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追放された少年  作者: 誰か
回想:名も無き村編
74/150

第六十六話

最後は適当

書き込むのめんどくさくてシンプルに行った

クロノ君は変人にしか愛されないからしょうがない


(駄目じゃな…これは…)


 ドラは頭を悩ませていた。

 原因は前を歩く、黒衣に身を包んだ主。

 背後から見ていると、フラフラと千鳥足で歩き、危なっかしいことこの上ない。

 酔っ払っているわけではないのだが、どうにも安定感がない。

 前に回って顔を見ると、これまた不安になるような顔つきをしている。

 まず、眼の焦点が合っていない。無気力な眼つき。

 下には黒ずんだ隈がくっきりと浮かんでおり、いつもの精悍な顔つきは何処へと消えていた。

 一見ただの寝不足のように思えるが、ドラの記憶では今までこんなことはなかったはずだ。

 普段のクロノの性格とは似合わない黒も、今の雰囲気と合わせれば、むしろピッタリと言える。

 見る人が見れば、病人と見紛うかもしれない。

 ある意味でそれは正しいかもしれないが。

 原因は分かっている。

 どうみても、あの村での事件だ。

 あの日、地下から戻ってきたクロノは、メアリーの死体を抱えながら宿屋へと戻ってきた。

 そして帰ってくると同時に、店主へと謝った。

 何度も、何度も。

 自分のせいだと言って。

 母である店主が何を思ったのか、ドラには分からない。

 一度ポカンと口を開けた後、一言「出て行って」と言った。

 それが三日前の話。

 現在はどこに向かっているのかも分からないまま、ふらつくクロノの後を追っているに過ぎない。

 ここ、数日交わした会話といえば、「…うん…」「…そう…」だけだ。

 本来の主である朱美に至っては、荒野で別れてから一向に姿を現さない。

 詳しいことは何も言わずに消えてしまった。

 ドラからすればどうにかクロノを普段に戻したいところだが、手立てが見つからない。

 結果、ただ付いていくことしか出来ないのが現状だった。

 

 ドラは己の無力さに歯噛みしつつ、クロノの後を付いていく。

 今二人がいるのは、頂上の見えない山のふもと。

 荒野を一日で抜け、だだっ広い草原の先にある山だ

 クロノの後を付いては来たものの、行き先に意図というものがサッパリ見受けられない。

 おそらく本人は何も考えてはいないのだろう。

 茫然自失のまま、ふらふらとゾンビのように彷徨っているに過ぎないのだ。


 ドラは天を仰ぐ。

 陽がすっぽりと隠れた曇り空。

 今にも泣き出してしまいそうだ。


(どこか、雨よけ出来る野宿場所を探さねばな…)


 視線をクロノへと戻すと、視界が赤で覆われていた。

 赤と言っても、一面真っ赤というわけではなく、見慣れない紋様らしきものが、赤を基調として色彩豊かに布に刻まれている。

 ドラは一瞬身構えるが、その声を聞いてすぐに構えを解いた。

 



「…?…」


 クロノは意味が分からなかった。

 突如暗くなった視界。

 夜にはまだ早い。

 顔の神経から伝わる感覚によって、それが人の手だと知った。

 大きさからしてドラのものではない。

 手の主はというと、両手でクロノの眼を覆ったまま手触りを確かめるように顔を弄る。

 そして、からかうような声を発した。


「だーれだ?」

 

 


二週間後


「これはひどい…」


 朱美は頭を悩ませていた。

 つい先日のドラとまったく同じように。

 一向にクロノの症状は改善しない。

 

「登場は完璧だったはず…!」


「いや、全然完璧じゃなかったぞ」


 厳しいドラのツッコミに、朱美まで凹んでしまいそうになる。

 

「おかしい…予定では再会した時、感極まったクロノに抱きついてもらう予定だったのに…」


「前提から盛大に間違っておるな」


「視線が痛い! そんな眼で私をみないで!」


 おおげさに顔を隠しながら、嘘泣きをする朱美。

 こんなやつに負けたのかと思うと、自分に腹が立ってきそうだ。

 ドラはそんな気持ちを紛らわすために、真剣な表情をして朱美に尋ねた。


「…あの三日何をしておった?」


 すると、朱美は不敵に笑い、曖昧な返答を返した。


「色々よ。色々―――」


(実際は二日で来れたけど…)




二週間と三日前 地下


 クロノが去った後の地下を朱美を見渡して、呆れとも侮蔑ともとれる視線を、手に持った村長の死体に送った。

 黒箱ブラックボックスは開けっ放しで放置され、中では人間の言葉を発していない子供たちが呻いている。


「よくやるわね。このジジィも……いっそ、去勢でもしてやった方がよかったんじゃないかしら?」


 クロノにこの子供たちをどうにかしろというのも、酷なことだ。

 めんどくさそうに、村長の死体を地面に叩きつける。


「あんまり、この世界に干渉はしたくないけど…しょうがないっか…あの子を殺してしまったお詫びってことで」


 自分に言い聞かせるように言うと、手を地面に当てた。

 同時に朱美の頭は高速回転を始める。

 イメージするは、複雑怪奇な術式。

 地面に全属性魔力を走らせる。

 幾重にも術式を重ね、地下を覆うものから、村を覆うものまで、大小さまざまな術式を刻んだ。

 10秒足らずで術式を刻み終えた朱美は、再び全属性魔力を流し込む。

 こんどは刻んだ線に水を流すようなイメージ。

 魔力で満たされた術式は起動を始める。

 

「これで一つ完了~」


 薄暗い地下を、一瞬青白い光が支配する。

 光が消えると、また薄暗い地下へと逆戻りした。

 傍目には何が変わったのか理解出来そうにない。

 少年少女へと眼を向けると、皆意識を失っていた。

 成功に満足した朱美は、村長の死体を一度見た後、もう一度作業に取り掛かった。


「…すり替えるとしましょうか…」


 


翌日


 その日は彼にとって、代わり映えのしない朝のはずだった。

 妻を早くに亡くし、ひっそりと一人で暮らす中年男性。

 目的もなく。惰性で生きている。

 やることといえば朝、妻の墓標へ向かって黙祷を捧げることくらいだ。

 今日も今日とて、何となく朝飯を作ろうと、台所へと向かおうとしたとき――


「おい! 村長!」


 ドアを乱暴に開け、入ってきた顔見知りの男。

 見慣れた男が、聞きなれない言葉を持って、いきなり家に上がりこんできた。

 何事かと聞いてみると、空家の地下から記憶を失った少年少女たちが見つかったという。

 それで、村長である自分に意見を求めてきたらしい。

 

―――村長は…ああ、俺か…


 言われるがまま、村長は家を飛び出していく。

 その時には、疑問も違和感も完全に消え去っていた。




(とりあえず成功っと)


 不可視の結界の中で、村長となった男を見ていた朱美は、安堵ともに嘆息を漏らした。

 朱美が行なったのは、少年少女の記憶消去と、村人全員の認識のすり替えだ。

 どちらも初めてやる術式だったが、上手く成功してくれたらしい。

 成功を確認した朱美は、また別の場所へと転移した。

 



 名も無き村の墓地は、普段どおり過ぎるほどに閑散としていた。

 墓標が並んではいるが、殺風景で雑に造られ、人もいない。

 その中で朱美は、今朝方新たに出現した一つの墓標の前にいた。

 名前も刻まれてはいない墓標。

 そこに術式を刻み、起動させる。

 何もない墓標が閃光に包まれたかと思うと、一人の少女が舞い降りた。





「アレ? どうしてここに…?」


 状況を飲み込めないメアリーは、自分の身体を見渡した。

 確かに自分は死んだはずだ。

 なのに、なぜか自分は生きている。死んだときのあの服装のまま。

 周囲を見ると、ここが墓地であるらしいということは分かった。

 

「はろー」


 いきなり掛けられた声に身を震わす。

 発したのは目の前にいる女性。

 姿に見覚えも、声に聞き覚えもない。

 

「貴女は誰…ですか…?」


 女性は困ったような表情を見せる。


「誰……うーん、名前言っても分かんないでしょう? せっかくだから当ててみよう! レッツシンキングタ~イム。いーち、にー」


 意味不明なことをハイテンションで言い切り、勝手に時間まで計っている。

 何とか答えを出そうと、メアリーは目の前の女性をじっくりと眺めた。

 顔立ちは、あまりここら辺ではみないようなもの。

 何かこの国の人間ではない気がする。

 髪に眼をやると、こちらも珍しい長髪黒髪。

 混じりっ気のない綺麗な黒髪だ。

 

(黒髪…?)


 黒髪といえば知っている人間は一人しかいない。

 会話を思い出す。

 そういえば、あの人には母がいると言っていたか。

 メアリーは浮かんだ言葉をおそるおそる口に出した。


「クロノさんの…お母さん…?」


「ピンポーン。金のふとし君でもあげようかしら?」


 相変わらず意味不明な言葉を連ねる女性。

 メアリーはまじまじと見つめながら、驚愕していた。

 

(若い…)


 クロノの年齢を考えると、目の前の女性は若すぎた。

 どうみても20代か、10代後半にしか見えない。

 クロノと同い年といっても通用してしまいそうだ。

 見つめるメアリーの目の前に、すっと人指し指が突き出してくる。


「駄目駄目。年齢は秘密よ。クロノにも教えてないんだから。ある程度、察してはいるでしょうけど」


 クロノについて語る女性の表情は、なぜか嬉々として見えた。

 母親と呼ぶには、疑問が残る表情。

 その言葉でメアリーは我に返る。

 自分が置かれている不可思議な現象について、尋ねずにはいられなかった。


「あの…私どうして、生きてるんですか?」


「生きては、いないわ。酷いこというようだけど、アナタはあそこで死んだ」


「そう…ですか…」


 自分は死んだ。

 言葉にしてみると、何とも恐ろしい。

 実感が湧いてくる。

 自分が死んだのだという実感が。


「ごめんなさい…まずは謝っておくわ…」


 女性は頭をメアリーに深々と下げる。

 

「アナタの死は止められた。それでも止めなかったのは私」


 何を言っているのか、詳しくは分からない。

 ただ、彼女の表情からは、何も読み取れなかった。

 無感情といってしまいたいほどに。

 空恐ろしい不安だけが残る。

 今、自分がどうしてここにいるのかも分からないのだ。

 

「今のアナタには返す言葉がないの。いくらでも、罵倒してもらっても構わないわ…」


 表情は申し訳なさそうに、それでも、なぜか平然としているように感じずにはいられない。

 感情が読み取れない。

 思えば、感情が見て取れたのは、クロノのことを話す時だけだ。

 震える声で、メアリーを恐れながら、疑問を口にした。


「…貴女は…本当に…クロノさんのお母さんですか…?」


 女性はやはり、平然と、それでいて不気味に笑いながら尋ね返す。


「どうして、そんな事を聞くの?」


「貴女の表情も、性格も、クロノさんとはまるで別人のものです。表情は無理矢理作ったかのよう。それに、クロノさんを語るときの表情も、何か、違う」 


 これ以上言っては失礼だと思ったが、どうせ自分は死んでいるのだから、怖いものなどないと、メアリーは自分に言い聞かせた。


「母親のものじゃない。まるで…愛しい恋人をみるような…」


 メアリーが言いかけたところで、女性は俯く。

 一旦俯いたかと思うと、今度は笑い声を徐々に大きく上げながら、恍惚とした表情を見せた。

 

「ああぁ…そうよ、そう…。私はクロノを一人の男として愛してるわ」


―――壊れてる


 メアリーはそう思った。

 今までで、一番の感情を見せた女性。

 あろうことか、それは息子に向けた歪んだ愛情だった。

 しかし、メアリーはその感情を咎められない。

 自分も、立場は違えど、クロノを好きになっていたのだから。

 同時にメアリーは気恥ずかしくなった。

 自分もここまでとはいかないまでも、表情に出ていたのかと。


「勘違いして欲しくないのは、私とクロノの血は繋がってないってこと。私は捨て子を拾っただけよ。それにしても、よく分かったわね」


「…貴女の表情が、おかしかったんです。クロノさん以外はまるで無感情。クロノさんの時だけ、感情が読み取れた。それも、母親とは違う……クロノさんは知っているんですか? 貴女がそういう感情を持っていることを…」


「いや、多分知らない。あの子の前では隠してきたもの」


 深すぎる愛情。

 何が、ここまでこの女性を駆り立てるのだろうか?

 普通に過ごしていても、ここまではならないはずだ。


「…どうして、そこまで…」


 メアリーの問いに女性は、今までよりずっと遠い視線を空の彼方へと飛ばす。

 物憂げな表情。

 その姿を見て、メアリーは素直に美しいと思った。


「…アナタはさ…『運命』って信じる?」


「『運命』…ですか…?」


「私はその言葉が大嫌い。だって、自分の人生に起こった出来事全部が『運命』っていう、ふざけた一言で片付けられるなんて馬鹿げてる。そんな人生受け入れたくない」


 一瞬思うところがあるのか、険しい顔つきになるが、すぐに女性は表情を戻した。


「でもね。あるのよ。『運命』ってやつは。昨日二年ぶりにクロノを見た時に、私は確信した。ああ、これが『運命』なんだなって。人って本当に都合が良い生き物ね。大嫌いな言葉でも、一度良い方に転べば簡単に信じちゃう」


 何を言っているのかは分からない。

 分かるのはただ一つ、この女性の愛情が何よりも深いものだということ。

 それがいくら歪んだものだとしても。

 そして、自分がそれには勝てないということを。

 きっと、この女性はクロノの為なら何でもするのだろう。

 自分は、クロノの為に助けられなかったのだろう。

 だが、不思議と怒りは湧いてこなかった。

 自分の死がクロノの為になったのならば、それでいい。

 メアリーは悟る。

 そう思える自分も、壊れているのだと。

 

「…私はいつまで持ちますか…?」


「その身体は、持って5分ってとこね。あくまで私の術式で一時的に蘇生してるだけだから。私が殺したのなら、長いこと蘇生できるのだけど…」


「…母に別れの言葉を伝えに行きたいんです…」


「本当は混乱を招くから、見せたくないけど…お詫びも込めて、いいわよ。ただし、途中まで私の後を付いて来て貰うわ」


「それでいいです! お願いします!」


 

 

 宿屋の店主はその日見た。その日聞いた

 娘の最後の姿を。最後の言葉を。

 光に包まれ、後光がさしたような娘の姿を。


「今までありがとうお母さん」


  

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