第四十二話
農業編スタート
嘘です
これからちょっとだけ農業しますけど
そういえば森で畑やってましたね
すっかり忘れてました
ここで一度時間は巻き戻る。クロノにとっての苦い記憶。
始まりは名も無き村。
これはクロノが今のクロノになったお話。
二年前 名も無き村
特別と言っていいほどに工業も農業もない寂れた村。
寂れたといっても普段から寂れていたわけではない。
少し前までは、裕福とは呼べないまでもそれなりに幸福な村だった。
そうでなくなったのは半年前にやって来た盗賊のせいだ。
村の若者を集めて討伐しに行くも失敗。ギルドに依頼を出すも冒険者はことごとく失敗。
それに気を良くしたのか盗賊の攻撃も日に日に増していた。
逃げ出す村人も続出し人口の減少に歯止めがかからない。
ただ、滅びるのを待つだけ。それがこの村だった。
宿屋の少女メアリーは漠然と日々を過ごしていた。
彼女の家は宿屋を経営していたが、観光名所などないこの村に客などやってくるわけはなかった。
それでも以前は月に片手の指で足りる程度ではあったが、客は来ていた。
客足が一気に減ったのは近くに住み着いた盗賊のせいだ。村の人間も日に日に減っていく。
メアリー自身は生まれ育ったこの村が好きだったので出て行く気はなかったが、このまま宿屋を続けても先は見えそうに無いのは火を見るより明らかだ。
最近客が来ないのならば自給自足しようと裏庭で始めた農業もなぜか作物が上手く育たない。
今日も今日とて客の来ない宿屋のカウンターの椅子に座って午前の時間を無意義に過ごす。
日々に希望が見えない毎日にうんざりしていた。
「あー、うだうだしててもしょうがないよね、うん。」
長時間座っていた椅子からすっくと立ち上がる。両手を組みながら上に掲げ、大きく背伸びをした。腰の痺れが解消され、身体が軽くなる。
そのまま客のこない宿屋を放置し、裏庭へと向かった。
茶色い紅茶をぶちまけたような色の土にはいくつもの葉が顔を出していた。
しかし、葉に統一性は見られず、形がそれぞれ違う。
それもその筈で、とりあえず使えそうな野菜の種を植えてみただけで統一性も何もあったものではない。
裏庭というよりも荒地と言った方がふさわしいかも知れないが、それでも改善したつもりだ。
最初はでこぼこで雑草がところどころにポツンと生えているまさに荒地だった。それを平坦に均し、雑草を丁寧に全部引っこ抜いて作ったのがこの裏庭だ。
大きさは一般的な畑よりも少し狭いくらいで、手入れする側としてはまだ簡単な方だろう。
いずれ、しっかりと育ってくれるだろうと思っている。
畑に関してはまったくの素人なのだから、根拠の無い自信だ。
膝を折り顔を下へ向け土へと近づける。
土はところどころ小さい砂利が混じっていて、手に取るとそこが手に当たって少し痛い。
茶色い土を手に取りながら、この先に期待を寄せた。
足をぐっと伸ばし、立ち上がる。
視線が急激に上がり、しっかりと裏庭全体を見渡すことが出来るほどになった。
そうして裏庭全体を見渡してみると、いつもはない影が二つ。
一人は全身を黒に包んだ怪しいを通り越して、不気味な人影。
もう一人は緑色の髪をした幼い少年。眼は黄色くつぶらな瞳。
隣の怪しさ全開な人影とは不釣合いな少年。
いつの間にいたのだろうか?少なくとも来たときにはいなかったはずだ。
何をしているのかと見てみれば、先ほどの自分と同じように裏庭の土を手に取り怪訝そうな表情をしている。
一瞬盗賊かと疑ったが、その疑念は隣の少年によってあっさりと消え去る。
メアリーは一歩踏み出して声をかけてみることにした。
クロノとドラは依頼の為、名も無き村へと来ていた。
依頼の内容はありきたりな盗賊団壊滅。
最初にギルドでこの依頼を見かけたときはDランクの依頼で気に留めることはなかったが、日に日に難易度が上がっていき現在はAランクまでになっていた。
Aランクともなれば手を出すものは限られる。
そもそも、Aランク以上の冒険者の数が圧倒的に少ない。
両手の指で足りる程度しかいないのだ。
その分報酬が高いので、クロノとしては願ったり叶ったりだ。
そうして依頼の為に来たはいいが、まず住人の話を聞かないことには始まらない。
場合によっては長引く可能性も考えられたので、先に宿を取ろうと中に入った。
木造でお世辞にも綺麗とはいえない宿屋内。
窓から差し込む光だけが照らす。歩くたびに木が軋む音がした。
元々活気のある村ではないようだし、こんなものかとクロノは思ったがそれでも問題が一つ。
客を迎えるべきカウンターに誰もいなかったのだ。
「どうしようかこれ?」
「見たところ、無人というわけでは無かろう。一応掃除されとるみたいじゃ。」
たしかに中自体は整理されている。綺麗と呼べないのはこの建物自体が古いからだ。
「ってことは、たまたま居ないってことか…。ならちょっと村見て回ってからまた来ようかな。」
そう言って少し宿屋を見渡すと、窓以外から光が漏れている場所が一つ。
それはカウンターの奥にある扉から。開けっ放しになっており、光と共に風が流れ込む。
もしかしたら、宿屋の人間はあちらに行ったのかもしれない。
「ちょっとあっち行ってみようか。」
扉の奥へと抜けると、広がったのは畑?だった。
植物が生えてはいたがとても、畑と呼ぶにはふさわしくない荒れ具合。
しかし、荒地と呼ぶには整えられ過ぎている。
そこには座り込む少女の姿があったが、クロノの視線は少女に向けられずに土へと降り注ぐ。
土には所々砂利が混じっており小さい粒が無数に見える。
思わず土を手に取った。
じっくりと触りながら、何かを確かめるようにじっと眺める。
「なーにやっとるんじゃ。」
クロノは答えない。自分の世界に入ったかのように手触りを確かめながら何事かを呟いている。
「……土質が悪いなぁ…ここ農業に向いてないぞ…植えられてるのも土に合ってないし…」
土を触りながらクロノが思い出すのは森での生活。
そこでは野菜を育てていて、自給自足だった。
あの時農業について勉強したクロノから見ればこの畑は苦言を呈さずにはいられなかった。
この畑がどうやったらよくなるかという考えばかりが渦巻く。
集中していたクロノは気づかなかった。
自分に迫る小さな影に。足音も聞こえていたはずなのに。
クロノに投げかけられる一つの声。
「あの…ウチの庭で何やってるんですか?」




