第四十四話
短めー
こっからどうしよう
クロノが行ったのは至極単純なこと。矢を横から手刀で叩き折った。それだけのことだ。
振り下ろされた手刀はそのまま木製の矢を叩き折って、矢だったものへと姿を強制的に変えさせた。茶色い畑に細かい木片が散らばる。
クロノは木片で怪我などしていないか少女へと声をかけるが、見たところ外傷は見受けられない。
その事実に胸を撫で下ろし、ドラへと非難の視線を浴びせた。
(避けるんじゃなくて、そのまま叩き落としてよ…)
ドラもクロノの非難に気づいたのか、視線をクロノへと向け返す。
(うっさいのう。儂みたいなか弱い少年がそんなことしたら色々とまずいじゃろうが。そんなことより、とっとと下手人を捕まえてこんか。)
首を自分の背後へと向け、行ってこいと言わんばかりに首を振った。
ドラの背後は柵が設けられており、そこを越えるともう村の外だ。その先には煤けた色の荒野が広がっている。
クロノは少し不満げな表情を見せながらも、即座に力をレベル4に設定し、メアリーの前から姿を消した。
目の前で人が消えるという怪現象を目撃したメアリーはポカンと口をあけている。
「さっ、行こうかお姉ちゃん宿屋の受付しないとね。」
「えっ…?あの人は……」
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。あれが仕事なんだからさ。」
笑顔で喋りかけるドラに何も言うことは出来ず、言われるがまま二人は宿屋へと戻っていった。
弓矢を持った男はひたすらに逃げていた。
今回の仕事は単純で、侵入者が二人来たので始末しろとのことだった。小さい少年に怪しい黒い男。見た感じ楽勝だと思った。弓矢の命中精度には自信があったし、気配を殺すのも慣れてはいた。事実ばれないように矢を放つことは出来た。確実に避けられない距離まで迫っていたはずだ。
だが、あの少年は矢をみることすらもせずに信じられないスピードで矢を避けた。避けただけであれば、まだ納得は出来た。問題はその後。
その少年は確実に避けた後、こちらを一瞬見て笑みを浮かべたのだ。眼が合った瞬間に心臓が悲鳴を上げた。視線だけで、心臓をまさに握られていると思った。少年が矢を避けた先に「例の女」がいたことにも気づくことはなく、わき目も振らず男は逃げ出した。幸い距離は離れていて、逃げ切るには十分だった。
岩がごろごろと転がる荒野を肩で息をするほど走ったところで、足を止め後ろを振り返る。
気づくと村が指の間に入りそうなほど小さく見えるくらいのところまで来ていた。追ってきている人影は見当たらない。
男は大きく息を吐き安堵した。空を見上げると、快晴ではないものの、太陽が顔を出していて自分が生きているという実感を得られた。
しかし、その安堵感は瞬く間に崩壊してしまう。
「さて、休憩が済んだなら少々お話を聞かせてもらおうか?」
といういつの間にか自分の前に突っ立っていた男によって。
「あーあー、まったくー、帰ってくる気配がないなー。」
盗賊に囲まれた「首領」は暢気に笑いながら呟いた。
指で小刻みにナイフをクルクルと回している。
ふざけていると、思われるかもしれない光景だったが、盗賊は誰一人として意見することはしない。
彼らは知っている。笑顔の裏で「首領」の感情が爆発してしまいそうなことを。
ナイフの回転スピードは徐々に速くなっていく。
「やーられちゃったかー?アイツがいなくなるのはいいんだけどー、弓矢は割りと高いから置いてって欲しかったなー。ハハハッ。」
銀色に光るナイフのスピードはmaxに達する。
そして「首領」はそのナイフを思いっきり上に放り投げた。
宙に舞うナイフは薄暗いその場で瞬く間に光を失い見えなくなった。
落下してくるそのナイフを見ることもせず「首領」は的確に手に傷をつけることなく受け止める。
「「情報員」からの報告はまだかなー?」
一人の部下がその言葉におずおずと手を挙げた。
「侵入者は緑髪の幼いガキ、それに黒い服を纏った怪しい男らしいです。」
その言葉を聞いた「首領」は興味なさそうにふーんと言った。
受け止めたナイフを地面に突き刺しおもむろに立ち上がる。
腰をほぐすような動きをして、準備運動のように首を左右に振った。
「さって、準備でも始めようかなーっと。いつ来るかわっかんないけど。」
子供のような笑みを浮かべながら「首領」はそう言って笑う。楽しげに。




