第六十九話
勇者関係の昔話は自分でも忘れかけたレベル
自分で2話まで遡った
領主の館 夜
朱美が自分の部屋に戻り、色々と考えていると、突如部屋の扉が開いた。
ノックすらもなかったことを些か不思議に思い、メイや、ユイ、ユウ辺りであればどうイジってやろうかと、朱美は想像を膨らませるが、朱美にとっては非情に残念なことに、その誰でもない者だった。
扉の先に立っていたのは、人間ですらなかった。
見た目は人間だが、まったく別の存在。
「なにか用? ドラちゃん?」
扉の先に立つドラは、普段は見せない神妙な面持ちで、静かにその問いに答えた。
「少し…お主に聞きたいことがあってな…」
室内へとドラを招き入れ、二人は向かい合わせで座る。
室内は蝋燭の僅かな灯りだけが照らし、互いの顔を確認するのがやっとだ。
「何が聞きたいのかしら? ドラちゃん」
「まず一つ、お主はクロノをどうしたい? なぜ、そこまで人を殺すことに拘る?」
なんだそんなことかと言わんばかりの表情で朱美は答える。
「簡単なことよ。「殺さないといけない」必ずそういう場面が来る。どれほど強くてもね。その時に躊躇ったら死ぬわ。今回もそう。最初っから皆殺しちゃえばよかったの」
さらりと、恐ろしい発言をする朱美。
未だ納得していない表情のドラだったが、これ以上は無駄だと判断し、次へと移行する。
「その結果が、あのクロノじゃが…アレをどう治す?」
朱美は口元に人指し指を当てた。
「シーッ…それはドラちゃんには秘密。スパルタで行くわ。最低なやり方でね」
「話す気はない…と…」
誤魔化されているドラからすれば、いい気はしない。
何より、朱美の表情に不安を感じてしまう。
この先を聞くべきか迷うドラに先んじて、朱美が見透かすように言った。
「最後までどうぞ。他に…というか、一番聞きたいのがあるんでしょ?」
「…ッ!」
「言いなさい。これが最後かもしれないわよ?」
一瞬ドラは心を読まれているのではないかと考えてしまう。
無論、朱美のはクラウンとは違い、特別な何かがあるわけでもなく、単純に表情から何となくそう思っただけだ。
見透かされたドラは、これ以上隠すのは無駄だと悟る。
息を呑む。覚悟を決める。目の前にいる人間の正体を知るために。
そして、最初から――出逢った時からの疑問を、遠い記憶と共に引っ張り出し、朱美へと投げつけた。
「…二百年前の『勇者』は…お主、か…?」
その時、蝋燭の明かりがフッと消えた。
燭台に火を点けなおし、朱美は椅子へと腰を下ろした。
暗闇に染まった部屋に再び光が灯る。
「さて、何の話だったっけ?」
「とぼけるでない。覚えているじゃろう?」
(誤魔化しが聞かないわね。コレは…)
朱美は内心苦笑いを浮かべながら、目の前のドラを見つめる。
心中とは裏腹に、顔は平然としたままだ。
「…どう答えて欲しい?」
「真実を語れ」
命令口調で言うドラ。
これでは主従が逆転している気もしたが、とりあえずその考えを頭から消去する。
「…私はその質問にYESともNoとも言える」
「誤魔化すなよ…!」
いきり立つドラ。
「誤魔化してはいないわ。二百年前、確かに私はそんな無駄な称号を持ってた」
「なら…!」
「でも、アナタが聞きたいのは違うでしょ? あの『戦争』での、『勇者』のはずよ」
戦争――今では御伽噺として語られるほどの大戦。二百年前に行なわれた最大規模の魔物との戦争。
御伽噺の中ではこう語られている。「王都壊滅の後、『勇者』によって魔物側は滅せられた」と。
だが、これは後世の創作だ。真実は別にある。
「…あの戦争は、言われるほど大きなものじゃなかった。ほーんと、大した事もないくらいにね」
「魔物としては、大層な戦力じゃったがな…それでも…王都は落とせなかった…」
「そうね。規模は大きかった。今に至ってもあんな量は見たことないわ。天と地を覆いつくす大群。城内から見てた私でも、負けを確信するほどだった。あの時にはドラゴンも多少いたみたいね。なのに、落とせなかったのは『勇者』なんてふざけた存在がいたから。結局魔物側は実質一人によって壊滅した」
ドラはここで疑問を覚える。
――見てた? みたい?
これではまるで当事者ではないかのようだ。
「それが、お主じゃろ?」
「『勇者』っていうのはね。文字通り勇ましい者なの。本来、異世界の人間に無条件で与えられるようなものじゃない。あの頃の私に勇気なんてなかった。怖くて震えるしかなかった。私は所詮お飾りだったの」
「じゃあ、あの時の『勇者』は誰だと言うんだ…?」
「あの時の『勇者』は私なんかとは違う、本物よ。己の無力を知って、絶望から這い上がった本物の『勇者』」
イマイチ理解出来ないドラは顔に疑問符を浮かべる。
「順番が違うの。『勇者』は戦争の前からいたわけじゃない。戦争で活躍した者が『勇者』と呼ばれた。戦争があったから『勇者』が出てきたの。それ以前のは紛い物」
「お主ではない…と?」
「あの『戦争』のは…ね。私は…そう…魔王。人々を無慈悲に屠る魔王。いや、魔王にも失礼か。酷い殺人鬼ね」
自嘲気味に朱美は笑った。
「じゃあ、王都の壊滅は…」
朱美は何も答えない。
それでも、眼だけでドラは悟った。壊滅が誰の手によって行なわれたのかを。
重苦しい空気が室内を包む。
重苦しい空気を打ち破ったのは朱美だった。
いつもと変わらない表情で、気さくに話しかける。
「それにしても、アレにドラちゃんが参加してたとはね。よく生き残ったわね」
「…参加はしておらん。ただ、最後に聞きたかっただけじゃ。多くの同胞を葬った奴が誰なのかを」
「ゴメンね…『勇者』については私も思い出したくはないのよ」
「もう、いい…」
興味なさそうに言うドラに、朱美は半ば、独り言のように呟いた。
「まあ、今度はそうも言っていられないのだけど――」
――クロノのため、そして私のためにも…ね




