第四話
ちょっとバグって途中切れた感じで掲載してしまいました
いまは修正しました
冒険者の一人は御者台へと向かい、もう一人は僕と一緒に馬車の内部へと乗り込んだ。
馬車の中は特に何も無く無駄に広かった。白い幌で覆われ、床は堅く茶色い木の板でできている。
豪華でもなく特別目立つわけでもない、良く言えば質素、悪く言えば粗末な馬車。前方には御者台が見え、その先には部屋から見慣れていた王都の景色が広がっていた。
僕が久方ぶりの外出で興味深そうに、わずかに見える景色を眺めていると、突如声が聞こえた。
「オウ、災難だったな坊主」
同じ馬車の中に居た褐色の肌をした冒険者のものだ。髪はなく、スキンヘッド。ついでに強面で、言い方は悪いが悪人面。光景的に人攫いにすら見えてしまいそうだ。年は三十代後半だろうか。
あまり褐色の肌をした人を見た事がない僕は、年齢を測りかねていた。
その間に馬車は、馬の嘶きと共に走り出す。
悪人面の男は顔に似合わない同情したような声で言った。
「ったく、ユースティア家の旦那も薄情だよなぁ。こんな小さな子供を追い出すなんてよ」
カタカタと車輪から伝わる振動で馬車がわずかに揺れるが、王都内は綺麗に舗装されているので、これでも馬車の揺れはマシな方だろう。王都から出てからはこれの比ではない。
寝るときなどはどうすればいいのか。動かないにしろ、こんな堅い床の上では寝れそうにない。
若干これからの揺れに頭を抱えながら、顔には出さず悪人面の男に言葉を返す。
「それはしょうがないことなんです。僕が落ちこぼれだから」
ユースティア家の旦那とは父上――元父上の事だろう。
元父上の判断は確実に正しい、こんな落ちこぼれを家族としていては評判が落ちる。
なまじ、他の兄妹が優秀なだけにだ。
僕の言葉を聞き、悪人面の男は大きく溜め息を吐いた。
「はぁー、貴族の坊ちゃんってみんなこんなに冷静なのかね? 普通の子供だったらわんわん泣きだしそうなもんだが。まあ、これから少しの間だがよろしくな。俺の名前はユリウスってんだ。で、今馬を引いてんのがマルスだ」
「僕はクロノ・ユー…いや、只のクロノです」
ユリウスさんが自己紹介してきたので、僕も頭を下げ名乗った。あちらは名前を知っているのだろうが、礼儀として名乗らねばならないと思ってのことだ。
間違えてユースティアと言いかけて思い直す。もう僕はあの家の人間ではないのだ。こういう些細なところから訓練していかなければ、ちょっとしたことで喋ってしまうかもしれない。
ユリウスさんは呆れたといった様子で、やれやれと小さく首を振った。
「ホント落ち着いてんな。それと、これからの予定だがバグラスへと向かう。大体一週間もあれば着くだろ。そこでお前を降ろすようにとのお達しだ」
バグラスという地名は聞いたことがない。
家の書庫にあったのは魔法についての書物ばかりで、国のことは大雑把に地方分けされたものしか見たことがなかった。
僕は知らない土地に多少の興味を持った。どうやら、そこで僕の新しい人生が始まるらしい。
僕が未開の地に思いを馳せていると、何やらユリウスさんがじゃらっとした音の鳴る袋を目の前に置いた。
「あーそうだ、ホレっこれがお前の金だ、ざっと見十万コルってとこか」
渡されたのは粗末な布袋に入った貨幣だった。そういえば父上が路銀を渡してくれると言っていたことを思い出す。
10万コルといえば、どれくらいだろうか。イマイチよくわからない。
コルとは、フィファル大陸での共通したお金の単位である。
大陸共通で金を回せているということは、比較的大陸内は安定しているということらしい。
早速中身を確認しようとすると、ユリウスさんが言葉を発した。
「あんま、人に見せんなよそれ。盗人に狙われるから。只でさえ珍しい金髪青眼なんだから」
東ではこの髪と眼は珍しいらしい。王都内ではそこまで珍しくないのだが、地域によってそういった肌や眼、髪が違うのも無理はないか。
東に行ったら、この髪を隠す手段も考えなければいけないな。下手に目立つのはよくない。
頭の中に注意事項をメモしながら突如襲いかかってくる眠気に抗うが、その抵抗も空しく、ついには眠りに落ちてしまった。
⇔
(寝ちまったな、追い出された事で疲れてたのか?)
ユリウスは、目の前に眠る金髪青眼の少年を見ながら、彼の今後を案じる。
始まりは、ギルドから内密に託された不思議な依頼だった。
通常、ギルドでの仕事というのは掲示板に紙と共に内容が張られ、そこから好きなものをとっていくというスタイルなのだが、今回はギルド自体から自分たちにだけ依頼されたものだった。
内容すら知らされず、受けるかどうか聞かれ、二つ返事で受けるといった結果がこれだ。
内密だったのは、捨てるということを知られたくなかったということらしい。
クロノ・ユースティアが存在したということ自体を抹消する気らしい。
先ほど話してる時は、大人びていて自分の置かれた境遇も理解している年齢不相応なガキだと思ったが、可愛らしい寝顔を見ているとやはりまだ十歳なのだと思う。
依頼人の話だと、落ちこぼれでどうしようもなく使えないから追い出すとの事だったが、ユリウスにはそう思えなかった。
おそらく彼は聡明であり、精神力もなかなかに強い少年である。自分と話しているときでも、何か考えているようであった。それに、家を追い出されたその日は大体の人間がショックでどうにかなってしまいそうなものだが、目の前の少年にそんな素振りは見えなかった。
魔法が使えないというだけで、理不尽な迫害を受けてきたのだろう。
魔法が使えないというのはそこまで珍しいことではない。人間全体に約一割ほどはいるとされている。
それに、使える人間の中でも、戦闘で使えるレベルの人間はその半分ほどしかいない。
昔の自分を思い出す。親に捨てられ、スラム街でゴミ溜めのように生きていた自分。
周りには味方などほとんど居なかった。日々の食糧を盗みでしか得られなかったあの頃。
マルスとはその頃からの付き合いである。
今でこそ冒険者をしているが、運が悪ければあそこで死んでいたであろう。
ましてやこの子は元貴族である。スラム街での生活に耐えられるとは到底思えない。
ユリウスは自分でこの子を育てたいと考えた。
賢ければ戦えずとも、なんらかの役には立つだろう――。
というのは、自分でも言い訳だと分かっている。単純に不幸な少年に昔の自分を重ね合わせただけだ。こういった打算的な思考をしなければ、自分の何かが納得しなかっただけなのだ。
今までも、スラム街を通って思うことはあった。ただ、機会と金がなかっただけ。
機会。それは今だろう。今、正に一人の少年が捨てられている。
金。昔は金がなかった。二人でやっていくのが精一杯だった。しかし、今は違う。ある程度の収入は得られるし、今回の依頼で入る金は相手が貴族なだけあって莫大だ。報酬の中には、口止め料も入っているのだろう。
だが、これは依頼だ。バグラスの街へ届けた後、依頼人に報告しに戻らねばならない。
その間一人で置く? あの街に?
バグラスはお世辞にも治安が良いとは言えない街である。そんな街に一人で置くとどうなるかは想像に難くなかった。
自分かマルス、どちらかを置いていきたいところだが、なぜか今回の依頼は二人で戻って来いと契約書に書かれていた。
(俺が王都に行ってる間誰かに任せるしかないな…)
まあそれもこれも、パートナーであるマルスの返答次第だが。
ユリウスはクロノが完全に寝たのを確認した後、御者台にいるマルスに自分の意思を伝えた。
マルスは案外簡単に了承してくれた、どうやらマルスも捨てられた少年には同情していたらしい。
マルスも昔の自分と重ねていたのだろう。
王都を出てガタガタと波うつように揺れる車内で、二人は話し合う。これからを。
そのままマルスと話していると、夜になった。辺りはすっかり日が暮れ、2m先も見えない始末。これ以上進むことは難しそうだ。
馬車を止め、野宿する事に決めた。少年は寝っぱなしである。
二人は少年を起こさないよう慎重に、野宿の準備を始めていった。
こうして、夜は更けていく。