第六十七話
朱美帰還編スタト
そんな長くない…はず
またセリフパートは適当
首都アース市内
村での事件から三週間後。
ドラ、朱美、クロノの三人はアースへと来ていた。
クロノの状態が一向に改善されないのを見かねた朱美の提案である。
というのは、実際には建前で、朱美には目的があったのだが、他の二人は知る由もない。
この時期丁度、首都アースでは盛大に仮装大会が行なわれており、人々が普段よりも増して熱気を帯びている。
フィファル大陸の中でも、領内に港を持つこの国では、海を渡って参加するものもおり、バラエティに富んだ仮装が見られることで有名である。
興行収入としても、なかなか馬鹿に出来ないものがあり、経済の活性に一役買っている。
日程は約一週間。
その間は国籍人種問わず多くの人間が足を踏み入れていく。
メインは首都の中央にある噴水前ステージ。
一山当てようと大道芸人が、磨き上げた技を使って観客を楽しませる。
この国一番のメインイベントだ。
「見てみてクロノ!」
「…うん…」
はしゃぎながら朱美が声を上げるが、クロノはやはり力なく答える。
祭りの熱気と逆行するような、沈んだ声。
(こんな表情もいいけど…やっぱり、駄目ね…)
自分の気持ちを諌めつつ、朱美はクロノの手を引く。
他の雑音がうるさい。
これでは、クロノの声が聞こえない。
朱美は、ここにいる全員の音を消してしまおうか、と考えた自分の頭を軽く殴る。
二人は一旦、喧騒から離れ、中心部から外れた細い路地に入った。
度々中心部からの雑音が入っては来るが、抑えられてはいる。
朱美はそこで、一人の変わった格好をした人間と少女を見つけた。
その人間の容貌は仮装大会の中でも異質。
顔面を真っ白くこれでもかと化粧をし、一目で付け鼻と分かる丸い赤鼻。髪も赤く、こちらもカツラであると一目で分かる。赤い髪の上にはトンガリ帽子を被り、目元には白の上に青い線を入れている。
何も知らない人が見れば恐怖を感じそうだ。
ピエロ――この世界では存在し得ないもの。
朱美は知っている。これが誰なのかを。
記憶が蘇る。古い記憶が脳内で再生される。
何をしているのかと見ると、目の前の少女に盛んに同じ手品を見せている。どうやら少女は観客らしい。
魔法でも何でもなく、ただの手品。
在り来たりな、ハンカチを使い、結び目を解くもの。
少女はそんな陳腐な手品にも、笑顔を見せる。
たった一人のためのショー。
「ん? 別のが見たいって? 分かった分かった」
ピエロは何も発してはいない少女を相手にそう言って、今度は指を鳴らすと掌から花が飛び出す手品を披露し始めた。
「そう急かさないでくれ。まだまだあるから」
それは、異常な光景だった。
何も発さない少女にピエロは度々独り言を言ったかと思うと、手を変え品を変え、次々と新しい手品を披露していく。
まるで、話さない少女と会話しているかのようだ。
朱美は不気味さに、その場を飛び出した。
クロノも手を引っ張られ朱美についていく。
二人が消えた後で、ピエロは消えた先を見据え、呟いた。
「どうせ、会いに来るだろう?」
夜 領主の館
変わった建造物の多い、アース市内でも一際目立つ領主の館。
単独行動でアイスを食べていたドラを含め、三人はここに泊まっていた。
普段であればこんな事はしないのだが、祭りの時期となると宿屋はどこも満室で、朱美がメイに頼み込んで、泊めてもらったのだ。
頼み込んだと言っても、その時の朱美の態度は「泊まるとかないから泊めて~。あっ、断っても無理矢理泊まるから」という、謙虚さの欠片もないものだったが。
翌朝
「今日は色々と行くところがあるから、大人しくしててね」
朝方にそんなことをクロノに言って、朱美は領主の館を出た。
心ここに在らずなクロノが、到底一人でどこかにぶらつくとは思えなかったが、念には念をだ。
朱美が館を出て、まず向かったのはウッドブック工房だった。
この国の創世記から存在したなどと、眉唾な話が残る工房。
勢いよく鈴付きのドアを開ける。同時に、鈴の音が店内に響いた。
「はろー。って…ア、レ…?」
朱美は戸惑いと共に首を傾げる。
店内にいたのは、朱美の想像とはまったく別人の姿。
「いらっしゃいッス…」
頭をぼさぼさにした、少年の姿だった。
年の頃はクロノより少し下だろうか。
少年は朱美のテンションに困惑した表情を見せる。
「何か御用っすか…? 悪いッスけど店主のケイは暫く不在ッス…」
「ケイが不在?」
「親方の知り合いッスか…今現在親方は病に伏せってるッス…」
それを聞き、朱美は心配した表情を見せるどころか、何か悪い考えでも浮かんだように、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ケイはどこにいるの?」
コンコンと扉をノックする音が、ベッドで横になっていた男の耳に聞こえた。
今日は来客の予定はあっただろうか?
思い出してみるものの、心当たりはない。
返答を決めかねていた男を無視して、扉が開く。
「お届け物で~す」
間延びした声で、ずかずかと入ってくる闖入者。
男はベッドに寝たまま身体を扉の方へと向ける。
そこにいたのは見慣れた顔。既知の間柄。
闖入者は長い黒髪を靡かせ、いたずらっぽく笑った。
「冥土の土産をお届けに参りました。お客様?」
「なーんだ。病って…ただの老衰じゃない」
寝たきりのケイに朱美は散々な言葉を投げつける。
ケイの顔はしわくちゃで、顎には無精髭を蓄えている。
頭はというと、完全に白く染まり、頭皮が露出していた。
傍からみれば、孫と祖父のような年の差に見える。
「俺ももう年なんだよ」
「私から見ればまだまだヒヨッコね」
「テメェが異常なんだろうが」
「ああ、怖い。いつからそんな言葉を使うようになっちゃったのかしら…? お姉さん悲しいわ」
人を小ばかにしたような態度の朱美。
身体が元気であれば、今すぐにでも殴ってやりたい。
そんなことも出来ない自分が、少し情けなくなった。
ケイはふと、思い出したことを口にする。
「そういえば、オメェの剣持ったガキが剣を整備してくれって、数年前から来てんだがありゃなんだ?」
「私の息子だけど?」
あっさりとした返答。
ケイはゴホッと大きく咳き込む。
これで水でも含んでいたら危なかったかもしれない。
「オメェを嫁に貰う物好きなんかいたのか…」
「老人はとっとと、冥土に送ってあげましょうねー」
「…スイマセンデシタ…」
「寿命を縮める発言は控えなさい?」
笑ってはいるが、朱美からは沸々と湧き上がる怒りが見て取れた。
冷や汗を掻きながら、ケイは苦笑いを浮かべる。
「まあ、それはさておき…オメェに息子ねえ…」
「拾い子だけどね」
「ふん…最初あのガキが剣持ってきた時は驚いたな。何でも他の場所で、断られたんだとよ」
「ココ以外で、紅朱音の整備なんて無理よ。教えてもいないのに、自力で見つけるなんて流石クロノね!」
ケイは自慢気に語る朱美を見て思う。
―――親ばかだな…
「大体オメェが、物好きなんだよ。あんなおかしな剣使うとかありえねえ」
「私だって、べっつにアレ実戦で使うつもりなかったのよ? なんかー、ここの2代前…だから、アナタのお爺ちゃんに、飾りでこういう剣作ってーって軽い気持ちで言ったら、「剣を作る以上手は抜けねェ」とか言って、気合入れて作ってくれちゃったのよ。しょうがないから、素材として龍の牙とか持ってったら、「んなもんで剣が作れるかバーカ。金属で作った方が強いに決まってんだろうが」って、見事に私の夢を打ち砕いてくれちゃってさー。RPG的に考えて素材って必須なのに……アレ、何の話だっけ?」
「知るかボケ」
後半から、まるで独り言のようになっていた朱美に冷静なツッコミを入れる。
一旦話を止められた朱美は、ようやく話の筋を戻す。
「まあつまりー、アンタの先祖が暴走の末に作った代物なのよアレ」
「何か違う気もするが…その割には長いこと大事にしてたな」
「アレ持ってたら、何かこう、気分に浸れるのよ。渋いというか、見た目的にもカッコイイし」
「美的センスが分からん…実用性無視かよ…」
「だって、私素手で戦ったほうが強いし。剣術なんて習ってないしねー」
意味不明な美的センスに呆れつつ、ケイは朱美を見つめた。
ケイが子供の頃から変わらないその容貌。
昔は憧れていた気もするが、遠い記憶だ。
「今日は何の用だ? 無駄話しに来たわけじゃねえだろ?」
空気が変わる。
無駄な世間話で和んだ空気に緊張が走る。
朱美は顔からフッと笑みを消し、冷たい視線でケイを見つめる。
「…別れの挨拶にでも…と思ってね」
「それは…俺が死ぬってことか? それとも…あっちか?」
「両方…かな…アナタだって分かってるでしょ? 力を碌に受け継がなかったアナタはもう限界。普通の人間より、ちょっと長い程度の寿命しかない」
単純に朱美はケイが死ぬと告げているのだ。
そんなことは分かっている。
今まではあえて、口にしなかっただけだ。
ケイは悟ったように言った。
「まあな…」
「私はね、もう、疲れたの。ようやく、帰る目途が立った」
微かだが、朱美が遠い昔を思い出してるように、ケイの眼には映った。
「二百年は長かったわ。気が遠くなりそうなくらい」
「…長生きも碌なことがねえな」
「そうかもね…」
「ユイと、ユウもこれからそんな人生を送るのか…?」
「私ほどじゃないにしても、あの二人は長く生きるでしょうね。あの姿が物語ってるわ」
どれほど年をとっても、一向に衰えない容貌。
それは力を多く受け継いだものの共通点。
「まあ、最後に忠告ぐらいしていってくれや。あの二人にはな」
「ええ、そうするわ」
「分かったら行ってくれ。これ以上お前といると、寿命が縮みそうなんでな」
寝たまま、背を朱美に向け、早く行けと手で払う。
朱美はあっさりと、部屋を後にした。
「じゃあね。もう、会うことはないのだけど」
朱美がいなくなった部屋で、ケイは天井を仰ぐ。
馴れ親しんだ家の天井。
「そっか、俺死ぬんだよな…ああ、怖い。こええなあ…ハハッ、死ぬのってこんな怖いのか――」
自覚した。
目を背けていた自分の死から。
朱美のあの言葉によって。
死―――言葉にするとなんと恐ろしい言葉か。
だが、避けられない。
それが、人間であるということなのだから。
ケイはベッドから立ち上がる。
まだ、やり残したことがあるはずだ。
「最後にカイの奴に色々教えなきゃな…」




