第三十五話
クロノ力技で何とかしすぎだろ…
あれ?刀持ってたら沈むだけじゃね?と思ったので前話少し修正しときました。
次回はカイメインになりそうです。
次々回から、本格的に戦争編かなー
海に潜む魔物の眼が一斉にクロノに向けられる。
どうやら獲物として認識されたらしい。
一体の触手が物凄いスピードでクロノに迫る。
(避けられない…な。このまま捕まって海上に顔を出してくれるなら好都合だけど、海中に引きずり込まれるよなぁ…。こんなことなら船で来ておびきだすんだったか?)
クロノが船で来なかったのには理由がある。
リルの成長を見るためというのもあるが、実際は巻き込まないようにするためだ。
船でくれば海底から攻められて、一撃で沈没する可能性は高い。
それでもリルやクロノはどうにかなるが、船の乗組員は危ない。
二人とも航海ができないので、乗組員が必要になるのだ。
頭の中で、自分の選択は間違えていないと言い聞かせる。
船よりも大きな魔物の触手がもうそこまで迫っている。
触手ですらも家の柱かと思うほどに太い。
(クラーケンは確か眼と眼の間が弱点って聞いたけど、この状況じゃ無理だし。ひとまずレベル4にしておくか。)
襲い来る触手をかわすこともままならず、あっさりと捕まってしまった。
水中で身体が通常よりも力が出ないのだ、無理やりレベル4で強化はしているがそれでも通常より力は出ない。
ギュウッと締め付けられる身体。
巻きつく触手は更に力を強める。
しかしクロノは顔色一つ変えることは無い。
両手の力だけで、クラーケンに抗っているのだ。
それでも徐々に海の底へと引きずりこまれていく。
(…さすがにキツイなこれは…。一気にやってしまおう。)
心の中でそう決め魔力を全身に行き渡らせる。
神経の隅々まで意識を行き渡らせ、完全に心を落ち着かせて、ある言葉を心の中で静かに発した。
(レベル5――)
海上
「クロノ遅いなー。」
暢気にリルはそう呟いた。
その言葉には何も心配の色はない。
ただ、遅いことを疑問に思うだけの声だった。
リルはクロノが負けるわけないと信じている。
恐らく本人よりも。
クロノが引きずり出してくると言ったのだから、それをただ信じて待つだけ。
「?」
何か音が聞こえる、海から。
ボコボコという音。
海上に現れたのは気泡。
「クロノ?」
泡の数は次第に増えていく。
不思議に思いながら海を見ていると、突然――――海が真っ黒に染まった。
青い海は突如として、暗黒の世界に変わる。
そして一つの影が姿を現す。
「リル!俺を引き上げてくれ!」
姿を現したのはクロノだった。
海に入る前に被っていたフードは完全になくなり、上半身が露になっている。
言われるがままクロノを風で引き上げると、タッチの差でクロノがいたところに赤く黒い触手が顔を出した。
「危ない危ない。ようやく顔を出してくれた。」
リルはクロノを自分のいる地点まで上昇させる。
「助かったよリル。」
「何があったの?上の服も無くなってるし…。」
「一回捕まっちゃったんだけど、レベル5にしてクラーケンの触手を振りほどいて逃げてきたんだ。服は浮上するのに邪魔だったから捨ててきた。」
平然とクロノは振りほどいたなどと言うが、普通ではありえない。
自分の何倍もあろうかというものを、力の制限される海中でやってのけたのだ。
しかし、リルはその事実に驚くことはしない。
クロノならそれくらい当然だと思っている。
海の上ではクラーケンが丸い頭を海上に出し、黄色い眼で二人を見つめる。
「これで戦える。リル、剣を…。」
クロノの言葉にリルは答えない。
「リル?」
「…いいよ、クロノは休んでて、ここからは私がやるから。」
リルの眼が変わる。
子供の眼ではなく、狩りをする眼へと。
クラーケンと交錯する視線。
リルはゆっくりと眼を閉じてイメージを固める。
一撃で仕留めるために膨大な魔力を具現化させる。
風が、吹き荒れる。
イメージするは刃。切り裂く敵はすぐそこに。
そして、リルは、眼を、ゆっくりと、見開き、刃を、放った。
風の刃はまっすぐに進む、敵にめがけ。
次の瞬間――
顔を出していたクラーケンは頭から真っ二つに分かれていた。
仲間の異変に気づいたのか、海の底から何匹ものクラーケンが顔を出す。
彼らは気づけない、仲間を襲ったそれに。
顔を出したことが命取りになるということにも。
風の刃が襲い来る、そのどれもが寸分の狂いなくクラーケンの身体を切り裂いていった。
スパッ
そんな擬音が聞こえてきそうなほどにあっさりと。
数分後――
海上はクラーケンの出すスミ、いや出したスミによって黒く変色していた。
黒く変色した海は先ほどとは打って変わって、静寂が辺りを包む。
黒い海を飛び行く二人の姿。
「リル魔力大丈夫?」
クロノが声をかける。
「港まで行くくらいはあるよ。」
リルはいつもと変わらない調子でそう答えた。
あれから、リルは次々とクラーケンを倒していったが、最後の3匹はリルの魔力を考えてクロノが相手をした。
それ以上やらせると魔力が尽きそうだったからだ。
「私の「かまいたち」どうだった?」
今度はリルがクロノに尋ねる。
「凄い良くなってたよ、昔とは比べ物にならないくらいに。」
「かまいたち」とは、クラーケンを切り裂いた風の刃のことだ。
元々はクロノの育ての親である朱美が使っていたのを、クロノがリルに教えたのだ。
教えたクロノもイメージだけ伝えて、ここまで出来るものだとは思っていなかったが。
「ホント!?やったー!」
クロノにほめられたリルは心底うれしそうにはしゃぐ。
そうこうしてる内に港が近づいてきた。
「ねえねえ、早く終わったら一緒に街を見て回るって約束だったよね?」
「そうだったね。」
「今日は、一日中付き合ってもらうから。」
時刻はまだ昼を少し過ぎたあたりで、日が高い。
クロノはやれやれと肩をすくめた。
「分かったよ。今日はリル頑張ったし、好きなだけ付き合ってあげる。」
「やったー!」
無邪気に笑うリルに先ほどのような眼の光は無く、歳よりも少し幼い少女に見えた。
(本当うれしそうな顔するなぁ、リルは。いいことだけど。)
リルの姿に温かい気持ちになりながら、港へと降り立った。
久々の地面。しっかりと踏みしめる。
まだ明るい港。港から市場へ向かう人々も何人かいる。
市場の方を見てふとクロノは思う。
(カイとドラは何やってるんだろう?)




