第五十五話
ドラもなかなかに人でなし
まあ、人じゃないのだけど
翌朝ってのは五十三話のです
五十四話は結構前の話
翌朝
「…祭り…?」
クロノは眠たい眼を擦りながら、ダラダラと食事をとっていた。
宿屋の食堂にはクロノ、ドラ、メアリー。
メアリーはハイテンション気味に薄い肌色のテーブルをバンバンと叩く。
「そうですよ!祭りですよ!」
「なんのさ?」
「今回の盗賊団壊滅を記念してのみたいです!」
「ふーん。」
「ふーんって、そんな興味なさ気に言わないでください!」
「それにしても、よくそんな余裕あるね。今回の件で村はかなり疲弊してるだろうに。」
「村長さんが主催になって、企画したみたいですよ。村を盛り上げるために私財を投じて。」
クロノは村長の顔を思い出す。しわくちゃになった顔の好々爺。
そういえば、昨日は大変しつこくお礼を言われたか。
などと、クロノが適当に考えている中、メアリーは続ける。
「それでですね。クロノさんにも出てもらいたいなーと。」
暫し、クロノは思考を止める。そして苦笑いを浮かべた。
「…え…?無理だよ無理。」
「主役がいなくてどうするんですか!」
「主役って…、俺は仕事しただけなんだけど…。それに、そういう騒ぐのはガラじゃないしね。」
「む~~。」
唇を噛み、不満そうに頬を膨らませるメアリーに若干リルっぽさを感じながら、食事を飲み込んでいく。
そこからは何気ない会話を続けるだけで、特に意味のあることは話さなかった。
その間ドラは一言も喋ることはなかったが、気には止めない。よくあることだ。
クロノがスープを飲み干したところで、食堂の堅い木製の扉が開いた。
ギィッと年季の入った木の軋むような音がすると同時に、ドラはピクリと鼻を動かす。
「あっ、あの、追加でスープ持ってきました。」
入ってきたのは、昨日とは違い、ちゃんとした服を着て、ある程度身なりを整えたチェスだった。
相変わらずどこかオドオドしているのは変わらないが。
手には四角いお盆。その上には丸いカップに入った、湯気が立ち込めるスープ。
「どっ、どうぞ…」
慣れない手つきで、クロノとドラの前にスープを置いていく。
単純な作業のはずなのにどこか危なっかしい。
「でっ、では失礼しました…。」
「なんとか」という表現が正しいように、なんとか無事配り終えたチェスはこれでもかというほど頭を深く下げ、食堂を後にした。
チェスがいなくなった後で、心配したようにメアリーは小さく溜め息を吐いた。
「チェス君ずっとあんな調子なんですよね…。」
昨日、行く宛てがないチェスの処遇をどうするかという、問題が発生したところに、メアリーが手を挙げ、ならばここで一時的に引き取るという話しになったのだが、どうも他人行儀なチェスの態度が気になるらしい。
「まあ、しょうがないんじゃないかな。慣れるまではさ…。」
詳しいチェスの事情はクロノにも分からない。
だが、自分も昔拾われた身であるクロノは多少なりとも、分かっているつもりだ。
大体の問題は時間が解決してくれる。
メアリーの方は未だ頭を悩ませているが、その内どうにかなるだろう。
気をとりなおして、熱いスープが入ったカップへと手をかけると、それまで黙っていたドラが口を開いた。
「それちょーだい。」
「…?まあ、いいけど…。」
予想していなかったドラのお願いに面食らったクロノは、少々の疑問符を頭に浮かべつつもスープを差し出す。
ドラをそれを勢いよく飲み干し、プハーと満足気に息を吐いた。
「おいしー!」
「ホント!?もっと、欲しいならお母さんに言って貰ってこようか?」
「うん!お願い!」
元気よくドラは返事をする。
ドラのその言葉に気を良くしたのかメアリーは、後ろ姿だけでも判断出来るほどに心を躍らせながら、厨房にいるであろう母の元へとスープを取りにいった。
メアリーが行ったのを確認してから、クロノは神妙な顔でドラに尋ねる。
「――さて、わざわざ人払いまでして…何かあった?」
クロノの問いにドラは眼を上に泳がせ、幾ばくかの間、頭の中で何かを逡巡させた後、笑った。
「いや、なんでもない。人払いはお主の考えすぎじゃよ。」
「……ただ、美味しかったからっていうのか?言葉のとおり。」
「そうじゃよ?何を疑心暗鬼になっておるんじゃ?」
「…………」
確かに食べ物のことに関して、ドラは子供のようなところがある。アイスなどその最たる例である。
しかし、どうにも納得がいかない。ドラの好みは今までの経験上、甘い系統のものだ。今回のスープはどうみてもドラの琴線に触れるとは思えない。
何かが、おかしい。具体的に何かとはいえないが。曖昧に何かが、引っかかる。
隠している?何を?分からない。それとも自分の考えすぎ?
いくつもの思考が浮かんでは消えていく。
何かを隠しているのだとすれば、おそらくドラからこれ以上の情報は得られない。
一度決めたら頑固な奴だからだ。
結局クロノはそれ以上聞き出すことは出来ず、その疑問を頭の片隅に押し留めるしかなかった。
(ふむ…、主に隠し事をするのは少々心苦しいが、これも経験じゃよ。一歩間違えれば主は死んでいた。)
ドラは心中で、今回の事を利用しようかと考えていた。
常日頃から思っていたことだが、クロノには危機察知能力が足りない。
それはある意味で、クロノが強すぎる故のことでもある。
そんな能力などなくても、クロノは生き残れるのだ。そんな曖昧なものに頼らずとも、見てからでも反応出来る。それだけの力がクロノにはある。
生物はそれが必要ないと判断したものを、省くあるいは無くすという傾向にある。
言い換えればそれは退化だ。
土の中に棲むモグラは視力が退化し、這いずり回る蛇には足がない。同じように人間にも尻尾はない。
これらは元々なかったわけではない。
ただ、必要がなかったから無くしただけである。
クロノにとっては危機察知能力が必要ないと判断されたのだ。勿論、本人に自覚はない。
しかし、生きていく上でその能力は必要なものだ。
今回のように、ふとした、気づかないことで死ぬこともあるかもしれない。
ドラはクロノのスープを見た瞬間、確かに感じた。死の予感。
僅かなニオイよりも、強烈な予感でドラは即座に理解したのだ。
これは毒入りであると。悪意の篭った凶器だと。
幸いドラゴンである自分には効かない系統の毒であるとニオイで分かっていたから、ばれる事はなかったが。
(誰がやったかは目星がついておるが…、今回はクロノ一人で見つけ出してもらうとしよう。)
ここで自分が手を出さないことで、クロノが死にかけることもあるかもしれない。
だが、死にかけならばそれでいい。自分が、死なせは絶対にしない。
死にかけることでクロノの死に対する予感が、芽生えるかもしれない。
そう思って、ドラは手を出すことを止めた。
クロノが死にかける以前に無関係な人間も巻き込むこともだろう。
――――どうでもいいことだ。
実際ドラにとって、人が死のうがどうでもいいのだ。
その過程で誰がどのくらい死のうとも、主であるクロノさえ生き残ればいい。
願うのはクロノの成長だけ。それが臣下である自分の務めなのだから。




