第五十二話
チェス君黒杉
(一々探すのは骨だな…)
クロノはめんどくさそうに頭を掻きながら、自分が作り出した惨状を見つめる。
クロノを中心に円となって、うめき声を上げながら倒れる人々。
その様はまさに、死屍累々。正確には死人など出てはいないが。
クロノは呻いている盗賊の一人を持ち上げて、不機嫌そうな声色で尋ねる。
「おい、「首領」は誰だ?どこにいる?」
妖しく光る紅朱音を首筋に当てながら、眼で早く答えろと威圧する。
矛先を向けられた盗賊は怯えつつも、心の中で確かめる。
何度も教え込まれたはずだ。こういう時どうするかを。
今、目の前にいる男は確かに怖いが、役割を果たせなかった者がどうなるかは身を持って知っている。
そして、男は怯えた声で、震える指で、予定通りの、仮の「首領」を指さした。
「ア、アイツ…だよ…!アイツが、オレ達の「首領」だ…!」
男が指さしたのは、穴だらけの岩山。ぼこぼこと不自然にいくつもの穴が開いた岩山。
よく見ると男はその内の一つ、上段にある穴を指差している。
ゆらりと、穴の中から人影が現れる。
「…アレか?」
「あ、ああ、そうだよ…!」
現れたのは頬に一筋の傷がついた年かさの男。首領は悠然と、クロノを見下ろす。
「………」
何か喋るわけでもなく、ただ見下ろすだけの首領。
クロノは盗賊の男を放り投げ、紅朱音を上へと掲げる。
「お前の部下は全部潰した。後はお前だけだ。」
「………」
首領は答えない。
「…言う事は無しか…まあ、いい…。今すぐ引き摺り下ろしてやる。」
そう言って、クロノはコキリと首を鳴らす。
首領はクロノを見下ろしたまま、また穴の中へと消えていく。
(なんだ…?アイツ…)
訝しみながら、グッと身体を動かし、準備を始める。
これはちょっとした準備運動だ。一度寝てしまった身体を起こすための。
一通り身体を動かした後、足へと力を溜める。
目指すのは最上部。10m以上は確実にあろう。
地面を蹴る。蹴った勢いで地面が凹んだ。
一っ飛びで、空高く舞い上がったクロノは下段中段を軽々と飛び越え、上段へと着地する。
ダン!と、強く足場を踏みしめると、その衝撃で脆い岩場はガラガラと音を立て一部が崩れた。
これ以上崩さないように、慎重に首領が消えた穴へと入って行く。
夕陽がわずかに差し込む暗い穴。陽があまり入らないためか、外よりも若干寒い。思いの外深く、奥まで続いている。
少し歩いたところで、クロノは行き止まりに突き当たった。
そこで見たのは、おおよそクロノの予想を遥かに越えた光景。
「なんだよ…これ…」
行き止まりの先にあったのは、さきほどまで自分が探していた首領―――の亡骸だった。
首領の「役」を任せられた男は内心ビクついていた。まさか、こんな時が来るとはと。
当初「役」を任せられた時には、驚きと恐怖でどうにかなってしまいそうになったものだが、幾度となく侵入者を撃退するうちに、安心していた。
だから、今置かれている自分の現状が、どうしようもなく恐ろしかった。
自分の役割は首領の代わり。下手したらそのまま殺されてしまうかもしれない。
だが、役割を果たせなければ、「首領」に殺されてしまう。
じんわりと汗が背中から噴出す。膝が笑う。
行かなければ。行きたくない。相反する二つの感情を抱えた男はバン!と自分の顔を叩き、開き直る。
行かなければ確実に死ぬのなら、行って死なない可能性にかけるべきであろうと。
男は勇気を持って、夕陽が差し込む出口へと足を踏み出した。
「お前の部下は全部潰した。後はお前だけだ。」
「………」
男は表情を変えない。変えてはいけないのだ。
毅然と、悠然と、相手を見下ろす。
首領を演じる条件。動揺を見せるな。自信たっぷりに相手を見下せ。
それが、「首領」から任された自分の役割なのだから。
「…言う事は無しか…まあ、いい…。今すぐ引き摺り下ろしてやる。」
不敵を、不気味を、男は装う。
どうやら、相手は自分を首領だと認識したらしい。そこまで行けばもう成功だ。後は多少の抵抗を見せて、演じるだけ。
この盗賊団は「首領」さえ捕まらなければ建てなおせるのだ。
男は時間を稼ぐため、穴の中へと戻っていく。これも、前から決めていた「首領」の指示だ。
どのように多少の抵抗をしようかと、男は思案しながら奥へと入っていく。
そして行き止まりに突き当たった。
ここで迎え撃つ。
覚悟を決めた男は静かにその時を待った。
しかし、男にその時が訪れることは永遠になかった。
グシャリ!!
と、鈍い音が穴に響く。
なんだろうか?男は音がした場所を確かめる。
徐々に身体から力が抜けていく。
音がしたのは自分の身体。
そこにあったのは――自分の身体を貫く不自然に飛び出た尖った岩だった。
身体のど真ん中を貫いた岩。胸がぽっかりと開いた自分の身体。
男は知っている。これをやったのが誰なのか。
もう、眼が霞んでぼんやりにしかみえない。
声を出そうとしたけれど、言葉にならずに喉の奥へと吸い込まれていく。
立っていられない。
自分を貫いている岩に身体を任せ、何かを言おうとしたところで男は永遠の眠りについた。
(…これで首領は死亡。)
岩山に手を当てながら、「首領」は不敵に笑う。
(悪いな、お前以外の奴には知らせてたんだよ。このシナリオもな。後は自殺ってことで、口裏を合わせるだけだ。)
これで、自分は村へと入り込める。
「首領」は笑う。密やかに。




