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追放された少年  作者: 誰か
回想:名も無き村編
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第六十三話

宿屋


 空はすっかり夕暮れに染まり、真っ赤な陽が窓から差し込む。

 そんな陽を顔に浴び、クロノは目を覚ました。

 寝るときはしっかり陽を避けていたはずなのだが、沈むに従って西側に設置されている簡素な窓の正面に来たらしい。お蔭で眼が眩みそうだ。

 差し込む夕陽に眼を細めながら、クロノは立ち上がる。

 身体はある程度汗ばんでいるが、寝る前に水浴びをしたのでそこまで不快感はない。

 それでも水浴びでは少々物足りず、こういう時「セントーが普及していればいいのに」と思ってしまう。

 見渡してみると、部屋は夕陽が照らすだけでドラの姿はない。


「出るか…」



 部屋を出ようとしたところで、上を着ていないことに気づき、慌てて着替えてから部屋を出た。


 


 部屋を出て宿屋の出口に向かうと、カウンターでメアリーが椅子に座り舟を漕いでいた。

 邪魔しては悪いと思い、忍び足で前を通り過ぎようとするが、脆い床は歩くだけで軋み、耳障りな音を響かせる。

 音がすると同時に、メアリーが目を覚ます。

 寝ぼけているのか、語尾が一々たどたどしい。


「…ん…あれぇ、くりょのしゃん…?」


「おはよ。そんな時間じゃないけど」


 クロノの言葉を聞き意識がはっきりとしたのか、半開きだった眼を一度見開き、頭を起こすために首を二度三度と振った。

 慌ててカウンターの下から櫛を取り出し、身だしなみを整える。

 そんなメアリーにクロノは、自分の下唇の左端を指差して言った。


「ここ、涎ついているよ」


「へっ!?」


「ほら、ここ」


 見かねたクロノは自分の服の袖で、メアリーの唇を拭いた。

 この時点でボンと、何かが爆発したような幻聴がメアリーの耳を突き抜けた。同時に身体が熱くなる。

 

「す、す、す、すいません…!」


 混乱する頭から何とかメアリーは謝罪の言葉を捻りだすが相変わらず、頭はショートしたままだ。

 クロノはまったく気にした様子はなく、「いいよ」と言っただけ。

 最近はないが、昔のリルにはよくあったことなので、扱いもなれたものだ。

 冷静なままのクロノを見て、メアリーの方も熱が急速に冷めていく。

 

(異性として意識されてないんだろうなぁ…)


 そう思うとほんの少し悔しくなった。

 クロノがそんな感情に気づくことはない。


「そうだ。ドラ知らない?」


「ドラ君ですか…見てないですね…探してるんですか?」


「…いないならいいや。一人でいても大丈夫だし」


 普通であれば10歳やそこらの子供が、見知らぬ村で一人というのは心配しそうなものだ。

 メアリーは不思議に思うが、考えても答えは出そうになかった。


 クロノは一度欠伸をした後、背を向け出口の扉へと手をかける。


「散歩でもして来ようかな」


 扉が開きかけ、眩しい夕陽がメアリーの視界を覆う。

 そこでメアリーは思い出す。今何時で、これから何があるのかを。


「何か予定あるんですか?」


「いんや、ぶらつくだけ」


 心臓の鼓動が自覚できそうなほどの緊張。

 実際はそこまで大層な話ではないはずなのだが、それでも緊張せずにはいられなかった。

 余計なことを色々考える頭を抑え込み、勇気を振り絞る。

 そして、ようやく口に出した。


「あっ、あの、だったら、一緒に祭りいきません…?」



村 中心部


 家と家の間に紐が繋がれ、乾いた木で作られた星型の飾りが括られている。

 村の近くに雑草などほぼ生えておらず、村にとって貴重な木材を使ったこの飾りは十分なぜいたく品だ。

 中心には木で組まれた台形のステージらしきものが置かれている。

 空は夕陽が落ちかけ、地平線上の向こうへと沈んでいく。代わりに下弦の月がうっすらと出現しかけていた。

 

 クロノは括られた飾りを手に取る。


「凝ってるなぁ」


「この村の自慢なんですよ。最近は作ってませんでしたけど」


 自慢げに語るメアリー。

 星型の飾りはどれも同じに見えるほどに、均一化されており、一つの乱れもないように見えた。

 木目が上手い具合にグラデーションとなり、色彩を鮮やかに表す。

 

 飾りから眼を離し、村を見渡すと飾りの多さもさることながら、人の多さに驚いてしまう。


「こんなに人いたのか…」


「皆普段は出てこないんですよ。外に出ると危ないですし、そんな元気もなかったんです…そんな雰囲気をクロノさんが変えてくれたんですよ!」


 ここまで言われるとクロノも悪い気はしない。どころか、恥ずかしくなってまいそうだ。


 暫しの間村人たちが浮かれる姿を見ていると、突如として中心にあるステージが光りだす。

 気になって身体を下に傾け覗き込む。

 ステージの下には大量のランプが並べられ、炎がユラユラと揺らめいていた。

 光ったステージの上には見覚えのある顔。それが村長であると認識するには時間がかからなかった。


「我々は長い間耐え忍んできた。それが! ようやく! むくわれたのだ!」


 ほんのり白く侵食されかけた頭からは、想像も出来ないほどに通る声。

 一つ一つの言葉の度に村民から歓声が上がる。

 それは村民達の喜びを表していた。


「今日は盗賊壊滅を祝って、祭りじゃ!」


 そう拳を突き上げ高らかに宣言する様は、とても老人とは思えない。

 村長の宣言を合図にして、続いてステージに上がったのは楽器を持った集団。

 扇状にステージを占拠していく。

 

「竪琴…と…オカリナ…かな?」


 クロノの言葉を補足するようにメアリーが答えた。

 

「そうですよ。いつも祭りで使うんですが…今回は祭りに向けて新調したみたいです」


 言われて見れば確かに、どれも一目で新品と分かるほどに真新しく見える。

 それでも、全部は新品に出来なかったのか、扇の端のものは少し汚い。


 クロノがステージの上を、どこかずれた感覚で観察していると、演奏が始まった。

 竪琴を抱えるように持ちながら、柔らかい手捌きでピンと張った弦を弾くと、呼応するかのようにオカリナから高音が響きだす。

 竪琴が音階を一つずつ下げると、合わせてオカリナも下がっていく。

 クロノは眼を閉じてその音色に耳を澄ませる。

 シンプルな一定の規則性を持ったリズム。民謡なのだろうか?

 クロノが聞き入っていると、不意に手を引かれた。


「私たちも行きましょうか」


「? どこに?」


「あそこですよ、ほら」


 メアリーが指さした先はステージ。

 いつの間にか楽団は退場しており、奥の方で演奏を続けている。

 どうやら、クロノが眼を閉じている間に退いていたらしい。

 代わりにそこにいたのは、先ほどまで歓声を上げていた村人たち。

 照らされたステージの上で、村人たちはペアとなって音楽に合わせ踊っている。

 メアリーが言ったことがどういうことなのかを理解したクロノは、気まずそうに苦笑いを浮かべた。

 

「お、俺は遠慮しとくよ…」


「え~、行きましょうよ」


 上目使いでクロノを見るメアリーに思わず「いいよ」と言ってしまいそうになるが、寸でのところで思い止まった。

 この見られ方に弱いという自覚はある。いつもなら、リルがやってきて押し負けてしまうのだが、今日は違う。

 

(踊れる自信がない…)


 クロノは貴族の出ではあるが、社交場に行く年齢になる前に出されたため、ダンスなどしたことがない。

 そんな自分があそこに入って行っても、恥をかくだけ。

 あまり、メアリーの前で格好悪い姿は見せたくない。

 結局のところ、クロノも思春期の少年であったということなのだ。

 そんな感情にメアリーは気づくことなく、強引に腕を引っ張る。


「ほらほら行きますよ」


「えっ、ちょっ、まっ―――」


 二人は照らされたステージの上に紛れていった。


 クロノの名誉の為に多くは語らないが、この後、クロノはダンスを学ぼうと決意したという。




数時間後


 宴もたけなわを過ぎた頃、未だにうかれる村人たちとは離れた場所で、クロノとメアリーは座り込んでいた。

 手には途中で配られた果実酒が、一滴たりとも減らないまま残っていた。

 空は下弦の月がはっきりと顔を出し、それを中心に細やかな星が、黒い布のような夜空に散りばめられている。

 

「うう…酷い目に遭った…自分が情けない…」


「いやいや、そんなことは…」


「みんな上手すぎ…」


「祭りの度にやってますから」


「そりゃ、俺が入る隙間なんてないわけだよ…とりあえず騒ぎにならなくてよかった」


「うかれてましたからね。一人くらい入っても分かんないでしょう」


 耳に残った微かな音が再生される。すぐにでも映像まで再生されそうだ。


 クロノは空を見上げ呟いた。


「やっぱ違うなあ…」


「? 何がですか?」


「星がさ。王都とかでリルとよく見るんだけど、こっちの方が綺麗だね」


 王都でも十分よく見えるのだが、街が放つ光の差なのか、この村の方がよくみえる。

 しかし、それとはまったく別の事がメアリーには気になっていた。


「あの…リルさん? って誰ですか?」


「誰って聞かれても…」


「単刀直入に聞きますけど、どういう関係なんですか?」


「どういう…難しいな…。血はつながってないけど、妹…とか?」


 メアリーはその言葉を聞いた自分が安堵していることに気づき恥じる。

 だが、同時に攻めるならここしかないとも思う。

 クロノがいつまでこの村にいるか分からない。

 この雰囲気。この場面。

 これを逃したら、もうチャンスはない。

 メアリーはこの日、二度目となる勇気を振り絞る。

 自分の気持ちを素直に伝えるために。


「あっ、あの―――――」


しかし、その言葉は予想外の声によって遮られた。


「クロノ様ですね? 村長がお呼びです。」


 若い男の声。それは村長の小間使いの男のものだった。



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