第三話
自分の過去を思い返し、溢れでる涙をこらえながら、準備を済ませた僕は書斎へと向かった。
「失礼します、クロノです」
ノックしてそう告げると
「入れ」
と扉の向こうから聞こえてきたので、茶色く重厚感のある扉を開け入室した。
そのときにはもう後戻りはできないのだと覚悟を決め、落ち着きを取り戻していた。
書斎へと入ると父上の周りに見たことのない武装した二人組の男がいた。
格好を見る限り冒険者だろうか。
冒険者とはギルドに登録している人たちのことで、当然、冒険とついているので冒険もするのであろうが、雑用もこなす。端的に言えば便利屋のような存在だ。
なにやら、こちらを見る目に憐みの視線がこもっているのをみると、大方僕の事を父上が話したのだろう。
憐みの視線を向けられるのも慣れていたので、さして気にもせず父上の言葉を待つ。
「思ったより早かったな、もう少しかかるものだと思っていたが」
それは父上が早くしろと言ったからではないかと、内心毒づくが表情には出さない。余計なことを言って、路銀すら持たせてもらえなくなったとすれば面倒だ。
「まあいい、早く厄介者がいなくなるのはいいことだからな」
実の息子に向ける言葉としては、幾分相応しくない言葉を吐く。
この手の言葉は言われ慣れているので、気にせず疑問に思っていたことを質問した。
「父上、これから私はどこへと追い出されるのでしょうか?」
当然の疑問だった、今僕が居るのは王都のユースティア本邸である。
このまま王都へと放りだせば何かの拍子にばれる可能性が高い。たとえ、僕が黙っていたとしてもだ。
世間的に居なかった事にされたとはいえ、六歳までは他の貴族の家にも遊びに行っていたので僕の顔を知っている者はいる。
そして僕を追放した事が露見すれば、他の貴族がそれを利用し弱みにつけこんでくるだろう。実の子を追放したユースティア家は評判が悪くなり多少なりとも家格に傷がつくのは明白だ。ただ、その証拠となる僕がいなくなれば話は別だ。
そう考えると、そのまま王都に放り出される可能性は低いと僕は読んでいた。
「おまえはこの冒険者共と一緒に東のレミリア地方の街へと行ってもらう。そこから先は自由に生きるがいい」
レミリア地方
国の東に位置する、魔物が多く治安が悪いことで有名だ。
隣国には接しておらず、変わりに迷いの森と呼ばれる危険な魔物がたくさん棲む森が近くにある。
迷いの森自体は領土内というわけではない。まったくそこを領土にするメリットがないので、どこの国にも属していないという異常地帯だ。
なるほど、治安が悪く、そこなら僕の顔を知っている者はいない。
万が一野垂れ死にしても、治安が悪いところならばよくあることなのだから、騒ぎにはならない。というより、野垂れ死にしてもらった方が都合がよいのだろう。
僕を捨てるにはいい場所だ。
さしづめ周りにいる冒険者達は、そこまでの監視役なのだろう。
行くフリをして王都に戻ってきたなんて事の無いように、表向きは案内人として。
「自由に生きろとは言ったが、これからユースティアの名前を出すことは絶対に許さん」
「わかりました」
これも予想していたことだ、追い出されるのだから当たり前である。
どこかでそんなことを吹聴しようものなら、真っ先に抹殺しに来るだろう。逆に、追い出すという選択肢が甘くさえ思えた。追い出すというのはある意味、父上の最後の父性の表れなのかもしれない。
「これで貴様に話すことは以上だ、後のことは冒険者に聞くがいい。それと、出ていく時は裏口から出ていけ」
それ以上父上はなにもしゃべらず、目線で早く出ていけと促すので、最後に一礼して冒険者達と一緒に書斎を後にした。
歩き慣れた廊下。
高そうな深紅のカーペットが敷かれ、廊下のあちらこちらには絵画や甲冑などさまざまな調度品が並べられている。これらだけで、一般市民百人が一生暮らしていけるだろう額はする。
そのどれもが、僕がここから出ていくことを喜んでいるように思えた。
そのまま屋敷の裏口へと出て家に向かって一礼をした後、用意されていた荷台を白い幌で覆った馬車へ乗りこんだ。
もう、この家に戻ることはないのだと自分に言い聞かせながら。
こうして僕は家を追い出された。
少年は知らない。
自分に降りかかる出来事に、これからなにが待っているのかも。