第五十八話
これ以上二人の関係は進みません
大分雑に進めた
物語中はクロノが誰かと結ばれることはないです
次話はチェス君の話かな
翌朝
少し肌寒く、薄い朝霧が村全体を包んでいた。
土はグズグズとぬかるんで、歩きづらいことこの上ない。
トーリの靴はおかげで泥まみれだ。
夜中に雨でも降ったのだろうか?思い出してみると、そういえばザーザーと雨音がうるさかった気もする。
そんなことを思い出しながら、誰もまだ活動を始めていない村の中を奥へ、奥へ。
霧の先に見えてくるのは木で出来た簡素な墓標たち。
今回の盗賊の件で急遽作られたそれらは、普通の村人から見てもどれが誰の墓なのか見分けがつかないほどに粗末なものだ。
トーリは迷わずに二つ連なった墓標の前に跪く。その拍子に膝にぬかるんだ泥がこびりついた。
彼は毎日ここに来て、自分の両親に懺悔する。
いくら謝っても許されることではないと知っているけれど、それでもこうしなければ気を保っていられそうになかった。
腐っている。自分の心が。実感はある。
きっと、あの「取引」をした日に自分はもう死んだのだ。
――――しょうがないじゃないか。
自分にはそれしか出来なかったのだから。
自分に何度も何度も言い訳をして、彼は必至に正当化する。
もう、覚悟はしたはずだ。アイツを守るためにアイツに嫌われても、絶対に守り抜くと。
昨日首領に会ったときに、首領は喋らなかったけれど、眼で言った。
―――コイツを殺してもいいのか?
今すぐにでも殺せるぞというアピール。
そこで、あの少年が首領だなどと言っても信用はされない。従うしかないのだ。
アイツを守るにはそれしかない。
青年は腐敗臭のする自分の心を自覚しながら、今日も死んだ心で生きていく。
その先に何が待っているのかも知らぬまま。
食堂
「ちょっと、チェス君と遊んでくるね!」
クロノの一日はそんな、ドラの元気良い言葉で始まった。
時刻は朝。早朝とは呼べずむしろ昼に近い。
「そっ、そう…」
虚をつかれたクロノは曖昧な返事を返した。
まさか、ドラがそんなことを言うとは思っていなかったのだ。
言ったほうのドラは、軽い足取りで食堂を出て行く。
「珍しいな…」
「昨日も二人で遊んでましたよ。ホントありがたいです。チェス君も楽しそうでしたし。」
「へえー。」
メアリーの言葉に頷き感心する。ドラがそんなことをしていたとは。
同時に暫く、ここに残ったほうがいいかもしれないとも思う。
チェスの遊び相手として機能しているのなら、今不安定なチェスから奪うのは気が引ける。
ある程度安定するまで、ここに居たほうがいいかもしれない。
それに――
(畑も気になるし…。)
畑
朝の霧が嘘のように晴れた昼前。
照りつける陽には熱が篭っており、水を吸った畑から水分を奪う。
おかげで朝には湿っていた土も大分乾きだし、悪くないコンディションになっている。
土の感触を手触りで確かめる。
「少し湿ってるけど…悪くないね。」
冷静な感想を述べるクロノとは対照的に、メアリーは見覚えのない光景に驚きの声を上げた。
「…どうなってるんですか…これ…?」
「土を入れ替えただけだよ。多少は均したけど。」
「いつの間に…!?」
「昨日の朝かな。」
サラリとクロノは答えるが、いくら広くないとはいえ、畑の土を丸々一日で入れ替えるなんてことが可能なのだろうか?とメアリーは当然の疑問を持つが、現実に起こっていることが、既に可能だということを証明していた。
「さて、色々やっていくとしよう。何を作る予定?」
「えっ、えーっと…。人参とか?」
戸惑うメアリーを見かねたクロノは先んじて結論を出す。
「つまり、特に決まってないんだね。」
「うう、スイマセン…。」
「決まってないなら、畝はとりあえず20cmくらいか…。」
クロノはブツブツと何事かを呟き、持ってきたスコップと鍬をメアリーに手渡した。
「まずは、畝づくりからだね。君はそっち、俺はこっちからやるとしよう。畝に関しては分かってるよね?」
畝とは、作物を生育させるために土を盛り上げた所。
畝はしばしば苗や作物を風からの障害を防ぐ目的もあり、水はけの悪い土地ではよく使われる――らしい。
頭の中で、詰め込んだ授業内容を引っ張り出して反芻する。
わざわざ絵まで書いて説明されたものだ。
「大丈夫…大丈夫…」
そう自分に言い聞かせ、二人は作業へと取り掛かった。
周りの土を囲むように掘り下げ、囲まれた土の上を盛っていく。
実に単純な作業の繰り返しだ。
久々にやる作業に充実感を感じながら、クロノは慣れた手つきでテキパキと進めていく。
一方のメアリーはというと―――慣れない作業に戸惑いながらも、こなしてはいる。ペースとしてはクロノ二分の一ほどだが。
となれば、当然クロノの方が早く終わる。
自分の指定した範囲を終えたクロノは、チラリとメアリーの方を見るが手伝いはしない。
あくまで、この畑はメアリーのものなのだ。自分で作ったほうが実感も湧くし、自信もつく。
それからメアリーが作業を終えたのは、クロノから遅れて約15分後のこと。
身体を地面へと放り投げ、倒れこむメアリーにクロノは労いの言葉をかける。
「お疲れ様。」
普段から使わない筋肉でも使ったのか、体はかすかに悲鳴を上げていた。
「すごいですね…。私なんてもうパンパンなのに…。」
「慣れだよ、慣れ。昔はこういう生活もしてたからね。もう、疲れただろうし休憩でも入れようか。」
クロノが差し伸べた手にしっかりとつかまり、ゆっくりと立ち上がる。
その途端に足がよろめくが、クロノが思いっきり引っ張ったため地面の方へ身体が向くことはなく、逆にクロノの方へと抱き寄せられる形となった。
「おっと、大丈夫?」
一瞬メアリーの思考がショートする。
「…………へっ!?だ、だいじょうぶれふ!」
ショートした回路の復旧に伴い、乱れた音声が飛んだ。
目まぐるしく様々な感情が渦巻き、その熱が頬に赤として現れる。
クロノは心配したようにおでこに手を当てる。
「熱でもあるの?」
「えっ、えっ、あっ…」
言葉が出ない。詰まる。顔が熱い。
クロノの顔が近づいてくる。それが更に思考を加速させた。
もう二人の距離は10cmもない。
メアリーは目を閉じる。何かを覚悟―――あるいは期待しながら。
衝撃がやってくる。それは額にだった。
「うん、大丈夫じゃないかな?」
額に額を合わせクロノは安心したように言った。
緊張が解ける。呼吸が正常に落ち着き、顔からも赤さが引いた。
頭は見事に冷却され、冷静に考えられるようになった。
そして、ほんの少し残念に思った自分に気づく。
―――期待していた?
否定できない。自分の感情を。
なぜ?なぜ?
必至に否定しようとしても何かが邪魔をする。
本当は知っている。それが自分の正しい感情だということを。
ただ、気づかないようにしていただけだ。
きっと、叶わないと知っていたから。
だが、今はっきりとメアリーは自覚する。
自分の中にあるその感情に。
「じゃあ、一旦戻ろう。」
「はい…。」




