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追放された少年  作者: 誰か
回想:名も無き村編
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第五十九話

祭り前日のお話

次回は少年のお話と前夜

そして次々回で名も無き村編のラスト祭り当日かな


夜 宿屋内

 

 歩くだけでギシギシと軋む廊下を抜けて、クロノとドラは部屋へと戻っていた。

 部屋に入るなりドラはベッドへとダイブする。替えたばかりであろう白いシーツが衝撃で舞う。

 

「行儀悪いよ。」


「うっさい、ちょっとは労わんか。」


 心底疲れたような様子のドラ。

 何か疲れることでもやっていただろうか?

 クロノは考えてみたが、そもそも今日ドラが何をやっていたのかすら知らない。朝チェスと遊びに行くと言っていただけだ。


「何をさ。」


「わっぱと戯れるのは中々に重労働なんじゃよ。」


「ああ、そういえばチェス君と遊んでたんだっけ。お疲れ様。」


「まったく…午後一杯使って、かくれんぼと鬼ごっこの繰り返しじゃぞ?何が楽しいんじゃアレ…」


「子供からしたら楽しいんだよ、きっと。」


 ブーブーと文句を垂れるドラを宥め、クロノ自身もベッドへと腰を下ろした。

 室内は、小さなランプがぼんやりと照らすだけで薄暗い。

 窓へと眼をやると、生憎の曇り空で月の光すらも見えず、村全体が暗闇に閉ざされている。

 もしかしたら、今日の深夜か明日にでも雨が降るかもしれない。

 そんなことを考えつつ、何気なくクロノは本題を切り出した。


「…暫くここに留まろうと思うんだけど、どう?」


「なぜじゃ?」


「主にチェス君のことでかな。今彼は不安定だから、安定するまで、遊び相手としてドラがいたほうがいいと思うんだ。」


 ドラは鼻で笑う。


「はっ、その主に以外には何が含まれておるのかの?そっちが本命な気もするが?たとえば畑とかな。」


 図星。グサッと何かがクロノに突き刺さる。


「………いっ、いやだなぁ~。そんなわけ…」


「たわけが…。主の様子を見てれば馬鹿でも分かるわ!眼がイキイキしておったぞ。」


「………とりあえず!それは、置いといてどう?」


「……儂は主に従うだけじゃよ。そうしたいならそうすればいい。」


「…意外だね。いつもなら、駄目っていうのに。」


「そうかの?はてさて記憶にないな。」


 はぐらかすように笑うドラ。

 ドラの意外な返答に違和感を覚えたが、こういう時もあるかと思い、クロノは気にしないことにした。

 

 その後暫しの間、クロノは明日以降の畑の展望を考え、ぼんやりと小さな灯が灯るランプを消して眠りへとついた。

 

翌朝


「今日は私が畑のこと全部やりますから、クロノさんは休んでてください!!」


 朝のリラックスタイムにやってきたメアリーは開口一番そんなことを言った。

 メアリーからすれば負担を減らして貰いたいということだったのだが、クロノにとってはそれが楽しみなので逆効果だ。

 駄々をこねる子供のように不満を漏らす。


「えー。どうしたのさ、いきなり。」


「ここ、数日私クロノさんに頼りすぎなんですよ。」


「うーん、そう?」


「そうです!こんな調子じゃあ、クロノさんがいなくなった時に困ります!」


 それは少なからずクロノも思ってはいた。

 だから昨日の畝作りもメアリーの分を手伝うことはしなかったのだが、何もやらないというのも不安だし暇だ。

 食い下がろうとするクロノを抑え込みメアリーは力強く言い放つ。


「だから、今日は絶対畑に来ないでくださいね!」


「ええ~」


「い・い・で・す・ね・?」


「はい……」


 メアリーのおかしな気迫の前に気圧される。

 まるで脅されているようだと、クロノは思う。同時に女性は怖いなとも。

 かーさんもたまにこういう謎の威圧感を放っていたことを思い出す。

 あれから2年。

 今どこで何をしているのだろうか―――



とある洞窟内


 一匹の鼠は不自然に洞窟の淵を彷徨っていた。

 入り口はある―――はずだ。鼠は数日前までこの洞窟に棲んでいたのだから。

 だが、入り口があることに気づけない。

 そこが洞窟だと認識は出来るのに。中に入ることが出来ない。

 入り口だけが切り取られたかのようだ。

 外界から隔離された別種の空間のように、来るものを拒む。

 そんな異形の空間の中には人間が一人。

 異形の空間に佇む一人の人間は、満足そうに自分の描いたそれを見て呟いた。


「こんなもんか…。そっろそろ、クロノでも迎えに行くとしましょうかねー。」



昼 畑


 クロノの手は借りないと宣言したメアリーは言葉通り、畑の製作に取り掛かっていた。

 次に行なうべきは種を植えることだ。

 それも今まで通り適当に植えるのではなく、しっかりとここはこの野菜とゾーンを決めて等間隔に植えなければならない。

 そうしなければ栄養が分散され、育ちにくくなる――らしい。

 らしいという自信がない言葉になってしまうのは、あくまで本で得た知識だからで自分が体験したわけはないからである。

 畑の前に立ち、脇には大量の種。服は汚れてもいい使い古したみずぼらしい服。

 準備は整った。

 天気はどんよりとした曇り空。今すぐにでも雨が降ってきてもおかしくない。見るだけで気持ちまで曇ってしまいそうだ。

 気合を入れるために両頬をバチン!と叩く。


「よっし、やるぞーー!」


 両手を空へ掲げ、そう元気よく言葉を発し、メアリーは作業へと没頭していった。


 

同時刻 宿屋内


「暇だ……」


 憂鬱そうに自分の部屋で机に突っ伏しながらクロノはそう呟いた。

 やることがない。その事実が心の中を支配していく。

 どうしようもないほどに憂鬱な気分だ。

 いざ、暇になったとしても何をしていいのかわからない。

 これが大規模な市場のある街であれば退屈はしない。

 だが、今いるのは失礼な言い方ではあるが、寂れた小さな村である。

 隠れた名店があるわけでもなく、新しい発見があるわけでもない。

 よくいえば平凡、悪く言えば無個性な村。

 唯一の話相手であるドラは、チェスとどこかへと消えてしまった。

 心躍るものがない。

 結果クロノはこうして怠惰に過ごしている。

 このままではだらけているだけで、一日が過ぎてしまう。

 その事に危機感を覚えたクロノはすっと立ち上がった。

  

「身体でも動かしてきますか。」


 


 種まきをしていたメアリーは――


「こ、腰が……」


思いの外、苦戦していた。

 私は年寄りか!というツッコミを自分に入れる元気すらもない。

 舐めていた。というのが正直な感想だ。

 こんなものさして時間もかからないだろうと思っていたが、それが大きな間違いだったと今更気づかされる。

 常に腰を曲げながらの種まきは、慣れない人間にとっては大変な重労働だ。

 一々距離を確認して、土を微調整して盛っていかなければならない。

 慣れてしまえば確認する必要もなく、感覚で大体分かるのだが、生憎メアリーは素人だった。

 手をつけていない場所は半分以上残っている。

 クロノに頼ろうかなどという考えが、一瞬頭に浮かんだがすぐさま霧散する。

 手を借りてはいけない。ずっと、ここにいて欲しいがそうもいかないのだ。

 自分の感情を知っていながら、何も行動できない自分のヘタレ具合に嫌気が差す。

 気持ちを切り替えて再び作業を再開しようとしたとき、小さな人影がいつの間にか畑を見つめていた。


「?こんなところで何やってるの――」


 人影は食い入るように畑を見つめている。


「チェス君?」


「あっ、あの!僕にも手伝わせてください!」



同時刻 名も無き村


 チェスと一旦ドラは離れ、何かを探っていた。


「……たか?……決行は……だ。」


(なるほど、そういう筋書きか。)


 全てを知り、ドラはほくそ笑む。

 だが、全容を知りながら彼は何もしない。

 ただ、笑みを浮かべるだけだ。

 クロノの成長にさえ使えればどうでもいい。

 他の人間がどうなろうとも、彼には関係ないのだから。

 


夕方 畑


 相変わらずの曇り空だったが、懸念していた雨は降らなかった。

 夕方だというのにどんよりと濁ったような色の空を見上げる。


「やっと終わった…」


 メアリーは大きく息を吐いて、疲れたような声を上げた。

 そして脇にいるチェスへと言葉をかける。


「ごめんね。手伝って貰っちゃって…」


「いっ、いいんですよ…僕は居候の身なんですし…これくらいはやらないと…」


 照れているのか恐縮しているのか分からない様子のチェス。

 彼のお蔭で大分作業は捗った。

 慣れているのか、それはもうメアリーが目を見張るくらいのスピードで着々とこなしていったのだ。

 彼がいなければどれくらい時間がかかったのかを想像するだけで、心が沈みそうだ。

 

「それしても早かったね。どこかでやってたの?」


「いちおう…」


 力ない返答。

 よく考えれば自分は彼の事を何も知らない。

 これから、この家で暮らしていくのだからある程度は彼の事を知っておいたほうがいい。

 そう判断し、チェスへと尋ねるが――


「あのさ、チェス君はどんなところで――」


と言いかけたところで、手に何かが当たった。

 見ると水滴が丸く掌に乗っている。

 それを皮切りに今まで沈黙していた雲からは、堰を切ったように大量の水滴が降り注ぐ。

 雨は容赦なく二人を襲い、服をどんどんと滲ませていく。

 慌てて二人は宿屋へと戻る。雨に濡れた地面はぬかるみ、歩くたびに泥が靴へとこびりついた。

 何とか中へと入った二人は、タオルで身体を拭くがなかなか水気がとれない。

 

「大丈夫?」


「大丈夫です…」


 やはり力ない返答。

 頭を拭き終わったメアリーはタオルをどこかへと放り投げる。

 

「さっきの話の続きだけどさ、チェス君は盗賊に捕まる前どんな生活をしてたの?」


「………」


 チェスの眼が変わった。気のせいではないと、不思議と確信が持てる。

 濁った眼。そんな表現がぴったりと来そうだ。

 空気が変わったことを感じ取り、慌ててメアリーはフォローを入れる。


「あっ、べ、別に思い出したくないならそれでいいの。」


「………」


 チェスの眼は相変わらず濁ったまま、顔は俯いている。


「ごめんね。もう、この話は終わり!」


 この話題は終わらせようとしたとき、チェスがゆっくりと口を開いた。


「……僕の村は…ここよりも、小さな農村でした。そこで僕は四人家族の次男として生まれました。」


 見たことがない表情。今までの彼が全て嘘だったのではないかと思うほどに、別人の顔になっていた。


「農家として、家を継ぐことは次男の僕にはなかったけれど当然手伝いはよくしていました。村は貧しくて、そうしなければ人手が足りなかったというのもあります。それでも、僕は楽しかったです。両親は優しかったですから。」


 チェスは顔を伏せながら、淡々と自分の過去を語っていく。


「そんなある日、盗賊が村を襲いにきました。お父さんは勇敢に戦いに行ったけど、すぐに死んだみたいです。僕はお母さんに言われ、家の中に隠れました。隠れている最中にお母さんとお兄ちゃんの悲鳴が聞こえたけど、決して声を出してはいけないと言われていたので、必死にこらえました。それでも、盗賊は僕を見逃しはしませんでした。そして――」


 そこまで言いかけてチェスはハッとして顔を上げた。

 自分は何を語っているのだろう?どうして適当に繕わなかったのか?

 いくら反省してもしきれない。

 ただ、ここで一度冷静になったのはある意味幸運と言える。

 ここから先の出来事は、今演じているチェスという少年像とはかけ離れてしまうから。

 チェスは嘘をつく。矛盾しないように、自然な嘘を織り込んだ。


「盗賊に捕まって、今はここにいます…。」


 表情は暗くみせ、眼は沈んだように遠くを見つめる。

 何とか、誤魔化せたかと心の中で安堵していると、急に視界が暗闇に包まれた。

 何かが当たっている。強い力でなかなか抜け出せない。

 しかし、同時に何か懐かしさも感じる。

 少し力が緩んだところで、上を見上げるとメアリーの姿。

 どうやら抱きしめられているらしい。


「ごめんね…思い出させちゃって…辛かったよね…」


 不思議と悪い気はしなかった。久々に人間というものにまともに触れた気がする。

 思えば、あれ以来まともに人と触れ合ったことがない。


「もう…大丈夫だから…」


 人間の温もりを感じ、暫しこの余韻に浸るのも悪くない、と思うチェスだった。

 


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