第三十七話
あれ?朱美さんのテレポートって何属性だよって考えた結果がこの様ですよ。
これで異世界召喚も術式魔法で説明出来るぞ。
やったね、たえちゃん
後付とか聞こえない。
酒場センターフィールド
「――へえー、そんな事があったんだ。」
クロノが興味深そうに声を上げた。
向かいの席には、ドラがつまみを齧りながら座っている。
ベイポートから日帰りで戻ってきた二人は、疲れて寝てしまったカイを工房に置き、酒場へと来ていた。
一緒に来ていたリルは途中で、満足したように宿屋へと戻った。
「ほれ、これが例のものじゃ。」
ポケットから首輪を取り出し、クロノへと放り投げる。
「確かに隷属の首輪だけど、魔物にも効くなんて初耳だ。」
「儂もじゃよ、あやつが言うには改良されとるらしいがな。」
既に顔すらも思い出せなくなった人間の言葉を思い出す。
じっくりと手に取り観察するクロノ。
「あー、よくみると確かに少し違うかな。」
「どこら辺じゃ?」
「ほら、この内側の術式の辺り。」
指さしたのは首輪の内側。
そこにはびっしりと普通の文字とは違った文字が描かれていた。
幾何学的な紋様。いくつもの線が複雑に混ざり合っている。
「術式?」
思わず聞き返す。
ドラには術式という単語の意味が分からない。
「術式っていうのは、魔力を属性に頼らず別のものに変えられるものだよ。魔力で特定の文字を刻むことで、効力を発揮する。」
「そんなものがあるとは初耳じゃの。」
「まあ、隷属の首輪の原理なんて普通の人は知らないだろうけど。」
「むしろ、なぜお主が知っとるんじゃ?」
「昔は本を読んで必死に魔法のことを調べてたからね。こういうことには詳しいんだよ。」
自嘲気味にクロノは笑う。
もう、遥か昔とも思える記憶。
どうにか魔法が使えるようにならないかと、必死にいくつもの本を読み漁っていた幼い自分を思い出す。
少し懐かしく感じさえする。
今となっては、無駄な努力だったのだが。
「そんな便利なものがあるなら、もっと広まってるはずじゃないのか?」
ドラからすれば、術式なんて単語は初耳だ。
話を聞く限り、術式があれば何でも出来る気さえする。
人の世を何年も回っているはずなのに、術式なんてものは見たことがない。
「今となっては、首輪の術式以外は失われた魔法になってる。千年くらい前を境に消え去ったらしいよ。原因は不明だけどね。」
クロノはそう言ってから、テーブルの上のコップから水を喉へと流し込む。
「それに術式だって完璧じゃあない。それ相応の魔力だって必要だ。かーさんが使ってたテレポートも、失われた魔法に入るけど、本によれば何人もの魔力を集めなきゃ出来なかったらしいし。」
一通り説明した後、再びクロノは首輪をじっと眺める。
記憶にある首輪の術式とはやはり少し違う。
恐らく、この違いが魔物を使役するのに必要なのだろうと推測する。
「ふむ、人間の考えることは難しくてよう分からんな。」
どうでもよくなったのか、興味がないといわんばかりにドラが小さく呟いた。
静かになった二人とは対照的に、店内はにわかにざわめき出す。
ランプに照らされオレンジ色に光る店内。
普段は静かなはずの店内では、怒声が飛び交っている。
「アア!!?ざけんじゃねぇぞ、テメェ!!」
「ざけてんのはそっちのほうだろうが!!」
どうやら、喧嘩しているらしい。
どちらも筋骨隆々の男だ。
最初は口で争うだけだったが、徐々にものが飛び交い始める。
無視していた客も、次第に囃し立てるように輪に加わる。
店内の客は三つに分かれる。
参加する者、店を出て行く者、変わらず食事をつづける者。
食事を続けるのは、クロノ含め常連である僅かな数人だけ。
彼らは知っている。この騒ぎがすぐ収まることを。故に彼らは動こうとしない。
男たちはヒートアップし、無関係な観客を巻き込んで殴り合いを始める。
店内は一種の暴動状態とした。
ヒートアップする男たちを見て、常連たちは密かに祈りを捧げる。
それは男たちへの追悼。終わった、という確信。
殴り合いを始めた二人の男たち。
暴動の中心にいる彼らに近づこうとする一人の青年。
その風貌は優男といって差し支えない。
不思議と邪魔されることなく、暴動の中心へと青年は歩みを進める。
「お客様?あまり、店内を荒らされては困ります。」
片方の男の肩に手をかけ、糸目の青年は優しく話しかけた。
「アア!?邪魔だテメェ!!」
男は青年の顔面を思いっきり殴りつけた。
鈍い衝撃が青年の頬に響く。
これで、常連は完全に確信する。この騒ぎの終結を。
殴られた青年はさして気にした様子も無い。
笑顔のまま、再び男の肩に手をかける。
「そうですか、静かにしていただけないのなら――」
青年はどこまでも笑顔だ。
一点の曇りも無いほど晴れやかに、その先の言葉を紡ぐ。
「お引取り願いましょう。強制的にね。」
数分後
「肩にかけた手で一人目を投げ飛ばし、飛んだ先に行って顔面に一発、足でみぞおちを貫いてから腹に四連打。今度は二人目のところに行き、足払いで転ばせた後馬乗りになって後頭部に一発、最後は思いっきり上から踏み潰しでおしまいかな。」
「残念じゃの、四じゃなくて五じゃ。」
「あれっ?見落としたか。」
「まだまだじゃの主も。というわけで、つまみ追加じゃ。」
「しょうがないなぁ、そういう約束だし。」
二人の視線の先には、完全に眼が明後日の方向を向いた二人の男。
そして、それを引きずる青年の姿があった。
「どうも、お騒がせ致しました。皆様ごゆるりとお楽しみください。」
深々と頭を下げた青年は、変わらぬ笑顔のままで店の奥へと消える。
店内は一変して静まり返った。
参加していた観客も蜘蛛の子を散らすようにばらけていく。
「ちゃんと見てたつもりなんだけどなー。どこで見逃したんだ?」
(そりゃあ、実際は四発じゃったからな。見逃しとらんさ。これもつまみのためじゃ。)
ドラの嘘に気づくことなく首を傾げるクロノ。
先ほどの青年の戦いを思い返すが、どうみても青年の拳は四発しか届いていなかった気がする。
二人が行っていたのはちょっとしたゲーム。
青年がどうやって男たちを倒したかというのを当てるだけの他愛もないゲームだ。
動体視力に自信のあるクロノからすれば楽勝だったはずなのだが、見事に外してしまった。
ドラが頼んだ料理がテーブルへと運ばれる。
「ふむ、それにしても相変わらず馬鹿は絶えんもんじゃな。この店で暴れようとは。」
あまり深く考えこまれても困るドラは話題を変える。
「知らなかったんじゃない?ここ初めてとかさ。」
酒場センターフィールドで喧嘩をするなんてことは自殺行為に等しい。
それはこの店に何度も足を踏み入れている客であれば、誰でも知っている常識。
絶対に犯してはならないタブー。
それを破ればさきほどの男たちのようになってしまう。
行うのは一人の青年。常に笑顔を浮かべたここの店主、ユウ・センターフィールドが行う制裁。
爽やかな笑顔とは裏腹に店に迷惑をかける者には決して容赦しない。
その事を常連は皆知っているため、ここでの喧嘩はスルーが推奨される。
「相変わらず強いなぁ、あの人。」
「引きずられていった男たちはどうなるんじゃろうな…」
「一応殺さない程度に教育した後、外に放り出すらしいよ。」
教育という言葉にどの様な意味が込められているかは本人以外誰も知らない。
ただ確かなのは、教育された人間は後日店の前で廃人状態で見つかるということだけだ。
「正直あのスピードは尋常じゃない。もしかしたら無意識の無属性かなーって考えたこともあったけど、魔法で火をつけてるの見ちゃったし。純粋なる鍛錬だと思うけど、何かなぁ。」
「鍛錬と言ってもあそこまで強くなれる気がしないと?」
「まあ、そういうこと。今度本人に聞いてみようかな。」
ユウの強さについて語る二人。
鍛錬といっても、細身の身体のどこにも鍛えた形跡はない。
その事実がクロノの思考を邪魔する。
(あれが無属性だとしたら、複数属性持ちになるな…ありえないか。)
この世界の人間である限り、複数属性持ちはありえない。
クロノは過去に一人知っているが、あれは例外中の例外だ。
結局いくら考えようとも答えは出ない。
頭の隅へと疑問を追いやろうとしたとき――
「そりゃあ、強いにきまっとるやん。ユウはこの国の優秀な兵士なんやで?」
後ろから声がした。
聞き間違えるはずもない特徴的な口調。
「…何の用だ…」
振り向くこともせずに、声の主へと言葉を返す。
「つれへんなぁ、まあええけど。」
ケラケラと笑うメイ。
人の多い店内では彼女の存在に気づいたものはいない。
「なーに、ちょっとした依頼や依頼。保護を頼むだけやって。」
「…保護?そんなこと、自慢の諜報部隊にでも任せればいいだろう。」
「残念ながら、そないうわけにもいかへんねん。」
メイはテーブルの上で手を組みながら神妙な顔で、大きく溜め息をつく。
「今のレオンハルト王国の状況を知っとるか?」
「?シュヴァイツを滅ぼしたことしか知らないが?」
クロノがシュヴァイツ壊滅の情報を聞いてから、既に一週間以上過ぎており、その話は世間一般に広まっている。そんな話をわざわざ確認したのか?と、言葉を続けようとするが先んじてメイが言葉を発する。
「世間一般的にはそうなっとるねんけど、実際はもっと進んどる。」
「どういうことだ?」
「レオンハルトに隣接していた国は、みな滅ぼされた。」
「馬鹿な!?攻撃を始めてから、まだ一週間くらいしか経ってないぞ!?」
クロノが驚くのも無理はない。
隣接する国は四つ、それらが全て滅ぼされたのだ。
僅か、一週間の内に。
「残念ながら事実や。ほんで次の標的はギール王国や。」
メイは静かに、そして淡々と事実を告げる。
「……それで、保護対象がギールにいるから俺に保護してこいと。戦時下で、万が一重要な部下が巻き込まれたりしたら困るから、使い捨て出来る俺に頼むってことか。」
見透かしたようにクロノが皮肉気に呟く。
「そういうこっちゃ。戦争自体はまだ、始まってへんけど。」
皮肉を意にも介さず、あっさりと肯定するメイ。
「ああ、それと保護さえしてくれれば後は戦争に参加しても構わへんよ。丁度あっちでは傭兵募集しとるみたいやし。」
「嫌だといったら?」
「言わへんやろ?」
笑みを浮かべながら、メイは言葉を直球で返す。
その言葉にクロノは反論することが出来ない。
「ほな、頼んだで~。」
小さな紙をクロノのテーブルに置いて、ヒラヒラと手を振り、店をメイは店を出て行く。
クロノがその姿を見送ることはなかった。
領主の館
暗い部屋の中でメイは佇んでいた。
手にはやたら格式ばった封筒。
中の手紙にはシュヴァイツ王国の紋章。
それは保護を依頼する手紙だった。
(なーんの、接点もない私の国に助けを求めるなんて相当焦ってたみたいね。)
思い浮かべるのはシュヴァイツ王国の国王。
今となっては、碌に顔を思い出せない。
(それとも、この国が一番安全って判断かしら。千年間難攻不落って言っても、今回はヤバイかもなのにねぇ。)
思わず苦笑してしまう。
そう考えると、先祖様たちは皆優秀だったのかもしれない。
この入れ替わりの激しい大陸で千年もこの国を維持してきたのだから。
(保護した後シュヴァイツの実権を握れると思えば悪くないけど、どちらにせよ勇者様を倒さないと意味無いしなぁ…そこら辺はクロノに期待しようか。)
保護したとしても、勇者を止められずこの国が滅ぼされたら意味は無い。
(さって、そろそろ私たちも前線に出る準備しないと…)
シュガー神聖国はあくまで中立。
どこかから攻められたときにしか、攻撃はしない。
そのやり方で千年間、国を維持してきた。
逆にいえば攻められれば攻撃をするということ。
軍隊を持たないこの国が千年間平静を保ってきた理由。
それを、知る者は今となってはごく一部だ。
(万が一に備えて、店の連中も集めておきましょう。)
暗闇の中でメイは一人、これからの展望を考えるのであった。
クロノが負けるという最悪のシナリオすらも、頭に入れながら。




