることにした。他の二人も、あまり聞くべきではないと悟ったのか尋ねることはなかった。

 空気を読んだユウがとりあえず、と前置きして三人に提案した。


「立ち話もなんですから座りましょうか」


 和室らしく、畳の上には四角い紫色の座布団が積み重なって置かれている。その山から、ユウは四人分の座布団を引き抜き、全員の足元に敷いた。

 四人は目線と共に腰を下に下ろす。皆一様に正座だ。躾として慣れている三人は、まったく乱れそうもない。(聞こえは悪いが)一番汚い正座をしているのが、本来一番うまくあるべきの朱美という有様だ。

朱美の場合はなぜか、赤い着物を着ており動きづらいというのもあるが、それを考慮しても三人の整えられた姿勢には敵わない。

 足が痺れる前に早めに話しを終わらせようと、朱美がいきなり本題を切り出した。


「今日はお別れを言いにきたの」


 先の言葉を待たず、三人はどういうことなのかを悟った。

 メイとユイは口ごもる。喜びと戸惑いが入り混じった表情。

 三人の中でいち早くユウが言葉を発した。


「見つけたんですね、帰る術を」


 朱美は自分の頬に手を当て、短く肯定する。


「ええ」


「おめでとうございます」


「ありがとう」


 二人だけで黙々と会話は進んでいく。

 ここでようやく、メイが会話に混じった。


「…いつ帰るつもりや…?」


「明日にでも」


「急な話ですね…」


「色々あってね。これ以上こっちにいると、気持ちが靡いてしまいそうだったから」


 朱美は暗い微笑を浮かべ、月を仰ぐ。

 ここまで黙っていたユイが尋ねた。


「それは…クロノ君のこと?」 

 

「そうね。いなかったら、迷わなかったわ」


 後悔、迷い、その二つが朱美の心を埋めていく。

 いっそ、クロノと出逢わなければ、と思いかけた脳に不快感を覚えた。

 

 一度暗くなる話を打ち切って、四人はユウが持ってきた酒をあおる。酒場の店主が選ぶだけあって、飲みやすく後味も悪くない。良い酒ね、と朱美が褒めると、気恥ずかしそうにユウは頬を掻いた。

 酒が入るとたちまち姿勢は崩れ、だらしなくなってしまう。変わらないのはユウくらいのものだ。

 メイはまだいい。姿勢を崩してはいるが、正気を保っている。朱美も同様だ。

 問題は一人酒瓶に絡みつき、ブツブツとうわ言を呟いている少女(のような大人)。


「……う……う…にゃーーーーーーーー!!」


 突然猫のような叫びを上げたり、


「にゅへへえへええへえへへえへえええ」


 笑っているのか、分からない声を漏らしたりしている。

 ユイの酒癖の悪さは有名で、いきなり喜怒哀楽が激しくなったり、意味不明な言葉をよく口走る。

 ユウが、ユイに水を飲ませ背中をさする。前後不覚に陥ったユイは立ち上がろうとしても、うまく立ち上がれない。見かねたユウはユイをおぶってどこかへと消えていった。大方、吐かせにでもいったのだろう。いつもの光景だ。

 そんな見慣れた光景を、朱美は微笑みながら見ていた。飽きるまでずっと。


 空が白みかけた頃、ついにメイも酔いつぶれ、だらしなく和室に寝転んでいた。

 本来は小休止の予定だったのだが、いつの間にやら飲み比べへと発展してしまった。

 別段朱美は酒に強いわけではないが、あまり飲んでいなかったので、幸い歩いて自室に帰れそうだ。

 いびきもかかず、スウスウと寝息を立てるメイの横を通り和室を出ると、ばったりとユウに出くわした。背中には、雄たけびのように大いびきをかくユイを背負っている。


「大変そうね…」


 ユウにしては珍しく、うんざりといった表情で答える。


「もう慣れましたよ…」


 青年の声色には諦めの色も混じっていた。

 朱美は苦笑しつつ、ユウの横を通り過ぎる。


「お帰りですか?」


 ユウの言葉にメイを指さして、無言で宴の閉演を告げる。


「ああ…メイさんもですか…」


 呟くユウに対し、つくづく苦労人だなと思う。子供の時から知っているが、ユウという男はいつも損な役回りにあって、それでも愚痴一つ言わない。それが自分に対する諦めなのか、それとも別の何かなのか、朱美には分からない。

 

 朱美は真剣な口調で、ユウにこれからについて告げた。


「…アナタたちは、これから何年も生きることになる。きっとね。長く生きるっていうのは辛いものよ」


 ユウはあっけらかんと、それに答える。


「ええ、承知しています」


 本当に分かっているのか、疑問に思ってしまうほどにあっさりとした返答。

 何といえばいいか、迷う朱美にユウは続ける。


「承知した上で私とユイさんはここにいます。これから先、人間兵器として、いくら悲しみを背負っても、いくら人を殺すことになっても、後悔はしません。もう、決めましたから。私たちはこの国ここで生きていくと」

 

 ケイの言葉を思い出す。忠告か…自分には出来そうもない。自分よりずっと、この二人は強いのだ。悲観も何もしてはいない。幼かった少年と少女は、いつの間にか大人になったようだ。それも、そうか。彼らの時間はもう進んだのだ。止まっているのは自分だけ。

 朱美は一層深く苦笑を浮かべた。これでは、どちらが大人か分からないじゃない、と。



 朱美が部屋に戻ろうと薄暗い廊下を歩いていると、小さな人影を見つけた。暗く、よく見えない廊下でも、すぐに誰だか分かるサイズの人影。それは正確には『人』影ではないのだが、些細なことだ。

 近づいてみると、輪郭と共に緑とギリギリ判別できる髪が見えた。言うまでもなく、それはドラだった。ドラは窓から外を眺め、怪訝そうな表情を浮かべている。

 朱美は少し驚かしてやろうかと、忍び足で影に迫っていくが、真後ろに立ったところでドラの方から声をかけられた。


「なにやっとるんじゃ…」


 振り返ることもせずにかけられた声に、朱美はどうしてバレてしまったのかを考える。正面を見ると、窓に自分の顔がくっきりと反射していた。(勿論ドラはそれで気づいたのではないが)


「驚かせてみようかな~って」


 間抜けな主に呆れるように溜め息を吐くドラ。

 呆れられた主はムッとした顔を見せつつ、真面目な疑問を口にした。


「そっちこそ何やってたの?」


 一瞬ドラは口ごもるが、隠してどうにかなるものではないと思い、言葉を返す。


「外がな…騒がしい気がしたんじゃが…気のせいじゃったようじゃ」


「外?」


 窓から外を眺めるが、白みかけた空が夜の終わりを告げるだけで、別段変わった様子は見受けられない。どうやら本当に気のせいらしい。珍しいこともあるものだ。

 朱美は暗い壁に寄りかかりながら、ここで出会ったのは丁度いいと思った。話すことが新たにあったのだ。


「ドラちゃん、ここで今…アナタとの主従契約は切るわ」


 ドラは眼を鋭く光らせ、射抜くような視線を朱美に送る。


「理由は?」


「私がこの世界から消えるから。クロノを仮の主として扱う命令も解除するわ」


 主から告げられた一方的な契約の解除。ほとんど主として機能はしていなかった気もするが。

 ドラは一言、そうか、と言った。分かっていたことだ。

 

「後は、ドラちゃんの好きに生きなさい」

 

 それだけ告げて朱美は、ドラの前を去っていった。

 

 

同時刻 アース市外


 雨が降っていた。痛いほどの大粒な雨が。白みかけた空など、どこにも存在せず、暗雲が空を覆う。雨は土を浸食し、川に流れ込む。流れ込んだ川は下流で氾濫さえ起こしていた。雷鳴が轟き、その度に動物たちは恐怖する。

 そんな、土砂降りの中に道化師クラウンは立っていた。顔のメイクはこんな時でも、乱れることなく飄々と彼の狂気を演出している。周りには誰もおらず、一人で雨に濡れていた。

 クラウンはまるで誰かと会話しているように呟いた。


「最後の夜くらいは静かに過ごさせてあげなよ。最後がこんな大荒れの夜じゃ、駄目だろう?」


 当然周りには誰もいない。返答も帰ってはこない。

 それでも、なお、クラウンは『会話』を続ける。


「怒ってるのかい? まったく、こうなる前に邪魔すればよかったのに」


 諌めるように言うクラウン。依然として、誰の姿も見えはしない。


「彼女は自力で見つけたんだ。僕は彼女の努力を否定させない」


 雨は強くなる。それでも、アースに降り注ぐことはなかった。雨が何かに弾かれている。

 

「ほら、怒るなら僕に八つ当たりするといい…うぉっ!」


 一閃。一筋の稲妻が、意思を持った生き物のようにクラウンに降り注いだ。クラウンは避けることもできず、身体に電撃が直撃する。鳴り響く轟音。クラウンがいた場所には、不自然な穴が空き、煙が燻った。完全に死んだことは明白。

 だが、クラウンはいつもと変わらないメイクで、姿で、依然そこに両の足で立っていた。


「ごめんね。僕は死なない。『死』っていう概念がないんだ」


 言ってから、クラウンは付け加えた。


「本当に来るとは思わなかったけど…」



 

 道化師は整える。同胞の最後のショーを。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ