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追放された少年  作者: 誰か
回想:帰還編
76/150

第六十八話

短め

クラウンは後はちょい役でしか出てきません

出てくる映画は有名なピエロ映画の元話です


 ピエロは、繁華街を歩かない。

 人のいる場所に行くと、ただでさえ目立ってしまう――というだけではなく、人が多いところは性格的に好まないのだ。

 本来サーカスでショーをするはずのピエロが、そんなことでいいのかと言われてしまいそうだが、生まれた時からの癖なので、こればかりはどうしようもない。

 所詮、彼はプロの道化ではないのだから。

 彼は粛々と、自分の与えられた役割を演じるだけ。



『道化師の独白』


 一度自分を客観的に考えたことがある。

 陳腐なマジックを少数の子供たちに見せるのが日課のピエロ。

 言葉にしてみると中々に怪しい存在だな、と思わず苦笑してしまう。

 いつか見た映画のピエロとそっくりだ。

 あれは、いつごろの映画だったか。

 人のよさそうなピエロが少年に近づき、性的暴行を加えて殺すというようなストーリーだった気がする。

 このようにピエロというのは、時として狂気の象徴として描かれることがある。

 あっちの世界ではピエロ恐怖症なんて言葉もあるくらいだ。

 ピエロは今の自分にピッタリだ、と僕は思った。

 今自分が生きていること自体が狂気的なのだろう。

 もう、疲れた。

 でも、死ぬわけにはいかない。

 僕は自分を犠牲にする。名も知らない誰かのために。

 きっとこれは、自分のエゴなのだろう。独善的な自分のエゴ。

 僕が救えるのは所詮一人だけだけど。

 もっと僕が厳しければ、不幸になる人を減らせるかもしれない。

 でも、しょうがない。僕は甘い人間なんだから。

 誰かを助けるために自分以外を縛り付けるなんて出来ない。

 こんな能力無ければよかったんだ。

 自分を殺したい。

 そうすれば、もっと楽になれる。

 でも、今更、止めるわけにはいかないんだよ。

 自分にそう言い聞かせて、僕は今日も生き続ける。

 可笑しな道化師として。

 どうせ、この世界に来た時点で僕たちは道化なんだから。

 



アース市内


 ピエロは、今日も人通りの少ない路地で、子供たちを相手に手品を披露していた。

 

「ほーら、次はこの帽子に注目してご覧」


 どこから取り出したのか、黒いシルクハットを指さし、指をパチンと鳴らした。

 すると、どこから湧き出てきたのか、鳩が黒い穴から飛び出す。

 突然の出来事に子供たちは驚き、拍手と共に歓声を上げた。

 しかし、そんな子供たちとは相反するツッコミが一つ、ピエロへと入った。


「それじゃ、ただのマジシャンね。道化さん?」




数分後


 少年少女たちに一通りマジックを見せ、いなくなったのを確認してから、ピエロは端に積まれていた角材に腰を下ろした。

 朱美はピエロの名を呼びながら、不快そうに言う。


「人と話すときくらいはその化粧とったらどう? クラウン」


 クラウンは臆することなく、それに答えた。


「悪いね。一度とると、どんな化粧だったか忘れてしまうんだ」


 朱美はさして興味がないのか「まあ、いいわ」と言っただけで、それ以上言うことはなかった。

 クラウンは唐突に拍手を送る。

 不可解な行動に朱美は眉をひそめた。


「なんのつもり?」


「いや、純粋なる賞賛だよ。帰る術を見つけたんだね」


 朱美は苦虫を噛み潰したように、顔を歪ませる。


「…アナタには話していないはずだけど?」


「僕も今知ったよ」


「…アナタはどうしてここに?」


「歴史のターニングポイントに僕はいる。二百年前もそう。今回は君がここいると聞いてね」


「誰から聞いたの?」


「彼、あるいは、彼女、子供でも、若者でも、中年でも、老人でもない誰かにね」


 おちょくるような返答だが、クラウンは嘘をついていない。カマをかけたわけでもなく、本心でそう言っているのだ。

 そのことが分かっている朱美でも、イラついてしまう。


「アナタのそれはなんなの…!? 毎回毎回、人の心を見透かしたように言い当てる…! そんな術式はないはず…」


「君が全ての術式を知っているとでも?」


 言い返せない。

 全部など知っているわけがないからだ。

 朱美は所詮、昔の術式を探し当て使っているに過ぎない。

 当然まだ、見つけていないものもあるだろう。

 そうだとしても、納得がいかない。

 クラウンのこれは絶対に違う。不確かな予感がそう告げる。

 

「…アナタの、それは、術式じゃない…?」


 朱美が疑問の中から、何とかひねり出した答えを聞き、クラウンは薄く笑った。

 道化のメイクが施された顔が、軽い笑みに染まる。

 そこまで笑ってはいないのだが、メイクのせいでおおげさに笑っているように見える。


「じゃあ、なんだと思う?」


 尋ねられた問いに、朱美は頭を働かせる。

 

「…読心術…? いや、違う…他の何か…」


 色々な考えが浮かんでは消えていく。

 実際には最初から頭を占めるものがあったけれど、あり得ないと知性がそれを否定する。

 

「言ってみればいいよ。その言葉を」


――また…!


 見透かすように言うクラウンに、朱美は苛立ちを感じずにはいられない。

 意地でも言うかと、心に決める。

 

「あらら、意地を張るのか。それにしても、君は感情が出るようになったね。昔は僕でさえ読めなかったのに。今だと表情で読めちゃう。クロノ君のお蔭かな?」


「…関係ないでしょ…」


「うん、関係ない。僕にはまったく関係ないよ」


 何を言いたいのか、的を得ない物言い。

 

「僕のコレも、君には関係ないだろう? 僕はただ、君に賛辞を贈りたいだけだ。おめでとう。君は僕が知っている中で、初めて、自ら帰る術を見つけた人間だ」


 その言葉に朱美はピクリと眉を動かす。


「…初めて…? 嘘ね。私以外にもいるでしょう?」


「さて? 僕は君以外知らないけど? 僕の知らない人かな?」


 白々しい。

 とぼけたふりだというのが、朱美には分かる。

 どうして、こんなにもイラつくのか。

 知っているからだ。まったく本心を喋っていないことを。

 朱美は確信を持って言い放つ。

 自分より先に見つけたであろう人間の名を。

 道化を意味するその名を。


「クラウン。それが、私よりも先に見つけた人間の名前よ。自分の名前も忘れちゃったのかしら?」



 


 クラウンは吟味していた。

 どこまで話すべきかを。

 ここまでたどり着いたのは朱美が初めてだ。

 最後まで話すと、彼女は帰るのを躊躇してしまうかもしれない。

 ただでさえ、彼女にはクロノという枷がいるのだ。

 自分の言葉で、迷ってほしくはない。

 彼女の決意は自分よりも重いのだから。

 


 クラウンはゆっくりと、口を開く。


「名前かぁ…そうだねぇ。もう、忘れちゃったよ。自分の名前なんてさ」


「…アナタはいつからいるの…? この世界に」


「僕は今、365回目。あっ、丁度一年の終わりだああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 初めて見えたクラウンの本心は、どう見ても正常ではなく、視線をどこかへと飛ばし、口元だけが笑っている。

 ピエロの化粧も相まって狂気的に、それでいて哀しく見えた。


「…そう、僕は今さ。大晦日の正午にいるんだ。アハッ、そう考えるとまだ一年も経っていないんだね」


 狂った眼で、狂った表情で、意味不明な言葉を羅列する。


「君はまだ、一日の半分もこの世界にいないんだ」


「何を…言って…」

 

 戸惑う朱美を無視して、クラウンは続ける。


「それなのに君は今、死にに帰ろうとしている。僕には理解できないね。君は光属性の治癒と、無属性の身体強化で身体を繕ってる。僕とは違ってね。その身体で魔法のない世界に行くとどうなるか、そんなことは誰だってわかるはずだ」


 朱美は知っている。それがどう意味なのかを。

 それでも、自分はそのためだけに生きてきたのだから、迷いはしない。

 ここで目標を失ったら自分は死人同然だ。

 

「君は迷わないんだね。僕は怖い! 死ぬのが! 僕が帰る術を見つけたのは君よりも、幾分か年をとった時だった。遅すぎたんだよ。僕たちは」


 生への執着。

 クラウンはそれだけだった。

 朱美はもう、冷静にクラウンを見ていた。

 不思議と、クラウンの理由が分かったときから、心が冷めた。

 なんだ、そんなことかと。

 自分には、もっと思い続けた夢があるのだ。

 生を諦めてでも、自分は帰るのだと。

 それが無ければ自分はとっくに死んでいた。

 果たさねば死ねない。


「私はそれでも、帰るわ。絶対に」


 そう言い残して、朱美は立ち去った。

  


――これでいいんだ。ピエロが一人サーカスを去る。そして、サーカスにはまた新たなピエロがやってくるんだ…



  

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