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追放された少年  作者: 誰か
戦争編
44/150

第三十六話

今までで、一番長いです。

一話の区切りテキトーすぎるな。

名探偵ドラ爆誕ッッ!

あれ、そんな話だっけ?


ベイポート市場


クロノたちがクラーケンと戦っている頃、カイとドラはひたすらに市場を回っていた。


「うーん、これも捨てがたいッスねぇ…アレを買う金も残さないといけないッスし…」


「まだ買うのか…?」


半分呆れ顔でドラが尋ねる。

既にカイの両手には、これでもかというほどの袋。

全て市場で買ったものだ。

カイの姿は道行く人の注目を集めている。


「まだまだッスよ。ベイポートにはまだまだ、あれやこれや色々なものがいっぱいあるんスから!」


「クロノといる時はこんな事なかったんじゃが、人間とはこういうものなのか…」


「ほらほら次行くッスよー。」


「こっ、これ、引っ張るでない。」


カイに引っ張られるドラ。

さまざまな物が並べられている市場を、縦横無尽に突き進む。

市場を奥へ奥へと進むとカイがある店を見て立ち止まった。

店頭に並べられているのはドラが見たこと無いものばかり。

どうやら、東の大陸のものを専門に扱う店のようだ。


「よっしゃー!ようやく見つけたッス。この前ので足りなくなったんスよね。」


並べられた品物の一つを見てカイが叫ぶ。


「なんじゃそれは?」


「ふふふ、これは教えられないッスねぇ。これがないと、新武器が使えないんスよ。」


「勿体振らず教えんか!」


ガブッとドラがカイに噛み付いた。


「痛い、痛いッス!!うう、しょうがないッスね…」


「初めから教えんからこうなるんじゃ。」


「兄貴には秘密ッスよ?驚かせたいんスから。これは――」




「――ふうむ、そんなものがあるとはのう。」


「東の大陸では大分前から使われてたみたいッスけど、こっちに入ってきたのは最近ッスよ。」


「こんな小さいのが、そうなるとは想像がつかんな。」


「加工は必要ッスけどね。さて、そろそろ買い物は終わりにするッスかね。」


「ようやくか…、この後はどうするんじゃ?」


「こっからは仕入れッスね。」


「まだ買うのか!?」


「今までのは、大体個人的な興味本位の買い物ッスよ?こっからは、安定して工房に物を届けてくれる仕入先を見て回るッス。さー、行くッスよー。」


(付いてこなければ良かったかの…)


意気揚々と進むカイを見て若干後悔するドラであった。




ベイポート市街


カイはとある店の中にいた。

店と言っても通常の店の中ではなく、交渉の場としてわざわざ造られたであろう室内だ。

椅子に腰掛け向かい合うのは老齢の商人。

頭は完全に白く侵食されているが、雰囲気は若々しい。


「じゃあ、今後ともよろしくお願いするッス。」


頭を深々と下げるカイ。


「いえいえ、こちらこそ。ウッドブック工房とは長い付き合いですからな。」


老齢の商人は笑いながらそう告げる。


「それでは」


「ええ、またいらしてください。」


顔馴染みの商人にもう一度頭を下げ、カイは店を出た。


「で、どうじゃった?」


店を出ると、外で腕組をして待っていたドラが話しかけてくる。


「仕入れはいつも通り変わらずってとこッスね。さり気なく値下げ交渉しましたけど、余裕でかわされちゃったッス。」


商人とのやりとりを思い出し、苦笑する。

交渉などと言ってはみたものの、実際のところ交渉の舞台にすら立てなかったという方が相応しい。

頭の中でシュミレートを何度も繰り返してみるが、どうやっても値下げして貰う未来が見えない。

それだけ商人とは経験が違うということだ。


(うーん、親父はあんなのと交渉して値下げとかしてもらってたんスねぇ…)


今は亡き父親に少し尊敬の念を覚える。


「次はどこだったッスかね。」


ポケットから、仕入先が書かれたリストを取り出しチェックをつける。

行っていない仕入先は後一つ。

ようやく終わりが見えてきた。

市場で買ったずっしりと重い袋を持ち上げる。

カイは鍛冶仕事をしているので比較的力はある方なのだが、それでも重いものは重い。


「さーて次でラストッスから、張り切って行くッスよー。」


「どこからそんな元気が出てくるんじゃ…」


「そりゃあ、武具のためならいくらでも元気になれるッス。さあさあ、ラストの鉱山へゴーッス。」


眼をキラキラと輝かせるカイに何か言うことも出来ず、ドラは言われるがまま付いていくことしか出来なかった。




鉱山手前製錬所


むせかえるほどに暑い熱気。

荒れ果てた大地。

鉱山でやることは主に三つ。

採掘、選鉱、製錬、である。

採掘は鉱山から鉱石を探すこと。

選鉱は採取してきた鉱石を使えるものと使えないものに分ける。

そして最後に行われるのが製錬だ。

鉱石を使えるように、色々なものに変える。

それは鉄であったり鋼であったりする。


今、カイとドラがいるのは三つ目の製錬をする製錬所だ。

鉱山から少し離れており、人影は多くない。

仕事の関係上熱を使うので、酷く暑い。

それもただ暑いだけでなく、蒸し暑いのだ。

だが、カイはそんな暑さも気にならないくらいに別のことに思考の大部分が占められていた。


「ええっ!?じゃあ、暫くは鉄鋼の仕入れは出来ないってことッスか!?」


「悪いな、なぜか選鉱組の方から少ししか回ってこねぇんだ。」


頭を掻きながら答える男。


「原因は何なんですか?」


ドラが子供らしい口調で男に尋ねる。


「さあなぁ、選鉱組が言うには採掘組の方から殆ど回ってこねぇらしいんだが、採掘組とはあんまり仲良くねぇから分かんねぇんだ。」


仲が良くないから分からないとはふざけてるな、とドラは心の中で吐き捨てた。


「それはいつくらいからですか?」


「めっきり量が減ったのは一週間くらい前だな。」


「俺採掘組の方に文句言ってくるッス。」


「おっ、おい待たんか。」


静かな怒りに燃えるカイを止めることはかなわない。

カイの意外な一面を見て、少し驚くドラ。

二人は蒸し暑い製錬所を出て、採掘現場へと向かった。




鉱山前採掘組休憩所


製錬所を抜けて少し歩くと、鉱山の入り口がようやく見えてくる。

大きな岩山にぽっかりと開いた黒い穴。

その前にはお世辞にも綺麗とは言えない、粗末な住居が軒を連ねている。


「ここッスねー。」


住居を一度見渡し、鉱山の入り口へと進む。


(ふむ、なにやら臭うな…これは……血…か?)


鼻につくわずかな臭い。

普通の人間には感じ取れないほどごくごく微量なものだったが、ドラにははっきりと感じられた。

住居の間を歩いていると、人の列が一軒の家の前に出来ている。


(臭いはあそこからじゃな。)

「ほれ、あっちに行くぞ。」


カイを引っ張って進路を無理やり変える。


「えっ、何かあったんスか?」


「いいから、こっちじゃ。」


ドラに連れられ、向かった先でカイがみたものは―――



何人もの男が血だらけで、一軒の家の前に並ぶ姿だった。


大抵は軽傷のようだが、血を見慣れていないカイにとっては中々におぞましい光景だ。

ぼんやりとその姿を見ていると、鉱山の入り口からまた一人の男が担がれ飛び出してきた。

素人目から見ても重傷だとすぐ分かる。血で顔が見えないほどに出血している。

担がれた男は列を無視して一目散に、奥の住居へと入っていった。


「何スか……これ?」


「さあ…な、良くないことが起こっているのは確かじゃろ。」


暫しの間その光景を眺めていた二人だったが、一向に列が収まる気配は無い。


「今日はもう突入中止だ!中止!先生の魔力が尽きる!!」


列を作っている家から一人の男が出てきてそう叫んだ。

並んでいる男たちから、不満が漏れる。


「俺たちはどうなるんだ!」


「このまま放置か!?」


「ふざけんな!!」


もはや列の男たちは半分暴動の状態だ。

怪我をしているのによくそこまで声を上げられるなと、カイは感心してしまうほどだ。


「待ってください!」


凛と通る声が響き渡る。

家から出てきたのは、白い服を身に纏った女性だった。

白いのは服だけではない、肌も透き通るように白く美しい。

男だらけのこの場所には似つかわしくない。

手はところどころ血が付いており、眼の下には深い隈が出来ている。


「今ここに並んでいる人たちは皆ちゃんと治療いたしますので、もう暫く待っていてください!」


そう言い放ち女性は家へと戻っていった。

場は一気に静まりかえり、誰もが口を噤んだ。


「なんか…凄いッスね…。」


「………」


ドラはなぜか家の方を見つめて、視線を外そうとしない。


「どうかしたッスか?」


「……いや、なんでもない…ほれ、とっとと行くぞ。」


「ええっ?どこにッスか?」


「決まっておろう、鉱山の中じゃよ。」


さも当然のように言うドラ。


「や、やばい予感しかしないんスけど…」


「儂がおるのじゃぞ?危険などあるわけがなかろう。」


「せめて、何があるのか話を聞いてから…って、もう入り口に行ってる!?待って欲しいッス。」


自信満々なドラを相手に嫌ですとは言えずに、トボトボと鉱山の入り口へと歩き出すカイ。


入り口の前には一人の若い男が立っていた。

眼の下には深い隈。

格好から想像するに採掘組の人間だろう。

男を無視して、黒い穴へと進もうとするドラ。


「お、おいちょっと待てよ!」


横に立っていた男は無視されるとは思っていなかったのか、慌てて止めに入る。


「何ですか?」


「何ですか?じゃないだろ。さっきの中止の声聞こえなかったのか?」


「申し訳ないッス、俺たちここに来たばかりでよくわかんないんスよ。」


すかさずカイがフォローを入れる。


「新入りか?だったらここに近づくのは止めとけ、今ここは魔物の巣窟だからな。」


「魔物の巣窟?ここは鉱山ですよね?」


「ほんの一週間前まではな、朝起きたらいきなり魔物が巣食ってたんだとよ。俺もその日ここに来たばかりだから詳しいことは知らねえけど。で、今は皆でそれを討伐中ってとこだ。」


「ギルドに依頼とかはしないんですか?」


「出てるのも大して強くないゴブリンだしな、鉱山で鍛えた男たちが負けるわけねぇってことで頼む気はないらしい。実際死者を出さずにゴブリンの数は着実に減ってる。油断したらさっき運ばれたやつみたいに大怪我することもある。先生がいなかったら、戦況は怪しかっただろうがな。」


「先生?」


「おう、俺たちは皆そう呼んでる。あそこに人の列があんだろ?」


指さした先には先ほどの人の列。

少しずつだが人は減っている。


「傷ついた奴はみんなあそこに並んで、先生の魔法で治してもらってるんだ。しかも、救ってくれたお礼です、って無償で直してくれるしな。まったく、先生様々だぜ。」


(やっぱり、凄い人だったんスね。)


(……先生か…お笑いじゃな…)


「加えてあの美貌だろ?男共はみんな狙ってる。かくいう俺も…、ってんな話はどうでもいいじゃねぇか!」


「いや、そこまで聞いてないッスよ…」


勝手に自爆した男にカイは冷静に突っ込む。


「先生はいつからここに?」


「ゴブリンが来る少し前らしいな、この近くで行き倒れてたらしい。新入りだから、その時の状況はしらねえな。」


それっきりドラは口に手を当て黙ってしまった。


「ゴブリンのお蔭で新入りの俺なんかここの見張りしかやらせてもらえねえし。見張りなんて夜通しで俺だけ。ったく、早く消えて欲しいもんだぜ。俺は鉱山に働きに来てんだよ。」


「大変ッスね…ってことは、暫く鉱石も採れないっと…はぁ…」


残念そうにため息を吐くカイ。


「だな、鉱山に入ったやつも、魔物が棲みついてから全員鉱石なんざ一かけらも採ってきちゃいねえ。そこまで余裕ないからな。そういうわけだから、お前らを通すわけには行かないんだ。ほら、行った行った。」


男は二人をシッシと手で払う。


「ほら、戻るッスよ。」


ドラを引っ張るカイ。

対して、ドラは動こうとしない。


「鉱山の中がどうなってるか分かります?」


「知らねえな、俺はここに来て一度も鉱山に入ったことないからな。」


(……なるほどな…しかし、ゴブリンをどうやっておるのかが分からん…)


「失礼したッスー。」


ドラはカイに引きずられ男の前から退場していった。




「うーん、原因は分かったッスし、帰りましょうかね。聞けばそろそろ、ゴブリンは殲滅できるらしいッスし。」


「何を言っておる、とっとと殲滅してくるぞ。」


入り口から少し離れた場所で、二人は話し合う。

住居からも離れており、人目につくことはない。


「あの人がいる限り、中には入れないッスよ?」


「なーにどかすのは、簡単じゃよ。」


「出来れば騒ぎにならない方法でお願いするッス。」


「なんじゃ、止めはしないんじゃな。」


「止めても無駄なのは分かってるッスよ。それに、早く再開できるに越したことは無いッスしね。」


「では、始めるとするかの。」


ドラは意地の悪い笑みを浮かべ、早速行動へと移す。

一つの確信を得ながら――





見張りの男は退屈そうに鉱山の入り口前で突っ立ていた。

ここに来てから三日間ずっと見張りしかやっていない。

見張りと言ってもゴブリンは鉱山の中から出てくることはないので、気楽なものだ。

退屈すぎてもう辞めてしまおうかとすらも、考えている。


「よう。」


野太い声。

筋骨隆々の男、記憶が正しければ同じ採掘組の先輩だったはずだ。


「何か用ですか?」


にこにこしながら、近づいてくる。

正直男のにやけ顔は気持ち悪い。

何だろうか?

少し心の中がざわめき立つ。


「これから先生の家で、飯を食わないかって話になったんだがお前もこないか?ちなみに手料理らしいぞ。」


「マジですか!?喜んで行かせてもらいます。」


すぐさま、提案に飛び乗った見張りの男は一目散に入り口の前を放棄し飛び出していった。





「やれやれ、こんな感じでよかったのか?」


「うん!ありがとう。」


見張りのいなくなった穴の前で、男とドラは仲よさそうに談笑していた。


「ったく、子供のいたずらにしちゃあ内容が酷いな」


「えへへ~」


「まっ、いいけどよ。アイツも先生を狙ってるって事が分かったわけだし。これでいきなり部屋に入って嫌われるがいいさ。ハハハ」


勝ちを確信した顔で男は笑う。


「じゃあな、こんなところで遊んでないでとっとと家帰れよ。」


「ありがとう、お兄ちゃん。またね。」


「おう、じゃあな。」






「こんなに上手くいくとは思わなかったッスね。」


「人間の雄は嫉妬深いということじゃの。」


男を見送り誰もいなくなった入り口の前で二人は作戦の成功を喜んだ。

ドラがやったことは特に説明する必要もないくらいに単純なことだ。

先生に対し好意を持っている人間に、ドラが門番の男にいたずらをしたいと持ちかける。

子供だからそこまで警戒心はもたれないだろう。

内容は先生に関すること。

そして成功したら、先生に嫌われそうなこと。

それさえ満たせば内容は何でもよかったのだ。


「さて、行くとしよう。」


「…あまり行きたくないんスけど、しょうがないッスね。」


覚悟を決めた顔でカイは諦めたように、言葉を発した。

ドラは意気揚々と、カイは少し怯えながら暗い暗い鉱山の中へと入っていった。



鉱山内部


中に入ると、一気に視界が狭まる。

たいまつの炎があちこちに付いているものの、やはり外と比べると暗い。

ゆらゆらと揺らめく炎。人口的に造られた細い坑道。

奥からはゴブリンのものと思われるうめき声が、不気味に鳴り響く。


「ああ、もう帰りたくなってきたッス…」


不安そうなカイはとても弱気で、逃げ腰になりながらドラの後を付いて歩く。


「こっちじゃな。」


鉱山の中は幾つかの分かれ道があり、どの道を通るかはドラが決める。

そうして、二つほど分かれ道を過ぎた。

未だにカイは恐ろしいのか、足取りが重い。

その時


ベチャ


という歪な音が前を歩く、ドラの足元から聞こえてきた。

カイの位置からは暗くてよくみえない。

気にした様子も無く通り過ぎるドラ。

カイもドラが歩いた場所を通りすぎようとする。


ベチャ


やはり、同じ音が響く。

恐怖心を必死にこらえながら足元に眼をやるとそこには――



顔が潰れたゴブリンの凄惨な死体が転がっていた。


「うぎゃああああああああ!!!」


男とは思えないほどに高い声が、洞窟に響く。

その声は反響してより一層遠くまで響いた。

激しい嫌悪と吐き気に襲われる。


「なーにやっとるんじゃ。」


「いやいやいやいや、これは驚いてもしょうがないッスよぉ!!」


「こんなもの、この先に行ったら嫌でも見ることになるぞ?」


「…俺もう、帰っていいッスか?」


「ここから無事にゴブリンに会わず抜けだせるというならな。」


カイはこの言葉に身を震え上がらせる。

戦闘などまるでしたことがないカイには、恐怖しかない。


「ま、大丈夫じゃよ。ゴブリンなんぞ所詮Fクラスの雑魚中の雑魚じゃ。ばったり遭遇しても余程運が悪くない限り死なんさ。」


安心させる為に言ったドラだったが、今のカイには逆効果で、運が悪かったら死ぬということだけがインプットされてしまう。


「…もう、会わないで帰ろう…」


「それは無理じゃな。」


ドラが断言する。

意味が分からず首を傾げていたカイだったが、異変はそこまで迫っていた。

ドドドと雑な足音が近づいてくる。それは坑道の奥から。

その音は段々近づいてきており、距離を詰められている。


「お出ましじゃな。」


目の前に現れたのは醜く、見るものに嫌悪感をあたえるような緑色のゴブリンだった。

耳は尖っており、大きさは人間より少し小さい。

首には不釣合いな首輪をつけている。


(…あれは…そういうことか…)


「出たああああああ!!」


絶叫のカイ。恐怖心を抑えることが出来ず半分パニック状態だ。


「キィィィィッ!!」


声とも悲鳴ともとれる不気味な声を上げるゴブリン。

それすらもカイの恐怖を倍増させた。


「早く、早く、倒しちゃって欲しいッスううう!!」


「うーむ。」


悠長に上を見上げ何かを確認するドラ。


「何してんスか!?」


「…それがのう、ここが狭すぎて龍化出来んのじゃよ。龍化したらここが崩れてしまう。」


ばつの悪そうな顔で、カイに振り向く。


「えええええええええええ!!?」


「すまんがやっといてくれ、荷物くらいなら持ってやるぞ。」


カイから重そうな荷物を受け取り、というより奪い後ろに下がるドラ。

ゴブリンが一歩一歩距離を詰めてくる。

数は二匹。手には粗末な棍棒らしきもの。

パニック状態になってしまった脳みそはハイテンションを維持し続ける。


「無理だろうううううううううう!!」


テンションメーターを振り切って制御不能になってしまったカイには、最早何も考えることは出来ない。

しっかりと、ゴブリンを見ることすらも出来なかった。


「ほれ、そろそろしびれを切らして飛び掛ってくるぞ。」


「なーに暢気なこと言ってんスかああああああ!!!って、来たああああああああああ!!」


襲い来るゴブリン。

混乱する頭で解決策を考えるが答えがでない。


「うわああああああああああああああああ!!!!!」


この日一番の絶叫を上げる。

解決策が見出せない。

すぐそこまで迫ったゴブリン。

カイは無我夢中で、なにかを手に取る。

なにを手に取ったのかすらも分からないまま、眼を瞑りながら必死にそれを振り回した。

何発か手に当たった感触があるが、それでもひたすらに振り回し続けた。


「ギィィイッッ!!」


その声は悲鳴。

ゴブリンの叫びではなく悲鳴。

耳障りな声。

その声にもカイは気づかない。

手が疲れる。腕が痛い。

どれくらい回しただろうか。


「上出来じゃな。」


後ろから聞こえて来たのはドラの声。

その声で現実へと舞い戻る。

もう、ゴブリンの鳴き声は聞こえない。

意を決して眼を開けてみると、既に目の前にはゴブリンなどいなかった。


「…あれ?…」


頭も急速に冷え、視界が開ける。

視界の中にゴブリンは見当たらない。


「ゴブリンなら逃げて行ったぞ。」


疑問に答えるかのようにドラの声が坑道に響く。

先ほどまで振り回していたものに眼をやると、それは坑道を照らす炎が灯されたたいまつ。

揺れる炎が輝きを放っていた。


「どうなってんスか?」


「お主に恐れをなして逃げて行ったんじゃよ。」


「…え?…」


信じられないといった顔で聞き返す。

やったことといえば、たいまつをがむしゃらに振り回しただけに過ぎない。


「言うたじゃろ?ゴブリンなんて所詮雑魚中の雑魚なんじゃよ。」


「あれ?でも採掘組の人は怪我してたッスよ?」


「集団のゴブリンに襲われたらな、今みたいな一匹やら二匹程度なら楽勝じゃ。」


「へぇー、そうなんスか…」


「ほれ、先に進むぞ。まだまだ先は長いんじゃ。」


カイの横を通り過ぎ前へと進むドラ。

その後を少し遅れながらカイは付いていく。

二人は奥へ奥へと進む――




ゴブリンに遭遇してから数分。

あれから、ゴブリンは見かけない。

幾つかの死体は転がっていたが。

カイは少し落ち着きを取り戻していた。

先ほど自分で撃退したのが、多少なりとも自信を持たせていたのだ。

足取りは相変わらず重いのは変わらなかったが。

暗く深い坑道内。

ゴブリンの影どころか声すらも聞こえない。


「もう、いないんスかねえ。」


「そんなわけないじゃろ。」


坑道を進むと、見えたのは光。

暗い坑道よりも断然明るい。

カイは光を目指していち早く走り出す。


「ようやく、光が見えてきたッスよー。」


「こっ、これ待たんか」


ドラを追い越し、明るい部屋へと駆け込んだ。

その先に見えたのは――


「………スイマセン、マチガエマシタ」


眼を覆いたくなるほどの量のゴブリンが獲物を待ち構えていた。



「ギァァッァァ!!」

「ギィィィィッ!!」

「ギゥゥゥゥァッ!!」


耳に入れるのも嫌になるほどにうるさい鳴き声。

似たような声の耳障りな合唱。


「大丈夫、俺はやれるッス…俺はやれる俺はやれる…」


自分に言い聞かせ、足が震えるのを抑える。

思い出すのは先ほどの撃退したイメージ。


「よしっ、来るッス!!」


近くにあったたいまつを手に取り、覚悟を決めた。

直線的に襲い来るゴブリンから少し横にずれ、攻撃をかわそうとする――


が、部屋を埋め尽くすゴブリンの群れをよけきれるはずもない。

かわした先にもゴブリンが、逃げた先にもゴブリンが、攻撃の暇を与えない。


「どうすれば…うわっ!!」


腹に鈍い衝撃が走る。

足元には醜い顔のゴブリンがニタァと笑っていた。


「しまっ…」


続けざまに襲い来る衝撃。

迫り来るゴブリンの群れからよけなければ、という考えを実行に移すことは出来ずカイは意識を失った。




「ふむ、ちょっとスパルタ過ぎたかの…」


左手にカイを持ちながら、ドラは呟いた。

ゴブリンの群れは何が起きたのか分からず、右往左往している。

意識のないカイ。出血は見られない。

蠢くゴブリンの群れは、大きく丸い眼をギョロリとドラに向け照準を合わせる。

しかし、ドラはその視線を意にも介さない。

まるで、彼らなど存在しないかのように。


「まあ、自分から向かって行ったのは成長と言って良いか。」


あくまでのんびりと、ドラは独り言を呟く。


「さて、そろそろ始めるとしよう。」


ゴブリンがドラの眼を見つめる。

黄色く冷たい眼。

動けない、足が震える。

本能的にゴブリンは感じ取る。

目の前にいる人間が人間などではないことを。

眼を見たが最後、底知れぬ何かに触れてしまったように、動くことを許さない。


「来るがいい憐れな下郎共。なに、臆するでない、貴様らの命は儂が残らず刈り取ってやろう。」


そう静かに、だが重く通る声で、ゴブリンに告げた。


今ここに最強の龍としての圧倒的な力が顕現する。




ベイポート市街


クロノとリルは食事をとっていた。

異国の料理が並ぶテーブル。

リルは眼を輝かせながら、頬張る。


「おいしーーー!」


「あんまり、一気に食べるもんじゃないよ。」


「だってー美味しいんだもん。」


忠告も聞かず皿の上の料理を次々と飲み込んでいく。


「お腹壊しても知らないよ?」


「だいじょーぶ、これくらい腹ごなしだよ。」


笑顔でそう答えるリル。


「ドラといい、リルといいよくそんなに食べられるね。俺だったら、戦闘時にそんなにお腹に残ってたら動けなくなりそうだよ。」


「食べられるだけで幸せだもん。」


(地雷を踏んじゃったかな…)


リルは食べられない苦しさをよく知っている。

孤児院にいたときも、孤児院を出た後も満足に物を食べられなかったのだろう。

クロノは昔を思い出すようなことを言ってしまった自分の失態を恥じる。

当のリルは気にした様子なく食事を進めていく。


「そういえば、ドラ君が戦ってるところってみたことないなー」


「ドラは目立つから、あんまり戦闘しないしね。どっちの姿でも。」


「ドラ君ってドラゴンなんだけど、強いの?」


純粋な好奇心でリルは尋ねる。


「強いよ、かなり。」


力強く答えるクロノ。


「じゃあ、クロノとドラ君はどっち強い?勿論クロノだよね!」


聞いておきながら自分で答えを出すリル。


「そうだね、一対一なら俺の方が上かな。ただ…」


「ただ?」


勿体ぶるように一度間を置いてから、その先の言葉を続ける。


「多対一ならドラの方がずっと上だよ。俺よりもずっとね。」





鉱山内


それは、戦闘などではなかった。

それは、戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的で、理不尽なものだった。

それは、圧倒的暴力であり、圧倒的虐殺。

散らばるゴブリンの死体。

あるものは首から上が吹き飛び、あるものは足も腕もなくし、ただ死を待つだけとなっている。

その中心にいるのは一人の緑髪の少年。

手はゴブリンの緑色の血に塗れ、髪とは違った汚い緑との差を如実に表している。


「本当に憐れじゃの。」


足元で呻いていたゴブリンを踏み潰し、一人ドラは呟いた。

視線の先にはゴブリンに付けられた首輪。

ここで行われたのは至極単純な話。

ゴブリンを素手で全て殺した。それだけのこと。

魔法も何も使わずに、純粋なる力だけで。


「まだまだ残っておるな。」


鼻で臭いを確認し、鉱山内の獲物の数を確認する。

それはドラ以外には感じられないほどの微量な臭い。


「さすがに全部回るのは骨じゃな。まとめて仕留めるとしよう。」


そういうとゆっくりと眼を閉じた。

身体を一時的に龍と同化させ、完全に力を引き出すために。

眼を閉じたままカイの眠る細い坑道へと歩みを進める。

そしてカイを追い越し、後ろへと追いやる。


「これで終わり、じゃな…」


憐れみながらそう呟き、眼を見開く。

そして、龍としての力の一端を口から灼熱の焔に変えて放った。

その焔は通常の炎ではなく、最強の龍としての焔。

それは坑道内をありえない軌道で、ありえないスピードで、瞬く間に満たす。

一瞬で煌く焔が坑道を支配する。

迫る焔に、全てのゴブリンは反応することも許されない。

ゴブリンを燃やし尽くす業火。

魔力の込められた焔は燃え残ることも無く、煌きを残して消えた。

後に残ったのは、ゴブリンの燃えカスだけ。

完全に消し去ったのを確認してから、ドラはカイを背負いゴブリンの死体から首輪を引き抜いた。


「さて、まだ最後にやることがのこっとるんじゃったか。」




鉱山から離れた草原


(全部消されたな。まあ多少は稼げたから悪くはないか。)


魔力の繋がりが消えたことで、ゴブリンの全滅を知った。

心の中でほくそ笑む。

手元には大量の金。

全て今回のことで稼いだ金だ。


(しかし、全て消されるとは…もう少し粘れると思ったんだが…)


計画では後三日は持つ計算であった。

しかし、現実として今日全てのゴブリンが消されてしまった。

金はあまりかかっていないが、手間を考えると今回のことは成功とは言えない。

その事実に少し苛立つ。


(今度はもう少し強いので試すことにしよう。また別の場所でな…)


人気の無い草原を一人歩く。

すると、突如背中に悪寒を感じた。

危険な死の予感。

振り向いてみると、そこには見知ったと呼べるほどには深くない付き合いの顔があった。


「久しぶり!とは言えないかな?さっき会ったばっかだしね、見張りのお兄さん?」


「おお、さっきの坊主じゃねぇか。どうしたんだこんなところで。」


「お兄さんこそ、どうしてこんなところに?先生の家には行った?」


ドラはあくまでも子供らしい口調で、男に尋ねる。


「何でお前がんなこと知ってんだ?行ったけど、すぐさま追い出されちまったよ。ハハハ」


豪快に見張りの男は笑う。


「ふーん残念だったね。で、どうしてこんなところに?」


「見張りしかやらせてもらえない現状に嫌気が差してな、仕事辞めちまったんだよ。」


平静を装い冷静に答える男。

ドラは興味がないかのようにふーんと言うだけだ。


「もう行っていいか?新しく仕事探さなきゃ行けないんでな。」


「そうそう、最後にお兄さんに聞きたいことがあったんだよ。」


「聞きたいこと?」


「そう、とっても重要なことなんだー」


そう言ってドラがポケットから取り出したのは、首輪。

普通の人が見れば普通の首輪だが、あるものにとっては特別な意味を持つ。

取り出した瞬間、男の眼が鋭くなる。

両者の間にはピリピリとした緊張感が走る。


「それは…首輪か?」


「そうだね、付け加えると隷属の首輪だよ。お兄さんの…ね。」


とぼけようとする男にドラは淡々と事実を告げる。


「……どこで知った?」


「存外潔いの、もう少しとぼけるもんじゃと思うとったんじゃが。」


男の空気の変化に合わせてドラも口調を変える。

さきほどいた、見張りの男と少年ではなく二人とも別の何かへと顔が変わった。


「ここでとぼけるほど馬鹿じゃないさ。もう、全部知ってるって顔だ。」


「最初におかしいと思ったのはお主の臭いじゃよ。」


「臭い?」


「儂の鼻は人間よりも敏感でな。お主はこう言うた、一度も鉱山内には入っておらんと。それなのに、お主からは魔物の臭いがプンプン臭った。まずそれが一つ。」


「他には?」


「魔物が出てきてからは、鉱石を採ってきたものはいない、と言うた事じゃ。儂はあそこに行く前に、製錬所にも行ったんじゃ。少ししか鉱石が回ってきていないと言うとった。しかし、採ってきたものはおらんのじゃから、少しも何もあるわけがなかろう。そこで思った。誰かが採掘組が機能しているように見せかけるために、夜な夜な入って少しずつ採って選鉱組に回しておるんじゃないかとな。その時点ではどんな手段で魔物を操っておるか分からんかったがな。まさか、全てのゴブリンに隷属の首輪を付けてるとは思わなかったがの。」


「ゴブリンは捕獲が楽だからな。一体に付けちまえば、あとは仲間の振りしたそいつに任せるだけで群れ全てにつけられる。その首輪も一応魔物用に改良してるんだぜ?主人と魔力でのやりとりを可能にしたりな。」


男は誇りながら笑う。

そこに見張りの男としての面影はない。


「目的は金じゃな?鉱石を貴重なものにして、別のルートに流す。通りで市場の鋼の値段が高いわけじゃ。」


「まあそれもあるが、実験がメインさ。魔物用の首輪のな。」


男も自分のポケットから首輪を取り出し、指で弄ぶ。


「実用化すれば、良い商品になる。それが今回の目的。」


「下衆じゃな。ゴブリン以下じゃ。」


視線でやりとりを交わす二人。

その間にはなんともいえない緊張感。

草原の上で向かい合う。


「さて、お前にはとりあえず死んで貰うとするか。悪いな。」


「そう簡単に死にたくはないんじゃがな。」


「まあそういうな。抵抗しなければ楽に殺してやるさ。」


軽く笑いながら喋る男。

男は手を高く掲げ、話している最中に溜めていた魔力を風に変えて解き放つ。


「あばよ。」


突如として出現する風の渦。

吹き荒れる風は小さな竜巻となって標的を飲み込む。

ドラは膨大な風に包まれ、渦の中へと消えた。

男は最後までそれを見ることなく、背を向ける。

やがて背中で風が収まったのを感じた。


「お前なら、助手に欲しかったかもしれねえな。」


そう呟いて立ち去ろうと、歩きだしたとき


「そうか、儂は死んでも勘弁じゃな。」


と、声がした。

それは、殺したはずの人間の声。

しかし、確実に聞こえた。

驚きながら振り向くと、そこには――



自分が作りだした風の渦よりも大きい、巨大なドラゴンが圧倒的プレッシャーを持って君臨していた。


「温いな、リルの足元にも及ばんぞ?」


先ほどとは違う、少年の声ではなく凛とした低い声が草原に響く。

一目で分かる、これは勝てない。

確実と言っていいほどに。

本能が戦うことを拒絶していた。

だが、それ以上に男は別の感情に支配されていた。

それは、喜び。これこそが、自分の求めたものだと。

これを支配してこそ、首輪は完成するのだと。

湧き上がる感情を抑えきれずに男は笑っていた。


「これで終いじゃ。」


その声も男の耳には届かない。

そして、ドラは鋭く光る爪を勢いよく振り下ろした。

陽に照らされ、光る爪を男が視界に捉えられたのかは分からない。

ただ、男は引き裂かれるその瞬間まで笑っていた。

爪が振り下ろされた草原には、鋭い爪痕と原型をなくした男の死体が残るだけ―――



ベイポート近郊


「…う、うん?」


カイが眼を覚ましたのは既に陽が紅く染まり、陽も落ちかけた夕暮れだった。

身体を動かしていないのに身体が揺れている感覚。

本日二度目となる感覚だ。

ただ最初と違ったのは、背負われているのが自分より小さな子供だということ。

自分を背負いながら、両手にはこれでもかというほどの荷物を抱えている。


「起きたかの?」


「あれ…俺はどうしたんスかね?」


ぼんやりと記憶を探るが答えは出ない。


「覚えとらんのか、ゴブリンの群れに襲われて気絶しておったんじゃよ。」


「…あっ、そういえば…」


「ま、目立った傷はないとのことじゃ。」


「誰かに診てもらったんスか?」


「まあ、ちょっとした古い知り合いに…な。ほれ、急ぐぞ、そろそろ待ち合わせの時間じゃ。」



数十分前

先生の家


治療を終え、列を消化した彼女は一人家の中で佇んでいた。

最低限のものしか置かれていない室内。

しかし、それすらも彼女にとっては不要なものだった。

今彼女の頭を占めるのは、ある一つのこと。

血の臭いの中でわずかに感じた、懐かしい匂い。

ここにいるはずもないのに、なぜかそう感じた。


キィッ


不意に家のドアが静かに開いた音がした。

誰だろうか?昼間みたいな、勘違い男だったらどうしようか?などと考え、ドアへと向かう。


「久しぶり…じゃの。白龍スノウ。」


その声に聞き覚えはない。しかし、確実に知っている。

ドアの先にいたのは緑髪の少年だった。

それに、自分よりも大きな青年を背負っている。


「今日はこやつを診てもらいに来たんじゃから、先生と呼ばせてもらおうかの?」


そういうと、少年はずかずかと中に入り込み背負っていた青年を下ろした。

とりあえず青年の診察をしてみると何てことはない、目立った外傷もない気絶だった。

聞けばゴブリンに襲われたのだという。

魔物の臭いがする、気絶した青年よりも目の前にいる少年から。

それは彼が本来持つ匂いと混ざり合い、異様な臭いを放っていた。


「ふん、人間に先生などと龍であるお主が言われるとはお笑いじゃの。」


「……貴方はどうしてここに?」


「ちょっと野暮用があってな。お主も気づいてはおったのじゃろう?」


いたずらっぽく笑う少年。

確かに気づいてはいた。異変の原因に。そして、誰がやったのかも。


「…貴方のことですから彼を殺したのでしょうね。」


「まあな。」


「私は人を殺すということがしたくなかっただけです。あのペースであれば、もう少しでゴブリンは殲滅出来ました。そうすれば彼も、諦めて去って行ったでしょうに。」



「それまで、何人もが傷ついてもか?」


「……そうです。傷ついたなら、私が全て治せばいい。傷はいくらでも治せますが、死んでは治すことが出来ませんから。」


少年は嘲笑う。それは皮肉げに。

まさしく嘲笑と呼ぶものだった。


「本当に、そんなので先生とはお笑いじゃな。目の前にもっと良い術があるというのに、あえてそれをしないとは。」


「私は貴方のようなやり方が、正しいとは思いません。人の命は尊いのですから、悪人であっても。」


「分からんな、やはりお主とは相容れん。昔からな。」


「そうですね、私もそう思いますよ。」


視線を交錯させる二人の龍。

冷え切った視線。


「私からすれば、貴方がそんな姿でいることの方が驚きですよ。人間好きの私とは違って、人間を下等種族として見下していた貴方がね。」


「…なーに、掟というやつじゃ。」


「掟?そんなもの今となってはあって無き様なものでしょう?」


「……」


少年は答えない。


「まあ、いいです。私には関係のない話ですから。」


彼女はそう言って話を切った。

二人の間には気まずい沈黙が流れる。


「では、儂はもう行くとしようか。主を待たせておるのでな。」


「ええ、ではまた。また会うことがあるかどうか怪しいですがね。」


少年は青年を背負って家を出て行く。

その姿を少し、名残惜しく感じながらも留めることはしない。


「…貴方は昔よりも楽しそうに笑ってましたよ。」


完全に姿が見えなくなった後で、そう呟いた。

空はどこまでも紅く、とても綺麗な夕暮れ。

陽の奥へと消えていったその姿を彼女はいつまでも、見つめていた。










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