第四十五話
「…邪魔するぞ…」
不愛想な声で、質素な宿屋の扉をクロノは開けた。
木製の宿屋内は歩く度に軋むような音がして若干の不安を覚える。
返事が返ってくることは期待していなかったが、元気そうな声が返ってきた。
「お帰り!クロノさん!」
それはさきほど畑らしき場所で、座り込んでいた少女のものだった。
誰もいなかったはずのカウンターに立ち笑顔で顔を向けてくる。
「……?どうして、名前を知ってるんだ?」
「ドラ君に教えてもらいました。」
腰に手を当てお世辞にもあるとはいえない胸を張って元気よく答える少女。
そんな少女を無視してクロノは宿屋の奥へと消えていく。
「あっ、ちょっと無視しないでくださーい。おーい。行っちゃった…。」
メアリーは不満そうに口を歪める。
(何よあれ…。ドラ君はいい子だったのに、兄弟っぽくないなぁ。兄弟なんだから、私ともそんな年離れてないだろうし…。)
ドラが素直な可愛い少年だったのに対し、クロノという男は気難しいようだ。
黒いフードを被っていて年齢も分からない。
正直ドラがいなければ即座に盗賊と判断していたかもしれない。
(とりあえず営業スマイル営業スマイル。久しぶりのお客さんなんだから不快な思いはさせないようにしないと…。)
笑顔を何度も作りながら心の中で反復した。
「どうじゃった?何か有力な情報は聞けたかの?」
宿屋の客室に入るなり、ベッドに寝転がっていたドラが顔だけを向け尋ねてきた。
どうやらこの宿屋はあまり客室が多くないらしく、大部屋と今いる小部屋しかないようだ。
ベッドが二つポツンと置いてあるだけの簡素な造り。
「まあ、そこそこかな。アジトはここから東にそこそこ行った岩山。人数は20人ちょっと。「首領」が使うのは土属性。」
「で、アヤツはどこにやった?」
アヤツとは弓で襲ってきた男のことだろう。今までの情報もその男から聞いたものだ。
クロノはその質問に口を噤んだ。
その様子をみたドラはまたかと、呆れたように溜め息を吐く。
「まったく…そのまま解放して来たなお主…。」
「聞くことは聞いたしね。それにたとえアジトに戻ってまた戦うことになっても相手にならないし。」
「…いつか命取りになるぞ、その甘さは。せめて捕まえて来い。」
「捕まえたところでこの村に牢屋なんてないだろ?だとしたら、潰すまで逃げ出さないように一日中見張って置かなきゃいけなくなる。そんなの時間と労力の無駄遣いだよ。」
もともと全員捕まえる気ではあったが、一々一人ずつ捕まえると見張らなければならない。
壊滅が一日で終わらない可能性もあるので、捕まえた人間から目を離さなければいけないときも来るだろう。特にアジトを潰すときは村に置いていかなければならない。その間村人に任せるのは不安だ。
それであれば、まとめて捕まえてその日のうちにギルドに連れて行った方がいい。
「……そういうことにしておこう…。」
ドラはぼそっと暗い表情をして、小さく呟く。
その表情がクロノには気になったが、すぐさまドラは暗い表情をかき消し、今度はそこそこ大きな声で言葉を発した。
「この村には牢屋あるらしいがの。」
「えっ?」
「さっき、この宿屋のメアリーとかいう娘が言っておったわ。」
「じゃあ、捕まえてくればよかった…。」
クロノは天井を仰ぎ自分の失態を悔やむ。首をだらしなく上に向けうなだれる。
それと同時に宿屋の少女の名前も知った。
(後で、あの畑っぽいのについて聞いてみるかな…)
その前に一度寝ようとクロノはベッドに入り、眠りへと落ちていった。
「……捕まえる?もっと簡単な方法があるじゃろうが……お主は殺せないだけじゃないのか?……人間を……」
そう言ったドラの呟きはクロノに届くことはなかった。
「あれっ?戻って来たよオイ。生きてたんだー?」
「首領」は入り口を開けて入ってきた男を笑いながら迎え入れる。
周囲には部下である盗賊たちが、ぐるりと取り囲むようにして座っている。
異様な雰囲気に臆することなく戻ってきた男は、弁明を図った。
「はい…暗殺は失敗しましたが、とりあえず捕まったときに流せと言われていた情報は流してきました。」
「へー、上出来じゃん。で?どうしてここにいんの?」
「首領」は笑顔だ。変わらない笑顔で、軽い調子で、話しかける。
その顔が逆に男に恐怖を植え付けた。
「なぜか俺から話を聞いた後、解放しやがりまして。」
ありのままを男は伝えた。下手なことを言うと首が飛びかねない。緊張で呼吸が乱れる。生きた心地がしなかった。
「首領」は笑顔のまま腕組をしてなにやら考えはじめる。
「相手の攻撃に関してはー?それと武器。」
「武器は奇妙な形をした剣みたいなものでした。攻撃に関しては分かりません…。気づいたら、回り込まれてて…。」
興味深そうにふむふむと、話を聞く「首領」。
やがて、何か思いついたのか手をパンと叩いた。ビクッとその動作に男は怯える。薄暗い中に音が響き渡った。
「あー、わかった。もういいよ。」
もういいと手で伝える「首領」。
何とか自分の失態を咎められなかったかと、男は安堵した。
大きく一息ついた後、手を見ると男の手はじっとりと汗ばんでいた。
「それではこれで…。」
「じゃあねー。」
頭を「首領」へと一度下げる。もう、呼吸は乱れていない。「首領」も笑顔で手を振っていた。
そして「首領」に背を向け、この場を離れようとしたとき――
ザシュッ
という、何かが何かの肉?を貫く音が聞こえた。
なんだろうかこれは?
不思議と男の頭は冷静で、その音がした先をみることにした。その音がした自分の身体を。
見ると何かが自分のからだをつらぬいている。つらぬいている。
ナンダロウ?コレハナニ?
「ばーいばい。この世から退場しなよ。」
ナニヲイッテル?キミハダレ?ボクハダレ?
ワカラナイワカラナイ
アレ?ネムタイゾ?コノママネル?オカアサンニオコラレナイカナ?
モウネヨウ
ソ ウ シ ヨ ウ
オ ヤ ス ミ ナ サ イ
「ったく、戻ってくんなよ。うちのルールは弱肉強食だろ。弱者はいらねェんだよ。」
足で物言わぬ死体となった男を弄くりながら、「首領」は呆れたようにそう言った。
別の部下から声が聞こえる。
「確認しましたが、どうやらつけられてはいないようです。」
「首領」はその声にこたえない。相も変わらず死体へと話しかける。
「つけられてる可能性も考えろ馬鹿が。それに弓までなくしやがって、アレはお前のゴミクズみたいな命よりも高いんだよ。死んでもあれだけは回収してこいよボケ。攻撃方法が分かんない?ザけんなよカスが、最悪それくらいの情報は持ってこいよ。そういうことも出来ない頭の弱さも含めてお前は弱ェッつうんだよ。」
散々罵声を投げかけた後、「首領」はその頭を力一杯蹴り上げた。
男だった死体は一瞬中に浮いた後、ガンッ!と音を立て転がった。頭からは血が流れ出し始めたが、それもごっそり抉られた男の身体から溢れ出る血に比べれば微々たるものだ。
そしてまたも子供のような笑みを浮かべ、わくわくした声で言う。
「あー、スッキリした。とっとと、やってこないっかなー?その二人。」




