第四十七話
短め
暖かな光。眼を閉じていてもその熱を感じる。
気持ちのいい光の中でメアリーの意識は今まさに覚醒しようとしていた。
しかし、何か眼を覚ますとこの気持ちよさを失ってしまいそうな気がして中々眼を開ける気にならなかった。朝ベッドから起きて二度寝したくなるのに似た感覚。
眼を開けずにもう一度寝てしまおうか。そんなことを考えていると突如として光が――消えた。
何事かと驚き、一気に意識を覚醒させる。
開けたとき眼に映ったのは青い瞳に黒いフードからはみ出たこれまた黒い髪の青年だった。
その青年が自分の顔を覗き込んでいた。どうやら、彼が太陽を隠したらしい。
「…眼…覚ましたのか…。」
無愛想な表情で尋ねる青年とは裏腹に、メアリーの頭は混乱していた。
一度深呼吸をして、状況を整理する。
(よし、お、落ち着こう。ふう、私はクールだ。まず、私がいるのは十字岩の裏でOK?)
辺りを見渡すと確かに記憶の通り、十字岩の中にある秘密基地の中だ。
(よし、間違えてない。で、盗賊が居て…。って、あれ?この人外に盗賊がいるのにどうやってここに?というか誰?)
メアリーからしてみればクロノは黒いフードの不気味な男という印象しかないので、今目の前に居る青年がどうにも一致しない。
一方のクロノはというと――
(うーん、何かまだ意識がはっきりしてないみたいだなあ。もう少し寝ておいた方がいいんじゃないか?)
などと、見当外れなことを考えており、彼女の混乱の原因が自分にあるとは思っていなかった。
メアリーは何とか現状を把握してみようと、緊張しながら声を出す。
「あっ、あのどちら様ですか…?」
そう言われたクロノは一瞬首を傾げ、相手に自分がどう映っているのかを考える。
(えっーと、上から覗き込んでるわけだから…なるほど、そういえば顔見せてなかったな。)
黒いフードを深めに被り直し顔を覆い再び喋りかける。
「これで分かるか?」
「あっ、あーー!クロノさん!?」
指をさして大声で叫ぶメアリー。
「…うるさい…あまり大声で叫ぶな…」
クロノにしては珍しく本音だった。
キーンと耳に甲高い声が残る。
口に手を当て、メアリーはばつの悪そうな顔をする。
「す、すいません…」
「まあ、いい…」
覗き込んでいたクロノは顔を上げる。
遮るものがなくなった光が再びメアリーの目に降り注ぐ。
メアリーはゆっくりと草むらから身体を起こし、ハッと何かを思い出したように言った。
「そっ、そういえば盗賊は!?」
腕組をしてクロノが疑問に答える。
「…もういないぞ。よくは知らんが、どこかに消えていった。」
「どういうことですか?」
「知らん。そうとしか言いようがないんだ。それよりも――」
クロノはズイッと顔を近づける。
驚いたようにメアリーはビクッとした。
「お前に聞きたいことがいくつかあるんだが、いいか?」
「ひゃ、ひゃっい!?にゃんでしょう!?」」
緊張のあまりどこか舌足らずになってしまう。
(うーん、俺がかーさんと会ったときもこんな感じだったのかな…)
かーさんと出会った時の自分を思い出し、フードの下でクロノは苦笑いを浮かべた。
恥ずかしそうに俯くメアリーを無視して、クロノは疑問を投げかける。
「まず、お前はどうしてこんなところにいる?今外が危ないことは知っているはずだ。」
「うう…特に理由はないです…。強いていうなら何となくここに来るとスッキリするからです。」
またも言いずらそうに言うメアリー。
おそらく嘘はついていないのだろうとクロノは推測する。
確かにあの村に比べたらここは異質な空間で、見る者の心を奪いそうだ。リラックスするために来るというのは分からなくもない。
確証はないが、地下水脈が下にあり、土の質も他とは違うのだろう。
「…まあいい。二つ目だ。盗賊から避けられる理由で思い当たる節はあるか?」
「避けられる…?何を言ってるんですか?」
キョトンとメアリーはクロノを見つめる。どうやら気づいていないらしい。
先ほどの盗賊の行動はクロノの眼にはいささか奇怪に映った。狩れるはずの獲物を狩らずに見逃した。話を聞く限りわざわざ見逃してやろうなんて気のある連中ではない。自分の存在がばれていた可能性も否定できないが、可能性は低い。
少しでも何かあればと思って聞いてみたが、無駄骨だったようだ。
「…分からないならそれでいい…じゃあ、最後の質問だ――」
心の中で溜め息をついた。
一方のメアリーは相変わらず首をかしげている。
これ以上は無駄だと判断したクロノは最後の質問へと移った。
これこそがクロノにとって一番重要な質問。最早質問ではなく指摘。
言葉を発することなく池で戯れていたドラも、気配を察したのか準備をする。
息を大きく吸い込み溜め息を吐く準備を――
「あの畑はなんだ!?あれじゃあ、作物は育たないぞ!」
「えっ?」
「はぁぁーーーーーーー。」
その日一番の溜め息がドラの口からこぼれた。




