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追放された少年  作者: 誰か
戦争編
49/150

第四十一話

ようやく次回から過去編

朱美さんにはクズ親っぷりを発揮してもらいましょうかね

そして妹の名前初出

クロノ君の豆腐メンタル化はっじまるよーー

首都アース大通り


 日に日に人が増す大通り。一週間前と比べたら倍以上だ。

 その理由としては、大陸の情勢が不安定な中でこの国が安全だという話が広まっているからという考えがあった。

 千年間持ったこの国ならば今回も安全であろうという考え。

 そんな人々の考えなど露しらずアンナとアレクは通りを歩いていた。


「も~~~~う、お店の人困ってたよ~~~~?」


 隣を歩くアンナから咎める声が聞こえるが、イマイチ言い方のせいか咎めているようには聞こえない。

 アレクは答えるのもめんどくさいといった様子で答えようとはしない。


「ね~~~~~え~~~~~」


 諦めずに声を上げるアンナ。

 それでも無視し続ける。


「お~~~い~~~? 聞いてる~~~」


「はいはい反省してますよっと」


 流石に三回目となるとアレクが諦め、めんどくさそうに声を返した

 これ以上無視すると泣きかねない。


「そ~~~そ~~~しっかり謝らないとね~~~」


 両手を腰にあて、透き通るような銀髪の長い髪を揺らし、えっへんと誇らしげに大きな胸を張るアンナ。

 その様を見て、大通りの男が数人振り向く。

 アンナは見た目だけなら貴族の出だけあって妖艶で美しい。男たちが振り向くのも無理は無い。

 見慣れたアレクからすればまったく理解出来ないことだが。



「いや、謝られるべきは無断で入られた店のあのガキだろ…」


 残念な思考の相方に溜め息を吐く。当の本人は気にした様子などない。

 慣れたことだが、マイペースな相方に呆れ、もう一度深い溜め息を吐いた。


「ったく……暢気だなお前は……今現在の情勢、結構俺たちにとってはヤバイ状況なんだぜ?」


「ど~~いうこと~~~~?」


「あの国が今各国を攻めて回ってる。正直、他の国とは軍事力に差がありすぎだ。おそらくどの国も止められないだろう。元々4カードくらいの戦力だったのに勇者ジョーカーが加わって更に強くなった。それに比べりゃ、他なんて役無しブタみたいなもんだ。今はまだ詳しい状況は入ってこないが、既に何カ国か落とされてる可能性もある。この国だって絶対安全と呼ばれてるがそれだって怪しい。」


(いや…実際は4カードか……一枚は抜いたからな……)



「でだ、現状安全と呼べる国は一つしかない。今ノリに乗っている国、レオンハルトしかな。だが、俺たちはあそこのお偉いさんに追われているから逃げ込めない。つまり、この国がやられたら俺たちも自動的にアウトってわけだ」


「ん~~~、よくわかんない~~~~~~」


 既に途中から理解することを諦めていたアンナは頬に指を当て首を傾げる。

 分かっていたことだが、予想通りの反応をする相方に呆れてしまう。


「……分かんねえなら、それでいいさ。お前は一緒にいてくれるだけでいい」


(絶対にお前をあそこには帰さない。その為に使えるものは何でも使うさ。逃げる準備も、戦う準備もしておかないとな。あの武器もその内の一つになりえるかもしれない。俺に足りない才能カードを補うものに……)


 幼き日の誓い。己の無力。彼は誓う、どんな手を使ってでも彼女を守り抜くのだと。

 どれほど自分の手が汚れようとも、彼女の手は汚させない。



「さて、とりあえずセントーでも行くか。何かこの国特有のもので、山の熱を使ってるとかいう」


「さんせ~~~~~~」



ギール東方陣内


 勇者は一人張られた陣の中にいた。

 白い幕が張られ、外から中の様子を伺うことは出来ないつくりとなっている。

 中では会談用のテーブルや椅子が配置されている。

 そこで彼は待っていた、戦勝の報を。だらしなく椅子に寄りかかり上を見上げながら。

 勇者は本来矢面に立って指揮することは少ない。

 先陣を切っていくのは決まって小規模の村ばかりだ。

 始めの頃はその事で腰抜け勇者などと揶揄されたものだが、今そういったことを口にするものはいない。

 誰もが見ているからだ。勇者の圧倒的力を。

 そもそも、指揮官が先陣を切るなどという方が異常なのだ。

 軍内ではそんな事もあって、勇者への信頼は厚い。

 だが彼にはまったく別の理由として、小さな村でしか先陣を切らない理由があった。

 それこそが、彼の本来の目的である。

 それは―――殺人の隠蔽。

 大きな街や村では人が多く、見られる可能性が高い。殺人の瞬間を。

 小さな村では人目につかない所が多く、殺りやすい。

 もし、見つかりでもすれば軍の人間を含め全員殺さなければならない。

いずれは全員殺す気ではあるが、まだ時期が早い。

 そうならない為にも、先陣を切って誰よりも早く村へと入る必要があった。

 彼にとって殺人は食欲にも似た自然な欲求。抑えきれぬ溢れだす衝動。

 表情には出さずとも、彼の心はひたすらに快楽を求めて叫ぶ。


(ア゛ア゛ア゛殺してェェェェェ!!)


 実際殺すのは簡単だ。この世界に来てから手に入れた力であれば一分とかからずに、軍の人間も敵国の人間もまとめて殲滅できる。

 だが彼はあえてそれをしない。それでは殺したという実感を得られないからだ。

 自分の手で直接殺さないと意味がない。

 よって今の彼はそれが出来ずに暇を持て余していた。


(何か暇つぶしになるようなことねーかな…)


 不意に白い幕の端が揺れた。


「入れ」


 慌てて表情を取り繕う。

 入って来たのは騎士風の男だが、普段見ている第一騎士団団長ではない。

 記憶が正しければその更に下の男だった気がする。

 いわゆる部下の部下だ。

 男は一礼した後、勇者の前に瓶を置いた。

 瓶は硝子製で緑色の瓶の中に液体がゆらゆらと揺れている。

 見たところ酒の様だ。


「こちらは今回の戦利品です。どうぞ。」


「そんな物を寄越せと言った覚えはないが?」


「勇者様もお疲れになっているだろうと思いまして、独断で持って参りました。」


 思考を逡巡させる。色々と思い当たる節はあった。

 おそらくこの男は嘘をついているだろう。そう確信を持った。


「……いや、ありがたく貰っておこう。」


「では、私はこれで。」


 再び一礼をして、陣の中から男は出て行く。

 次いで勇者も男がいなくなった後で、酒を持ってどこかへと向かった。

 向かったのは名もなき村――だったところ。

 そんな中で視界に飛びこんできたのは一匹の猫。

 汚い身なりで毛はぼろぼろだ。

 勇者は猫の前に行き、思いっきり酒を猫の前にぶちまけた。

 乾いていた地面は瞬く間に水分を吸って変色する。

 猫は変色した地面の前に近づいてペロッと小さな舌を出し地面を舐める。

 すると、途端に猫はもがきだし、仕舞いには動かなくなってしまった。

 その様子を愛おしそうに見つめながら勇者は呟く。


「ハッ、ホントこりねェなアイツも。」


ギール王国王都


 王都内は平穏を保っていた。

 民衆は気づかない。既に戦乱の渦に自分たちが巻き込まれていることを。

 明日も今日と変わらぬ一日がやってくるものだと信じきっている。

 気づいているのは王や兵士だけだ。

 変わらぬ王都内を抜けてクロノとドラは一直線に城内へと向かう。


ギール城内


 城内は王都とは打って変わって慌しくなっていた。

 果てしなく広い城内をせわしなく駆ける人々。

 普段では考えられないほどの慌てっぷりだ。

 その群れに混じりクロノたちが向かうのは、軍議室。

 派手に飾られた扉を開け中へと入る。

 長方形のテーブルが並べられ、周りを囲むように椅子が置かれている。

中にいたのは王であるクライス、騎士団団長ギルフォード、それに加え数人の重鎮らしき人間が会議をしていた。

 突然の闖入者に一同は目を丸くしたが、その姿を見ると一様に視線を外す。

 ここにいる全員はクロノを知っているからだ。強さを含め。


「丁度いいところに来てくれたのクロノ」


「…仕事でこの国に来ていただけだ。たまたま、レオンハルトから攻撃を受けるという噂を聞いたからここに来たまで」


「ほう? まだその情報は一般には出回ってないはずじゃがな…」


 顎に手をあて意地らしい笑みを浮かべるクライス。

 どうやら、嘘だと見抜かれているらしい。

 若干嫌な顔をするクロノ。


「…ふん…」


「あえて聞くのは止めておくとしようかの。」


 クライスもこれ以上追求するのは得策ではないと判断したのか、それ以上追撃することはない。


「状況はどうなっているんだ…」


「そうじゃの好ましい状況とは言えんな。」


「はっきり言え…」


 非常に無礼極まりない物言いだ。

 王に対しての口調ではないが、咎める者はこの場にはいなかった。


「現在既にあちらの攻撃は始まっておる。東の方からな。」


「東…!?」


 明らかに同様を見せるクロノ。

 普段であれば見られない表情だ。


「何を驚く必要がある。シュヴァイツとの隣接地じゃ、当然敵もそちらから攻めてくるじゃろ。」


「!!!」


机をバンッと叩く。後ろにいたドラも思わずたじろいだ。

軍議室をなんともいえない緊張感が包み込む。

不用意な発言をすれば、この国が危ないということを肌で感じ取っていたからだ。

クロノがいなければ今回の戦争は敗色濃厚だ。

ここで機嫌を損ねでもしたら、参加してくれないかもしれない。


「軍の状況は?」


当のクロノはその雰囲気に気づかず、やや焦りながら尋ねる。

その声に内心怯えながらおずおずとギルフォードが手を挙げた。


「それについては、準備が済んでいます。」


「なら、今すぐにでも…」


言いかけたクロノをクライスが制す。


「それはならん」


威厳のある声が軍議室に響く。


「敵は王都近郊で迎え撃つ。東に兵は向けん。」


それは事実上、東は捨てるという意味に他ならない。

クロノはクライスへと近づき胸倉を掴んだ。


「どういうことだ!?」


冷静なはずのクロノが感情をむき出しにする。

掴まれたクライスは、怯むことなくまっすぐにクロノを見据える。

その眼はどこまでも冷静で、逆に恐ろしささえ感じる。


「離せ、これ以上は許さんぞ」


「お前は!! 自分の国民を見捨てるのか!!!」


クロノは視線を外さない。

掴む手に、より一層力が入る。

クライスは動じることなくクロノを鼻で笑う。


「青いな…青すぎる…」


「何がだ!!それでも国王か!!」


ヒートアップしたクロノは更にボルテージを上げていく。

そんな様を見るクライスの眼は冷ややかだ。


「それでも国王か?違うな、これが国王じゃ。」


クロノの手を握り返す。

力で負けるはずはないというのに、振りほどけない。


「大を救うために小を切り捨てる。考えれば分かることじゃ。攻められている東に慌てて兵を向けるよりも、ここで準備して迎え撃った方が強い。感情論だけで国は動かせん。」


それは王としての決断。何年も何十年もこの国の王として治めてきた王としての。

軍議の雰囲気は変わる。クライスの言葉で怯えていた雰囲気は消え、恐怖は王への信頼へと変わる。

クロノは言い返せない。冷静に考えればクライスの言っていることは正しい。

その事実がクロノの思考を更に加速させる。


「……!!」


最早言葉に出来ないほどに思考は混乱を極めていた。

言葉では納得出来ても、心が納得出来ない。

手からは自然と力が抜け、クライスが離れる。


「……クソッッ!!!」


ずかずかとクライスから離れ、扉へ向け歩き出す。


「どこへ行く?勝手な行動は許さんぞ?」


「…俺はお前の部下でもなんでもない。お前の命令を受ける義理もない。」


それだけ言い残してクロノは軍議室を出て行ってしまった。

嵐が過ぎ去った軍議室は、重苦しい雰囲気が支配していた。

各々の心中にあるのはクロノが出ていってしまった絶望。

戦力を考えると、どうやっても必要な人材だ。

皆が頭を抱えていた、とある二人を除いては。


「ど、どうなさるおつもりですか?彼がいなくては…」


「戻ってくるじゃろう。いずれな…そうじゃろ?」


クライスはいつの間にか椅子へと腰掛けていたドラに視線を向ける。


「さてな」


顔をこちらに向けることなく短い言葉で返すドラ。


「追わなくてよいのか?」


「必要ないじゃろ。今回に関しては主の方が正しい。王としては当然の判断じゃ。クロノもその事は分かっておるはず。」


「存外冷静じゃな。てっきりクロノの肩を持つものじゃと思うとったがの」


「見縊るでない人間の王よ。どちらが正しいかくらいは判断がつくさ。王であればなおのことな」


 ドラは不敵に笑う。何かを思い出すように。


「彼奴も本心でそれは分かっているのじゃよ。ただ、割り切れないだけじゃよ。東は少々特別でな」


 黄色い眼光で鋭く宙を射抜くドラ。


「…出来ればお主にも、戦力として加わって貰いたいんじゃがな。」


 その言葉にドラの眉がピクリと動いた。

 テーブルの上に乗り、クライスへと近づいていく。目の前にたどり着いたところで顔を近づける。二人の距離は10cmも無い。


「勘違いするなよ人間の王。儂に命令していいのは主であるクロノだけじゃ。主の敵になるというのであれば、儂は容赦せん。その事を努々忘れるな」


「…肝に銘じておこう」


 威圧するドラに動じず、淡々と返すクライス。

 ドラは顔を離しテーブルから飛び降りる。そしてそのまま振り返ることなく、部屋を出て行った。






ギール王国東方


侵攻を続ける軍内。

その中心に立つのは一人の少女。

少女の周りには常に風が吹き荒れている。

一族の中でも最高の天才と呼ばれる少女は十三歳という若さで、一つの隊を任せられている。

少女は何の滞りもなく東地区を制圧していく。

言われた事を淡々と。まるで機械のようにこなしていた。今の所は。

侵攻を進める少女の隊の先頭を行く人間が倒れた。

先頭は少女からは遠く敵の姿は見当たらない。

次いでその隣の人間が、そして今度はその二人の後ろにいた人間が倒れる。

次々とドミノ倒しのように崩れていく人々。

少女はそれを見て脅威だと判断し、魔力を一点に集中させイメージを始める。

イメージは何ものも切り裂く刃。

ドミノの波は中心にいる少女に刻一刻と迫ってくる。

少女は溜めに溜めた魔力を眼に視えぬ脅威へと風の刃へ変え放つ。

放ったときに見えたのは、眼の前に迫る見覚えのある刀と自分と同じ青い眼だった。

どうやら魔力を溜めている間に眼前に迫られていたらしい。

だが、あの距離ではよけられない。

そう、思った。

しかし、風の刃が過ぎ去った後に見えたのは抉られた大地だけだった。


「遅い。」


「……ッッ!!?」


耳元で声がした。咄嗟に魔力を練り上げ空へと浮遊する。

下を見ると自分がいた場所に立つ人影。

それは黒いフードを被りこの世界には存在しないはずの日本刀を携えた男だった。




クロノが王城を出て向かったのは、ギール東方。

最初からレベル5に能力を設定し東方へと駆ける。

ドラの最高速すらも越えるスピード。

風を切り圧倒的スピードでギールの大地を駆け抜ける。

目指すは名前もないほどの小さな村。

クロノにとってはある意味特別な意味を持つ場所だ。

東方へ向かい、見えてきたのは敵の軍勢。

ざっと見たところ千人いくかいかないか程度の大軍勢だ。

出来るだけ出会うことを避けてきたのだが、ここだけは抜けないと目的地へはたどり着けない。

鞘から紅朱音を抜く。

この程度の軍勢など相手にはならない。

クロノは覚悟を決めた。邪魔をするのであれば容赦はしない。

一人また一人と斬り捨てていく。

殺そうが殺さまいがどうでもよかった。

今回の目的は名も無き村へとたどり着くこと。

別に殺す必要は無い。戦闘できない程度に痛めつけてしまえばいい。

そうして、隊の半分まで行ったところでいきなり飛んできたのは見覚えのある風の刃。

それは紛れも無く「かまいたち」だった。レベル5でなかったらよけられなかったであろう一撃。

放ったのは一人の少女。服装はそこら辺に転がっている兵士とは一線を模す。

質素に見えるが上質な布を使っているであろうことが、素人のクロノでもわかった。

「かまいたち」を放ったことだけでも驚きだったが、もっと驚いたのはその容姿。

金髪で青眼。見覚えのある顔立ち。見紛うはずはなかった。

その姿は紛れも無く、自分の妹ユーリ・ユースティアのものだった。

だから、なのだろうか。

妹だと分かった瞬間に刀を向ける気が急激に失せた。

実際、斬ろうと思えばいくらでも出来た。

空へと飛び上がることすらも許さずに。

だが、事実として刃は止まった。

クロノは空へと飛び上がったユーリを見上げる。

おそらく彼女は、今の自分には気づかない。あるいは既に忘れているかもしれない。

それでいい。これから始まるのは戦争なのだから――



空へと浮き上がった少女ユーリ・ユースティアは思考を巡らせていた。

突如として現れた正体不明の敵。

自分の隊の半分を一人で潰した男。

一目見ただけで分かる。おそらく自分はあの男には勝てない。

そうなればとるべき行動は一つ。


「……全軍撤退……」


その言葉は決して大きくはなかったが、その言葉で残りの半分の隊は理解する。

目の前で起きたことが現実であるのだと。武器を持っていた者たちは我先にと後ろへと後退していく。


「……やるなら、相手になるけど……?」


日本刀を持った男へと言葉を投げかける。

殿を務めるつもりだった。自分で無ければ殿にすらならないであろうことは明白だった。


「…いや、いい今日は殲滅しに来たわけじゃない。通り道でお前らが邪魔してたから避けてもらっただけだ。自分から退くのであれば深追いはしない。」


予想外の返答。刀を納めたところを見るとそれは真実なのだろう。


「…そう……ここから先に行くのはおススメしない……今小さな村から、陣を移したばかりだから……」


男の表情が少し変わったように見えた。

実際にはフードの下の顔はうかがい知れないのだが。


「!!……そうか、それでも行くけどな。」


「……なら、私から言うことは無い…………」


今日は殲滅しに来たわけじゃないということは彼は敵なのだろう。

彼ならばあの男を倒せるかもしれない。なぜだかそう思った。

そんな淡い期待を抱きながら、ユーリは男の前から立ち去った。


「……期待してる………」


「……そうで、…ったよ。」


ユーリが男に聞こえないほど小さな声で呟く。

去り際に男が何か行ったように聞こえたが、ユーリの耳に届くことはなかった。





「元気そうで、良かったよ。」


ユーリが暗雲立ち込める空へと消えていくのを見送りながらそう呟いた。

あの様子では気づいていないだろう。自分が誰なのか。

その方が好都合だ。次会った時は敵同士なのだ。

余計な感情は捨てた方がいい。

思わぬ形で妹と再会したクロノは再び加速を始める。

目指すのは名も無き村。

クロノにとって苦い記憶が残るあの村へ。


名も無き村


クロノがたどり着いたときその村はもう村ではなかった。

村の入り口に張られていた柵は跡形も無く、原型を保ってはいなかった。

村にあった家は形こそ、そのまま残ってはいたが中には誰もおらず室内は荒らされていた。

分かってはいた。こうなっているだろうことは。

目を背けたくなる。村唯一の宿屋も中には誰も何も無くなっていた。

クロノは無人の村を奥へと進む。

目指したのは村の最奥地にある墓地。

少し歩いて見えたのは、紛れも無く墓地だった。

特に破壊された様子は見受けられない。

その事実に少し安堵する。

空を覆っていた暗雲からはついに雨がポツリポツリと雨が降り始めた。

水滴が落ちる度に変色する地面の上をクロノは進む。

やがて見えてきたのは、一つの墓。

その墓を見た瞬間にクロノの中で何かが音を立てて崩れ去った。

酷く景色が色褪せて見えた。

墓には自分が供えた赤い花。そしてそれに覆いかぶさるように、死んでいる宿屋の女性。

頬を一筋の水滴が伝った。それは雨か涙か。

雨に濡れた赤い花は俯き、悲し気に咲き誇る。

クロノはその光景を、雨に濡れながらただただ呆然と見つめることしか出来なかった。














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