第三十一話
更新久々です
王都住宅街
(見通しが甘かった…。)
ソフィアは心の中でそう呟いた。
引き取り先を探して早三日、一向に見つかる気配はない。
どの家でも丁重に断られる。
今日も今日とて、何軒訪問したか分からない。
正直もう半分諦めようかと思ってさえきた。
空を見上げるとすっかり陽が落ちており、真っ赤な夕焼けが空を支配している。
「今日はここまでにしましょう。」
ソフィアに続いてザイウスが面倒くさそうに言う。
「そうだな、早く帰って飯を食いたいもんだ。」
なんだかかんだ文句を言いながらも、三日間ザイウスは色々な家を回っていた。
金にシビアといっても、無責任にそこら辺に放り出すような事は出来ない男なのだ。付き合いの長いソフィアはその事を十分理解している。
宿屋へと帰る途中別ルートで回っていたメギドと合流し、状況を聞くが良い情報は得られない。
もうこの街は殆ど回り尽くし、いよいよ持って行き詰まってきた。
(あーあ、もういっその事連れて行った方が楽かな…。)
頭の中でそんな考えが浮かぶが、すぐさま首を振って否定する。
(いや、やっぱり私たちみたいな危険な仕事に連れて行くわけにはいかないし、あの子たちのためにも普通の生活をさせなきゃ。)
こんな時、親がいればと思ってしまう自分がいた。
(もう、あんな事言って家出てこなければなぁ…。)
頭の中で先日聞いたマイクの言葉がよぎる。
「たまには親御さんとこにも顔出しといてやれよ。」
(それが出来たら苦労しないって。)
マイクからすれば親子仲を心配しての事だったのだろうが、生憎ソフィアに会う気は無い。
冒険者になるのを反対した親から家出同然で出てきて以来一度も家に帰った事は無い。
この街に立ち寄っても、絶対に会わないよう徹底してきた。
(考えてても仕方ないか。)
ソフィアは頭の中でよぎった親に頼るという考えをかき消し、宿へと戻った。
翌日 王都にある宿屋内
引き取り先探しも今日で四日目、これ以上ここで探すのは無理だと判断したソフィアは決断を下す。
「今日はザイウスとメギドで街を回って。私は行く所があるから。」
それに対しザイウスがメギドを指さし不満そうに言う。
「なんでコイツと回んなきゃなんねぇんだよ。」
「あんたが交渉とか出来ないからでしょ。他に誰かいないとお話しにならないのよ。」
言い返す事の出来ないザイウス。
黙っていたメギドが口を開く。
「ソフィアはどこに行くんだ?」
「この前マイクさんから貰った地図のところよ。」
ソフィアはそう言ってポケットから紙切れを取り出す。
「ここに行く予定だから夜まで帰ってこないと思う。」
少し残念そうにメギドは尋ねる。
「そうか…。あの子たちはそこに預ける事にしたのか?」
「いや、とりあえず下見ってだけ。色々可能性は探っておかないとね。」
「わかった。こちらはこの馬鹿と回っておく。いくぞ。」
メギドはザイウスを引っ張り、街へと歩きだす。
「誰が馬鹿だ!」
「「お前だよ!!」」
見事にハモった声が宿屋内に鳴り響く。
その声は周囲の人間の注目を集め、いたたまれなくなった三人はそそくさと宿屋を出ていった。
王都北西
ソフィアは地図の通りに孤児院に向かっていた。
見事に草を避け舗装された道。歩きやすいよう平坦に均されている。
ここまで綺麗に整備された道はあまりない。
そんな道にソフィアは違和感を覚えた。
(王都の近くだからって、こんなに整備されているものかしら…。)
ここの孤児院の話は昔王都に住んでいた時にも聞いていたが、財政は芳しくないという話だった。
そもそも孤児院は無償でやるものであり収入は寄付金くらいのものだ。
どこもかしこも、経営は厳しい。
だからこそ、子供たちを預けるのを躊躇っていた
舗装された道を進むと見えてきたのは、色とりどりの花が植えられた美しい庭。
(え?)
思わず言葉を失った。
美しい庭に…ではなく、その先にそびえ立つものに。
(何これ?)
庭の先には貴族の屋敷かと見まがうほどに立派な建物。
慌てて地図を確認するが、どうみてもこの屋敷を指している。
屋敷の前では子供たちが楽しそうにはしゃぎまわっている。
ただ立ち尽くすソフィアの元に、一人の少女が近づく。
ピンク髪の少女はソフィアを不思議そうに見つめながら尋ねる。
「あのー、なにかこちらに御用ですか?」
ハッと、少女の接近に気付かなかったソフィアは少女の顔を見る。
遊んでいる子供たちよりは年齢が高そうだ。
「え、…ええ、ちょっと用事がありまして。」
「そうですか。でしたら中にご案内します。」
手を屋敷の方へと向けるピンク髪の少女。
(この子がここを経営してるの?)
悪いがどうもそうは見えない。
「どうかされたんですか?」
立ち止まって考えるソフィアを不思議そうにみつめる少女。
「いや…、なんでもないです。」
(気になりはするけど、行ってみれば分かるか…)
頭の中でそう結論づけ、深く考えない事にした。
「どうぞこちらです。」
少女に言われるがまま屋敷の中へと入る。
外観もそうだったが内装もかなりのものだ。
階段が左右に螺旋状についており、3階まで続いている。
床も綺麗なカーペットが敷かれており、見れば見るほど貴族の屋敷ではないかと思ってしまう。
子供たちも来訪者は珍しいのか、ソフィアに視線が釘付けになっている。
少女はその視線を気にも留めずソフィアを一つの部屋へと案内した。
「この部屋で腰かけて少々お待ち下さい。」
丁寧なお辞儀をして部屋を出ていく少女。
言われるがままソファーに腰掛けじっくりと室内を見渡す。
案内されたのは来客用なのだろうか?ソファーが二つ机を挟んで向かい合って配置された部屋。
ただ、この部屋は貴族の屋敷という感じはしない。
機能的に物が置かれているだけでこじんまりとした部屋だ。
少しするとドアの向こうから幼い喋り声が聞こえてきた。
「おにいちゃんあそぼうよー。」
「きょうはおにごっこがいいな。」
「だめだよ、おにいちゃんはきょうわたしたちとあそぶの。」
駄々をこねる子供たち。
続いて若い男の声が聞こえる。
「あーもう、うっせぇお前ら!俺はこれから客を出迎えなきゃいけないから、ちょっと静かにしとけ。話終わったら好きなだけ遊んでやる。」
口調は乱暴だが、そこには思いやりが感じられる。
「うー、やくそくだよ?」
「わかったー」
子供たちは約束に満足したのか、それ以上しゃべる事はなかった。
男はこどもたちを引き離し扉へと手をかける。
部屋の中で聞き耳をたてていたソフィアは、慌ててソファーに座り男の入室を待った。
キィッと扉を開け部屋に入ってきたのは声の印象どおり若い男。
年齢は先ほどのピンク髪の少女よりも少し上くらいか。
「どうも、私はヘンリーといいます。」
頭を下げ礼儀正しく挨拶するヘンリー。
「ソフィアです。」
立ち上がって挨拶するソフィア。
ヘンリーはソファーの向かいに座り、じっとソフィアを見つめる。
「さてソフィアさん、今日は当院にどういったご用件ですかな?」
「いえいえ、大した用事ではありません。少し見学させていただけないかと。」
意外そうな顔をするヘンリー。
「ほう?見学?差し支えなければ理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
ヘンリーはこちらを探りに来ている。ソフィアにはそう感じられた。
「子供を預けようと思ったんですが、その前にここの施設を見ておこうと思いましてね。」
「あなたが親というのなら、引き取ることはできませんが。」
歓迎はされていないようだ。むしろ威圧的な口調になった気がする。
「依頼の途中で拾った子供なんです。私みたいな危険な仕事に連れて行くわけにもいかないですし。」
「依頼?ああ…冒険者ですか。」
ヘンリーの視線はソフィアの服装に向く。
動きやすそうな軽装。腰のあたりには刃物がチラリと見える。
「そうです。」
「そういうことなら、どうぞ見ていってください。もう一人が案内しましょう。」
「ありがとうございます。」
「少々お待ちください。」
そう言ってヘンリーは部屋を出て行った。
再び一人取り残された室内で、ソフィアは考える。先の会話からなにやら探られていると感じた。
何かした覚えはないが、積極的にこちらの事情を聞き出しにきているような違和感。
話し方も非常に事務的で孤児院らしくない。
扉の向こうから聞こえてきた子供たちとの会話が無ければ、見学するのもためらったかもしれない。
そんな事を考えているとドアが開いた。
入ってきたのは最初に案内してくれたピンク髪の少女。
緊張した様子でおどおどしている。
「えっと…、これからご案内いたしますね。」
「お願いします。」
頭を下げると、少女は慌てて手を振る。
「あっ、あの…頭を下げないでください。これが私の仕事なんですから。」
少女は、そう言って部屋を出る。
ソフィアも後を追うように着いていく。
部屋を出て廊下を歩いていると、あちこちから子供たちの声が聞こえてくる。
それは笑い声であったり泣き声であったり様々で、ソフィアの気持ちは預けるという方向に傾く。
「いつもこんな感じなんですか?」
「ええ、ここの子供たちは家族のように育てられていますから。」
その言葉に嘘があるようには思えない。
どうやらここは相当設備の良い孤児院のようだ。
あのヘンリーとか言う男の態度は気になるが。
「あの、ヘンリー君の事悪く思わないで下さいね。」
ソフィアの心中を見透かしたかのように言う少女。
「?」
「最近はここのうわさを聞きつけて子供を預けに来る親が多いんです。子供には親がいたほうがいいのに…。」
「どうしてそう思うの?」
「私もヘンリー君も、孤児でした。親がいない事の大変さはよくわかっています。だから親が進んで子供を預けに来るのを許せないんです。あなたは違うみたいでしたけど。」
「…」
「っと…、余計なお話をしてしまいましたね。次はこちらです。」
誤魔化すように部屋を進む少女。
それから色々な部屋を案内されたが、まったく頭には入ってこなかった。
少女の親という言葉がどうにも引っかかってしまって。
(親か…。親がいるのに私ってやつは…。)
夕方
「今日はどうもありがとうございました。」
「いえいえ、その気になったらいつでもいらして下さいね。」
ソフィアは少女にお礼を言って、屋敷の外に出る。
(んー。もうこんな時間か。)
空は夕陽が辺り一面を照らしていた。
今回だけで預けるとは決められないが大分そちらに傾いたのも事実だ。
あそこなら安心して任せられるかもしれない。
(どうするか、早いうちに決めておかないとね。)
真っ赤に染まった庭を歩きながらそんな事を考えていると、向かいから人影が。
二人組みの男。片方はスキンヘッドのいかにもごろつきといった感じで、明らかに堅気の人間ではない。
もう一人は痩せ型で隣の男と並んで歩いているのが不自然なくらいだ。
庭を出たところで男たちとすれ違う。
スキンヘッドの男はちらりとこちらを見たが、すぐに視線をはずし孤児院へと向かう。
その眼にはどこか見覚えがあった。
痩せ型の男は視線を合わせることなく通り過ぎていった。
(何…あれ…?)
ソフィアは男たちが完全に通りすぎた後で孤児院の方に向き直る。
男たちの姿は赤い庭に紛れ既に見えなくなっていた――




