第五十話
クロノ君は恒例の無双入ります
まあ、今回のは前座です
盗賊の話はまだ終わりません
(うーん、やっぱ怪しいよなぁ…どうするべきか…)
宿屋を出たクロノは盗賊のアジトへと向かっていた。
そのペースはとても急いでいるとは言えず、むしろゆっくりだ。このペースでは、帰る頃には日が暮れてしまうだろう。
元からこんなペースだったわけではない。宿屋を出るときには、しっかりと身体強化していた。
なぜそれを止めたかというと、原因はクロノの後ろを歩く、おどおどとした少年にある。
キョロキョロと周囲を見渡しながら、何かに怯えたように歩く少年。
もちろんそれはドラではない。外見年齢は同じくらいだが、こちらはれっきとした少年だ。
話は十分ほど前に遡る。
十分ほど前 荒野
流れる風さえも追い越してクロノは荒野を駆けていた。身体に当たる風が心地いい。
そんなクロノの眼に映ったのは、一つの人影。それは紛れも無く人で、荒野にてポツンとうつぶせになりながら倒れていた。
体格からみておそらく子供。
(放置するわけにもいかないか…)
足を止めてみると服はボロボロで、ところどころ千切れている。
「おい、起きろ。」
無愛想な声で話しかけてみるが反応はない。
よく耳をこらして聞くと、小さな唸り声がする。
「う…う…」
ゆっくりと人影を地面から抱き上げる。抱き上げてみるとそれは汚い格好をした少年だった。
顔には土がついており、その汚さをより一層際立たせる。
クロノが土を拭っていると、少年の唸り声のパターンが変わり、眼を覚ました。
「う…あ…?あれ?」
どうやら、現状を把握出来ていないらしい。
眼を覚ました少年は、キョロキョロと周囲を見渡した後、クロノへと顔を向けて悲鳴を上げた。
「あ~!!ごめんなさい!ごめんなさい!もう、逃げませんから!」
なにを勘違いしたのか、なぜかクロノへと謝罪の言葉を口にする少年。
少年期特有の甲高い声がクロノの耳へとキーンと響き渡る。
思わずクロノの口から本音が零れる。
「うるさい!」
「すっ、すいません!反省してます!だから殴らないでください…」
ビクッと少年の身体が動き、縮こまる。まるで小動物のようだ。
「…何を勘違いしているのか知らんが、俺はお前を殴る気などない。そもそもお前が誰なのかも知らん!」
いい加減めんどくさくなったクロノの語尾は自然と強くなる。
クロノは言った後で、強く言ってしまったことに気づき自分の失態を恥じる。
(怯えてる子にそんな風に言ったら更に怯えるじゃないか、俺の馬鹿…)
しかし、少年の反応はそんなクロノの予想を見事に裏切るものだった。
「ってことは!僕は抜け出せたってこと!?」
少年は大胆にガッツポーズしながら、感涙に咽ぶ。
「お前は…なんだ…?」
クロノの問いに少年は涙を拭って答える。
「ごっ、ごめんなさい…。」
「なぜ謝る!?」
「ごっ、ごめんなさい…。」
(無限ループな気がしてきた…)
「ええい、謝ってないで答えろ!」
少年はおどおどしながら何かに怯えるように答える。
「ごっ、ごめんなさい…。ぼ、ぼくはチェ、チェスって言います…。この先にある盗賊のアジトに捕えられていたんです…。」
聞けばこのチェスという少年は、幼い頃(今でも十分幼いが)に盗賊に攫われてからそこで奴隷として働かされていたらしい。
そして、今回兼ねてより計画していた脱走を試みたものの、ここで力尽きて倒れていたとのことだ。
クロノとしては、一応安全のため、一回村に戻ってチェスを置いてこようと思ったのだが――
「盗賊のアジトに向かうんですか!?でっ、でしたら僕が案内します…。あそこ分かりづらいですし…」
と、チェスが言い出してしまい、断ることも出来ず現在に至る。
(怪しいよなあ…)
ちらりと後ろを歩くチェスへと顔を向ける。眼が合うとチェスは慌てて視線を逸らす。
クロノはまったくと言っていいほどに、チェスのことを信用などしていなかった。
どう考えても、これは罠だ。
そもそも、ようやく抜け出した少年が、自らそこに戻ろうなんてありえない。
服の状態を見るに盗賊内で奴隷のように使われていたのは嘘ではないのだろう、大方相手を油断させるために彼が選ばれたのだ。
力という恐怖に縛られたチェスが逃げられないということも予測しているはずだ。
(どうしようか…)
このままチェスの言うとおりに進めば罠にかかるのは明白。
かと言って、今から彼を脅して無理やりアジトの場所を吐かせるのは憚られる。
怯えて従っているに過ぎない少年を更に脅すなんてやり方はよろしくない。
(あの弓兵にも嘘つかれたみたいだし…)
先日倒した弓兵から聞いたアジトの場所とチェスが指すアジトの場所は一致している。
が、そんなものを信用するなどあまりにも馬鹿げている。
下手したらチェスを使うのは最初から予定していて、あの弓兵もわざと捕まって情報を吐いたのかも知れない。
まったく、無駄に手の込んだストーリーだ。肝心の役者がこれでは台無しだが。
(まっ、わざと罠にかかるのもありかな。どうせどんな罠にせよ、最後には俺の死体を確認しに来るやつがいるだろう。)
適当に途中で思考を放棄したクロノは疑うことを止めた。
どんな罠であろうとどうせ自分が死ぬことはないのだから、始めからかかりに行けばいい。
自分にはそれだけの自信と実力があるのだから。
「あっ、あのここです。この先にアジトが…あります…。」
後ろを歩くチェスが指さしたその先には大きな岩山。
凸凹に穴が開いた岩山は確かに隠れるには持ってこいかもしれない。
「ぼ、ぼくはここまでで…。」
「ああ、わかった。」
相変わらずオドオドしながら、喋るチェス。
クロノは振り返ることもせずにチェスへと言葉を返し、その先へと進んでいく。
「ごっ、ごめんなさい!」
声がしたと同時にトン、と軽い衝撃がクロノの背中を襲う。
それは、本来であればクロノが動くような衝撃ではなかったが、その時クロノの身体を確かに動いた。
いや、クロノは意図的に自分の身体を動かした。罠にかかりにいくために。
少しバランスを崩したクロノの身体は衝撃に逆らうことなく、その先へと一歩踏み出す。
踏み出したその先はなんの変哲もない地面。
しかし、地面がクロノの重みを感じた瞬間呻きだす。
ピシッ!亀裂が入ったような音。
それを合図に瞬く間に崩れていく地面。
クロノはこれが何なのか即座に理解した。これは落とし穴。
地面を踏むことが叶わない。地面は崩れクロノの身体は落下を始める。
宙に浮く自分の身体。空中ではどうすることもできない。
落下していく最中クロノが見たのは、泣きながら自分へと謝るチェスの姿。
チェスのいる場所はギリギリ落下範囲から離れており、確実に計算されているであろうことがすぐにわかった。
やがて、クロノの身体は砂とともに底へと着地する。
そこは暗く、深い穴の中。自分以外の何も存在しない穴。
高さは到底普通の人間が上がれるようなものではない。下手したら落下の衝撃で死んでしまうかもしれない。
だが、それはあくまで普通の人間であればという話。
風の音が上から響く。
上を見上げると穴の周りを、ガラの悪い弓を持った男たちが取り囲んでいた。
深い穴から這い上がれない獲物を狙い打ちにする気なのだ。
一人の男の合図で一斉に盗賊たちは弓を構える。
そんな状況でも、クロノは慌てない。むしろ拍子抜けしていた。
こんなものかと。こんなもので自分を殺そうとしていたのかと。
「アハッ、ハハハ!!」
そう思うと笑ってしまった。
クロノは冷静だ。あくまで冷静に一つの言葉を口にする。
それは終わりを告げる合図の言葉。
これより、狩る者と狩られる者は一変する。
盗賊たちは思い知る。どうあがいても越えられない力の差を。
「レベル5」




