第六十五話
葬儀屋アレク
アレク君の魔力量はお察し
一番長いけど、後半は適当
チェスとアレクの関係はあんのか?
名も無き村編はあと、クロノが村出たら終わり
罵倒シーンスキップするかもだけど
一番早く声を上げたのは、意外にもトーリだった。
「あ…あ…ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫喚が地下を突き抜ける。
チェスも一瞬何が起こったのか理解出来ず、不思議そうに眼を丸くした。
尖った石柱の先に突き刺さったメアリーの身体からは、血が滝のように溢れだし、石柱を伝って地面に血の池を作りだした。
―――なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
クロノの頭を「なんで」という言葉が埋め尽くし、身体が熱を帯びていく。
熱い。身体が。意識が空気に溶けていく。
メアリーはもう、生きているのか判別がつかない。
胸にぽっかりと開いた穴が、生きていたとしても、長くないということを如実に物語っていた。
その間にも、溢れ出る血は止まらない。
―――余計なことしやがって
混乱の中でいち早く冷静さを取り戻したチェスが、再び攻撃を開始する。
今度の標的は呆然と立ち尽くすクロノだ。
死人は人質として使えない。
虚ろな眼をしたままのクロノに死が迫る。
クロノは、一度チェスの方を向いたかと思うと、消えた。
比喩でもなんでもなく、忽然と姿を消した。
次いでチェスの耳に届く、消え入りそうな声。
「…避けるだけならわけないんだ…わけないんだよ…!」
眼を大きく見開いて、クロノはチェスの眼前に迫る。
眼は血走り、右手には血管が限界まで浮き上がっている。
チェスは必死に逃げ出そうと身をよじらせるが、クロノの前では無意味な抵抗だ。
これまでの攻防がまるで、嘘だったかのようにあっさりと捕まってしまう。
土で出来た壁の端にチェスを追い込み、壁へと剣を突き刺した。
その拍子にチェスの頬を剣が掠め、一筋の血が流れ出す。
普通であれば、怯えてしまいそうなこの状況で、チェスは変わらない調子で言った。
「あーあ、俺の負けーっと。まっ、あの女が自分から死んだ時点で負けだったなー」
刺した剣が、徐々に壁へとめり込む。
クロノからは怒りの表情がありありと見てとれた。
それでも、チェスは臆さない。
それどころか、内心イラついていた。
「何? 俺が憎い? じゃあ、殺せよ? どーせ、盗賊なんて生死問わずなんだ。殺したって問題はないんだぞ?」
「……ッ!」
言葉に出さない怒りがクロノの顔を歪めていく。
チェスはその態度に益々苛立ちを募らせるが、表情には出さない。
「ほら、 殺 せ よ 」
出来ない。
こいつ(チェス)を殺してもいいと知っているのに、憎いはずなのに、どうしても手が止まった。
理性が最後の最後でブレーキをかける。
理性を飛ばしたい、いっそのこと獣にでもなってしまった方が楽だ。
しかし、それは叶わない。
クロノは無言で自分の頭を正面の壁に打ち付けた。
そこは丁度チェスの頭の上。
血が頭から滴り、視界に赤がまじる。
それでも、クロノは理性を失えなかった。
「なんで…なんで…手が止まるんだよ! コイツは憎いんだ! 殺してもいいんだよ! なんで俺の手は止まるんだよおおお!」
自分自身に対する怒りで気が狂いそうになる。
それでも、狂わない。
その様を見てチェスは鼻で笑った。
「はっ、クソ甘いなオイ。そんなんだから、メアリーとかいう女は死んだんだよ」
追い詰められているとは思えない笑い。
「俺がお前に勝てる可能性は低かった。でも、俺はお前を殺そうとした。何でかわかるか? お前が甘いからだよ。甘いお前に負けても最悪殺されないって分かってたからだ。どうして、そんな力を持ちながら殺さない? 全てはお前の甘さが招いたんだ」
皮肉気に笑うチェス。
完全に精神的立場は逆転していた。
何も答えないクロノをチェスはまっすぐに見つめて、苛立ちを一気に言葉として言い放つ。
「殺す覚悟もねえゴミが、俺の邪魔してんじゃねえぞ!」
それはわずかな人生経験からなるプライド。
こんな甘い人間に邪魔はされたくない。
鬼気迫る表情で言った年下の少年に、クロノはなぜか気圧された。
「どけよ」
言い返せないクロノをチェスは押しのける。
抵抗もせずあっさりと避けられたクロノの心には、自責の念が渦巻いていた。
―――俺のせい? オレノセイ オレノセイ?
チェスは黒箱の前に立ち、そのまま懐から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。
黒く塗りつぶされた扉が、ゆっくりと開かれる。
中から出てきたのは、汚い格好をした盗賊たち。
クロノを見るなり、驚いた表情を浮かべる。
その内の一人が、チェスへと耳打ちする。
「アイツ放っておくんですか?」
「いんだよ。放っておいても問題ない。それに、興が冷めた」
「そうですか…」
そのまま立ち去ろうとする盗賊たちに何をするでもなく、クロノはただ立ち尽くすことしか出来なかった。
帰り際、チェスが鍵をクロノへと放り投げ、もう一つの黒箱を指さした。
「そっちの中でも見て、人間の汚さを知ればいいさ」
捨て台詞を吐き、盗賊たちは地下を後にした。
後に残されたのは、クロノと、メアリーの死体だけ。
村長の家
コンコンと木製の扉をノックする音が聞こえる。
村長が入っていいぞ、と言う前に、返事も聞かず無遠慮に扉が開けられた。
ぞろぞろと入ってきたのは盗賊たち。
その先頭に立つチェスが声をかける。
「よう村長。ご機嫌はどー?」
「なかなかに悪い」
おおげさに驚いたフリをしてチェスは尋ねる。
「そりゃまたどうして」
「無駄な会話をして時間を引き延ばしていたからな。まったく…無意味な時間だった」
心底疲れたといった表情の村長。
「しょうがねえだろ。”餌”が捕まえられなかったんだよ」
”餌”とはメアリーの事である。
村長がクロノを屋敷に招いたのは、依頼の為でも何でもない。メアリーが捕まるまでの単純な時間稼ぎだった。
わざわざ村長が牢屋の鍵を首にかけていたのも、無くなったらクロノがすぐ気づき、地下に向かうようにさせるため。
気づかせるタイミングは小間使いとして働かせていた男が知らせる。
それまで、村長はクロノをここに引き止める役。
チェスがトーリを連れていたのは、メアリーの興味を引くためだ。
トーリとメアリーは幼馴染なだけあって、親交も深い。
そんな彼が祭りの夜に面識のない少年といれば、気になって付いてくるだろう。
勿論トーリには本来の目的など知らせてはいない。
少々雑な作戦ではあるが、朝方ドラに威圧され急遽変更した作戦なので、それを考慮すれば及第点だ。
村長は頬杖をつき、チェスを疑念の眼差しで見つめる。
「で? 仕留められたのか?」
「ここに俺が生存してるってことで、察しろよ」
何を当然のことを聞いているんだと、言わんばかりの表情のチェス。
察したのか、村長はそれ以上何も聞こうとはしない。
代わりにチェスが皮肉気に笑った。
「しっかし、ひっでえよなー。これでまた村は俺たちに怯えないといけないわけだ。しかも、その手引きしたのが村長とかー」
「黙れ…」
村長がそう言うが、チェスは気にせずに続ける。
「それにー、あんな変態だし。よっく村長なんてやってられるよなー」
「黙れと言っている!」
テーブルに拳を勢いよく叩きつける村長。
衝撃でコップが床に落ち、中から零れた液体がじんわりと床に染みを作った。
「おー、こっわ。そんな怒るな、って。子供相手にさー。あ、もしかして俺まで狙ってる? あー怖い怖い」
おおげさに身を震わせるチェス。
村長は青筋を立て、苛立ちながら言った。
「用が済んだならさっさと行け!」
「そーんな態度でいいのかな? アンタの性癖とか、その他もろもろバラしちゃうよ?」
(まあ、もうバラしたけど)
地下
クロノは虚ろな眼をしながら、ふらふらと立ち上がった。
手にはチェスから渡された鍵。
目的も何も見失ったクロノは、言われるがまま鍵を力なく黒箱の鍵穴へと差し込む。
一回鍵を回すと、カチャリと開いた音がした。
扉が開く。瞬間――異臭が襲う。
その先を見てクロノは眼を覆った。
薄暗い部屋の中にいたのは、クロノどころか、ドラくらいの年齢の少年少女たち。
全員服を着ていない。
換気が十分にされていないのか、蒸し暑く異臭が立ち込めている。
一瞬見ただけで、クロノは吐き気を催した。
「う…う…おぇ…ッ」
何をされていたのか、容易に想像が出来た。
全員が全員虚ろな眼をして、扉が開けられたことに気づいていない。
見覚えがある。
この何もかもを諦めたような眼に。
そうだ。これは、奴隷商人に捕まった少年少女たちと同じ。
きっと、こうなったらもう元には戻れない。
だからあの時も、眼が死んでいない二人を選んだ。 ここに至って、クロノは思う。
自分はあの時、こんな子供たちを見捨てたんだと。
自分だけがのうのうと、あれから生き残った。
以前にも何度か、残された子供たちのことを考えることはあったけれど、その度に想像することを放棄した。
眼を背けてはいけない。そう、思いながら、それでも、眼を背け続けた。
後悔は積もり、山となって大きくなっていく。
ここで、クロノが自分に言い訳できれば、まだよかった。
だが、クロノの心はそれを許さない。
弱さを言い訳に出来ない。
今思えば、逃げ出すときも、無属性の兆候はあった。
そこで戦えば、あるいは、違ったかもしれない。
そうでなくとも、朱美に奴隷商人のことを言えば何とかなったかもしれない。
しかし、クロノが言ったのは、逃げてきたというだけ。
他の子供のことなど、喋りはしなかった。
もう、思い出したくなかったから。
自分勝手に子供たちを見捨てた。
扉が開いたことにようやく気づいた一人の少女が、クロノの姿を見て擦り寄ってきた。
誰かと勘違いしているのか、クロノの足元を舐め始める。
言葉すらも喋れない様子だった。
次いで、他の子供たちも擦り寄ってくる。
クロノは止めろ! と言おうとしたけれど、声にならない。
ただ、空しくその光景を見つめるだけだった。
村長の家
部屋の中は緊張した空気が張り詰めていた。
青筋を立てる村長と、おどけた調子のチェス。
「…私を脅しているつもりか?」
「脅す? 人聞きが悪いなあ…ただ、契約条件を見直さないか、という話さ」
チェスは手を組み、ゆっくりと椅子に腰を降ろした。
「見直す?」
「今回の事は特に、な。お前は役目を果たせなかっただろ?」
「なっ…! ちゃんと…」
言いかける村長にチェスは言葉を被せる。
「ちゃんと、引き止めた…か? 本来のお前の仕事はそれ以前のはずだけど? アジトについて偽の場所を教えて、そこに誘い込ませるのと、戦闘方法を聞きだすのが仕事だったはずだ。お前がやってくれないから、部下一人死んじゃったしー。あー、一人無駄にした」
(やっべ、アイツの名前思い出せねえ…ま、いっか)
実際は見回りに行っていた弓使いが、クロノを殺せると思って勝手に自爆しただけなのだが。
チェスはその事を口にはしない。
「それは…相手が聞きに来なかったんだ。普通は村長である私の元に来るのが筋であろうに…」
チェスは、ブツブツと言い訳を連ねる村長をバッサリと斬り捨てる。
「受身じゃ駄目だっつうの。自分から行けよ、半年前みたいにさ」
半年前
月明かりが仄かに顔を見せる夜。
チェスを含めた盗賊たちは、いつもどおり強盗に入っていた。
まず最初は、気づかれないように、その村で一番重要な拠点を潰す。
その時選んだのは、村長の家だった。
他の家よりも一際大きく、人目を引く家。
村の有力者である村長を殺せば、本格的に襲ったときの村人の士気も下がる。
士気というのはなかなか重要で、それ次第で戦況は大きく変わるものだとチェスは考えている。
万が一にも負ける可能性は低くしておくべきだ。
チェスが家へと押し入ると、中は不気味なほど静かで、暗澹とした空気だけが立ち込めていた。
内部構造を把握しないまま、勘だけで部屋を開けていくが、不思議と誰の姿も見当たらない。
全ての部屋を物色してみたが、どこにも人影は存在しなかった。
―――突入がバレた…? んな、わきゃあない…
諦めて本格的に村の制圧に取り掛かろうか、という時、一つの小屋が眼についた。
庭先にポツンと置かれた物置のような小屋。
気になって、中へ入ると、視界を邪魔する大量の藁。
「うっとうしい」
魔法で土を手のように扱い全て避ける。
「…?」
生成途中に僅かな違和感を感じた。
普通の平べったい土ではない。
「なんだこりゃ…?」
気になって藁を避けた場所を見ると、不自然な穴が開いていた。
人一人通れるくらいの小さな穴。というより、一人だけが通るように掘られたようだった。
上も下も横も、四方全てが土で覆われた通路。
薄暗い通路を進み、見えてきたわずかな明かり。部屋らしきものがあるようだ。
壁に身体をグッと寄せ、ひっそりと部屋を覗く。
中にいたのは老人。
確か、アレが村長だったはずだ。
しかし、チェスの目線は村長には向かず、その奥にいる裸の少年少女たちの元へ。
皆一様に死人のように、だらしない顔をしている。
チェスはすぐに思い当たる。ここで何が行なわれているのかを。村長の歪んだ性癖を。
村長の家
「そう、その後だよなー。俺を見つけて、盗賊だと知って、話を持ちかけてきたのは」
舌を出し、馬鹿にするようにチェスは続ける。
「なんだっけ? 「私はロリコンでショタコンの救いようが無い村長です」だっけ?」
激昂する村長。
「そんな事は言っとらん!」
笑いながら、チェスは諌める。
「怒んなって」
半年前
「安定した生活を提供してやろう」
村長は盗賊たちにそんな事を言った。
盗賊だと分かった上で。
「いつもでも根無し草の生活というのは、些か不安だろう?」
「はっ、村民として永住しろとでも?」
村長は手をヒラヒラと振って否定する。
「いやいや、そういうわけじゃあない。君たちには、定期的に村民を襲ってほしいんだよ」
「…話が見えねえな」
「君たちは、村を壊滅させない程度に襲い、金や食糧を奪えばいい。そうすれば、人手は尽きない。人手が尽きなければまた、金も、食糧も、人が生み出してくれるだろう? また、ある程度溜まったところで奪えばいい。一々村を滅ぼすよりも、ずっと一つの村に寄生した方が効率的だ」
悪魔のような提案。盗賊に囲まれた老人の言葉とは思えない。
「…言いたいことはわかる。でも、それがお前を生かす理由にはならないな」
「私は村長だ。私の言葉一つで村民は動くし、村の情報はいやでも入ってくる。村の情報を君たちに流すことも可能だ。奇襲作戦などが村で行なわれるときには、教えてやろう」
「…お前にメリットがないな…何を企んでる…? 仮にもお前はこの村の村長だろ?」
村長は両手を広げ、視線をずっと遠くへ向けて言った。
「私はな、こんな村の村長で終わる気はないんだよ。もっと、遠くの高みを目指すんだ。その為に必要なのが金。報酬は金、一部でいい。それに、君たちが暴れてくれた方があちらも都合がいい」
あちらというのは、地下のアレだろう。
チェスたちがいるとなれば、誘拐も盗賊のせいに出来る。
(変態め…)
村長に嫌悪感を抱きつつ、チェスは思案する。
提案に乗ってもいい。
安定した生活などに興味はないが、近頃のマンネリ化した破壊行為にも飽き飽きしていたところだ。
ここらで一度、新しい風を吹き込ませるのも悪くない。
問題は、この男の言葉が信用出来るのか、ということ。
生きたいが為に嘘をついている可能性は拭えない。考えても、嘘をついているかなど現段階で分かるわけもないが。
考えるべきは、これが嘘だったとして、奇襲をかけられ自分は死ぬか? ということ。
所詮使い捨ての部下の心配など、微塵もしていない。
―――死ぬかよばーか
答えは簡単だった。
ある程度の相手なら、チェスは死なない自信がある。
自惚れでも何でもなく、確固たる自信。
心は決まった。
「…いいだろう。俺たちとしても、あんまりリスクの多い旅はしたくないんだ。ただ、万が一にもお前が裏切る可能性もある。見張りとして、お前の近辺に俺の部下を置かせてもらう。それが嫌ならご破算だ」
「それくらいなら構わん。小間使い、とでも村人には言っておこう」
村長の頷きにチェスはあっさりとした返答を返した。
「そうかい。なら、交渉成立だ。それと、あくまで交渉の主導権はこちらにあるってことを忘れんなよ」
村を売った村長と、村を襲う盗賊が手を組んだ。
これから半年、小さなこの村は恐怖に怯えることとなる。
誰が引き金となったのか、村人は知らないまま。
村長の家
半年前を思い出し、チェスはケラケラと笑う。
「ほーんと、自分から村を売りにきたんだからひっでぇ村長だこと」
一通り村長をおちょくって満足したチェスは、部屋に並べられた丁度品を見渡す。
ここに来るのは半年振りだが、あの時より格段に高級感が増している。
だらしなく椅子の背もたれに手をかけているチェスに、村長は会話の軌道修正を図ろうと尋ねた。
「条件の見直しとはなんだ?」
何かを思いだしたようにこめかみを掌で打つチェス。
「そうそう、それだけどな。見た感じ、金は大分集まっただろ? 物が無駄に高いのになってるし。だから、こっちから渡す金額の引き下げかな」
「……!」
「今の2割から1割に減額ってことで。嫌なら、ここで村潰すよ?」
それは交渉というよりも脅迫。
村長からすればこれくらいは、想定していたつもりだったが、いざ言われてみるとなかなかに厳しい。
微々たる抵抗を試みてみるが、効果はないだろう。
盗賊たちはそもそも、割という単語の意味自体知らない者が多いので、頭に疑問符を浮かべている。
「せめて1.5割にして欲しいものだがな」
無駄だとは分かっているが、もしかしたら、ということもある。
村長はこれ以上の交渉はしない。
下手に食い下がって機嫌でも損ねたら一大事だ。
一方のチェスはというと、椅子に凭れかかり、視線を天井へと仰ぎ思考を逡巡させる。
(会話ダるい。もう十分おちょくったからいいや。これ以上はめんどくさ)
すっと、だらしない体勢から立ち上がり、どうでもよさそうに言った。
「細かい金額設定はまた後ってことで。俺たちは一旦戻ろうか」
あっさりとしすぎた返答に村長は拍子抜けした。
問題が先送りになっただけだが、まだ交渉の余地はあるかもしれない。
踵を返し、去ろうとする盗賊たち。
盗賊の大半が出て行ったところで、最後尾のチェスが振り返った。
「じゃーな変態」
後ろ手に手を振りながら出て行く。
失礼極まりない言葉に村長は立ち上がろうとするが――
「え…?」
村長が驚きの声を上げると共に、後ろ姿のチェスから声が聞こえた。
重く低い、おおよそ少年とは思えない声が。
「この世から消えろ」
聞きなれない音が村長の耳に響いた。
音がしたのが、どこだかは分かっている。
だが、見てはいけない。見たと途端に自分の現状を把握してしまうから。
身体から力が抜けていく。
眠い。熱い。痛い。
視界が霞む。
もう、音すらも聞こえなくなりそうな耳にチェスの声が響く。
その声質から笑っていることが、思考を止めかけた脳でも分かった。
「わっるいなー。残念ながら、クロノは殺せなかったのよ。アイツ強過ぎ。となるとだ、俺たちはもうここにはいられない。お前を殺すのは証拠隠滅……アレ? 聞こえてる? おーい」
村長の耳は既に、機能を停止していた。
最後に拾ったのは「殺す」という単語。
その言葉で完全に自覚してしまった。
胸の痛みの理由を。
自らの死を。
石柱が背後から椅子を貫通し、心臓を突き抜けていた。
血の気が引いていく。
指が動かない。足も、頭さえも、動くことを否定する。
視界が暗くなっていく。
終いには、椅子から崩れ落ち、床に倒れるようにして、息を引き取った。
チェスは村長の亡骸を蹴っ飛ばし、部屋の中を見渡した。
「さてと、邪魔者もいなくなったし、仕事でもすっか」
数時間後
時刻は深夜を迎え、日付が変わりかけた頃。
月の明かりだけが照らす荒野を、盗賊たちはぞろぞろと歩いていた。
村からはまだ、そう遠くはない。
というのも、つい先刻まで村長の家を物色していたからだ。
お蔭で、大幅に出発が遅れることとなったが、収入は大きい。
金の入った袋を揺らしながらチェスが歩いていると、背後の部下から尋ねられた。
「どうして、あのクロノとかいう奴殺さなかったんですか?」
「気が向かなかった。それに、俺も大して魔力残ってなかったし。万が一戦闘になったら俺が不利だ」
相手の顔も見ずに返答すると、どうでもいいこと聞くなといわんばかりに部下を手で払った。
その時、部下の顔を見るべきだったかもしれない。
だが、どうでもよかったチェスは見逃した。部下の笑みを。歪んだ狂相を。
「そうですか…なるほど、じゃあ――死んでください」
村長とは違い、チェスにとっては耳に聞きなれた音が、自分の身体から聞こえた。
チェスは眼を見開いて、即座に後ろを振り返る。
そこにいたのは、シンプルなナイフを持った部下の姿。
刃先は下腹部へと突き刺さり、じんわりと服に赤い染みを作っていた。
他の部下も、視線はチェスへと向かっているが、誰一人凶行を止めようとする者はいない。
部下という言い方も、この状況では語弊がありそうだ。
ナイフを持った男は、ずっと深くへナイフを押し込む。
「どういうつもりだお前ら…?」
「見ての通りですよ。お前には死んでもらう」
チェスが部下だった男たちを見渡すと、全員一致のことらしい。
「前から議論はしてたんだ。お前みたいなガキが、首領でいいのかってね。途中何人も仲間が処分された」
チェスもそれは知っていた。
だからこそ、子供だからと、舐められないように厳罰を課した。
「それでも、俺たちはお前が強いから、我慢してついて行った。それが、今回お前は負けた。この意味が分かるか?」
「さあ? 僕は子供だからわからなーい」
ふざけて返すチェスの身体に、すっぽりとナイフが完全に入った。
「お前の強さが崩れたんだよ! 強くないお前になんてついていく意味はない!」
男はもう一本のナイフを今度は肩に突き刺した。
チェスは一瞬痛みに顔を歪め、俯く。
「お前が岩山で負けたときに、俺たちは全員お前を見限った」
俯いたチェスの髪を引っ張り上げ、男は無理矢理顔を上げさせた。
絶望の表情を皆に晒すために。
しかし、男の思い通りになることはない。
顔を上げられたチェスは――――笑っていた。
「はっ、は、ははは…」
見覚えのある嘲笑。
この状況でなお、チェスは笑う。
「気でも狂ったか」
「いやいや、可笑しすぎてな。ついつい笑っちまった」
愉快そうにチェスは笑い続ける。
「それと、やっぱりお前らは馬鹿だなーってさ」
「お前はもうほぼ魔法が使えない。不用意な発言は寿命を縮めるだけだぞ?」
やれやれとチェスは呆れながら首を振った。
「俺がお前らに、ホントの事なんか話すわけねーだろバーカ。お前らは勘違いしてるなぁ。俺が誰かに負けたからって、お前らが強くなったわけじゃねぇんだ。俺とお前らの絶対的力の差は埋まらねぇ。それと、殺すなら一撃で殺れよ。一刺しで殺せ。じゃないと、思わぬ反撃を喰らうぞ?」
「……ッ!」
男が気づいた時には、チェスの準備は終わっていた。
「まあ、馬鹿でも分かるように噛み砕いてわかりやーすく言うとだ―――」
チェスは溜めに溜めた魔力を土に流し込む。
「粋がってんじゃねぇぞゴミ共!」
次の瞬間、大地が、揺れた。
「ごめんね。止めなくて」
最後にアイツはそう言った。
よく聞こえなかったけれど、口の動きだけで、分かってしまった。
そして、その言葉の意味も。
ああ、アイツは気づいてたんだ。
きっと、ずーっと前から俺がスパイだってことに。
俺は気づいたんだ。
知ってて、あえて見逃してくれてたってことに。
村の人間に言えば、間違いなく俺はリンチに遭って死んだだろう。
半年前、俺はスパイになった。
盗賊にアイツには手を出すなって言って、それと引き換えに。
アイツを守りたかった?
いや、違うな。
きっと自分に酔ってたんだろ?
守るってことに酔ってたんだろ?
なあ、俺?
バッカみてえ。
本当に守られてたのは俺だったのによ。
親父も死んだ。母親も死んだ。アイツも死んだ。
結局俺は誰を守りたかったんだろうな?
俺か?
わかんねえ。
ただ、一つ言えるのは、全部奪ってった奴がいるってこと。
なら、許すわけにいかないじゃないか。
ああ、人生間違えた。
勇気を出すタイミングってやつはもっと前にあったんだ。
俺は許さない。俺と、お前を。
許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さ―――――
数十分後
(いってぇ…ざっくりイってやがる…)
盗賊たちを処分したチェスは自分の下腹部を見つめながら、痛みに顔を歪めた。
応急処置はしたものの、所詮素人なので適切とはいえない。
歩くたびに焼けるような痛みが、身体を突き抜ける。
(次の街はこのペースだと朝方か…厳しいな…クソがッ!)
苛立って地面を蹴り飛ばすと、痛みが増した。
無駄に身体を動かすことは控えた方がいいらしい。
(ちょっと休むか…)
岩に腰を下ろし休憩をとる。
痛みは最初よりは大分マシになっていた。
(商隊でも通れば潜り込めるんだがな…)
そんな事を考えながら、ボーっと荒野を眺めていた。
だからこそだろうか、人の気配に気づかなかったのは。あるいは、痛みによる疲労からか。
後ろから迫るその人影に気づいたのは、それから少しして、痛みが胸を襲ったときだった。
「あ゛?」
刃先が胸から、飛び出している。
それが意味するのは、ただ一つ。
死―――という一つの終わりだけ。
チェスは振り返る。
自分がもう助からないことは何となく分かっている。
ただ、自分を殺すのが誰なのかを見たくて。
振り返った先でチェスは呟いた。
「やるじゃん…」
振り返った先にいたのは、トーリだった。
刃物を握り、息を乱し、興奮した様子だ。
手は赤く染まり、震えている。
正気を失ったトーリは、拳を高く突き上げ、叫んだ。
「ハァ…ハァ…やった…やったぞ…!」
チェスはその姿を見て憐れんだ。
最初からその勇気を出していれば、結果は違っただろうにと。
―――俺も人の事言えねぇわ
賛辞の言葉と共に、ほとんど感覚を失った手で、賞賛の拍手を送った。
「おめでとう―――」
遠のく意識の中、チェスは最後の言葉を呟いた。
「お前も死ねよ」
言うと同時にチェスの眼は光を失い、代わりに石柱がトーリを貫いた。
寸分の狂いも無く、心臓を貫いた石柱はトーリの血を一気に噴出させる。
興奮したトーリが自分の死に気づいたのは、死んだ後だった。
二人が死んだ後で、誰もいないはずの荒野に呑気な声が響いた。
「同士討ちは読めなかったわねえ」
まるで、予想外の結末を迎えた映画を見た観客のような、感嘆の声。
相変わらず荒野に人の姿は見えない。
また、別の声が上がる。
「そろそろこれを解かんか。もう必要ないじゃろ」
「ああ、忘れてた」
そう言うと、何かが割れたような音がし、突如として荒野に二つの人影が出現する。
「不思議なものじゃな」
「んー? 知りたい? でも教えてあーげない」
聞かれてもいない事を否定する。
ドラは、自分の主のテンションに溜め息を吐いた。
「聞いとらんわ。それより、これはどうするつもりじゃ?」
二人の死体を指差す。
つい先刻まで生きていた死体。
まだ血が流れており、生々しさが残っている。
「どうもしないけど? 一応クロノは依頼で受けてるから、死ななかったら私が殺すつもりだったけど、死んじゃったならこのまま放置ね。食べるならどうぞ」
「人間など食わんわ」
不快さそうに、短い言葉で告げると、そっぽを向いた。
朱美は困った様子で口に手を当て、呟いた。
「問題はクロノね。あの子の死で人を殺せるようにならないかなー、って思ったけど…逆効果だったかしら?」
怪訝そうな表情でドラは朱美を見つめる。
「…主はここまで読んでおったのか? あの時から――」
昼間 荒野
部屋を飛び出したドラの前に現れたのは、朱美だった。
突然の遭遇にドラの額には汗が滲んでいた。
「…先刻のはやはり主か…」
ついさっき荒野にて、姿を消した不明の敵。
間違いなく、確信を持って言ったドラの言葉を朱美はあっさりと肯定する。
「あっれ? 分かったかしら? バレないと思ってたのに…」
「儂とあそこまで渡り合える奴など、そうそうおらんわ。それこそ、主とクロノくらいじゃ」
朱美は不敵に笑う。
「どうかしらねえ? 案外いるものよ? 人間にも。私が知っているのでも二人いるわ。あっ、一人死んでた…今だとクラウンしかいない…」
自分で言っておきながら、勝手に沈んでみせる朱美。
正式な主とはいえ、クロノと違ってよく知らないドラはイマイチこのペースについていけない。
とりあえず、ずれた話題を強引に修正にかかる。
「して、何用じゃ?」
「そうだった、そうだった。いや、ドラちゃんが迷ってるみたいだったから、主として命令をね」
「命令…?」
聞きなれない単語を思わず聞き返す。
思えば、クロノからはいつもお願いであって、強制力のあるものではなかった。
朱美は途端に真面目な表情になり、命令を告げた。
「続けさせなさい。クロノに教えないで、このまま」
ドラも真剣な表情になり、分かりきっていながら言葉の意を尋ねた。
「それは…このまま、アヤツらを黙って見過ごせ…と、そういうことか?」
「そうよ。このまま…ね」
嫌――とは言えない。
主の命令だ。
それもクロノではなく、本来の主。
正直にいうと、少しドラの心は揺らいだ。
クロノに言ってしまおうかと。
だが、頭からその言葉をかき消した。
主の命令だと、自分に言い聞かせて。
現在
「いや、私は単純にクロノが人を殺せるようにならないかなーってね。あの子が死ぬまでは予想してなかったわ」
そう言う、朱美の表情はどこまでも平坦で、人の死を語っているようには見えなかった。
「儂とは微妙に違うようじゃの…儂は危機に対する本能の目覚めを期待しておったんじゃが…殺せない、というのは、奴の甘さが原因じゃないのか?」
より一層、感情が読めない表情で朱美は言った。
「それもある。けど、本来人間っていうの同族を殺すことに、本能が忌避感を感じるものなのよ。頭の中で、「殺す」っていうことにラインが引いてあるの。踏み越えてはいけないラインとしてね。そこを踏み越えるにはキッカケが必要」
「キッカケ…?」
「たとえ、普段人を殺せないような人でも、戦場の兵士になったら殺せるようになる。皆やってるからいいんだって集団心理と、やらなきゃ自分が死ぬっていう恐怖感。それと、上官から命令されたんだからしょうがない、という責任転嫁。全部言い訳。大義名分。自分で分かってても、やっちゃうの。言い訳さえあれば、人はなんだって出来る」
「……」
ドラにも思い当たる節はある。
自分は人間ではないけれど、ついさっきのも自分に対する言い訳だったのだろう。
「そうやって、一度ラインを踏み越えてしまえば、それ以降忌避感は薄れていく。やったんだから、もう一回くらい、ってね。踏み越え方は戦場以外にも、色々あるわ。怒りだったり、憎しみだったり。さっきの少年は、そういった類ね。大切な人を失って理性を飛ばした」
ずっと遠くを見据え、朱美は続ける。
「いっちゃ悪いけど、クロノがあそこで理性を保ったのは、あの女の子がクロノにとって、そこまで大切な人間ではなかったってこと。まあ、過ごした期間が短いし、私やドラちゃんだったら或いは…だったかもね」
「或いは…か…」
呟くドラを見て、朱美は表情を笑顔へと変貌させ、肩を叩いた。
「まっ、ドラちゃんはこの2年よくやってくれたわよ。お疲れ様。一旦戻りましょうか」
「お主はどうする? そのままクロノに姿を晒すのか?」
「んー、村でのことが終わってからにするわ。色々やることもあるし…」
「そうか…」
ドラの言葉を聞いてすぐに、朱美はまた姿を消した。
一人取り残されたドラは、月を仰ぐ。
ずっと、昔から変わらない月。
「…あの時のは、やはり…」
翌朝
荒野は今日も快晴。照りつける日差しのせいで、空気が揺らめいて見える。
そんな荒野で一人の男は恨みがましく、それでいて言っても意味のない言葉を叫んだ。
「暑いわー! クソがァァ!」
隣を歩く女性は、暢気としか言いようがない口調で、文句の言葉を口にする。
「やっぱり~~~~、馬車買お~~~~」
「んな、金はない」
非情な現実に男は溜め息を吐いた。
そんな調子で、ダラダラと文句を言い合いながら、二人は砂漠並みに暑い荒野を進む。
暫くして、女性がへたりと座り込んだ。
「も~~~無理~~~~」
「もやしっ子め…休憩にすっか」
男が近場の座れる石に腰を下ろすと、石も熱く、座る気が失せた。
女の方は、気にせず座って水を飲んでいる。
幸い男はあまり疲れてはいなかったので、辺りを探索することにした。
「ちょっと、散歩してくるわ」
「迷子~~~になったら駄目だからね~~~~~?」
「お前と一緒にすんな!」
女と別れて数分、見渡す限り荒れた野が広がっている。目ぼしいものがありそうには見えない。
日陰でもあればよいのだが、まったく見つかりそうになかった。
代わりに見つけたのは余計、としか言いようがないもの。
「おっ……ん、だよ死人か…」
寝ているのかと思い、身体を起こしてみると、それは胸に刃物が突き刺さった少年だった。
死後どれくらい経ったのか分からないが、血は赤黒く変色し、固まっている。
近くには、不自然に飛び出した石柱に貫かれている青年? の死体も放置されていた。
「ひっでぇことすんな…」
少年の胸に突き刺さった刃物を引き抜き、荒野に投げ捨てる。
そして、魔力で人が一人入るくらいの穴を掘り、そこに少年を仰向けに置いた。
「悪いけど、俺じゃ墓は作れねえんだ。これで勘弁してくれ」
続いて青年も引き抜いて、穴を掘って同じように仰向けに置いた。
そこで、男は顔を顰めながら、気まずそうに呟く。
「やべっ、魔力尽きた…」
二人の身体に手で砂をかけ、完全に埋めた男は両手を合わせ、数秒の黙祷を捧げた後、すっと立ち上がりその場を後にした。
「じゃあな、次はまともな人生送れよ」
そんな言葉を残して。
男が戻ると、頬を膨らませ一目で拗ねているとわかる表情で、女は男を見つめていた。
「おそ~~~~い~~~!」
「悪ぃ、悪ぃ」
「も~~、迷子になったかと思ったよ~~~」
咎める女の視線を受け流し、男は誤魔化すように言った。
「はいはい、悪かった悪かった。とりあえず行くぞ。もたもたしてると追いつかれる」
「む~~~~…これからど~~~するの~~?」
「暫くは潜伏か…? 1年くらい行方を晦ませば諦めんだろ。お前にはつまらんだろうが」
「いいよ~~~~私は、アレクがいればど~~~でもい~~~もん」
「んじゃ、行くとしますか」




