第五十四話
回想編のプロロ的ななにか
短め
青年はその日、父と村の外へと来ていた。
父の手伝いで、決して近くはない街に向かう途中。もう幾度となく通った、荒れ果てた大地。
固い地面を歩くのは非常に疲れる。ところどころ、休憩を入れながら進むのが常であった。
1時間ほど歩いたところで親子は立ち止まる。その日最初の休憩地。
煤けたような色の岩に腰を降ろし、持ってきた水筒から水を喉へと流し込む。疲れた喉を水が潤し、疲れていた身体が少し生き返ったように感じた。
すると、座っていた父がふと、座っている岩より少し行ったところにある岩山を指差した。
「あそこって…、あんなに穴空いてたか?」
父が指さしたのは見慣れた大きな岩山。見ると不自然にいくつもの穴が空いている。
青年は記憶を探るが、元々多少は空いていたがあそこまで空いていた記憶はない。
微妙な違和感に首を傾げる。
否定の意を示そうと、青年は隣に座る父の方を向く。
グシャリ!!
次の瞬間青年の眼に映ったのは父の姿―――ではなく、父だったものの姿。
「アレ?最初のお客さんは、お兄さんたちかな?―――って、言っても、今一人死んだけど。」
その日青年は出会った。出会ってしまった。一つの恐怖に。
「ハハッ、丁度いいや。僕と取引しようよ。まあ、お兄さんに拒否権はないんだけど。こっちが出すのは君の命だ。」
持ち掛けられた一方的な取引。断れば死。
だが、不思議と青年は死ぬのが怖くなかった。もう、その恐怖に出会った瞬間に死ぬと思ったから。
今自分が生きていることすらも不思議に思えた。
青年の頭を占めるのは別の感情。
それは、相手からしても予想外のものだった。
「―――お願いがある。オレの命はどうでも良い。だから、別のことを約束してくれ。」
「お前、条件なんて出せる立場だとでも…!?」
「いいよ、聞くだけ聞いてあげるよ。」
ここで、したがったフリをして村に戻り、皆に知らせるという手段もあったけれど、青年はそれをしなかった。
それをしても村の人間が勝てるとは思えなかったから。
だから、青年はある条件を出した。
青年は躊躇わない。その条件が誰かを守るために、どれほど村の人間を裏切ることになろうとも。
間違ったやり方だとは知っていた。それでもやるしかなかった。
しょせん青年は脆くて弱くて無力な存在なのだから。
「いいよ、約束してあげる。ただし、君が裏切った場合はその子に死んでもらうから。」
青年は堕ちていく、二度と這い上がれない奈落の底へと。
「――よかったんですかい?あんな簡単に信用しちゃって。」
「良いんだよアレで。とりあえず、見張っとくように言っといたからな。お互いに監視しといて貰もらわないとなー。」
「そりゃあ、なんでまた?」
「片方が裏切ったとしても、片方が知らせてくれるだろ?お互いに相手がスパイだって知らないんだから。」
「なるほど…。で?あの条件、守る気あるんですか?」
「ハハッ、一応守ってあげるさ。オレ達の目的は別にあの村を壊滅させることじゃーない。元々ある程度は生かす気だったんだ。ただ、生かすのが一人決まっただけ。寄生するには働く人間がいないとな。まあ、生かさず、殺さず、だよ。用済みになったら両方処分するけど。」




